第56話「戦いのあと」
最初に気になったのはやはりセシリーさんのことだった。
彼女はまだ項垂れたまま。
周囲の喧騒が耳に入っているのかどうかすら怪しい。
俺は彼女へ歩み寄り膝をついた。
「セシリーさん……大丈夫ですか?」
「あ――」
弾かれたように顔を上げるセシリーさん。
「あ……え? クロヒコ? あ、ええっと、大丈夫です。わ、わたしは大丈夫、ですから……ふ、ふふっ」
「…………」
表情を上手く作れていない。
本来着地すべき着地点を見失っているような感じ。
微笑みを浮かべるはずの口の端は痙攣し、ひどくぎこちない表情になっている。
瞳も揺らいでいた。
「あ、あの男が、いなくなって、だから、わたし――」
声も震えている。
自分でも何をしゃべっているのかわからないのかもしれない。
「お、お恥ずかしいところをみせてしまって、その、ですから――うっ」
途端。
セシリーさんが吐き気を催したかのように口元をおさえた。
顔を逸らし目を見開いた彼女の目尻に涙が溜まりはじめる。
「う……ぅぅ……っ」
「セシリー、さん……?」
それから彼女はぎゅっと目を瞑ると、左右に首を振った。
まるでもう何も見たくも聞きたくもないとでもいうかのように。
「ぁ、ぅ……ぅ」
「…………」
これは――。
俺は差しのべかけた手を引っ込め、立ち上がった。
「……わかりました。とりあえず今は何も言わず休んでください。もう大丈夫ですから。あの男は去りました。ヒルギスさん」
セシリーさんをそっと抱き寄せたヒルギスさんを見る。
彼女が俺に向かって頷く。
俺も頷き返す。
今のセシリーさんはヒルギスさんに任せた方がいい。
現時点ではどんな言葉をかけてもセシリーさんを混乱させてしまうだけだろう。
誰でも放っておいてほしいと思う時はある。
話しかけられたくない時もある。
立場も何もかも違うけど、俺にもそんな経験があった。
心配されることをありがたいと思いつつも、それを逆に辛いと感じてしまうこともあるのだ。
自分の弱さを、さらに突きつけられているようで。
…………。
こんなことを俺なんかが思うのは、おこがましいのかもしれないが。
ともかく。
どんなことがあっても俺はセシリーさんの味方だからな、ヒビガミ。
「セシリー様はこのままわたしたちが屋敷に連れて帰る。だから今日の屋敷での昼食は中止。ごめんなさい」
「わかりました。セシリーさんを頼みます」
「ええ。クロヒコ」
セシリーさんに肩を貸しながら、ヒルギスさんが小声で言った。
「今日は……セシリー様を助けてくれてありがとう」
ヒルギスさんが俺の背後へ視線を飛ばす。
「キュリエも」
「ん? ああ……気持ちはありがたいが私に礼など不要だ。あの仕合いバカは知らずに襲ったと口にしていたが、間接的には私のせいみたいなもんだからな。むしろ私が謝りたいよ。それと――」
拾ってきたセシリーさんの聖剣をキュリエさんが差し出す。
「これ」
気を失っているジークさんを馬車の座席へ移動させたバントンさんが、代わりに剣を受け取った。
キュリエさんがドアの外れた馬車の中を見る。
「ジークベルトは無事ですか」
「はい、無事でございます。あの……あなたはセシリー様のご友人でございますか?」
そうバントンさんに尋ねられたキュリエさんは迷うように唸ってから、
「近からず遠からずですね。きっぱりと友人と言うには、やや込み入った事情がありまして」
「そうでございますか」
「セシリーのこと、よろしく頼みます。私はその……セシリーのことが、嫌いじゃないので」
照れくさそうに言うキュリエさんに、バントンさんの目元が緩む。
「かしこまりました」
おぼつかない足取りのセシリーさんを、どうにかヒルギスさんが馬車に乗せ終えた。
セシリーさんは生気を失った目で虚空を見つめたままだ。
馬車に運ばれている間も、その姿は糸の切れた人形のようだった。
ヒルギスさんがドアのあった部分から顔を出す。
「じゃあクロヒコ、キュリエ、また落ち着いたら」
俺とキュリエさんは頷いた。
バントンさんが鞭を打ち、馬車が動き出す。
と、その馬車が見えなくなったところで、
「いいかな?」
機を見計らったらしい聖樹八剣の一人――初老の男が声をかけてきた。
「え? はい」
「おれはダビド・ハモニス。あの男にあんな風に言われてからじゃちぃっと名乗るのが恥ずかしいが、一応聖樹八剣のモンだ。あんたらの名前、聞いても?」
「サガラ・クロヒコです」
「そっちの美人のお嬢さんは?」
「……キュリエだ」
「サガラ・クロヒコにキュリエか。二人とも……ちぃっと聖樹騎士団の本部までご同行願ってもいいかな? 色々と聞きたいことがあるんだが」
俺とキュリエさんは顔を見合わせる。
さて。
どうしたものだろう。
つまり彼はヒビガミのこと、さらには第6院出身者だと名乗ったヒビガミと旧知の間柄らしきキュリエさんのことについて聞き出すつもりなのだろう。
加えて俺の禁呪のことを色々と聞かれるかもしれない。
ま、俺たちはどう見てもこの一連の出来事の当事者だし……。
改めて周囲に意識を向ける。
衛兵も観衆も皆、ついさっき目の前で繰り広げられた光景をどう自分の中で咀嚼すべきか考えあぐねている感じだ。
うーむ。
俺はともかく、第6院の一般的な評判を考えると、どうにかキュリエさんだけでも面倒なことからは遠ざけたいところだが……。
その時。
一台の馬車が近づいてきた。
自然と群衆が避けて作った道を通ってこちらへ向かってくる。
セシリーさんたちが去った方向とは逆から来た馬車だ。
もちろんドアも壊れていない。
停止した馬車のドアが開く。
と、一人の少女がふわりと膨らんだスカートを手で押さえながら、飛び降りた。
タンッ、と着地。
少女を確認したダビドさんの表情が、驚き顔へと変わった。
「マキナ……様?」
「あら、お久しぶりねダビド。痛めたという腰は治ったのかしら?」
「腰は完治しましたが……なぜあなたがここに?」
「なぜ? そんなの決まっているでしょう? 凶悪な殺人事件の犯人に『たまたま』襲われた私の学園の生徒を『保護』しに来たのよ。あら? 学園を預かる者としては当然のことだと思うけれど、何かおかしなことがあって?」
「し、しかしですなぁ」
腰に手を当てたマキナさんが顎を上げ、威厳を滲ませながら口元を綻ばせる。
「安心して。別に騎士団からの事情聴取を拒否するわけではないわ。けれど考えてもみてちょうだい。ただの一学生に過ぎない彼らは、きっと精神的に負荷を覚えているはず。だからせめて今日くらいは落ち着くための時間を与えてやってもよろしいのではなくて? 見たところ、どうやら犯人の姿もないようだし」
ダビドさんが俺たちを一瞥してから、深く息を吐いた。
「うーむ……他の者ならともかく、あなたにそう言われてはねぇ。特に聖樹騎士団の者からすると、逆らうのは難しいってものです」
「じゃあ連れて行ってもいいのね?」
「ええ」
「うふっ、ありがとうダビド。居合わせたのがあなたでよかったわ」
「ただしその二人からは後日、事情を聞かせてもらいますぞ?」
「ええ、もちろんよ。拒否する理由などないもの」
「ってぇわけだ。今日は引き上げるぞ、二人とも」
そう言われた他の聖樹八剣の二人は、複雑そうな面持ちで馬のところへ戻っていく。
そしてダビドさんと共に去って行った。
「さ、では行くわよ? 乗りなさい」
聖樹八剣を見送ったマキナさんは俺たちの方へ向き直ると、手で馬車を示した。
「助かりましたマキナさん」
「こちらこそ到着が遅れてごめんなさい。行くのは危険だと言って止める者が多くてね」
「騒ぎは学園まで伝わっていたんですか?」
「ま、そのあたりは移動中にね。どうしたの、キュリエ?」
「……ん」
マキナさんが促しても、キュリエさんは割り切りのつかなさそうな顔でその場から動こうとしない。
「その、だな……私が学園に戻ってもいいものかと思ってな。さっきの戦いで、私が第6院の出身者であることが多くの人間の知るところとなっただろう。今までは法螺話で済んだかもしれんが、あの戦いを見られたとあってはな。あれが何よりの証明になってしまったはずだ」
「そんな噂が以前もあったようだけど、あなた本当に第6院の出身者なの?」
少しの間あった。
キュリエさんは諦めがついたように息を落とした。
「ああ」
「ふーん、そうなの。まあいいから、乗りなさいな」
俺が口を開きかけたところで、マキナさんがキュリエさんを手招きした。
困惑の反応をみせるキュリエさん。
「だから、私が学園に戻るのは――」
マキナさんが悪そうな笑みを浮かべる。
「いい? 設定作りは私の得意分野よ?」
「しかしだな」
「それに『あの戦い』とやらを目にした彼らも……第6院のことはさほど気にしていないみたいだけれど?」
未だにけっこうな数がいる観衆たちを見やるマキナさん。
ようやく口を開きはじめた彼らからは、こんな言葉が聞こえてきた。
「しかしあの少年、なかなかやるじゃないか。聖樹八剣が言ってたが、あの髭の男が例の殺人事件の犯人だったんだろ?」
「つまりあの少年がセシリー様を救ったってことか? なんか禁呪がどうとか言ってたけど」
「やるといえばあのねえちゃんだぜ。なんなんだあれ? 女神様か?」
「でも、第6院と名乗ってた殺人犯と知り合いみたいだったぞ? てことはさ」
「馬鹿。見てりゃわかっただろ。あの悪そうな殺人犯と戦ってたってことは、イイ子なんだよ」
「あんた単純すぎ。単に美人だから肩入れしてるだけでしょ?」
「う、うるせぇ!」
「とはいえ聖樹八剣に逆らうって感じでもなかったし……あとは聖樹騎士団に任せておけばいいんじゃないか?」
「だな。おれたちには聖樹騎士団の誇る『黒の聖樹士』ソギュート様とディアレス様がいるからな。第6院なんて目じゃねぇよ」
…………。
意外と心配するほどでもないのか?
「ああディアレス様! 一度でいいから私に微笑みかけてくださらないかしら!」
「あなたね! ディアレス様は誰のものでもないのよ! 弁えなさいよ!」
「キィーッ、何よそれ! ってか何あんた『ディアレス様のことをわかってるのはわたしだけ』オーラ出してんのよ!?」
「あ、あたしはソギュート様派かもっ」
「じ、実は私も……」
「はぁ!? あんたら中年趣味なの!?」
「あ、それ言っちゃう? 超えちゃならない一線、超えちゃうんだ?」
「対立」
「対立」
一部が途中からなんかおかしくなってる気がしたが、今のところキュリエさんが迫害されるような流れはなさそうで少しほっとする。
「もちろん、良くも悪くも風向きというのはすぐに変わるものだけれどね――よいしょっと」
マキナさんが大股で足をかけ馬車に乗り込む。
アングル的にスカートがけっこうヤバいことになっていた。
でも『抱き上げましょうか?』なんて申し出たら怒られそうな気がするしなぁ……。
「何を難しい顔をしているの? さ、来なさい」
マキナさんが手を差し出してくる。
俺は彼女の手を取って(取る必要もなかった気がするが)馬車に乗り込んだ。
そしてキュリエさんが乗り込むと、馬車は動き出した。
*
「あの、学園長」
最初に口を開いたのはキュリエさんだった。
「何かしら?」
「借りた馬のことなんだが……あー、その、走り去ってどこかに行ってしまった。すまん」
「ああ、例の……いいわよ、こっちで探させておくわ」
そういえば、
「あの馬ってどうしたんですか?」
と俺は聞いてみる。
「正門から少し東に行ったところに馬屋があるだろう? 馬車なんかもとまってる」
「あー、あった気がしますね」
「あそこから拝借してきた……ま、盗んできたみたいなもんなんだが」
マキナさんが横目で隣に座るキュリエさんを見た。
「私の名前を出して借りたそうね?」
「す、すまん。襲われているのがセシリー・アークライトらしいというのを聞いて、つい反射的に」
「だからそれはいいわよ。気にしないで。私が急行できなかったから、むしろ良い判断だったわ」
「そう言ってもらえると、多少気が楽だが」
ふむ。
この二人の距離もなんだか縮まっている気がする。
「ああ、例の犯人のことは衛兵が知らせに来たの。危険だから街へは行かないようにって」
「なるほど」
「で、あなたたちの遭遇した出来事のあらまし、教えてもらえるかしら?」
「わかりました。じゃあ、とりあえず俺から」
俺は自分なりに情報の取捨選択をしながら、今日起こった一連の出来事について説明した。
説明を終える頃にはもう学園が近づいてきていた。
聞き終えたマキナさんが額に手を当てる。
口元には笑みがあったが、明らかに愉快な気分ではなさそうである。
「ふーん、なるほど、ねぇ。ま、大方の事情はのみ込めたわ」
「あの、何かまずかったですかね?」
「そうね。とりあえず私が各方面にまた手を回さなくちゃいけないことは確定かしら」
「え?」
「禁呪使い――つまりあなたのことは、聖王家にまで伝わっているのよ?」
聖王家ってことは……この国の王族ってこと?
「あなたが術式の授業で禁呪をお披露目したでしょう? あの後、あなた宛てに贈りものがあったり、会いたいと申し出る者が後を絶たなかったの」
「え? そうなんですか?」
「彼らもあなたの将来性を考えて繋がりを作っておきたいのでしょうね。ただね、そういうのは私がすべて押しとどめているのよ」
相変わらず俺の知らないところで色々と動いてくれていたらしい。
その苦労を顔や態度にまったく出さずにさらっと言うところが、彼女はすごいと思う。
「やはりクロヒコのためを思ってか?」
そこで口を挟むキュリエさん。
「ま、あまり彼の周囲が騒がしくなるのも本人のためにならないと思ってね。幸い私は聖王家にも顔が利くし、他にも色々と便宜は図れるから」
確かにさっきの聖樹八剣とのやり取りでも相手はあっさり引き下がったしな……。
学園長、やはりすごい人らしい。
と、マキナさんが憂鬱そうに頭をおさえた。
「ただまあ……ここまで公になると、ねぇ。ちょっと面倒かもしれないわ。あー、めんどくさい」
だらしなく足を広げ大きく息を吐き出すマキナさん。
「ちょっ、マキナさん! はしたないですよ!」
学園長が目を細めて俺を見た。
「私がこうなっているのは誰のせいかしらねぇ?」
「す、すみません……」
ふぅ、とマキナさんが吐息を漏らす。
「じゃ、褒めて」
「へ?」
「ほら」
ずいっと身を乗り出してくる。
「頭を撫でなさい」
「は?」
「そしてがんばっている私を褒め称えなさい」
「や、その――」
「早く」
女の人って髪の毛を触られるのって嫌なんじゃないっけ?
ただしイケメンにうんちゃらに俺が当てはまるとも思えないし……いいのか?
「はーやーくー」
怖っ!
目が怖い!
その時、がたんっ、と。
学園の坂道を上っていた馬車が路面の石か何かにぶつかったのか――跳ねた。
「きゃっ!?」
身を乗り出していた学園長がバランスを崩し俺の方へ飛び込んできた。
が、どうにか受け止める。
「大丈夫ですか?」
「……た、助かったわ」
申し訳なさそうに口をとがらせる学園長。
それから目を閉じ、少し顔を下げた。
「でも、何も終わってないわよ? さあ褒めて」
「……は、はぁ」
なでなで。
「が、学園長には感謝しております」
「よろしい」
学園長が満足げに身を引き、席に戻る。
意外と背とか身体つきだけじゃなくて、こういうところが子供っぽいと受け取られている原因なのでは……?
と思っても口に出すのは憚られる。
なぜなら虎の尻尾を踏むのが怖いからだ。
まあ学園長が満足ならそれでいいですけどね……。
「…………」
はっ!
キュリエさん!?
なんですかその顔は!?
一切の感情を失ってしまったかのようなその顔は!?
能面!?
「さ、キュリエも」
「む?」
と、学園長がキュリエさんに身を寄せた。
「褒めてちょうだい」
「わ、私が撫でるのか?」
途端に戸惑いを見せるキュリエさん。
「はやく」
「むむ」
不器用な感じに学園長の後頭部あたりをわさわさと撫でるキュリエさん。
恐る恐るといった感じだ。
「あなた、下手ね」
「うっ」
「まあいいわ。気持ちは篭ってました。よろしい」
マキナさんがスカートを整えながら居住まいを正す。
な、なんだった今の流れは……。
学園長ああみえて実はものすごくストレスが溜まってる……とか?
その時、ちょうど学園の正門前に馬車が到着した。
「さて、今後の方針を話しておくわね。まずクロヒコは家に戻って待機」
「明日は普通に登校してもいいんですか?」
「普通に登校なさい。どうせ禁呪使いであることはもう周知の事実なのだし。むしろ殺人犯を倒したということで英雄扱いかもしれないわよ?」
悪戯っ気のある笑みを向けてくるマキナさん。
…………。
まあ、倒してはいませんけどね。
「キュリエ・ヴェルステインは学園長室で私と作戦会議といきましょうか。セシリー嬢のことも含めて、あなたには色々と聞いておきたいこともあるし。何、悪いようにはしないわよ。そこは安心して。あなたが学園に自然に残れるよう、全力は尽くすわ」
「……わかった」
これといった怪我などがないことをもう一度確認した後、俺は二人と別れた。
マキナさんからも今日はゆっくり休むよう言われたし、今日はもう家に帰って休むとにしよう。
奇跡的に傷らしい傷は負わなかったが疲労の方が半端ではなかった。
なので正直、早くベッドで横になりたいのだが――
「…………」
やっぱりセシリーさんのことが、気にかかる。
彼女は明日、学園に来るだろうか。
もし来なかったら……様子を見に行ってみようか。
会えるかどうかはわからないけど。
一日経てば、少しは落ち着いているだろうし……。
俺はそんなことを考えながら、『魔喰らい』を手に家へと向かった。
*
「ご、ご無事でございますか、クロヒコ様!?」
家の前で不安げにきょろきょろしていたミアさんが、俺の姿を認めるなりあたふたと駆け寄ってきた。
「ミアさん」
「ミアは詳しいことはわからないのですが、なんでも街で穏やかでない騒ぎがあったとか……クロヒコ様が医療室にも家にもおられなかったので、もしや巻き込まれたのではと、心配になってしまって……っ」
「ええっと、現場には居合わせたんですが……でもこの通り大丈夫ですから」
「お、お怪我などは!?」
「ないです。ただ情けない話なんですが、ちょっと疲れてしまって……すぐにでも眠りたい気分です、かね?」
「かしこまりました!」
ダッシュしたミアさんが家の中へ駆け込んで行く。
「?」
家に入る。
しかし一階には誰もいない。
二階へ上がってみる。
と、自室にいたミアさんがベッドの横で控えていた。
ぺこりっ、と頭を下げるミアさん。
「これにてわたくしは失礼いたします。お食事は用意しておきますので、ご起床されたら食べてくださいませ。ではっ!」
俺が礼を口にする間もなく、ミアさんはスタタタタッと階段を駆け下りて行った。
は、速い……。
「…………」
すぐにでも眠りたいって言ったから気を遣ってくれたんだろう。
素早くベッドメイキングだけ済ませて。
なんだろう。
ミアさんといると、なんだかほっとするな……。
そんなわけで服を着替えもせず俺はベッドに潜り込んだ。
全身の疲労感に、眠りへ落ちていく心地よさが混じりはじめる。
眠りはすぐにやって来た。
*
「……ん?」
目を覚ます。
視界に真っ赤な空が広がっていた。
赤い空?
夕焼け?
身体を起こす。
そして――言葉を失った。
ここどこだ?
俺は自分の家で眠りに就いたはずだ。
が、ここは……?
ゴツゴツとした黒い岩の地面。
あたりには黒く削り取られた無数の岩石がそそり立っている。
空には……鳥?
赤い空に巨大な鳥らしき生き物が舞っている。
あの感じ……。
まるで、死を待つ禿鷹のような……。
そして俺の正面には――
巨大な黒き城が、聳え立っていた。
城の前には広場のようなスペース。
どうやらその広場の中心に近いところに俺はいるらしい。
さらに――
俺の前に立つのは、黒い鎖が巻きついた漆黒の棺だった。
その棺の周囲にはこれまた黒色の盾や鎧が転がっている。
他にも黒い棺が幾重にも周囲に折り重なっていた。
さらに俺の前に屹立する棺の周囲に刺さっているのは……何本もの黒い槍。
夢?
これは夢なのか?
だが、あの鎖と槍には見覚えが――
「よウ、異世界人」
「え?」
棺が……喋った?
いや違う。
よく見ると、棺のちょうど顔のあたりに長方形の穴が開いている。
その奥から覗くのは、真っ赤な瞳。
「一応、我と貴様ははじめましてになるのカ?」
「おまえは、一体」
「はじめましテ相楽黒彦。そうだナ、貴様にも理解できるよう名乗るとするなラ……」
捉えどころのない壊れた機会音声のような声が、告げた。
「――禁呪王ト、名乗るべきかナ?」