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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第52話「昼下がりの空」

「セシリーさんの屋敷……つまり、アークライト家の屋敷ってことですよね?」

「ええ。王都にもアークライト家の所有している屋敷がありまして。わたしは宿舎ではなくそこから馬車で学園に通っているんです。ジークとヒルギスと一緒に」


 初めて出会ったあの夜のことを思い出す。

 なるほど、あの時は下校途中だったのだろう。

 ……そういえばジークとヒルギスさんって、セシリーさんとはどんな関係なんだろう?

 兄弟、ってわけじゃなさそうだけど。


「それで今日は、お二人をその屋敷に招待したいと思いまして。あの、昼食はもう?」

「いえ、まだですけど」

「だったらどうでしょう? 是非、お昼を一緒に」

「悪いが私は遠慮しておくよ」


 そう言って椅子から腰を浮かせたのは、キュリエさんだった。


「遠慮など無用ですよ、キュリエ?」

「いや、私にはちょっとやることがあるんでな」

「何か重要な用事ですか?」

「ま、そんなところだ。それに――」


 キュリエさんがセシリーさんの肩に手を置いた。


「今日は、譲っておくよ」

「キュリエ……」

「ああそれとな、セシリー」

「はい?」

「その服、とてもよく似合ってる」

「え?」

「フン……こそばゆいが、私の正直な感想さ。ま、男どもが騒ぐのもわかるよ」


 それからキュリエさんは俺の方を見て、


「じゃ、またな」


 と言い残し、部屋から出て行った。

 で、一方のセシリーさんはというと、


「あ――ぅ」


 照れ照れ状態であった。

 頬を朱に染め、ぎゅぅっとスカート部分の裾を握り込んでいる。


「きゅ、キュリエからあんな風に褒められるとは、少々予想外でした……あの――」


 セシリーさんが上目づかいに視線を向けてくる。


「一つ、聞いても?」

「はい」

「彼女意外と、さらっと本心を口に出すことが多くありませんか?」

「わかります。だから、不意を突かれるっていうか」


 はー、と肩を落とすセシリーさん。


「ずるい……ずるいですよ、あれは」


 熱を冷ますかのように両の掌を桜色の頬にあてながら、セシリーさんが眉根を寄せた。


「わたしが遠回りしているところを無意識にひと足で飛び越えてくるというか……正直キュリエのああいうところ、羨ましいと感じますよ」


 うーん。

 自分にはないものを互いに羨ましがってるって感じなのかな?

 人の持つ美点なんて、人それぞれ違っていていいと思うけど。


「まあ、それはともかく」


 仕切り直すように、セシリーさんが言った。


「クロヒコは来ていただけるんでしょうか?」

「じゃあ、せっかくのお誘いなので。どうせ聖遺跡攻略もしばらく先になりましたし」


 と、いうわけで。

 会館のロビーで白湯を啜っていた老医師に許しをもらってから、俺はセシリーさんと一緒に学園の正門まで来た。

 門の近くには馬車がとまっている。


 昼下がりの空には細い雲がゆっくりと流れていた。

 時折思い出したように頬を撫でる風は温かい。

 その穏やかな風に揺れる木の葉同士が擦れる音に、どこか心が和む。

 まさに春めいた陽気に包まれた日といった感じだ。


「おや? あなたはあの夜の」


 馬車の御者が帽子を軽く持ち上げて挨拶してきた。

 この人には見覚えがあった。

 確かバントンと呼ばれていたはずだ。

 俺は会釈する。


「はじめまして、相楽黒彦といいます。セシリーさんにはいつもお世話になっています」

「ふむ。あなたは、あの夜の少年ですよね?」


 目を眇め、何かを推し量るようにバントンさんが俺を見つめる。


「え、ええ、そうですが」

「短い日にちで人は、こんなにも変わるものですかな……いえ、それが若者なのかもしれませんね。さ、どうぞお乗りください」

「さあクロヒコ、乗ってください」


 バントンさんに促され、さらにご機嫌な様子のセシリーさんに背中を押される。


「ではバントン、お願いします」

「かしこまりました、お嬢様」


 馬車のドアが開く。


「あ」


 馬車の中にはヒルギスさんとジークがいた。

 二人は隣り合って座席に腰をおろしている。


「ん? キュリエ・ヴェルステインは来なかったのですか?」


 ジークがセシリーさん尋ねた。


「ええ、今日は用事があるそうです」

「そうですか……クロヒコ、もう身体の方はいいのか?」

「ああ、もう大丈夫」

「そうか」


 ほっとした顔で、うむ、と頷くジーク。

 そして俺とセシリーさんが乗り込むと、馬車は動き出した。


 おお、この振動。

 馬車に乗るのなんて初めてだったから、なんか感動だな。


 適度なスピードを保ちながら、馬車は街を目指し坂を下っていく。

 ガラス窓の向こうの風景を見やる。

 爽やかな日だな、と思った。


「そういえばジークは制服だけど……学校に何か用事でも?」


 今この馬車の中で制服でないのはセシリーさんだけだ。

 ジークとヒルギスさんは学園の制服を身に着けている。

 制服組の二人が顔を見合わせた。


「だって、なあ?」

「……服、選ぶの面倒」


 ジークが俺を見て、頷いた。


「ま、そういうことだ」


 …………。

 こっちの世界でもあるんだな。

 いわゆる『制服とかスーツだと楽〜』っていう感覚。

 そういや高校から大学にあがった時、服を選ぶのが面倒だと感じたなぁ。


 俺たちは馬車の中で雑談をしながら、屋敷への到着を待つことにした。

 最初は少し聖遺跡のことに触れたが、あとは日常的な会話が続いた。

 その中で印象に残った情報といえば……ヒルギスさんは甘いものが好きらしい、ということくらいか。

 ひとしきり話題が飛び交った後、話題は王都で起きている殺人事件へと移った。


「そんなわけで、最近は物騒だからな。だから、ほら」


 ジークが顎で示した先には、鞘におさまった四本の剣。

 その四本の剣は馬車の壁に掛けられている。


「一応、自分たちの剣は持ってきてあるんだよ」


 ジークとヒルギスさんのが一本ずつ。

 で、二本セットになってるのが双剣使いであるセシリーさんのだろう。


「あの、クロヒコ」


 セシリーさんが、おもむろに口を開いた。


「これは、伝えるか伝えまいか迷ったのですが……例の殺人事件で最初に殺された男が、どうもあの夜クロヒコたちに絡んでいた大男だったみたいなんです」

「え?」

「死体の全身に、死に至った傷とは別の無数の切り傷があったそうです」

「……そう、ですか」


 そうか。

 殺されたのは、あの大男だったのか。

 なんだか複雑な気持ちだ。

 よかったとも、悪かったとも、言えないような。

 …………。

 いや、嘘はよくないか。

 困ったことに――


 何も感じない。


 何一つ感情が湧かない。

 ゴブリンを初めて殺した時もそうだった。

 人として、俺はおかしいんだろうか?


 またその感覚には、どこかしら懐かしさもある。

 例えばそう――前の世界にいた頃のような。

 世界の何もかもが色あせて見えて。

 何事にも興味が持てないあの感覚に、どこか似ていて。


「すみません、変な話をしてしまいましたね……今の話は気にしないでください」


 セシリーさんが気遣わしげに、自分の手を俺の手にかぶせてきた。


「……ええ」


 というか、むしろ『気にならないこと』が気になっている、って感じなのだが……。


「ふふっ、ところで話は変わるのですが」

「はい、なんでしょう?」

「クロヒコは、どのような女性が好――」


 その時、


 ガシャンッ、


 と。


 腕が。


 一本の腕が、馬車の窓を、突き破った。


「……え?」


 何、が――。

 あまりに突発的すぎる事態のせいか、皆、一時的に反応ができずにいた。

 と、


 割れた窓の向こうから、ずいっと一人の男が顔を出した。


 不気味な淀んだ瞳。

 口の周りには無精髭。

 後ろで結ばれたうねる長い髪。

 太い腕。


 男が馬車内を見回した。

 そしてその目が捉えたのは、


「なるほど、確かに常軌を逸して美しい。己が――セシリー・アークライトか」


 セシリーさんだった。


 男は口の両端を吊り上げ、カッ、と禍々しく笑った。


「さあ――」


 それはまさに、喜悦の表情で。


「仕合おうか」

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