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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第49話「転送装置」

 キュリエさんが駆け寄ってきて、膝を突く。

 そして俺の切り裂かれたキュイラスや探索服に、素早く視線を走らせた。


「大丈夫、なのか?」


 向けられるのは、不安げな眼差し。

 キュリエさんの様子を窺った後、俺は口の端を緩め、息をついた。


「……よかった」

「なんだ? 私が来て、安心したのか?」

「キュリエさんが無事だったのがわかって、ほっとしました」


 彼女は一瞬、何を言われているのかわからないという顔をした。


「あの時、俺たち壁で分断されたじゃないですか? その後、壁の向こうで爆発音がしたので……キュリエさん、なんか強い魔物にでも襲われたんじゃないと思って」


 ああ、とキュリエさんは得心顔になる。


「あれは、術式で壁を壊そうとしてたんだ。……まあ、らしくもなく、少し取り乱してしまったよ。しかもその後、迂回して辿り着いたら、おまえの姿がきれいさっぱりなくなっていたから……さすがに、焦ったぞ」


 あれ?


「床に穴、空いてませんでした?」

「穴?」

「……何も、なかったですか?」

「ああ……穴なんて、なかったが」


 ふむ。

 とすると俺が落ちた後、穴は塞がったのか。

 …………。


「で……おまえは大丈夫なんだな?」

「ええ、なんとか。……セシリーさんのおかげで、傷も塞がりましたし」

「セシリー」


 キュリエさんが、セシリーさんを見上げた。


「礼を言う。おまえがいてくれて、本当によかった」


 複雑そうな微笑で、セシリーさんはそれに応えた。


「……本当に強敵ですね、あなたは」

「ん? 強敵?」

「いえ、なんでもありません。……クロヒコが助かって、わたしもよかったですよ」

「おまえたちも、ありがとう」


 ジークさんとヒルギスさんにも、キュリエさんが礼を述べる。


「ああ」

「……ええ」


 礼を言われた二人は、小さく頷いた。

 それから、俺に向き直ったキュリエさんは、皮肉めいた笑みを浮かべた。


「しかし、私が誰かから身を案じられるとはな……なかなか、ない経験だ」


 今のキュリエさんは、俺にとって師匠とも呼べる人だ。

 俺なんかよりも遥かに強い。

 そんな彼女の身を案じるだなんて、おこがましかったかな……。


「す、すみません」

「馬鹿、謝るな。……その、なんだ……悪い気はしていない、から」


 逸らした視線の行き場を探すようにしながら、ポリポリと頬をかくキュリエさん。

 じーっとこちらを見ていたセシリーさんが、えっへん、と一つ咳払いをした。

 キュリエさんの頬をかく動きが、止まる。


「あー……ええっと、だな……それよりおまえ、どうして五階層に? 守護種を倒して、下に降りたのか?」

「あ、実は……」


 俺は、みんなに経緯を話した。

 足場が崩れ落ち、変な部屋に落ちた。

 それから遭遇した魔物を倒しつつ、出口を探し、どうにかここに辿り着いた、と。

 そう説明した後、


「まあ、なんとか切り抜けられましたけどね。ほら、俺には禁呪もありますし」


 軽い調子で自分の話をさっさと結んでから、俺は話を切り替えた。


「ところで……セシリーさんたちが、俺を探してくれてたみたいなんですけど……」

「それはわたしから説明しましょう」


 セシリーさんが小さく挙手した。


 セシリーさんの説明によると、どうやら俺とキュリエさんが四階層にいた頃、ちょうどセシリーさんたちも四階層にいたらしい。

 地鳴りの時は、守護種がいる部屋の前で話し合いをしていたようだ。

 で、地鳴りがあって、彼女たちは帰還用の転送装置がある部屋を目指すことにした。

 その途中で、通路を走っていたキュリエさんの姿を発見。

 俺がいなくなったという話を聞いたセシリーさんは、俺の探索を提案。


 探索はすぐに開始された。


 キュリエさんとジークさんは、四階層から上を探索。

 最終的には、聖遺跡会館で俺が借りたレンタル品の返却があったかどうかを確認。

 そして広場で、姿を見たかどうかの聞き込み。

 その後、俺が帰ってきてなさそうだったら、四階層より下層に向かったセシリーさんたちを追って、合流。


 一方、セシリーさんとヒルギスさんは、四階層より下の階層を探索。

 二人で最大七階層までを探索し、そこで一旦キュリエさんとジークさんを待ち、合流後、可能な限り下層階を目指す。


 そのような探索計画を、セシリーさんが瞬時に提案し、俺を探すことになったのだという。

 で、意外と早くセシリーさんが俺を発見。

 そして、二階層にいたジークさんのつけている指輪がセシリーさんの光を感知し(それを発見の合図としていたようだ)、指輪に導かれて、キュリエさんと二人でここに急行した。

 ちなみに四階層の守護種である『ガーディアンオーガ』は……どちらの組も、あっさり倒してきたとか。


「…………」


 皆、迷う素振りすら見せず、すぐに行動をはじめたらしい。

 本当に……感謝しても、し切れない。

 この借りは、どこかで返さなくちゃな。


「ありがとうございました。本当に、なんとお礼を――むぐっ!?」


 キュリエさんが俺を、抱き寄せた。


「セシリーたちには感謝してる。おまえも、感謝はすべきだろう……だが私には、礼など言うな」

「キュリエ、さ――」


 ぎゅっ、と彼女の力が強まる。


「……悪かった。私がもっと、しっかりしていれば……もっと早く、異変に気づいていれば。どころか、おまえに助けられた」

「あの、キュリエ……さん――」

「だから、おまえは何も気にするな。おまえに、手落ちはなかった」

「その――」

「いいんだ、気にするな」

「……いや、気にするなと、言われましても」


 キュリエさんが心配してくれていたことは、素直に嬉しい。

 心から、ありがたいと思う。


「…………」


 ただ、その……顔が。

 俺は座っていたので……位置的に、ですね……。

 ……つまり、だから。

 俺の顔が、む、胸の間に、埋まって……。

 さっきのセシリーさんとのことといい……これは、なんか、まずい、ような……。


「キュリエ、ちょっといいですか?」

「……なんだ、セシリー?」

「…………」

「…………」

「強く抱きしめすぎて、クロヒコが苦しそうです」

「む……そうか」


 セシリーさんの一言で、キュリエさんが抱擁を解いた。


「すまなかった」

「いえ、そんな……って、あの!?」


 って、抱き直された!?

 こ、今度は俺の胸に、きゅ、キュリエさんの胸が……。


「キュリエ! そ、そんなのは……そんなのは――」


 わなわなと、セシリーさんの肩が震えている。


「ん? 今度は、力を入れていないが?」


 声の調子に……含意が、何もない。

 心から疑問に思っている声。

 つまり彼女は……純粋に、再会を喜んでいるだけなのだろう。

 その表現方法が抱擁というのは、嬉しいような……しかし、この密着度合いは、若干の問題を孕んでもいるような……。


「きゅ、キュリエさん! とにかく、今は地上に戻りましょう! このメンバーなら魔物は問題ないかもしれませんが、また地鳴りが来たら、危ないですし!」

「クロヒコの言うとおりですよキュリエ! すぐに移動です! ほら、離れて――立ってください!」


 セシリーさんが、俺に続いた。


「ん、そうだな」


 キュリエさんが立ち上がる。


「転送装置の部屋は、さっきジークベルトと見つけた。さっさと、地上に戻ろう」


 どうにか、切り抜け……た?


 とにもかくにも、俺たちは一旦、地上へ戻ることにした。

 転送装置で戻ることが決定した後、キュリエさんとセシリーさんが、足に力の入らない俺にどちらが肩を貸すかについて、話し合いをはじめた。


 ちなみに、その間。

 並んで腕組みしつつ、様子を眺めていたジークさんとヒルギスさん。

 この二人の会話が俺には聞こえていた。

 ジークさんは、やや憮然顔で。

 ヒルギスさんは、ジトっとした目をして。


「セシリー様……最近、変わられたな」

「……むしろ、元に戻りつつある、かも」

「サガラ・クロヒコに、キュリエ・ヴェルステイン……か」

「……ジークは、肯定派?」

「そうだな、肯定派だ。……意外か?」

「ちょっと、意外」

「セシリー様に牙を剥くなら別だが……まあ、互いに信頼感が芽生えているようだし。見守るよ、おれは」

「……そう」

「何か言いたそうだな、ヒルギス」

「…………」


 ふと、ヒルギスさんが冷たい視線を俺へ向けた。


「もし、セシリー様を傷つける人がいたら許さない……誰で、あろうと」


          *


「…………」


 おれたちは少し距離を取りながら、縦一列に並んで転送部屋を目指していた。


 先頭はキュリエさん。

 後ろはセシリーさんとヒルギスさん。


 で、俺は……ジークさんに、おぶられていた。

 

 なかなか俺に肩を貸す役を決められない二人を見かねたジークさんが、


「わかった、クロヒコはおれがおぶっていく。それなら問題ないだろう。……セシリー様も、それでいいですね?」


 声を荒げることこそなかったものの、その有無を言わせぬ調子に、揉めていた二人は素直に従った。

 あるいは、よい解決案だと思ったのかもしれない。

 ちなみに二人からは、ほとんど同時に『今のは喧嘩じゃないよ?』的なことを言われた。

 ……マキナさんに言われたこと、けっこう気に留めてたんだな。


「ヒルギスのことだが……悪く思わないでやってほしい」


 途中。

 ジークさんが声の大きさを落とし、話しかけてきた。


「……さっきのこと、ですよね?」

「ああ。……ただ、あいつはセシリー様のことになると、誰に対してもあんな感じなんだ。決して、君だけにってわけじゃないんだよ」

「セシリーさんのことが好きなんですね、ヒルギスさん」

「んー、そうだな……『好き』というよりは……恩義、だろうな。しかし、恩に報いるのはいいんだが……いささか、極端すぎるきらいがあってな」


 苦笑気味に、ジークさんが言う。


「困ったもんだよ……剣の腕もたつし、悪いやつじゃないんだが」

「けど、俺を探すって提案には、ヒルギスさんも乗ってくれたんですよね? それに、ジークさんも探してくれて……感謝してます」

「気にするな。確かにおれたちは、聖遺跡攻略においては競争相手だ。しかし同じ組の仲間でもある。いざという時は、助け合うべきだ。持ちつ持たれつ、ってやつだな」


 なんだ……このイケメンは。


「まあ……セシリー様のことも含め、これからも、よろしく頼む」

「こちらこそ」

「それに……何かと、男同士じゃないと話せないこともあるだろう。何かあったら、気軽に声をかけてくれ」

「……ども」

「実はおれも、獅子組には仲のいい男子がいなくてな」

「そうなんですか?」

「セシリー様のこともあるし……取っつきにくいと思われてるんだろう」


 どうだろう?

 ジークさんに、ぼっち要素はなさそうに思えるが……。

 しかし……さらっと言うあたり、やはりイケメン力は高いな。


「じゃ、友人ってことで、どうです?」

「友人か……そうだな、では友人としてこれからもよろしく頼む、クロヒコ」

「はい、ジークさん」

「そこは、ジークでいい」

「え?」

「東国の文化は知っているが……友人なら、もっと気安くだ」

「え……じゃ、じゃあ……ジーク?」

「ん、それでいい」

「…………」


 そういや、男の友だちって初めてかもしれない……。

 これはこれで、嬉しい気がする。


「で」


 ジークさんの声が、一段と潜められる。


「?」

「セシリー様とキュリエ・ヴェルステイン……今、どっちが勝ってるんだ?」

「じ、ジークさん……っ!?」

「はははっ、一割は冗談だ」


 ……ほぼ本気じゃねぇか!

 そして前列と後列の女子たち……聞き耳立てすぎですから!


 そんなことを話しているうちに、俺たちは転送装置がある部屋に到着した。


          *


 転送部屋。

 天井が高く、また、真っ直ぐの通路に対して、部屋がひし形になっている。

 それから、この部屋には扉がない。

 そして部屋の奥にあるのが、転送装置だ。


 転送装置の形は、壁に半分埋まった柱みたいな感じ。

 その柱の表面には、紋様を形作るように、クリスタルが埋まっている。

 つまりあの紋様が、転送術式なのだろう。

 そういや……なんだっけな……転送術式が流用できないのは、確か聖剣や魔剣と似たような理由だと、授業か何かで聞いたことがあったな……。

 もしあれが術式として使えたら、さぞかし便利だろうに。


「準備はいいですか?」


 セシリーさんが、転送装置に手をかざした。


「ああ」


 通路に立つキュリエさんが、剣を抜き放ちながら答えた。


 装置は、聖素を流し込むことで起動する。

 が、起動後、転送されるまでに五分〜十分ほどの時間がかかる。

 さらに起動後は魔物が大量に湧いてくる……と聞いているが。


 セシリーさんが、聖素を装置に流し込んだ。

 と、装置に埋め込まれたクリスタルが輝きを放つのと同時――術式が、床に浮かび上がった。

 術式は、まるで影が伸びるかのようにして、装置から入口の先まで伸びていく。

 そして、術式は部屋を出ると、通路まで数メートルほど飛び出したところで……停止した。


 なるほど。

 あそこまで伸びたということは……術式が途切れている位置の手前で、迫りくる魔物を食い止めろということか。

 出現した術式の上にさえ乗っていれば、地上まで転送される。

 実際、キュリエさんはちゃんと術式の上に立っている。

 つまり、あの位置で魔物をせき止められれば……以前見たように、魔物が一緒に転送されてくることもないわけだ。

 とはいえ、やはり、一人でやるのは――。


「…………」 


 こうして背負われていても、禁呪は使用可能である。


「キュリエさん、俺も禁呪で――」

「大丈夫だ、必要ない」


 きっぱりと言われ、次に、セシリーさんが尋ねる。


「キュリエ……本当に、一人でいいのですか?」 

「ああ」


 通路の幅は、二人並べるくらい。

 だが、


「私一人で、十分だ」


 キュリエさんは、そう言い切った。


 ――床を走る、けたたましい足音。


 複数の、足音。

 そして、通路を曲がって姿を現したのは……連なるように駆けてくるタイガーヘッドの群れ。

 獰猛な唸り声を上げながら、一直線に、こちらを目指し接近してくる。


「!」


 ダークタイガーヘッドが、何匹か混じっている。

 それを確認したセシリーさんが、前に出ようとした――が、すぐに足を止める。


 キュリエさんから放たれる殺気めいたものに、俺たちは、動けなくなった。

 その殺気の向かう先は……虎頭の魔物たち。

 こちらに背を向けている彼女からは、動揺の欠片すら窺えない。


「無理だよ、おまえらじゃ」


 平坦に言って、キュリエさんが、剣を構える。

 そして最初に飛びかかってきた一匹を――瞬殺。


 一秒と、少し。 

 殺されたとすらわからぬような、そんな速さで切り刻まれた同胞を目にしたタイガーヘッドたちの動きが、一度、ぴたりと止まった。

 しかし――すぐに自らの役目を思い出したように、タイガーヘッドたちは戦闘態勢を取る。


「今日は、無理だ」


 フン、とキュリエさんが鼻を鳴らす。


「今日は一匹たりとも――ここを、通れない」


 腹を括ったように、タイガーヘッドたちの脚に力がこもる。

 そして、


 通路のスペースを存分に活かし――タイガーヘッドたちが一斉に、キュリエさんへ襲いかかった。


          *


 結局、キュリエさんの言葉通り――転送が行わるまでの約五分半の間、一匹として、通路から部屋へ侵入できた魔物はいなかった。


 もちろん、地上に転送された者の中にも、タイガーヘッドの姿はなかった。

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