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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第47話「対する、ケモノ」

 俺を取り囲む、ブルーゴブリンの群れ。


 次元の断裂から現れた鎖が、群れの前列に並ぶブルーゴブリンたちを拘束。

 じりじりと距離を詰めていた前列の動きが止まったことで、後ろにいたブルーゴブリンたちに困惑の色が広がる。

 中には、斧状の腕で空間の裂け目や鎖をおっかなびっくり突っついてるやつもいる。


「我鎖ニ繋ガレシ獄ノ咎人ヲ貫ク黒キ魔槍ニヨル罪殺ヲ欲ス、第九禁呪第二界解放」


 俺は呪文を早口で唱えながら、来た方向とは逆――新たにブルーゴブリンが押し寄せてきた方向へと、剣を構えながら駆け出す。

 黒い槍が突き刺さっていく前列のブルーゴブリンたちの間を縫い、やや姿勢を低くしながら、前へ。

 その姿勢から、ひゅっ、と剣を半月状に振るう。

 眼前のゴブリンの喉元が、ぱっくりと割れる。


「……ゴ、ガッ……ッ」


 次――。


 振り切った剣を素早く返し、今度は、すぐ横にいたブルーゴブリンを袈裟切りにする。


「グ……ガァ……ッ」


 こうして、二匹を切り伏せた時点で。

 様子見状態だったブルーゴブリンたちが、ようやく明確な殺意を、俺へ向ける。

 鎖に捕まり槍で串刺しになったゴブリンたちは、すでに溶解をはじめていた。


 短く呼吸をする。

 

 本音を言えば……叫び出したかった。


 あるいは、己の内に巣食う恐れを取り除くには、それもいいのかもしれない。

 が、いくら身体に変化が起きているとはいえ、体力にも限界がある。

 叫ぶ体力すら、今は惜しかった。

 だから極力、呼吸は短く。

 口から出す言葉は、すべて禁呪の詠唱へ。


「我禁呪ヲ発ス我ハ鎖ノ王ナリ、最果テノ獄ヨリイデシ万ノ鎖ヨ――」


 後方から飛びかかってきたゴブリンの首を、詠唱しながら切り裂く。

 その首の切り口から、ぶしゅぅっ、と青い血が噴き出した。

 さらに身体を翻した勢いそのままに、俺は、次に襲いかかってきたゴブリンを切り捨てた。

 その間にも、マーカーをつけることは忘れず。


「――我ガ命ニヨリ我ガ敵ヲ拘束セヨ」


 さらに一匹、また一匹――。

 できるだけ呼吸を短く。

 最低限の動作で、一匹一匹、確実に。

 体力の消耗を抑えながら。

 着実に。

 生き残って、彼女たちのもとへと、戻るために。


「第九禁呪、解放」


 鎖で十数匹を、一気に拘束。

 さらに、前へ出る。

 鎖で拘束したブルーゴブリンを壁に、そして時に盾にしつつ――前へ。


 ずんっ、という手ごたえ。

 こちらに踏み込んできたブルーゴブリンの、額を割る。


「――――」


 ……次っ!


 汗が、冷たい。

 だが、身体は、熱い。


「我鎖ニ繋ガレシ獄ノ咎人ヲ――」


 ブルーゴブリンたちを屠っていく最中。

 ポイントを微妙に変えつつ、何度かその斧状の腕に剣を打ち込んでみた。

 それで、わかったことがある。

 ブルーゴブリンの斧状に変形した右腕。

 硬度が高いのは、肘の少し手前までだ。

 ならば――


 一匹のブルーゴブリンが斧腕を振りかざしながら、飛びかかってくる。


「――貫ク黒キ魔槍ニヨル罪殺ヲ欲ス」


 肘のあたりに狙いを定め、剣を振りおろす。

 ずんっ、とゴブリンの腕が切り落とされる。

 俺の脳天を割るべく振り下ろされるはずだった斧腕は、宙に放り出される。

 ブルーゴブリンは赤い目を剥き、消えた己の腕があった場所を見た。

 そして次の瞬間には、晶刃剣に喉を切り裂かれている。


「第九禁呪第二界、解放」


 汗が滝のように流れ出てくる。

 ふぅ、と小さく息を吐く。


 ……次。


 止まることは許されない。

 再び禁呪の詠唱に入りながら、ブルーゴブリンひしめく通路の向こうを目指す。


 一匹、二匹三匹……四匹五匹六匹、七匹八匹九匹十匹――十一、十二、十三、十四……十五っ!


 息をつく間もなく。

 次から次へ。

 切って、切って、切り伏せる。


 殺す。

 殺ス。

 殺――駄目だ。


 待て。

 待ってくれ。


 俺は、戻るんだ。


 ここで、おまえに意識をやるわけにはいかない。

 俺は『俺』のまま、彼女たちの元へ戻る。

 死ぬために戦っているわけじゃない。

 生きるために、戦っているんだ。

 だからおまえに『喰わせる』わけには、いかない。


 おまえは、俺が抑え込む。


 三撃。

 剣を振り――十六――突き――十七――戻し、切り裂く――十、八っ!


「…………」


 ただ……いよいよとなったら、くれてやるよ。

 すべてを、解放させてやる。

 だが――


 俺が、弱音を吐くまでは、

 もう、駄目だと思うまでは、


 少し、黙ってろ。


 のまれかけた意識を、切り離す。

 一瞬の硬直。

 襲いかかる、ブルーゴブリン。


 速い――硬直時間があろうが……それでも俺の方が、速い!


 身体を後方へ傾けながら、ブルーゴブリンの身体を、逆袈裟に切り上げる。

 ぶしゃぁっ、と噴き出す青い血。

 斧腕が空を切ったゴブリンは、そのまま傷口から血をまき散らしながら、俺の横を通り過ぎていく。


 崩れかけるバランス。

 が、踏みとどまる。

 そして即座に体勢を整え、剣を構え直す。


 焼けつくような息を一つ、大きく吐き出す。


「我――」


 再び、詠唱を開始。


「鎖ニ繋ガレシ獄ノ――」


 ……絶対に、生き残る。


          *


 クラリスさんを訪ねて図書館に行った、あの日。


『一応、あなたに……お伝えしておきたいことがあります』


 クラリスさんは俺を呼び止め、そう言った。


「聖素の扱いに適性のない者が、聖遺跡で死んだ場合について」


 これは、あくまで推測の域を出てはいないのですが――そのように前置きしてから、彼女は語りはじめた。


 聖遺跡での死について。


 聖遺跡で命を落とした者は、蘇ることができる。

 遺跡内で命を落とした者は、しばらくすると、蘇った状態で地上へ転送されてくる――。


 実は、聖遺跡にはそんな特性がある。


 聞き及ぶところによると、この特性があるからこそ、愛しの我が子を学園へ送り出す決意を固める貴族も多いのだという。

 ただ、いいことずくめでもない。


 蘇生後、聖遺跡で死亡した者は少なくとも二年、昏々と眠り続ける。

 その間、食事と排泄の世話は不要らしいが、例えば、眠っている者を剣で突き刺せば、もちろん死に至る。


 そして、聖遺跡内で生徒が死亡した場合、ルノウスレッド学園では退学の措置を取っている。


 眠り続ける期間は『少なくとも』二年。

 これはつまり、それ以上の年月を眠り続ける者がいることを示している。

 聞くところによると、もう十年以上眠っている者もいるのだとか(そして当然、歳はとっていく)。

 いつ復帰するかもわからぬ者を、学園に置いておくつもりはない。

 それが、学園側の方針である。

 そうして退学措置を取られた生徒は、親や親族に引き取られ、学園を去るのだ。


 また、この『蘇生転送』が適用されるのは、中央から外れた聖遺跡に限られる。

 聖樹の下――つまり城の真下にある聖樹騎士団が攻略している聖遺跡では、この『蘇生転送』が適用されないという。


 そして、この蘇生転送が発見されたからこそ『中央から外れた聖遺跡を候補生に攻略させる』という学園のカリキュラムは、認可されたのである。

 なるほど、聖遺跡には危険があるにも関わらず、学園の生徒にそこまで死地に赴くといった感じがないのは、そういう理由もあったわけだ。


 とはいえ、その蘇生転送によって、別段『死の恐怖』自体がなくなるわけではない。

 死ぬ際の苦しみ、痛み、恐怖は、記憶として残る。

 中には『死の記憶』がトラウマとなってしまい、仮に眠りから目覚めても、そのまま屋敷などに引きこもってしまう者も多いという。

 逆に、中途半端に生き残ってしまい、稀に、生かさず殺さずで魔物になぶりものにされるケースもあるんだとか(ただ、これはあくまで噂レベルらしいが)


「ですが、これは聖素を扱う『器官』を持つ者の話なのです」


 深刻な顔で言って、クラリスさんは話を続けた。


 彼女の話した内容は、こういうものだった。


 ここ何十年かは、国の管理する聖遺跡に入るのは、基本的として聖樹騎士団か、学園に通う聖樹士候補生たちだけだった。

 彼らは基本として、聖素を扱える者たちだ。

 が、過去の記録を遡ってみると、聖素を扱えない者も、それなりの数が聖遺跡に足を踏み入れているのである。


 そして、聖素を扱う素質がなかった人間で、蘇生転送された者は……現在まで、一人も確認されていない。

 

 これが、何を示しているか。


 そう。

 俺は聖素が扱えない。


 つまり俺の場合、蘇生転送もクソもない……死んだらそこで『終わり』という可能性が、非常に高いのだ。


 クラリスさんによれば、これはあくまで、過去の資料の統計から推察した話でしかないという。

 ちなみに話を終えた後、こんなことを調べたのはおそらくわたしぐらいでしょうけどねぇ、と彼女は照れくさそうに笑った。


「ただ……このことは、どうか心に留めておいてください。わたしも、すぐにお別れなんて、嫌ですから」

「わかりました……教えてくれてありがとうございました、クラリスさん」


 そして俺は、特別閲覧室を出た。


          *


「はぁっ……はぁっ……」


 どれだけのブルーゴブリンを、殺しただろうか……?

 五十?

 百?


「…………」


 正直、きりがなかった。

 殺しても殺しても……新しいブルーゴブリンが、通路の先から湧いてくる。

 ……もちろん、後ろからも。

 それでも、諦めるつもりはない。


 こんなところで、死ぬわけにはいかない。


 新たに現れた四匹のブルーゴブリンが、向かってきた。

 剣を振るう。

 切り殺す。

 襲いかかってくる順に、切り殺す。

 切り殺しながら、俺はさらに通路の先を目指す。


 切って、前へ、切って、前へ――ただ、前へ。


 その時。

 ごりっ、と。

 刃がブルーゴブリンの肉に、引っかかる感触があった。


「くっ……!」


 ついに、と言うべきなのか。

 切れ味が。

 剣の切れ味が、鈍りはじめて――


 それでも、俺は力任せに、剣を振り切った。


「グ……ギェ、ギャャァァアアアア!」


 断末魔の悲鳴を上げた後、血をダラダラと流しながら倒れ伏す、ブルーゴブリン。


「はぁっ、はぁっ……」


 まずい。

 武器が――。

 途中、小手に罅が入って、使い物にならなくなった。

 だから何度も、剣で斧を受け止めた。

 その、せいか。


「ゲガァ! グゴガァァアアアア! ガギガァァアアアアアアアア!」


 俺が弱ったと見たのか。

 一匹のブルーゴブリンが斧腕をこちらに向け、雄叫びを上げた。


 周囲を見渡す。

 点々と散らばっているのは……クリスタルの欠片。


『異種はクリスタルを体内に取り込んでいることがある』


 そういや以前、そんなことを聞いたっけ。

 けど、今は呑気にクリスタルを拾ってる余裕なんか……。

 …………。

 待てよ。

 あの、破片……。


「我、鎖ノ――」


 禁呪を唱えながら、クリスタルを左手で握り込む。

 さらに三匹、先の通路からこっちへ向かってくる。

 まず先頭のブルーゴブリンを、一突きで殺す。

 素早く剣を引き抜き、さらに右から飛びかかってきたもう一匹を、一刺し――。

 そして、もう一匹。

 左から飛びかかってきた、そのゴブリンの目に――


 尖ったクリスタルを、思いっきり、叩きつけた。


「グ……ゴガァァ……!」


 ブルーゴブリンの眼球に、クリスタルが深々と突き刺さる。

 ゴブリンが目を抑え、前方に腰を折った。

 ずんっ。

 その頭頂部に俺は、剣を上方から突き下ろした。

 さらに剣を引き抜きながら、後ろから迫っていたブルーゴブリンたちへ第九禁呪を第二界まで放ち、息の根を止める。


「……ふぅ」


 ブルーゴブリンの斧腕は、殺したり切り離したりすると溶けてしまうため武器としては使えなかったが……先端の尖っているクリスタルなら、武器として使えるな……。

 …………。


 諦めて、たまるか。


 まだだ。

 まだ、ここでやられるわけには、いかない。


 這い上がってくるあの『感覚』を振り払いながら、俺は、さらに脚を前へ進めた。

 そして、


「あそこが出口だと、いいんだけどな……」


 辿り着いた場所。

 視線のずっと先には、赤黒い色をした扉。

 だが、


「……そう簡単には、行かせてくれないか」


 俺が辿り着いたのは、広い長方形の部屋だった。

 天井は高く、幅も広い。

 聖遺跡において、いわゆる『大部屋』と呼ばれる場所だろう。


 ここに来るまでに、けっこうな疲労が蓄積している。

 また、深手こそ負ってはいないものの、腕や脚に走る切り傷が、いくつか服の裂け目から覗いている。


「さて……」


 そんな俺の先に立ちはだかるのは、数えるのも嫌になるほどの、ブルーゴブリンの群れ。

 少し振り返ってみると、さらに後ろからも、ブルーゴブリンの塊が迫ってきていた。


 ふと、俺は彼女たちの顔を思い浮かべた。

 …………。

 やはり死ぬわけには、いかない。

 もう一度、彼女たちに会いたい。


 大きく一つ、深呼吸。

 このまま突っ込めば一斉に囲まれることになるだろうが――それでも、ここはいくしかない。

 後戻りは、できない。


 臨戦態勢に入ったブルーゴブリンたちに、可能な限りマーカーを指定していく。

 ブルーゴブリンたちが、動き出す。

 詠唱。

 発動。


 ――前へ。


 俺は、走り出した。

 行く手を阻むブルーゴブリン。


 第二界、解放。


 次元の穴から降り注ぐ漆黒の槍。

 飛んでくる槍に貫かれるゴブリンを横目に、俺は剣で、突く、突く、突く――突き、殺す。

 と、近距離に横たわっていたブルーゴブリンの死骸から、クリスタルが出現。

 それを手に取り――かけて。


 ぱしっ。


 俺は、


 ブルーゴブリンに突き刺さっていた、禁呪によって呼び出された黒き槍の方を、手に取った。


 それを引き抜いて、前方の三匹を――まとめて、串刺しにする。


「…………」


 なるほど。

 こんなのも、アリか。


 これは『検索』でも出てこなかった使い方だ。

 俺としては、無我夢中で、咄嗟に掴んだ感もあったのだが……。

 しかし禁呪は今のところ、俺のイメージで扱えているような気がする。

 例えば、使い方をPCのイメージでやっているみたいに。


 つまり、ある程度までなら……どう使うかは俺次第、ってことか?


 三匹をまとめて串刺しにした槍は、最初に引き抜いたゴブリンが消えたところで、穴の中へと引っ込んでいった。


「……だったら」


 禁呪の詠唱をはじめる。


「使えるもんは、なんでも使ってやる」


 鎖で拘束されたブルーゴブリンたちに襲いかかる、無数の黒い槍。

 剣で敵を突き殺しながら、俺は、次々と槍を手に取る。

 時に、槍の先がゴブリンの身体に到達する前に、槍を掴む。

 そして、その槍で、襲いくるゴブリンを貫いていく。


 こいつらを蹴散らして……なんとしてでも、扉まで、辿り着く!


 とめどなく襲いかかるブルーゴブリンの奇声と、青い血の雨を浴びながら――俺は、ただひたすらに、扉を目指す。

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