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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第5話「禁呪」

 突如現れた、赤黒い四つの穴。


 その穴から、弾丸のごとき勢いで大量の何かが飛び出してきた。

 もし鉄の塊が擦れ合いながら物凄い速度で移動したら、あんな音を出すのではないだろうか。

 吐き出されるようにして次々と現れる黒く細長い何かが、学園長に襲いかかった。


「きゃっ!?」


 回避する間も与えられず、学園長はその『何か』に拘束された。


「……あれは、鎖?」


 穴から何十本と現れたのは、黒い鎖のように見えた。

 また、鎖には血管のようなものが走っており、心なしか脈打っているようにも見えるが……。


 てか、何?

 一体、何が起こったんだ?

 俺は床に腹を密着させたまま、顔以外を鎖でがちがちに拘束された学園長を呆然と眺めた。


「くっ……ぅ……んっ――」


 学園長が、汗を流しながら悶えている。

 なんだか妙に艶めかし――とか、今はそんなアホなことを考えている場合じゃなくて。


 あの穴と鎖は、一体なんなんだ?

 何が起きたんだ?

 まさか、あれが学園長の使った術式とやらなのか?

 いやいや、アホか。

 自分で自分を拘束してどうする。

 しかし、だとすれば、あれは――


 ――どくん。


 あ、れ? 


(違う。

 あれは――あの鎖は、目の前の少女によるものじゃない)


 何か、声が。

 いや、これは――俺の声?


(そう、

 あれは、

 アレハ、

 俺ガ――)


「くっ……あなた私に一体、ん……どんな、術式を――」


 苦悶の表情で学園長が問いかけてくる。

 だが、俺は自分の中に急に湧き上がった妙な感覚に戸惑い、言葉を失っていた。


「…………」


 なんだ、この感覚?

 これは……そう、仮に自分をパソコンに例えるとしたら、新しいアプリケーションがインストールされたみたいな、そんなイメージ、だろうか――


「――――」


 ――え?

 なんだって?


 第九、禁呪?


 さっき口にした厨二病ポエムの中にあった単語が、不意に頭の中に浮かび上がってきた。

 というより、あの鎖を出すための呪文のプロセス(?)が、いつでも取り出し可能な引き出しにしまい込まれたみたいな感じ、というか……。

 つまり、あの呪文は俺の一部?

 呪文を覚えた……そんな、感じなのか?

 駄目だ。

 なんか頭の中がごちゃごちゃしてきた。

 ただ確実なのは――


 俺は学園長を拘束する鎖を見た。


「つまり……あれ、俺がやったってことか?」


 と、学園長は眉根を歪め俺をねめつけると、ふん、と不敵に笑った。


「見たことのない術式だけれど……これで、あなたが危険人物であることがはっきりとしたわね。術式で威嚇して反応を見るつもりだったけど……どうやら今までの間抜けな振る舞いは、なるほど、すべては油断させるための演技だったと。この学園に潜り込んだ目的は知らないけれど……この術式は危険人物だと判断するには、十分すぎる!」


 学園長が、カッ、と大きく口を開いた。

 そして、俺の方へ向けて舌を出した。

 なんだ……?

 学園長の舌に、何か文字のようなものが……。

 と、その時だった。

 呆気にとられた顔をしていた栗色の髪の子が、はっとなった――かと思うと、


「あ……え? が、学園長ぉ!? ここでその術式は、ままま、まずいですよ〜!」


 あわあわと声を上げた。

 えっーと……あれ、術式っていうんだっけ?

 うん?

 あれはつまり、その発動式みたいなのを舌に刻んでるとか……そういう系?

 隠し技的な?

 てことは俺、これから魔法みたいなので攻撃されるってことですか?

 しかも栗色の髪の子の感じだと……すげぇ超必殺技っぽいんですけど。


「ま、待ってください! 俺、敵意があってやったわけじゃ……うっ」


 俺を見る学園長の表情が、問答無用、と語っていた。

 …………。

 またもやピンチ。

 俺の運気……ちょっとばかし乱高下しすぎじゃないか?

 その時、学園長の唇が滑らかに言葉を紡いだ。


「『ミストルティン』――」

「う、うわぁぁあああああああ!」


 目を瞑る。

 今度こそ、駄目か――


「…………」

「…………」


 ん?

 あ、あれ?

 何も、起きない?

 恐る恐る、目を開けてみた。

 視界に入ってきたのは、驚きを顔に浮かべ、舌を出したまま固まった学園長の姿だった。


「……え?」


 学園長が、信じらないといった声を漏らした。


「術式が、発動しない……? いえ、違う……そもそも『聖素』を、術式に流し込めていない……? そんな……こんなこと今まで、一度も――」


 学園長の視線が、ゆっくりと自分を束縛している鎖へと降りていく。


「まさか、この鎖の影響だとでもいうの……? 一体この術式は……待って……そもそも、あの男が使用したのは術式ではないわ……あれは、そう、呪文詠唱……いえ、だとしても、こんな呪文は聞いたことが……」

「あのぅ、学園長ぉ。ちょっと、お耳に入れたいことがあるのですが」


 話しかけたのは、栗色の髪の少女だった。

 焦燥をその白い顔に浮かべつつ学園長が少女を見やる。


「……何、クラリス?」


 栗色の髪の少女は、名をクラリスというらしい。

 おっかなびっくり学園長に近づいたクラリスさんが、鎖をちょんっと指でつついた。

 そして俺の方を向いた。


「あの、これ……大丈夫です、よね?」

「え? 大丈夫、とは?」

「わたしの予想通りなら、あなたにはこれを『操る』権限があるはずなんですが……これ、わたしを襲わないように……できますよね?」

「え、ええっと……」


 俺は口ごもる。

 学園長が不可解げな様子で、クラリスさんを見る。


「一体、どういうこと?」

「それはですねぇ――」


 まだ俺は『大丈夫』だと答えてはいないのだが、クラリスさんは気にした風もなく、学園長の耳元に口を近づけた。

 そして内緒話をするように、ごにょごにょと何やら話しはじめた。

 と、次第に学園長の表情が変化していく。

 そして、


「つまり、彼が今使ったのは――」

「ええ、おそらく」


 ショックを受けたように、学園長が俺を見る。


「なんてことなの……まさか、そんな……」

「はい、ですからぁ、これは、とってもすごいことだと思います」

「すごいどころの話じゃないわ……だとすれば、これは――」


 何やら思案げな顔をする学園長。

 と、その時、


「ききき、貴様ぁ! その気味の悪い鎖を操っているのは、お、おまえなんだな!? が、学園長を放せぇ!」

「へ?」


 俺は背後へと振り返る。

 衛兵さんが鞘から抜き放った剣を構えていた。


「学園長を解放しなければ、た、たたっ切る!」

「…………」


 ふむ。

 足がガクガク震えていることから察するに、今まではビビッて動けず固まっていたのだろう。

 となると。

 あれは威勢だけで、本当に切りかかってはこないはずだ。

 …………。

 こないよな?

 うん、こない。

 多分。

 で……一方のリーザさんはというと、この張りつめた状況もなんのその、平然とした顔で静観していたようだ(何を思い、考えているのかまでは、もちろんわからないけれど)

 しかし――

 俺は学園長の方へと振り返る。

 まだ彼女は鎖に拘束されたままだ。

 うん。

 確かに、このままというわけにもいくまい。

 うーん。

 なんとか解除(?)の方法を探さねば……。

 俺は目を閉じ、意識を集中してみた。


 すると意識にデータベースのようなイメージが想起される。


 さっきと同じくパソコンの喩えでイメージしてみたが……こういう感じでいいのだろうか。

 ええっと、呪文とやらがアプリケーションなら、ヘルプの項目はあってしかるべき……。

 ヘルプを呼び出すイメージ……イメージ……。

 どうだ?


「…………」


 ん。

 なんとか、イメージはできてる気がする。

 次は、検索のイメージ。

 検索、検索……。

 解除……解除……え?

 うわ。

 なんだこれ。

 この呪文、まだ『先』がある?

 つまりさっきの鎖は……まだ、第一段階に過ぎないってことか?

 なんと。

 まさかさらに派生形があるとは。

 ただあの禍々しさからすると、下手に使うべきではない気もするが……。

 何よりどんな力かもまだわからないのに、無闇に使用すべきではあるまい。

 さすがに第二段階とやらを学園長で試してみるわけにもいかないだろう。

 っと、それよりも今はあの鎖を消す方法を探すのが先決だな。

 えーっと、解除、解除……。

 む?

 これか?

 あ、これだ。

 何々?

 お、呪文の効果を解くのは打って変わって簡単みたいだな。

 ええっと、


「『――第九禁呪、閉界』」


 そう口にした途端――黒い鎖が緩み、学園長を解放した。

 そして、まるで大量の蛇が草むらの中へ一斉に引いてでもいくかのように、金属音にも似た軋みを上げながら、黒い鎖たちは出てきた次元の断裂の中へと戻っていく。

 鎖が戻り切ると、ぽっかり空いた穴は閉じ――


 そこにはもう、何もなくなっていた。


 まるで夢でも見ていたかのように、きれいさっぱり。


「ふぅ……ひどい目に遭ったわ」


 ぽんぽんっ、とスカートや胸元を払う学園長。

 その横に立つクラリスさんが、安堵の顔で深く息を吐いた。

 と、


「学園長っ!」


 声を上げたのは、衛兵さんだった。

 あの気味悪い鎖が消えたせいか、少し威勢を取り戻したようだ。


「騎士団から聖樹士を呼び、即座にこの男を拘束しましょう! なんなら風紀会の連中も呼んで――」

「いえ、必要ないわ」


 学園長が衛兵さんの言葉を遮った。


「なっ!? なぜですか、学園長!?」


 学園長は人差し指を白い頬に当てると、可愛らしく、かつ妖しげに「うふっ」と微笑んでみせた。


「少々、事情が変わったの」


 それから学園長は、俺に向き直った。


「さて……あなた、名前は?」


 俺に向けられるその目は、最初に顔を合わせた時に向けられた無関心なものとは明らかに違っていた。


「相楽、黒彦といいます」

「そう。では、クロヒコ」

「は、はい」


 学園長は俺の方へ歩み寄ると、床に落ちていた紙を拾った。

 ちなみに、俺は未だ手を縛られたまま、どうにか身体を起こし正座している状態だ。

 学園長が手にしている紙は、さっき俺が読み上げた文字が記されていた紙である。

 その紙が、俺の眼前に突きつけられる。

 ……ん?

 これが辞世の句だと思って読み上げた時は文字の色が黒かった気がするけど、今紙に記されている文字は、まるで脱色してしまったかのような色をしている。


「あなたは、今さっき『あの呪文』を覚えた。そういうことで、いいのよね?」


 学園長の言った『あの呪文』というのは、あの鎖を呼び出した呪文のことだろう。


「え、ええ……」

「つまりあなたはこれを読み上げることができた。そうね?」

「ええ、まあ」


 口元に手をやると、学園長は視線だけを俺に寄越した。


「あの呪文の詠唱、発動させないようにこの場で読み上げることは可能? 例えば、九割ほどで詠唱をやめれば発動しない、とか」

「で、できると思いますけど」


 俺は再び視線を走らせ、最後の『第九禁呪、解放』の部分だけ読まないようにして、口に出して読み上げてみた。

 すると学園長は、がばっ、と紙を裏返し、舐めるように視線を紙面に走らせた。


「これを、読めたというのね……」

「え?」


 距離的に俺にギリギリ聞こえるくらいの小声で、独りごちるように、学園長が呟いた。


「実際に『禁呪』が発動したのをこの目で見たどころか、私は体感もしたわけだし……さすがに、これで信じないという方が無理があるわね。それに禁呪の呪文書の文字にも、見たことのない変化が現れているし……」


 禁呪?

 禁呪って、なんだ?

 ていうか、その紙に書いてあったことを読めるのって、そんな特別なことなのでしょうか?

 俺にはわからない。


「あなた、名前からすると東国の出身みたいだけれど……どこでその言語を?」

「え? だって、そこに書いてあるのって……」


 そう。

 どこでも何も――


 そこに書いてあるの、普通に日本語じゃないですか。

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