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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第44話「なって、みせます」

「マキナさん、図書館に何か用事ですか?」

「クラリスに会いに来たのよ。まあ……まだあなたがいれば、三人で話すのもいいかと思ってね」


 マキナさんが、対峙していた二人に視線を飛ばす。


「そっちのお二人は、クロヒコだけが目的だったようだけど」


 キュリエさんとセシリーさんが、少し戸惑った様子を見せる。

 そんな二人にマキナさんは、悠然とした笑みを向けた。


「しかし……あなたたちは、レベルが低いと言わざるをえないわ」

「レベルが……低い?」


 セシリーさんが訝しげに尋ねる。


「それは一体、どういう意味でしょうか?」


 ふぁさっ、と両手で自分の髪を掬い上げるマキナさん。


「先ほどのやり取り、聞かせてもらいました」


 ん?

 今の言葉に引っかかりを覚えた。

 マキナさんはいかにも『今、偶然ここにやって来ました』といった感じで登場したように見えたのだが。

 しかし今の発言だと、まるでキュリエさんとセシリーさんのやり取りを聞いていたかのような……。

 と、いうことは――


「まさか学園長も柱の陰に隠れていたんですか?」

「もちろんよ」

「も、もちろんなんですか?」

「ええ」


 弁解する気などさらさらないといった、清々しいまでの返答っぷり。

 そう返されてしまうと……これ以上何も言えない。

 そんな学園長に、キュリエさんもセシリーさんも、どんな言葉を発すればいいか考えあぐねている様子だ。


 取り澄ました顔で、マキナさんが言った。


「二人はクロヒコの気を自分の方へ引きたいようだけど――」


 そこでキュリエさんが何か言おうとした。

 が、言葉が出てこなかったらしく、ぐっと詰まってしまう。

 悟ったような微笑を浮かべながら、マキナさんが続けた。


「もし互いを貶めるような発言を用いて異性の気を引けると思っているのなら――勘違いも甚だしいと、言わざるをえないわね」


 なぜか互いに身を強張らせる、キュリエさんとセシリーさん。

 二人の表情はまさに、ぐぬぬ、といった風で。

 マキナさんが二人の間の空間を、びしっ、と指差した。


「ましてやその姿を気を引こうとしている異性の前で晒すなど――論外よ!」


 マキナさんが言い放つと同時に、学園の鐘が鳴った。

 夕暮れの中、学園に鐘の音が響き渡る。


 鐘が鳴り終わると、学園長は手を下げた。


「……いいかしら? 異性の気を引きたいのであれば、貶し合うのではなく、己の価値を高めなさい。先ほどの互いへの対抗心を隠し切れていない姿……それをクロヒコが見てどう思うかくらい、想像つくのではなくて?」


 キュリエさんとセシリーさんが、ちらっ、と視線を交差させた。

 声を抑え、キュリエさんがセシリーさんに呼びかける。


「おい、アークライト家の娘」

「……その呼び方、なんとかなりませんか?」

「……アークライト」

「なんですか、ヴェルステイン?」

「あの学園長……何者なんだ?」

「宮廷魔術師を父に持つ、ルノウスフィア家のご息女です」

「そういうことじゃなくてだな。クロヒコとはどういう関係なんだ?」

「ああ、そういう意味ですか。……クロヒコが禁呪使いであることを最初に見破り、この学園へ呼び寄せたのが学園長だと聞いています」


 キュリエさんが横目で学園長を窺う。


「なるほどな……フン、礼は言っておく」

「……ふふっ」

「なんだ?」


 セシリーさんが、キュリエさんに薄笑いを向けた。


「早速、実践ですか?」

「ん? 何がだ?」


 きょとんとなるキュリエさん。


「うっ」


 セシリーさんが、しまった! といった風に固まった。


「今の『実践』とはどういうことだ?」

「な、なんでもありません……その、あぅ……ど、どういたしまして!」


 かぁ、と顔を紅潮させ身を竦めるセシリーさん。


「?」


 キュリエさんが怪訝そうに眉根を寄せる。

 …………。

 ていうか、声を潜めているようでいて、会話内容が丸聞こえなんですが……。


 と、そこでタイミングを見計らったかのように、マキナさんが口を開いた。


「対抗心を持つな、とは言わないわ。けれど、肝心の本人をおざなりにして相手を言い負かすことだけに労力を割いていると、ろくなことにならないんじゃないかしら?」


 要は……仲良くしろってことですよね?

 うん。

 俺としても二人には仲良くしてほしい。

 だから――


「ん?」


 マキナさんが俺に手招きしている?

 何やら浮かない表情の二人に気を配りながら、俺はマキナさんのもとへ歩み寄った。

 しかし目の前まで来てもマキナさんの手招きは終わらず。

 どころか、何やら不服そうで。


「…………」


 あ、そういうことか。


 俺は姿勢を低くした。


 よろしい、と頷くマキナさん。

 ヒソヒソ話をするように手を口元に添え、彼女が耳元で囁いた。


「セシリー・アークライトは、名門アークライト家の娘よ。それからあのキュリエという子も試験結果を調べてみたところ、聖素の才だけでもかなりのものだわ。……何より彼女、あなたの攻略班のパートナーなのでしょう?」

「ええ、そうです」

「だから今後のことを考えても、あの二人とは上手くやるべきね。有能な味方は、多い方がいいわ」

「な、なるほど……」


 思いっきりこちらを注視している二人から視線を戻し、さらにマキナさんが耳打ちする。


「そういうわけだから、まあ……がんばりなさい。色々と助け舟は出したつもりだけれど、結局は、あなた次第よ」

「……はい」


 耳元にかかる学園長の吐息が何気にくすぐったい。


「それと、今日あなたが得た情報についてはクラリスから聞いて把握しておくわ。……まあ、私のことは気にせず、あとはどうにかこの場を乗り切りなさい」


 そして、ぽんっ、と俺の肩を一つ叩くと、マキナさんは図書館のドアを目指し歩きはじめた。

 きまり悪そうなキュリエさんとセシリーさんを横切り、マキナさんが図書館のドアに手をかける。

 そこで、マキナさんがセシリーさんに問いを投げた。


「セシリー嬢……あなたは聖遺跡攻略、三人という人数にこだわっているそうね?」

「……はい」

「その数は、お兄様を意識してなのでしょうけど……私ね、今ふと思ったの。あなたとキュリエ・ヴェルステイン、そしてクロヒコ……これで、三人ではなくて?」

「それは……」

「ふふっ、気にしないでちょうだい。ただ思いついただけだから。それでは、ごきげんよう」


 こうして学園長は図書館の中へ消えて行き、俺たち三人がその場に残された。

 で、最初に動きを見せたのは――


「あの、キュリエさん、セシリーさん」


 俺だ。


 ふぅ、と一つ息を整える。

 そして、言った。


「俺、やっぱり二人には仲良くしてもらいたいです。学園長に言われたからじゃなくて……ずっとそう思ってました」


 踵を返す。


「俺は、攻略班を組むとか組まないとか関係なしに、三人で仲良くできたらいいなって思ってます。俺の、勝手な押しつけかもしれないですけど。でも、今の俺は二人のこと……どっちも比べられないくらい、す――好きですから!」


 言って、俺は駆け出した。


 呼び止める声が聞こえた気がしたが、俺は止まらず、そのまま走って家へと向かう。


 走りながら、様々な思考が頭を駆け巡る。


「……てか」


 何言ってんだ、俺……!


 よりにもよって『好きです』なんて……ああ、もう!

 恥ずかしくなって、思わず逃げてしまった!


 短く呼吸を繰り返しながら、軽く俯く。


 なんか明日、顔合わせづらいなぁ……。


 ようやく顔を上げると、いよいよ暗くなりはじめた空が視界いっぱいに広がっていた。


          *


 家に帰ると、ミアさんがいた。


「あ、お帰りなさいませ、クロヒコ様っ。……あの、いかがなされました?」

「……え? あ、ええっと……ちょっと疲れたのかもしれません。運動がてら家まで走ってきたもので……ははは……」

「そうですか……あ、湯浴みの準備ができておりますので、よろしければ! あと、お夕食も是非ご期待ください!」


 なんだろ。

 ミアさんの元気な姿にすごく癒された。


「ありがとうございます」


 俺は感謝の言葉を口にしてから風呂へ向かった。


 風呂でさっぱりしてから戻ってくると、テーブルの上に夕食が並んでいた。


「すみません、何から何まで」

「いえいえ、とんでもございません! これはわたくしが好きでやっていることですので、どうぞお気になさらず! あ、マキナ様からもお許しを得てやっていることですから、そこもご心配なく!」


 夕食を終え、ミアさんと二人で後片づけをはじめる(最初は手伝うのを断られた)。

 すぐに夕食の後片づけを終わった。

 するとミアさんが、


「では、わたくしはこれで」


 と、家から出て行こうとした。

 が、不意にドアの前で足を止めた。


「……クロヒコ様、少しよろしいですか?」


 ミアさんがこちらを振り向く。


「? ええ」

「クロヒコ様は、この国のご出身ではないのですよね?」


 マキナさんを除く俺の周囲の人たちには、俺は異世界から来たのではなく東国から来たと説明されている。


「はい。俺は東国の……山奥の出身です。だから、何も知らなくて」

「それに関係した、ことなのですが」


 ミアさんが一度、躊躇いがちに口を噤む。

 それから、


「その……あまり、遠慮なさらないでくださいね?」


 と、気遣わしげに言った。


「遠慮、ですか?」

「はい……他国からこの学園に来られたからだと思うのですが、ミアにはクロヒコ様が、何かと遠慮されているように見えるのです」


 寂しげな感情をのぞかせつつ、ミアさんが眉尻を下げて微笑む。


「ミアは、亜人種ですから。ですので、ちょっぴりですが……『よそ者』扱いされる方の気持ちが、わかるような気もするのです」

「ミアさん……」

「ですがクロヒコ様は勇気があって……何より、とてもお優しい方です。ですから、どうか、もっとご自分に自信を持ってくださいませ」

「…………」


 遠慮、か。

 自分では気づかなかっただけで、もしかしたらあったのかもしれないな。

 はたから見て、わかるほどには。


 ぺこり、と頭を下げるミアさん。


「さ、差し出がましいことを口にして、申し訳ありません」

「そんな……むしろそんな風に言ってもらえて嬉しかったですよ。ありがとう、ミアさん」


 するとミアさんは、慈しみを湛えた微笑で応えた。


「ミアは……どんなことがあっても、クロヒコ様の味方でございます」


 それから睫毛を伏せ、左胸に手を当てた。


「クロヒコ様は、わたくしなどの『お友だち』になってくださった……とても大切な方ですから。だから――」


 まるで幸せを噛み締めるように、彼女の口元が柔らかく緩む。


「クロヒコ様がこの国で幸せになってくださることが、今のミアにとっての幸せでもあるのです」

「――――」


 ここまで言ってくれるなんて。

 こんな俺なんかに。

 …………。

 いや。

 今、自信を持てと言われたばかりじゃないか。

 彼女の気持ちを――ちゃんと受け止めなくちゃ。


「ミアさん」

「は、はいっ」


 そうだ。

 もう少し自信を持とう。

 言うべきだと思ったら……できるだけ、しっかり言うんだ。

 さっきの、図書館前での時みたいに。

 変に遠慮せず。

 自分から。


 何より……どんなことを言っても、どっしり構えていられるくらいの男になりたい。

 ……さっきは恥ずかしさに耐えられず、つい逃げてしまったけど。

 でも、これからは――


「俺、もっとがんばります」


 目を逸らさず、ミアさんの目を真っ直ぐ見据える。


「そして、もっともっと努力して、どんなことからでもミアさんを守れるくらい、強い男になります」


 決意と共に手に力を込める。


「なって、みせます」


 今の俺に必要なのは……強さだ。

 そう、例えば――


 禁呪の力を『使える』というだけではなく。

 禁呪の力を『使いこなせる』ようになる必要がある。


 それだけじゃない。

 色んな意味でも、強くならなくちゃならないんだ。

 それがきっと、大きな自信へと繋がっていくはずだから。


「クロヒコ様……」

「だからどうか見守っててください。もっと自分に自信を持てるよう、俺、がんばりますから。……ミアさんの、ためにも」


 ミアさんは微かに涙ぐみ――


 そして、笑った。


「――はいっ」


 笑ってくれた。


          *


「おはようございます、キュリエさんっ」


 朝一番、通学途中のキュリエさんの姿を見つけ声をかけた。

 ちょうどタイミングよく彼女が女子宿舎から出てきたのだ。


「ん……ああ、おはよう」

「今日の戦闘授業、ビシビシお願いします!」

「やけに張り切ってるな……まあ、やる気があるのはいいことだが」


 二人、並んで歩く。

 他の女子生徒たちから好奇の視線が注がれているが気にしない。


「ところで、なんですが」


 俺の方から切り出す。


「ん?」

「昨日はすみませんでした。あんな形でいなくなっちゃって」


 昨日の朝セシリーさんに謝った時と同じような台詞を、キュリエさんに言う。


「いや、昨日は……私も悪かったよ」


 キュリエさんが頬をかきながら、視線を逸らす。


「というか、私らしくなかった。……なんというかな、上手く表現できないんだが、おまえがあいつに掠め取られるみたいな気持ちになって、つい売り言葉に買い言葉になってしまった気がするんだ」

「確かにキュリエさんのいいところが出てませんでしたね」

「む……今日のおまえは、なかなか言うじゃないか。……だがそうなのかもな。あれだよ、ほら、嫉妬ってやつだ」

「…………」


 これには俺も次の言葉がすぐに出てこなかった。

 ストレートに『嫉妬』って言ったよ、今……。


「しかし、もやもやの正体がわかればなんてことはないさ。セシリーも反省していたしな」


 ん?

 セシリー?


「ああ……実はあの後、あいつと腰を据えて少し話したんだよ」


 俺の疑問を察したらしいキュリエさんが、耳をかきつつ言った。


「で、まあ……案外、悪いやつじゃないのかもしれないな、と」

「ほほー」

「……なんだ?」

「いえ、キュリエさんとセシリーさんの距離が縮まったようで、よかったなぁ、と思いまして」


 あの後、俺の与り知らぬところで二人の打ち解けるイベントがあったらしい。


「だが、私が第6院の出身者であることを考えるとな……あまり親しくなるのも、よくないのかもしれん」

「それについては俺に考えがあります……一応、ですが」

「ほぅ」


 俺は、迷わず言った。


「俺がもっと強くなって、第6院の連中を蹴散らしますよ」

「――っ、……っ!」


 あ。

 キュリエさんが、こけかけた。


「だ、大丈夫ですか?」


 微かに頬を上気させたキュリエさんが、恨みがましい目で睨んできた。


「何を言い出すかと思えば……私の予想の遥か上を飛んで行ったぞ、今のは」

「でも俺、本気ですから」

「しかしなぁ……」


 俺は極めて真剣にキュリエさんを見た。

 すると、根負けしたようにキュリエさんは息をついた。


「わかった、わかったよ……あいつらと渡り合えるようになる保証はしないが、ちゃんと鍛えてやるから。まったく……ますますわからんやつになりつつあるな、おまえは」

「このわけのわからなさも武器に変えてみせます」

「言っている意味もさっぱりわからん。だが――」


 フン、と鼻を鳴らし、キュリエさんが口の端を吊り上げた。


「意欲があるのは、悪いことじゃない」


 そんなことを話しているうちに、学園の本棟が見えてきた。

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