第43話「禁呪王」
「はぁ〜い、どうぞぉ〜」
ドアをノックすると、室内から間延びした声が返ってきた。
特別閲覧室は図書館の地下二階にある。
がやがやと騒がしい一階と比べると、驚くほど静かなフロアだ。
「失礼します」
部屋に入ると、真っ先に目に飛び込んできたのは、大量の書物。
天井まで届くほどの本棚には、重厚な背表紙の本が詰め込まれていた。
で、部屋の中央にある大きな机には、うず高く積まれた大量の本。
その机の前の椅子に栗色の髪をおさげにした女性――クラリスさんが、座っていた。
クラリスさんは、俺が初めて禁呪を使った時、その場に居合わせた人である(ちなみに、その時はおさげではなかった)。
マキナさんが、禁呪のことならば『私よりも彼女の方が詳しいから』と言っていた。
……本当は、もっと早く彼女のもとを訪ねるべきだったんだろう。
と――どうやら、彼女の方も俺に早く訪ねてきてほしかったらしく、
「よ〜やく来てくれましたねぇ、禁呪使いさん? 待ちかねましたよ〜」
と、まさに待ちに待ったという様子だった。
「あ、えーっと……改めて、自己紹介します。相楽黒彦です。よろしくお願いします」
クラリスさんが椅子から立ち上がり、丁寧にお辞儀をする。
「クラリス・ファムです。一応、肩書きは文書管理室の管理員です。こちらこそよろしくです、クロヒコさん」
……あれ?
黒彦『さん』?
「んふふ〜、最近の東国では、親しみを込めて名前の後に『さん』や『くん』や『ちゃん』をつけるのですよね〜? ミドズベリアでは、ほとんど使われていませんが、わたしは好きだなぁ〜」
「そうなんですか」
そういやこっちに来てから『さん』づけで呼ばれたのって、初めてな気がする。
クラリスさんが、ゴトゴト音を立てながら部屋の隅にあった丸椅子を持ってきて、座るよう促す。
「ど〜ぞ」
「あ、どうも」
椅子に座り、クラリスさんと向かい合う。
「え〜っと……その節は色々と、ご迷惑を……」
「いえいえ〜、気にしないでください。しかし……まさか禁呪が使われるところをこの目で見る日が来ようとは、夢にも思っていませんでしたね~」
「…………」
最初に感じた印象もそうだけど、つかみどころがないというか……ふわっとした空気を持った人である。
また、今の彼女は前に会った時とは違い、大きな丸眼鏡をかけていた。
……あの時、階段でこけたのは、ひょっとして眼鏡をつけていなかったせいだろうか?
しかし、すでに眼鏡を取った時の彼女を見ているので、眼鏡を取ったら実はすごくかわいい! 的なイベントがもう期待できないのが、少々残念といえば、残念である。
てか、眼鏡をかけてても、この人はかわいいけど。
「さてさて、クロヒコさん」
「はい」
「禁呪のことを、聞きにきたのですよね?」
背筋を伸ばした俺は、肯定の言葉を返す。
すると、待ちくたびれたといわんばかりに、クラリスさんが大きく息を吐いた。
「ご存知の通り、あの日あの場に――つまりクロヒコさんが初めて禁呪を使った場に居合わせた、わたしを含む三人は、学園長から厳しい箝口令を敷かれたじゃないですかぁ?」
禁呪を目撃した三人はあの後、相楽黒彦が禁呪使いであることを口外しないよう、マキナさんに強く言い渡されていた。
で、クラリスさんには、さらに後日、
『特にあなたは興味津々だろうけれど、今の彼は学園の生活に慣れるので手一杯でしょうから……彼自身が訪ねてくるまでは、そっとしておいてあげて。……きっとそのうち、訪ねてくると思うから』
と言い添えたとのことだった。
…………。
ほんと、学園長は細かいところまで、何かと気を回してくれる人である。
「ですからぁ、もうあなたがここを訪れるのを、待ち焦がれていたのですよ〜! で、クロヒコさん……何をお聞きしたいですか? さ、どぞどぞ」
そうだな。
やっぱり、まずは、
「禁呪ってそもそも、なんなんですか?」
「ほっほ〜ぅ、いきなりそこにきましたかぁ〜。ん、まあ、もっともな質問ではありますねぇ」
おっほん、とクラリスさんが咳払いをする。
「これは、まずユグドラシエ神話からお話しするべきなのでしょうが……ん、まあ……神話は、教養の授業で広く薄くやるでしょうから、禁呪が出てくる部分だけに、絞りましょうか」
し、神話の時代にまで遡るのか……。
「ユグドラシエ神話が、正典、外典、偽典と分かれているのは、ご存知で?」
む。
正典と外典は確か、今日の授業でちょっと出てきたぞ。
だから、知っている。
でも、
「偽典というのは、初耳です」
「まあ、学園の授業では正典と、やっても外典しか教えませんからねぇ……しかし、禁呪に関する記述があるのは、偽典なのですよ。さらに、その偽典の中でも、一部の層に特に人気のあるお話……それが、禁呪王の物語なのですよ」
「禁呪王……」
「この物語は、歴史に興味がある人なら、大概は知っている物語ですね」
『ちょっと歴史に詳しいこの大陸の人間なら、誰もが知っているはずよ』
そういえば以前、禁呪のことを聞いた際、学園長もそんなことを言っていた。
「どうしましょう? わたしがお話ししてもいいですが、もし書物としてお読みしたいのであれば、お貸ししますけど……しかし、わたしが、お話ししても、いいの、ですが」
「…………」
すごく話したそうだった。
俄然、目をキラキラさせている。
マキナさんの以前の発言を聞く限り、おそらくクラリスさん、人に話すのが好きな人なんだろう。
「是非、クラリスさんから聞きたいです」
「あははぁ〜! すっばらしいです、クロヒコさん! ではではぁ、不肖ながらこのわたくしめが、禁呪王の物語を、お話ししましょう〜!」
そしてクラリスさんは、神話の偽典に描かれているという禁呪王の物語を、語りはじめた。
彼女の語った内容は大体、こんな感じのものだった。
*
神話の時代、このミドズベリア大陸には、二人の美しい姉妹神が住んでいた。
姉の、軍神ルーヴェルアルガン。
そして妹の、聖神ルノウスレッド。
ある時、その姉妹が、些細なことから喧嘩をはじめた。
が、悪いことにこの姉妹、多数いる神々の中でも特に圧倒的な力を誇っていたため、彼女たちを止めることができる神はいなかった。
そして次第に喧嘩の規模は大きくなり、ついに、彼女たちの喧嘩の影響で、大陸そのものが破壊されかねないという事態にまで陥る。
ミドズベリアに住む他の神たちは、困り果ててしまった。
と、そこに、一人の男が現れた。
男は、自らを『禁呪王』と名乗った。
元々、彼は高真ノ国(現在の東国とされている)を統治する王であったが、ミドズベリアの弱り果てた神々を見て、姉妹喧嘩の調停にやって来たのだった。
彼が神だったのかどうかの記述は、存在しない。
半神だったとする説もあれば、最初の人間だったのではないか、との説もある。
さて、その禁呪王は、神たちが見たことのない不思議な力を使い――見事、姉妹の争いを止めることに成功する。
さらに、姉妹たちを仲直りまでさせてしまう。
姉妹は禁呪王を好ましく思い、他の神々たちは、禁呪王を褒め称えた。
*
「と、ここまでであれば、めでたしめでたしの、実によいお話なのですが」
そうつけ加え、クラリスさんが話を続ける。
*
姉妹を仲直りさせることで目的を終えた禁呪王は、もう自分は役目を終えたと言って、高真ノ国へ帰ることを神々に伝えた。
が、ミドズベリアの神々は、禁呪王がいなくなったらまた姉妹が喧嘩をはじめるのではないかと危惧し、禁呪王を必死に引き留めた。
神々たち懇願に折れた禁呪王は、もう少しだけ、ミドズベリアに残ることにした。
それからというもの、神々たちは、何か手に余る問題事が起きると、禁呪王に頼み込んでその力を借り、問題事を解決するようになった。
禁呪王は、仕方なく、彼らの頼みを聞き続けた。
そんな、ある日。
聖神ルノウスレッドが、禁呪王の様子がおかしいことに気づく。
奇しくもその日は、ルノウスレッドが禁呪王に愛の告白をしようと決意した日でもあった。
そして姉である軍神ルーヴェルアルガンの方は、実はすでに、禁呪王の異変に気づいていた。
が、彼女も禁呪王に好意を寄せていたため、それが原因で禁呪王が追放されることを恐れ、言い出せずにいたのだった。
ここから物語は突然、記述が雑になり、一部、飛び飛びになる。
また、神たちの思いなどは描かれず、ただ、起きたとされる事柄だけが、羅列されるようになる。
禁呪王は、獣と化した。
暴虐の化身へと変貌した禁呪王は、ルーヴェルアルガンとルノウスレッドの手によって打ち倒され、瀕死となった。
こうして、見るも無残な姿となった禁呪王は、ルーヴェルアルガンとルノウスレッドによって、この世界のどこかにあるという『地の獄界』へと、封ぜられたのだった。
*
「……という、物語なのですよ」
「…………」
急転直下、とでもいえばいいのか。
確かに、姉妹神の喧嘩をとめたところで終わっていれば、ハッピーエンドだろう。
だが、その後が……。
後半部分になるにつれ、記述が簡素になり、事柄だけが羅列されている体となるのも……なんだか、不気味な感じがする。
「そもそもこの物語はですねぇ、軍神ルーヴェルアルガンと聖神ルノウスレッドが仲違いをしているという、正典や外典ではありえないことが起きている点で、一部の人たちからは敬遠されているのですよ。反面、むしろその人間臭さがいいと、好む人も多いのですが」
なるほど、だから偽典とされたのか。
「あ〜、それと、禁呪王が封じられた『地の獄界』は終末郷の地中深くにあるんじゃないか、なんて言う人もいますねぇ。その人たちによれば、あの土地があんなになってしまったのは、禁呪王の呪いのせいだ、ってことらしいです」
……一つ、疑問があった。
「あの……その禁呪王って、自ら『禁呪王』って名乗ったんですよね? ってことは、自分の使っていたのが『禁呪』だって、知ってたってことなんでしょうか?」
「む、いいところに気づきましたね、クロヒコさん」
くいっ、と眼鏡の蔓を押し上げるクラリスさん。
「実はこの偽典、一部の古文書によっては『禁呪』ではなく『聖呪』……そして『禁呪王』ではなく『聖呪王』と記されていたりもするんです。このあたりの曖昧さや不明確さも、この物語を、偽典たらしめている理由ではあるのですが……」
「つまり……後から誰かが『禁呪王』と書き直した可能性もある?」
「ええ、ありえないとは、言い切れません。ですから、もしかすると禁呪王は、自分が口にしているものが禁じられるべき呪文だと知らなかったのかもしれません……ただ、何をもって『禁じられし呪文』としたのかは、未だ、判明はしていませんが」
「なるほど……」
クラリスさんでも、デメリットについては知らないわけか。
どころか、元になった神話ですら、言及されていない。
さっき聞いた禁呪王の物語の『獣と化した』という部分が、何やら不吉な感じはするが……。
「で、実際に禁呪を使ったクロヒコさんのご感想は、いかがですか? 何か身体が痛むとか、悪夢にうなされるとか、ありますか?」
「いえ、今のところは……」
一応、これは言っておいた方がいいか。
「ただ、その……感覚的になんですけど、俺にデメリットみたいなものは、ない、と思うんです。……これは、禁呪使いとしてなんとなく、わかるというか」
「ほぅ」
「あるいは、『デメリット』だという実感がないだけなのかもしれませんけど……」
「ふむふむ〜、それは、非常に興味深い考察ですねぇ……」
「あの……他に禁呪のことで知ってることがあったら、教えてもらっていいですか?」
「……ふふふ、いいですねぇ、クロヒコさん。あなた大変、見込みがありますよ。もちろん、お時間の許す限り、お話しいたしましょう!」
きらりん、と目を光らせるクラリスさん。
そして俺は、禁呪について、彼女から色々と教えてもらった。
禁呪のことを記した文章は、それなりにあるという。
しかし、過去に、新たに生み出した詠唱魔術を『禁呪』だと偽って体系化しようとした事例などもあり、どうも、情報がそれらとごっちゃになっているらしい。
そのため、どれが正確に『禁呪』について記したものなのかの判別が、なかなかに難しいのだとか。
また、年代の古い文献に多い特徴らしいが、禁呪に関する記述は、やけに詳細に記された部分と、まったく記されていない部分との落差が激しいのだという。
例えば、こういう記述は、正確な部類だ。
「『生命を持たない対象には使用できない』という記述があります。……せっかくなので、試してみます?」
で、クラリスさんが用意してくれた壊れた椅子に、禁呪を使ってみた。
が、何も起こらない。
どこまでが『生命を持つ』範囲なのかはわからないが、おそらく『意思をもった生物』に相当した対象であることが、発動条件なのだろう。
さらに禁呪のことを色々と聞いたが、やはりデメリットの件は、依然不明のまま。
ただ、クラリスさんの推察によると、『禁呪』とされたのは、『禁呪王の物語』が、正典どころか外典にも入らない偽典に記されているにもかかわらず、昔から一定の人気があったからではないか、とのことだった。
本来、古代において偽典は忌み嫌われたものだったから、当時の人がイメージを落とすために『聖呪』を書き換えて『禁呪』としたのではないか、という話には、それなりの説得力を感じた。
確かに『聖呪』を『禁呪』と書き換えて記述すれば、『禁忌感』が出る。
つまり『禁じられし呪文』という名だけがひとり歩きしていて、実は、デメリットがない可能性もある、というわけだ。
あと、禁呪の情報が検索ができる時とできない時の差は、おそらく俺が禁呪を使っている最中であるかどうかではないか、というのがクラリスさんの見解であった。
それにはおおむね、納得できた。
それから、禁呪の呪文書だが、一度誰かが声に出して読み、習得してしまうと、もうその呪文書を他の誰かが読んでも、習得できない可能性が高いとのこと(といっても、今のところ読めるのは、俺だけのようだが)。
根拠は、クラリスさん曰く、
『呪文書の文字の色が変わっているから』
ということらしい(そういえば初めて禁呪を使った後、黒かった文字の色が脱色したようになっていたっけ)。
「まあ、他の国や終末郷にある呪文書の取得は、学園長の領分ですかねぇ……わたしも興味はあるのですが……さすがに国境をまたぐとなると、難しいです」
そこで、クラリスさんが初めて不服そうな表情を見せた。
「ただ、学園長は微妙にわかっていないんですよぉ……禁呪の呪文書は、単に歴史的価値のある資料というだけでなく、禁呪王好きの歴史愛好家からすれば、まさに、垂涎の品なのです……! まあ、学園長がああだからこそ、あんなにも容易に、学園長の個人所有物であった禁呪の呪文書を、わたしがお借りできたわけですが……」
俺が初めてこの世界に来た日。
クラリスさんは、禁呪の呪文書を含む学術資料を、それを所有している本人――つまり、学園長から借り受けたのだという。
で、その帰りに、学内の階段でお縄になった俺と鉢合わせした、というわけだ。
ふ〜む、とクラリスさんが唸りながら考え込む。
「他に禁呪のことで、何かありましたかねぇ……あ、そうだ」
何か思い出したらしい。
聞けることは、聞けるだけ聞いておきたい。
「禁呪王の話なんですけど、神話の物語を聞くとけっこうなお歳に思えるかもしれませんが……あれ実は、かなりお若いんですよ?」
「……そ、そうなんですか」
これはどうでもいい情報っぽいけど……ま、今は、知れることは、なんでも知っておきたいからな。
「ええ。そこはしっかり記述が残っていて、多くの文献でも共通しています」
「……つまり、かなり確実性がある?」
「はい。で、その禁呪王が最初の禁呪を覚えたのが――十六歳なんです。半神説や人間説があるのも、この年齢の記述故ですね。まあ、年齢が若く、見目麗しいところも、禁呪王が若い人に人気のある理由なのでしょう」
「へぇ、十六――」
…………。
待て。
十六歳?
それって、つまり……今の俺と、同じくらいだよな?
「…………」
若返ったことに関しては、あまり考えたことがなかった。
上手く言えないが……『そういうもの』だと、思っていた。
しかし……なぜ俺は、十代半ばまで若返ったのだろう?
なぜ――『十代半ば』だったのだろう?
仮に今の俺が十六歳なのだとしたら……俺が最初の禁呪を覚えたのも、十六歳……。
…………。
偶然、だろう。
うん。
最初に思った『精神年齢にまで若返った』という説の方が、俺にはしっくりくる……。
だが、この妙な符号に……一瞬とはいえ、なんだか作為的な意思めいたものを感じてしまったのも、また事実だった。
「…………」
「……クロヒコさん? 大丈夫ですか?」
「え? あ、すみません」
「むむむ〜? あ、ありゃ、もうこんな時間ですかぁ〜っ」
部屋の時計を見ると、そこそこの時間が経過していた。
外はもう、夕暮れ時だろうか。
自戒を含んだ笑みを浮かべ、頭をかくクラリスさん。
「ご、ごめんなさい……クロヒコさんが、長々とわたしの話を聞いてくれるもので、つい、話すぎてしまいましたねぇ」
「いえ、俺はありがたかったですよ。禁呪のことにも、少し詳しくなったし」
「そう言っていただけると、わたしも気が楽ですが……たはは……」
「じゃあ、俺はそろそろ。……今日は、ありがとうございました」
「あ、クロヒコさん」
俺が立ち上がると、クラリスさんが制服の裾を掴んだ。
じっ、と上目づかいで見つめてくる。
「わたしの方こそ、感謝します……あんまり、わたしの話に興味を持ってくれる人、いませんからねぇ。……ですから、今日は楽しかったです」
のほほんと微笑む、クラリスさん。
なんだか和んでしまう。
そんな笑み。
「こっちこそ、感謝してます。俺……ええっと、東国の田舎から出てきたので、あんまりこの大陸のこと、知らないんで」
「なら、何か知りたいことがあったら、また是非、ここに来てください」
「ええ、そうします」
と、クラリスさんが急に、黙りこくった。
そして、
「あの、クロヒコさん……あなたは、聖素が扱えないと、小耳に挟んだのですが」
彼女の言葉に、俺は苦笑する。
「そうみたいです」
クラリスさんの耳にも、そのことは届いていたようだ。
「……でも、今後、聖遺跡攻略はするんですよね?」
「の、つもりですが」
やや逡巡を見せた後、クラリスさんが口を開いた。
「一応、あなたに……お伝えしておきたいことがあります」
*
図書館を出ると、日が落ちかけていた。
「…………」
ぼんやりと空を見やる。
「なる、ほどなぁ……」
クラリスさんから教えられたことを思い出しながら、俺はぼそりと呟いた。
と、そこで、
「ん?」
通路の柱に寄り掛かっている人影が、目にとまった。
「……キュリエ、さん?」
人影は、キュリエさんだった。
「ん……あー……その、奇遇だな」
明らかに誰かを待っていた感じだけど……もしかして、俺を待っててくれた、とか?
「ああ……別に、聖遺跡攻略の準備をってわけじゃない。……なんというか、あれだ……夕食でも、一緒にどうかと思って――」
「確かに、奇遇ですね」
キュリエさんが寄り掛かっていた柱。
そのちょうど逆側の柱から、姿を現したのは、
「せ、セシリーさん!?」
どうも、とセシリーさんが微笑みかけてくる。
それから彼女は、キュリエさんと対峙した。
「ちょうどわたしも、クロヒコを夕食に誘おうかと思いまして」
「チッ……私をつけていたのは、おまえか」
「はて……一体、なんのことでしょうか? わたしは、たまたま図書館に向かっているクロヒコを見かけて……それを、追いかけてきただけですが?」
「……随分、堂々としたものだな」
ふふっ、と澄んだ笑みを浮かべるセシリーさんが、緩く腕を組む。
「もちろんです。例えば、お昼休みに物陰から隠れて様子を窺うような真似など、わたしは、絶対にしませんから」
「……へぇ、なかなか言うじゃないか、お嬢サマ」
なんだ……?
火花が、散っている……!?
「あの……お、お二人とも、もしよろしければ、三人で夕食など、いかがでしょう――」
おろおろしながら二人の間に割って入ろうとした時、
「あら?」
へ?
「どうやらクラリスとの話は、もう終わったみたいね。……それに、なんだか楽しそうな雰囲気だわ」
本棟の方から現れたのは――
「ま、マキナさん……?」
まさかの、学園長だった。




