表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
45/284

第41話「EATER」


 自分でも驚くほどのスピードで加速した斬撃。


 微かに虚を突かれた顔をしたキュリエさんが、素早く剣を振り上げる。

 刃と刃が触れ合う。

 そして、次の瞬間――


「――っ!」


 俺の剣撃は、いとも簡単にキュリエさんの後ろへ受け流された。

 バランスを崩し、たたらを踏む。


「っと……!」


 そのまま倒れ込みそうになるのを、どうにか踏みとどまる。


「すまない。普通に受けるつもりが、つい……後ろに流してしまった」


 そう言った後、キュリエさんは訝しげに俺を見た。


「おまえ、剣術の経験はないんだったよな?」


 体勢を立て直す俺に、キュリエさんがそんなことを尋ねた。


「ないです」

「ふむ……確かに、剣術を学んだようには思えない、が」


 そう独りごちると、キュリエさんの目が何かを推し量るものになる。

 そして、


「……そうだな、もう少し打ち込んでみろ。今度はちゃんと全部受け止めてやるから。それと、手加減はするつもりだが、私からも軽く打ち込むぞ」

「わかりました。……では、お願いします」


 再び、剣を構える。

 キュリエさんも剣を構え直す。


「ああ、それと、一つ言っておく。私はあのアークライト家の娘と違って、まともな剣術など学んだことはない。すべて、我流だ」


 キュリエさん、構えこそさっきと同じだが……空気が、違う気がする。


「だから、変な癖がつく可能性もある。もしちゃんとした剣術を学びたいなら、あの教官に教えてもらった方がいいぞ。私の剣はいわば、生き抜くためにがむしゃらに振るっていた中で、自然と作り上げられたものだからな」

「俺は――」


 柄を握る手に力を込める。


「キュリエさんから、学びたいです」

「……わかった。いいだろう」


 土の上の砂利が、ざりっ、と靴の裏で擦れる。


「いきます」


 集中力をたかめる。

 そこから、


 剣を振りかざしながら、再度、俺は間合いを一気に詰めた。


 放った刃は、下方から緩やかなカーブを描きキュリエさんの腹部へ――その一撃を、彼女の剣が危なげなく受ける。

 がきっ、と硬質な音を響かせた互いの刃が、十字を形る。


 それで攻勢を止めず、俺はキュリエさんに、剣を打ち込み続ける。

 すべてを、ぶつけるつもりで。


 きっとこの人なら全部、受け止めてくれる。


 そんな安心感が、俺を包んでいた。

 だから……不格好でもいい。

 とにかく今は――全力を、ぶつける!


 ――どくんっ。


 剣を振る速度が、上がっていく。

 なんだか、楽しくすらなってきた。

 こみ上げてくる、喜び。


 と、互いの剣身がぶつかり、弾き合った直後、キュリエさんの方から打ち込んできた。

 俺は咄嗟に刀身を引き、その鋭い一撃を受け止める。


 ――重い。


 それが、彼女の攻撃を受けた感想。

 柄を握る手が、僅かな痺れを覚える。


「――っ」


 …………。

 よし、今度は、俺から――


 その時。


 ――喰ラエ――


 ……え?

 喰ら、う?

 何、を……


 ――喰ラエ。


「――――」


 何かが、『変わる』。


 俺の剣が、

 まるで、

 キュリエさんから、

 浴びせられる、

 剣撃を、

 絡めとるかのような、

 そんな感覚の、

 モノニ――。


 喰ラエ、喰ラエ――喰ラエ!


 さらに鋭利さを増した俺の斬撃が、旋風のような勢いを持ちはじめる。


「っ!? おまえっ……!?」


 戸惑いを帯びたキュリエさんの声。


 楽しい――楽シイ。

 心地いい――心地イイ。 


 剣と剣の響き合う音が、感触が、実に、実に――心地ヨイ。


 刹那――キュリエ・ヴェルステインの剣筋が、変化をみせる。


 モット『先』ヲ喰ワセテクレルトイウノカ。

 ナラバ――


「――っ、……チッ!」


 次の瞬間。

 ひと際高い、金属音が鳴った。


「…………」 


 直前に俺が放った横薙ぎ。


「……あ、れ?」


 振り切ったはずの剣が……くるくると、修練場の隅の地面の上で、プロペラのように回っていた。

 そして目の前では、いささか厳しい表情をしたキュリエさんが、同じく剣を振り切った姿勢で、俺を凝視している。


 ……えーっと?


「おまえ……本当に、剣を使った経験は皆無に近いんだな?」

「というより、模擬試合の時が、はじめてというか」

「……嘘では、ないようだが」


 キュリエさんが構えを解き、剣を下げる。


「まあいい。今日は、ここまでにしよう」


 拍手がした。


「いや、お見事」


 イザベラ教官だった。


「というか君たち、普通にAランク組、いけたんじゃないの? ふふ、それともぉ」


 イザベラ教官が邪推めいた表情を浮かべる。


「ひょっとしてぇ、二人っきりになる口実が欲しかったのかしらぁ? はたから見てると、君たちって、すごく信頼し合っている風にも見えるわよ? 何? お二人さんってば、そういう仲なの?」

「違います。……妙な勘繰りはやめてください」


 即座に否定するキュリエさん。

 まあ、確かに教官の言っている『そういう仲』ではないけど……深い信頼は、これからがんばって築いていきたい所存である。

 …………。

 ん?


 キュリエさんが真剣な面持ちで、こちらを観察している。


「あの、何か?」

「さっき私と剣を交わしてみて、どうだった?」


 キュリエさんが尋ねた。


「ええっと、感想ってことですか?」

「ああ」

「そうですね……キュリエさんは運動服がとても似合っていて実に美しいなぁ、とか?」

「……真面目に」


 いや、真面目に似合っていて、美しいんですけどね……。

 は、ともかく。


「うーん、なんていうんですかね? こう、力がみなぎってきたというか、楽しくなってきたというか……うまく言葉にはできないんですけど、そんな感じでした。多分、キュリエさんの合わせ方が上手いんじゃないでしょうか?」

「……そう、か」


 口元に手をやり、何やら黙考しながら俺を見るキュリエさん。

 そして、


「……ちょっといいか?」

「あの……え!?」


 俺は困惑した。

 なぜなら、


 突然剣を放って近寄ってきたかと思うと、キュリエさんが俺の右腕を両手で揉み始めたからだ。


「きゅ、キュリエさん!? 何を――」


 慌てふためく俺をよそに、キュリエさんの長い十本の指が、何かを検めるように腕を触る。

 ま、マッサージ?


 キュリエさんが、目を瞠った。


「筋肉が、できあがりつつある」

「そ、そうなんですか?」


 筋トレなんて、今まで無縁だったけど……。


「だが、いくらなんでも……一日二日で、こんな……」

「あらやだ、ほんと」


 へ?


 気づくと、イザベラ教官が左腕を触っていた。


「…………」


 なんなんだ、この状況?

 両手に花的な?

 というか、こんな間近に、キュリエさんとイザベラ教官が……。

 み、身動きが、取れない。


「……うわっ! あの!?」


 なんと今度は、イザベラ教官が、俺の脚を揉みはじめた。

 くにくに、と、もものあたりを揉みしだかれる。


「へぇ……何よ、けっこう鍛えてるんじゃない? これなら模擬試合でのあの一撃にも、多少納得がいくわね」

「いや、昨日の時点では、もっとやわかった印象が……」


 脚のお触りに、キュリエさんまで加わってくる。

 二人の女の人が視線の下で脚を触る状況……なんかこれ、ちょっと妙な気分に……。


「おまえ」


 脚を手で触りながら、キュリエさんが見上げてくる。

 アングル的に、思わずドキリとしてしまう。


「なんでしょう、か?」

「今日の残りは、素振りや基礎鍛錬にしておけ」

「……わ、わかりました」


 そうして、ようやく解放(?)された俺は、修練場で素振りをはじめた。

 さらにそこに、腕立て伏せや腹筋などの基礎鍛錬として思いつくメニューを適度に混ぜる。

 どれも、キュリエさんの足手まといにならないための……そして、聖遺跡攻略のために必要なもの。

 そして、ちゃんとした『目的』をもってやるトレーニングは、なんとも気持ちのよいものだった。


 途中でイザベラ教官に素振りのコツなんかを教わったりしながら、俺は素振りを中心に、基礎鍛錬を続けた。


          *


 透明感のある鐘が、戦闘授業の終わりを告げる。


「ふぅ」


 剣を下げ、息をつく。

 が、さほど疲労感はない。

 むしろ、充実感で溢れていた。


 それから俺たちは、後片づけをして、修練場を後にした。


「じゃ、また明日ね……ふふ、君、今日は役得だったわねっ」


 ウインクを残し、イザベラ教官は去って行った。


「で、聖遺跡攻略だが」


 イザベラ教官を見送った後、キュリエさんが、おもむろに口を開いた。


「私としては、しばらくおまえを鍛えて、それなりになってからと考えていた。あのゴブリンとの戦いを見る限り、禁呪だけというのも、危うい感じがあるからな」


 キュリエさんの言うことはもっともだ。

 俺としても異論はない。

 むしろ俺を鍛えるという手間をかけさせてしまい、申し訳ないと思うくらいである。


「しかし」


 と、そう前置いて、キュリエさんが続けた。


「考えていたよりも案外、早く行けるかもしれんな」

「俺、大丈夫そうですか?」

「一応、あと数日は様子を見るつもりだが……私の見立てでは、いけると踏んでいる。まあ、無理をさせるつもりはないさ。ただ、実地でしか学べないこともあるからな」


 キュリエさんがそう言うのなら、そうなんだろう。

 変な話かもしれないが、俺よりも、彼女は俺のことをわかっている気がする。

 だから俺は、今はとにかく、自分を鍛えることにエネルギーを注ぐべきだろう。 


「あとは、できることなら、攻略前にもっと聖遺跡の知識を蓄えておけ。いざという時に、知識は役に立つ」

「はい、そうします。……で、その、今日のことなんですが」


 話題を変えた途端、キュリエさんの眉が顰められた。


「……ああ、アークライト家の娘と昼食だったな。そうか、もうそのことで頭がいっぱいか。いいぞ、さっさと行ってくればいいさ。フン、せいぜい、楽しんでくればいい」

「ではなくて……今日の、授業後の話なんですけど」

「む」

「キュリエ、さん?」

「今のは……その、わ、悪かった」


 自分を責めるように、キュリエさんが額に手をやった。


「で、なんだ?」

「実は、図書館に用事がありまして」

「そうか。……ああ、もしかして、禁呪のことを調べに?」

「ええ」

「わかった。予定していた聖遺跡会館での前支度は、明日に回そう」

「すみません」

「何、気にするな。……私は私で、やることもあるしな」


 なんとなく、互いに黙り込む。


「ところで、なんだが」

「は、はい」


 キュリエさんが、腹のあたりの布地を、くいっと摘まんだ。


「……そんなに似合ってるのか、これ?」

「も、もちろんです!」

「しかし、これはただの運動用の服だぞ?」

「えーっとですね、だからいいというか、なんというか……」

「……なら、仮にだ。二人で会う時に私がこれを着ていたら、おまえは嬉しいのか?」

「に、日常的な空間なら」

「だが、この服は屋内外で激しく身体を動かす時に着るものだろう? なのに、それ以外の時に着て、なんの意味があるんだ? 良質な服なんて、他にいくらでもあるだろうに」

「それはまあ、そうなんですが」


 キュリエさんが息を落とす。


「よくわからん……が、まあわかったよ。おまえは、この服が好きなんだな?」

「というより、その服を着ているキュリエさんが、好きというか」


 キュリエさんが、ジトッと俺を睨む。


「私だけじゃなく、アークライト家の娘もだろ?」

「それは……」

「正直に」

「……はい」

「フン、まったく……本当に正直なやつだな、おまえは」

「……すみません」

「謝る必要はないさ。それに、正直なことが必ずしも悪いってわけじゃない。……まあ、私も少々意地悪く突っかかりすぎた。悪かったよ」


 そんなやり取りをしてから、俺とキュリエさんは別れ、それぞれの更衣室へ向かった。


          *


 というわけで、俺は制服に着替え、更衣室から出た……のだが、


「では、クロヒコ……約束通り、お昼にしましょう」

「…………」

「あれ? どうしました?」

「……ここで、待っていたんですか?」

「当然です。今日のことは、わたしの方からお願いしたのですから」


 なんと、微笑みを浮かべたセシリーさんが、男子更衣室の前で待ち構えていた。

 更衣室から出入りする男子生徒たちが「セシリー・アークライトが、なんでここに!?」みたいな顔をしてから、見惚れつつ通り過ぎていく。


「食堂は人が集まってきて落ち着いてお話しできませんから、今日は、外で食べましょう。こうして、昼食はわたしが用意してきましたから」


 セシリーさんが、手に提げていたバスケットを持ち上げてみせる。


「天気もよいですし……それで、かまいませんか?」

「ええ、お、俺はかまわないです」

「ふふ、よかった。さ、では、行きましょうか」


 自然と手を取り、俺をいざなうセシリーさん。

 尻尾のような彼女の髪の先端が、鼻先をかすめる。

 清涼感のある、いい匂いがした。


「!」


 …………。

 今、何か見えたような……。

 廊下の角のところから、誰かがこっちを見ていた。


「どうしました?」

「……いえ」


 姿を隠した際、宙にふわりと舞った、艶のある銀髪。

 あんな綺麗な銀髪の持ち主を、今のところ俺は一人しか知らない……。


「セシリーさん」

「なんです?」

「今日の昼食って……二人きり、なんですよね?」

「ええ、二人きりですよ?」


 優しげではあるが、その調子には、どこか頑として譲らないものがあった。


「…………」


 三人でという選択肢は、やはりなしだな。


 ていうか、セシリーさんは、いつまで手を握っているんだろうか……。

 緊張で手汗が出てしまいそうで、とても心配だ。

 が、そんな俺の心配をよそに、セシリーさんはぐいぐいと手を引っ張って歩いて行く。


 …………。

 変な感じだ。


 あのセシリーさんに手を引かれながら、こうして校内を歩いている。

 今は、ジークさんもヒルギスさんもいない。

 確かに、二人きりといえるだろう。


 こうして、すれ違う生徒たちの好奇の視線に晒されながらも、俺はセシリーさんに連れられ、本棟の外へ出た。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ