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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第40話「兆し」


 今、俺は獅子組のドアの前に立っている。


「よし、いくか」


 自らに言い聞かせるようにして、気合いを入れる。


 今朝はミアさんに起こされずともちゃんと起きることができた。

 ただ、目覚まし時計のおかげで寝坊こそしなかったものの、ミアさんが不在だったので、昨日の朝と比べるとやや寂しい朝ではあった(ちなみに目覚ましは学園長から説明を受けた時間に設定しておいた)。


 制服に着替えて下に降りると、昨晩残った料理の一部がミアさんの書き置きと共にテーブルの上に載っていた。

 書き置きには、こう記されていた。


『保存のきくものを残しておきました。よろしければ、朝食にお召し上がりください』


 ありがとうございます、と心の中でお礼を言いながら朝食を手早く済ませると、俺は駆け足で登校した。


 そして今、俺は獅子組の前にいる。

 少し早めの登校の理由。

 それは、


「もう来てるかな、セシリーさん」


 そう。

 昨日の放課後、俺は彼女を振り切る形で、教室を飛び出してしまった。

 それを謝ろうと思って、今日は早めに登校したのである。


「……何をそんなに急いでいるんだ、おまえは」


 背後から声がして、振り返る。


「あ」


 キュリエさんだった。

 微妙に息を整えているようにも見えるけど……まさか、キュリエさんも走ってきたのかな?


「おはようございます」

「……ん、ああ……おはよう」


 …………。

 改めて、距離が近くなったと感じる。

 こうして普通に挨拶を交わせるようになっただけで、大進歩だ。

 が、キュリエさんの方は、なんだか気まずそうな顔で……。

 顔色もあまりよろしくない。

 朝が弱かったりするのかな?


「キュリエさんも今日、早く来る用事があったんですか?」

「え?」


 俺が聞くと、キュリエさんはちょっと困ったような反応を見せた。


「その、まだ朝のホームルームまでは、けっこう時間がありますし」

「ほーむるーむ?」

「あー……登時報告まで、ほら、まだけっこうありますし。なんか朝に済ませる用事でもあったのかなー、と」


 この学園では『登時報告』が、前の世界でいう『朝のホームルーム』に相当する。

 ちなみに帰る時は『下時報告』という。


「……なんとなく、今日は早く来たかっただけだ。それに、登校時間のことでおまえにどうこう言われる筋合いはない」

「で、ですよね……」

「しかし、おまえ――」


 キュリエさんが興味深そうに俺を眺める。


「あれだけ走って、息切れ一つしていないんだな」

「え?」


 …………。

 確かに、言われてみれば。

 昨日なんて、運動不足な身体に文句を垂れていたのに。

 そういえばここまで走って来ても、大して汗もかいていないし、息も上がっていない。

 走っている時も、なんだか軽やかに感じたし。

 昨日の疲労度からして、もっと疲れが残るかとも思っていたけど。

 ……きっと、ミアさんの料理と、眠りの質がよかったんだろう。


「フン、まあいい。ほら、入るなら入れ」


 先にドアを開けたキュリエさん促され、彼女に続いて教室に入る。


 俺はまず、セシリーさんの姿を探した。

 と、教室の真ん中の列、その後ろから二番目の席に、彼女の姿を確認する。

 両脇にはジークさんとヒルギスさんが座っている。

 で、遠巻きにセシリーさんを見つめる生徒たちが、きた! とばかりに俺を見る。


「俺……セシリーさんに少し、用事があるので」


 キュリエさんが、俺とセシリーさんを交互に見やる。


「……律儀なやつだな」


 どうやら、何をするのか察したらしい。

 キュリエさんは、そのまま自分の席についた。

 で、俺は、


「昨日はあんな形で教室から飛び出してしまって、すみませんでしたっ」


 セシリーさんの席の横まで行き、彼女に頭を下げた。

 と、ジークさんが席を立って道を譲り、セシリーさんが通路へ出てくる。

 表情は取り澄ました風だが……いまいち感情が読み取れない。


 セシリーさんは緩く腕を組むと、自嘲めいた笑みを浮かべた。


「……身内以外の男性に誘いを断られたのは、生まれてはじめての経験かもしれません」

「あの――」

「いえ、あなたが謝ることはありませんよ。ただ、一つ……お願いがあるのですが」


 ごくりっ。

 なんだろう?

 まさか『もうわたしには二度と話しかけないでください』とか……?

 うぅ……何を言われるんだ……胃が縮みあがりそうだ……。


 セシリーさんが、ふふっ、と微笑んだ。


「今日わたしと一緒に、昼食をとってもらえませんか?」

「……え?」

「ですから、今日の昼食を、わたしと二人きりでとってほしいのです。……駄目、ですか?」


 そんな寂しそうな顔で『駄目、ですか?』なんて言われたら……こ、断れない……。

 ここで断ったら、俺がすごい悪者に感じられるような、そんな表情だ。

 それに……昨日のことを詫びる意味でも、断るべきではないだろう。


「わかりました。セシリーさんが、それを望むなら」

「ありがとうございます、クロヒコ」


 こっちまで嬉しくなってしまいそうな笑みを浮かべて、セシリーさんが自然に俺の手を取る。

 人のものとは思えぬ肌の滑らかさに、改めて、どきっとしてしまう。


「せ、セシリーさん……」

「せいぜい色仕掛けには気をつけることだな、クロヒコ」


 平板に、しかし確実に通る声でそう言ったのは――キュリエさん。

 ……って、何気にキュリエさん今、俺のことを名前で呼んでくれた、よな?


「今の『色仕掛け』とは……わたしに対しての言葉でしょうか?」


 俺の手を離すと、セシリーさんが席に座るキュリエさんへと歩み寄った。

 前方に向けられていたキュリエさんの顔が、セシリーさんに向けられる。


「そう思ったということは、お嬢様には、心当たりがあるわけだ?」

「――っ!」


 セシリーさんの肩が、ぴくっ、と反応し、それから、小刻みに震えはじめる。


「あ、あなたは……っ」

「フン、なんだ、図星か」


 が、すぐにセシリーさんは自分を落ち着けるように一息吐くと、


「いえ……それはまあ、いいでしょう」


 と、平静を取り戻し、話題を切り替えた。


「クロヒコが攻略班を組みたいと言って追いかけたのは、あなたですね?」

「らしいな」

「それで、あなたは彼と組んだのですか?」

「ああ」


 おぉ、と教室内がどよめいた。

 キュリエさんが、皮肉るようにセシリーさんを見上げる。

 これは……と、止めに入った方がいいのか?


「で、それがどうかしたか?」

「わたしは、クロヒコを諦めるつもりはありません」


 さらにどよめきが広がる。

 僅かな沈黙の後、キュリエさんが口を開いた。


「それを私に言っても、意味はないと思うが」

「宣言だけは、しておこうと思いまして」

「フン、そうかい。ああ、ちなみに第6院がどうこうという件なら、あいつは了承済みだぞ。危険も覚悟の上だとさ」

「……ですが、それはあなたが――」

「いいか?」


 強引に、キュリエさんが割り込んだ。


「あいつが私と組みたくないと言ったら、私はすぐにでもあいつとの関係を解消するつもりだ。だから、どうするかはあいつ次第――違うか?」


 と、そこで、セシリーさんが笑みをこぼした。


「なるほど……クロヒコ次第、というわけですね?」

「? まあ、な」

「ならば――つまりわたしが彼を攻略班に誘い続けるのも、自由ということですよね?」


 キュリエさんが一瞬ぐっと詰まって、それから、舌打ちをした。


「それはまあ、そうだよ……自由、なんだろう」


 ふふっ、とセシリーさんが微笑んだ。


「その言葉を、あなたから聞きたかったのです。では……失礼」


 くるりと可愛らしく半回転し、何やら上機嫌な調子で、セシリーさんが戻ってくる。

 そして、俺の肩に触れると、そっと肘のあたりまで撫でた。


「わっ、せ、セシリーさんっ?」

「と、いうわけですので……今日の昼食、楽しみにしていますね、クロヒコ」

「は、はぁ……」


 こうしてセシリーさんは、満足げな顔で席に戻った。

 ざわざわと、クラスメイトたちが小声で何やら言葉を交わしはじめる。

 戸惑いを覚えつつ、俺も自分の席に着く。


「あの、キュリエさん?」

「なんだ?」


 若干、ご機嫌ななめな様子。


「今日のこと、なんですが」

「よかったな。麗しきセシリー嬢と、ご昼食で」

「いや、そのことじゃなくて」


 今日の授業後についての話を、しようと思ったんだけど。


「案外、私たちの攻略班解消はすぐかもな」

「お、俺はキュリエさんがいいんですっ。キュリエさんから解消しない限り、それはないですからっ」


 しかしキュリエさんは、フン、と鼻を鳴らし、顔を背けてしまう。


「……馬鹿が」


 うぅ、キュリエさん。

 さらに機嫌を損ねてしまったんだろうか……。

 と、


「あー、来ちまったぜ! シケた連中しかいねぇ獅子組に、来ちまったぜ!」


 麻呂が、教室に入ってきた。

 ……朝から元気だな。


「あー、気分悪ぃ! お? なんだ、この辛気臭ぇ教室は!? おれまで気分が落ちちまうじゃねぇか! ったく、朝から絶不調だぜ!」


 絶好調じゃねぇか。


「ちょっとアンタ。そこに突っ立ってられると、邪魔なんだけど」

「あぁ!?」


 麻呂の後ろから現れたのは、アイラさんだった。


「てめぇ! このおれに――」


 と、声の主を確認した途端、麻呂が出かかった言葉をのみ込んだ。


「ちっ、てめぇかよ……ああ、悪かったな! あまりにもシケた教室だから、入るのが億劫でよ!」

「……あっそ。で、そのアンタの感想、この組でどれだけの同意を得られるのかしらね?」


 麻呂が教室内を見渡す。

 そして悔しそうに、くそが、と悪態をついてから、麻呂が席を目指す。


「がっ……!」


 あ。

 麻呂が段差で躓いてこけた。


「ふざけんな! しっかり仕事しろよ、てめぇ!」


 がんっ、と段差に蹴りを入れる麻呂。

 …………。

 完全な、八つ当たりだ。

 段差、かわいそうに……。


 それからしばらくして、登時報告がはじまった。


          *


 登時報告で俺たちは、ヨゼフ教官から、王都の一角で殺しが合ったことを伝えられた。

 犯人はまだ捕まっていないらしい。

 学園の方へ犯人が来ないとも限らないので、くれぐれも夜は気をつけるようにとのことである。


 で、睡魔とのバトル――もとい、教養授業を終え、次は戦闘授業。


 俺とキュリエさんはそれぞれ運動服に着替え、第一修練場で落ち合った。

 修練場は基本的に、新しく増設されたものを高ランク組が使う。

 つまり、数字が低くなるほど修練場は古く、ランクの低い組が使用するわけだ。

 で、第一修練場は――


「おお、青空の望める修練場だなんて、素晴らしいですね! なんて開放感なんだ!」


 つまり、最も古い修練場である。

 形はほぼ四角。

 石の壁で囲まれており、地面は剥き出し。

 ただ、土は大分硬いので、特に足を取られる心配はなさそうだ。


「……雨の日が辛そうだな」


 運動服に身を包んだキュリエさんが、むりくり捻り出した開放感に歓喜する俺を、冷めた目で眺めやりながら、デメリットを述べた。

 ここ第一修練場は、まだ修練場が屋外に作られていた頃のものなんだとか。


「二人だけの組ということで、ここしか使用許可が下りなかったのよ……ごめんなさいね」


 申し訳なさそうに苦笑するのは、オトナな女性の色気を醸し出している、イザベラ教官だ。

 さぞかし男性からはモテるに違いない。

 彼女は模擬試合の時に、俺の相手をしてくれた人でもある。

 さっき受けた説明によると、なんでも彼女は自ら俺たち特例組の担当を申し出たのだとか。

 その理由を彼女は、


『サガラ・クロヒコ、だったわよね? 君に感じた異様な感覚の正体について、見極めたいと思ってね……ま、楽そうだったからってのもあるんだけどねっ?』


 と語った。

 ……最後の微妙なウインクの是非については、後の歴史が判断してくれるだろう。

 まあ、ヨゼフ教官がイザベラさんのことを凄腕だと言っていたから、彼女が特例組の担当になってくれたことは、きっとありがたいことに違いない。


「で、どうする? 特例組にはこれといった授業内容が示されていないから……基礎から教えましょうか? といっても、あなたには必要なさそうだけど」


 イザベラ教官が、キュリエさんを見て言った。


「サガラ・クロヒコが基礎からやりたいというのなら、私も従います。ですが――」


 今度は、キュリエさんの視線が俺へ。


「私としては、個人的に――つまり私のやり方で、彼を鍛えたいと思っています。もちろん、ある程度の基礎はやらせるべきだとは思いますが」

「ま、生徒同士でやってくれるというのなら、私は楽ができるからいいんだけどね」


 ……俺に感じたものの正体を見極めるために、志願したんですよね? 


「となると、彼次第ということかしら?」

「まあ、そうなりますね」


 答えを待つようにして、二人が俺を見る。


「俺次第、ですか?」


 俺は――


「俺は、キュリエさんに鍛えてもらえれば……と。彼女は聖遺跡攻略のパートナーでもありますし、今後の連携とかを考えても、その方がいいかと思うんです、が……」


 二人の様子を窺う。


「じゃ、決定ね」

「わかった。じゃあ、私が鍛えてやるよ」


 ほっ。


 というわけで、キュリエさんと軽く剣を交えることとなった。 

 まずは、俺の正確な力量を知っておきたい、とのことだ。


 修練場には、模擬試合でおなじみの、試合用の剣が入った箱が置いてあった。

 俺たちはそこから剣を選んで、手に取った。


 二人が使う剣は同じ。

 両手でも片手でも扱えるバスタードソードだ。


 対峙し、互いに剣を構える。

 といっても、キュリエさんは力を抜いた構え。

 逆に、俺は両手で握り込んだ、かっちりとした構えだ。


「自分のタイミングで、打ち込んでみろ。あまり気負うことはないぞ」

「はい」


 すぅ、と息を吸う。

 思い出すのは、模擬試合の感じ。

 あの時の一撃を褒めてくれた人が、多かったから。


 感覚を研ぎ澄ます。

 さらに集中し、相手を目でしっかり捉える。


 そして一足に――駆ける。


 がきんっ、と刃と刃が打ち合い、甲高い音を立てた。


「さあ、遠慮せずにもっと、打ち込んでこい」

「はい!」


 俺は、剣を振りかざし――


 どくんっ。


 ――きた。


 そうして、次の瞬間――


 どくんっ。


 俺の剣が、急激な加速をみせた。  

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