幕間1「キュリエの記憶」【キュリエ・ヴェルステイン】
キュリエ・ヴェルステインは、自室のベッドで眠りに就こうとしていた。
この宿舎では生徒に個室が与えられている。
キュリエとしては、ありがたい限りだった。
もし二人で一室だったら、何かとやりづらかっただろう。
大浴場で身体の汚れや疲れを洗い流すと、キュリエはすぐに自室へ戻ってきた。
脱衣場で着替えている時だけでなく、廊下を歩いている時ですら、なぜか周囲の生徒の視線が集まるからだ。
浴場で身体を洗っている時もそうだった。
最初は、第6院の出身者であることが知れたからだと思った。
だが、向けられる視線に悪意や恐れは見受けられなかった。
むしろあれは、熱っぽい、と言った方が的確だろうか。
思い返せば、初日からああいった視線はキュリエに向けられていた。
案外、第6院のことは本気で受け取られていないのかもしれない。
だとすれば――戦闘授業や放課後の行動が広まり、よほど奇異な人物に思われているのだろう。
どうやら、あれらの行動を称賛する者もいるようだ。
ならば、彼女たちの反応にも納得がいく。
ただ……敵意のない視線とはいえ、居心地が悪いことに変わりはない。
だから、さっさと自室へ駆け込むことにした。
元々宿舎内に、自分が赴く意味のある場所などほとんどない。
生活上必要な場所以外は、自分にとって無意味な場所と同義だ。
共に娯楽に興じる相手もいなければ、当然、話に花を咲かせる相手もいない。
掛布団の端を両手でつまみ、少し上に寄せる。
「…………」
と――なぜか、ひょんなことから聖遺跡の攻略班を組むことになった男の顔が浮かんだ。
一言で表現すれば……変な男である。
いささか珍妙な喩えではあるが、どこか別の世界からやって来たと言われても信じてしまいそうな――そんな印象の男だ。
そのような印象を受けたのは、反応の一つ一つに、ある種のぎこちなさが見られたからか。
発音にしてもそうだ。
東国の出身者のようだが、僅かながら、不可思議な訛りがある。
もちろん、よくよく集中して聞かなければわからないほどの、微細な訛りではあるが。
……ただ、どうしてだろう。
あの発音には、奇妙な安心感があるような気もする。
「…………」
意識がぼんやりしてくる。
キュリエは、そっと瞼を閉じた。
*
薄れていく意識の中……あるいは、夢うつつの中、キュリエの脳裏にある光景が浮かび上がってくる。
それは第6院にいた頃の記憶――。
『君たちは、死についてどう考えますか?』
女がそう尋ねると、次々と答えが投げ返された。
「死か……『死』は、いつか、おれが殺す。できることなら、まず、仕合いたい」
「あぁ駄目だぁ! 俺には難しすぎて、さっぱり意味がわからねぇよぉ! 頼む! 誰か、殴らせてくれぇ!」
「難しい問いだ……果たして何をもって『死』とするか、だな」
「はっ、何を言ってやがる! このオレが『死』そのものだろうがよ!」
「誰も死ななくていいような……温かい世界が……いつの日か……来ればいいと思います……」
「死とはこの先、人類が乗り越えなければならない試練……そして必ずや、我は、乗り越えるであろう」
「死ね」
「…………」
「あはははは! そうね! 死んでみたいわ! とっても面白そう! 誰かあたしを、劇的に殺してぇ!」
そうして、自分の番がやってきた。
「私には、生きてようが死んでようが……結局そいつが納得できてなければ、なんの意味もないように思えるけど……」
と、そう答えを口にした瞬間、
何を言っているのか微塵もわからないといった顔を、皆が一斉に、キュリエへと向けた。
それまでは誰が何を答えても皆、受け流していたのに。
なんだか恥ずかしくなったキュリエは、微かに頬を赤らめて、俯いた。
そうして、再び『彼ら』の回答が続く――。
これは一体いつの記憶だろうと、キュリエは思った。
しかし、正確な時期を思い出すことはできない。
ただわかるのは、第6院にいた時の記憶だということだけだ。
だけどキュリエは今も、その時のことを忘れずに、覚えている。