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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第39話「パートナー」

「あれ?」


 自室にはベッドの他に、タンス、クリスタルのライト(形は燭台に似ている)、そして壁掛け時計が追加されていた。

 学園長が、形のよい顎でタンスを示す。 


「予備の制服を入れておいたから、必要なら使いなさい」

「……なんか色々と手配してもらっちゃって、すみません。あの、運動服も、ありがとうございました」 

「あれくらい当然でしょ。それから――」


 学園長がピッと指差したのは、壁掛け時計。


「あれの使い方も説明しておくわね」


 時計がもらえただけでもありがたいのに、なんと、目覚まし機能(?)のついた時計だった。

 もしかして、ミアさんから俺の朝の起きなさっぷりを聞いたんだろうか……。


「あと、これを」


 手渡されたのは、口が縛ってある小さな布の袋。

 ちょっとした重み。

 ちゃり、と音がした。


「とりあえず、銀貨五枚。今日から聖遺跡に行くのがわかっていたら、もっと早く渡しておいたのだけど……」

「そんな……悪いですよ、こんなに」

「いいえ、ここは受け取っておきなさい。そしてしっかり聖遺跡に潜るための準備をなさい。謙虚なのもいいけれど、あなたにはもう聖遺跡攻略のパートナーがいるのでしょう? あなたの装備が貧弱だと、結果的に彼女にも迷惑がかかる。違う?」


 俺はぐっと口元を引き締め、銀貨の入った袋を改めて受け取った。

 確かに、彼女の言う通りだ。


「……いつか、必ず返します」


 学園長が微笑む。


「ま、期待しないで待ってるわ」


 それからマキナさんに促され、俺はベッドの縁に腰を下ろした。


「――って、学園長?」


 マキナさんが、俺の隣にちょこんと座る。

 彼女は蠱惑的なものを感じさせる仕草で髪をかき上げると、口元を綻ばせた。


「あら? 他に、どこに座れというのかしら?」

「それは、そうですけど……」


 古びたベッドが、控えめな軋み音を上げた。


「…………」


 よくよく考えたら、学園長と、個室で二人っきり……。


 現状を認識した途端、急に気持ちがざわめきはじめる。

 そもそも学園長は、なぜ俺と二人きりに……?


 と――マキナさんの白い手がするりと伸びてきたかと思いきや、その手が俺の頬にそっと触れた。


「が、学園、長……?」

「なかなか、いい顔つきになってきたわね」

「……いい、顔つき?」

「ええ」

「顔つきも何も、俺、ここに来てまだ三日目ですけど……」

「いえ、大分落ち着いてきた感じがするわ」


 …………。

 落ち着いてきた?

 学園長は手を離すと、ベッドに座り直した。


「あなた、この世界に来たばかり頃の自分を覚えてる?」

「……はい、一応は」


 あ、そうか。

 そういう話をするから、彼女は二階へ移動したのか。


 相楽黒彦が異世界人であることを知っているのは、俺を除けば、今のところ学園長だけだ。

 つまりマキナさんは、俺が異世界人であることを、まだミアさんに知らせるべきではないと思っているのだろう。

 確かに、今ミアさんに知らせても、混乱させてしまうだけな気がする。

 あるいはそれも、学園長なりのミアさんに対する気遣いなのかもしれない。


 靴のつま先を擦り合わせながら、学園長が話を続ける。


「私たちの世界に来てから今日まで……あなた、無理に明るく振る舞おうとしていたんじゃない?」

「無理に、明るく……?」

「ええ。異世界から飛ばされてきた、という話を後で聞いて……なんとなく、そんな気がしたのよ」

「…………」

「自分を奮い立たせるためなのか、表向き、ああして馬鹿みたいに意気揚々としていたけれど……内心、かなり不安だったんじゃないかしら?」


 …………。

 不安、だったんだろうか。


「正直、あなたが異世界人という話、今でも半信半疑なところはあるわ。ただ……もし自分の知らない世界に飛ばされてしまったとしたら、普通は不安で仕方がないものじゃないかしら?」

「…………」

「実際は、ひどく混乱していたんじゃない? だからあなたは、その混乱と不安に押し潰されないために、なんとか自分の気持ちを自ら盛り上げようとしていた……意識的か、無意識的かは、わからないけれど」

「俺は……」


 どうだったんだろう?

 言われてみればそんな気もしてくるけど……しかし、元々があんな性格だったような気もする。

 自分で自分のことがわからないってのも、変な話なのかもしれないけど。


「なんにせよ、マキナさんには感謝してますよ。そうですね……何か恩返しができればとも思うんですけど」

「ふーん、恩返しねぇ?」

「ええ」

「ねえ、クロヒコ」


 突然マキナさんが、ずいっと上半身をこっちに寄せてきた。


「……な、なんでしょうか?」

「もしあなたが私に恩返しをしたいと考えているのなら」

「はい」

「これから、私の愚痴を聞いてくれない?」

「……はい?」

「溜まってるのよ」

「はぁ」


 曖昧な言葉を返すと、学園長が睨みをきかせてきた。


「気の抜けた返事ね……どうなの?」

「わ、わかりました! 是非とも、聞かせてくださいっ」

「よろしい」


 それから、学園長の愚痴につき合った。


 愚痴の内容は、主に術式授業の時に引き連れてきたお偉いさんたちに対してのものだった。

 …………。

 学園長にも、色々あるらしい。


 愚痴は続く。


 俺は「ふむふむ」「なるほど〜」「ほうほう」「え〜!」などと相槌を打っていた。

 が、しばらくして、今日の疲れがどっと襲ってきたらしく、徐々に意識が遠のいていくのを感じはじめる。


 ま、まずい……。

 話に、集中しなくては……。

 こんなんじゃ、学園長に、失礼――

 だか、ら、話、に――


          *


 目を開く。


 瞳に映ったのは……布?

 服?


 え?


 耳の下が、ふにっと柔らかい。

 あれ?

 誰かが、俺の頭を撫でて……?

 ん?

 てか、頭……何かの上に載ってる……?


「あら、起きたようね?」


 んん?

 横向きになっていた頭を動かし、仰向けになる。

 すると、


 真上に、俺を見下ろす学園長の顔があった。


「まま、マキナさん!?」


 そこで、ようやく俺は位置関係を理解。

 そうか。

 俺が目を覚ました時に向いていたのは、マキナさんの下腹部のあたりだったのか。

 で、今は――


 学園長の、膝枕の上。


「わわ、すみません! ……って、なんで俺こんな――」


 学園長が口元に手をやり、くすりと笑った。


「ごめんなさい、あなたが疲れているのを忘れていたわ。つまらない愚痴を聞かせ続けられたら、そりゃあ、眠くもなってくるわよね」

「あ、いや――」

「どうする? あなたが望むなら、もう少しこのままでもいいけれど?」

「……いえ、自分には、もったいのうございます」


 そう言って身体を起こし、俺は学園長の隣に座り直した。

 どうやら位置的に、意識を失った俺は、そのままマキナさんの膝へ顔からダイブしてしまったようだ。

 ……俺、なんてことを。


「すみません俺、途中で……」

「いいわよ、別に」

「どれくらい寝てました?」

「三十分くらいかしら」

「そうですか……」


 はぁ。

 何やってんだ、俺は。

 が、


「ふふ、気にしないのっ」


 と、学園長は俺の肩をぽんっと叩き、そう言ってくれた。


「ま、私もすっきりしたし……聞き役があなただと変に気を遣わなくていいから、楽でいいわ」


 なんだか晴れやかな顔だった。

 が、すぐに、


「……一応言っておくけど、他言は無用よ?」


 と、釘を刺してきた。

 俺は苦笑して、


「わかりました」


 と言った。


「しかし……この私の膝で眠りについた割には、あまりありがたみを感じていないようだけれど」

「……俺はここに来たばかりの頃の煩悩を捨て去り、生まれ変わったのです」

「ふーん」


 学園長が自分の服の襟元を摘まんで、くいっと引いた。

 で、そのまま前かがみに。


「これでも?」

「!」

 

 そのアングルだと、学園長の胸元が、ちらっと覗いて――


「――って、な、何やってんですか!?」


 目を瞑り、俺は慌てて身を引く。

 …………。

 うっすらと、瞼を開く。


「何よ……あるじゃないの、煩悩」


 そこには、悪戯っぽい笑みを浮かべている学園長がいた。


「か、勘弁してくださいよ……」


 男として生まれたからには、煩悩を捨て去ることなど到底不可能なのかもしれない……。


「さて、と」


 学園長が立ち上がった。


「そろそろ戻るわ。後は、ゆっくり休みなさい」

「……はい」


 ……あの、最後のお戯れは、必要だったんでしょうか?


「何よ?」

「いえ、なんでもないです」


 見送るために、俺も腰を上げる。


「……ああ、それとね、他の禁呪のことだけど――」


 マキナさんが向き直って、俺を見上げた。


「他の禁呪については、今後も収集を試みるつもりよ。所在のわかっていない呪文書の調査も含めてね」

「人によっては、禁呪の呪文書だと知らずに所有している場合もあるんですかね?」

「ええ、あるでしょうね。それに……呪文書が一つずつしかないと決まっているわけでもないから、わかっている四つにこだわる必要もないでしょう。そのあたりも、調査してみる予定」

「場所がわかっているものは、やっぱり難しいですか?」

「まあ、帝国とルーヴェルアルガンにツテがないわけでもないから、そっちもできる限り交渉はしてみるわ」


 …………。


「学園長は、その……随分と禁呪にご執心なんですね」


 マキナさんが、こつん、と靴音を立てて、俺に一歩近づいた。


「そうよ。私にとっては、思わぬ拾い物だったもの」

「そう、ですか」

「クロヒコ」


 学園長が、俺の手を取った。


「あなたとはこれからも、よいパートナーでありたいの」

「……俺もです」


 マキナさんの深紅の瞳が俺の目を捉える。

 吸い込まれそうな瞳だ。


「私はいつか――すべての禁呪を、あなたに覚えてもらうつもりよ」

「…………」

「だけど、もしあなたが嫌だというなら、強制はしないわ。禁呪使用による使用者への影響も、まだ未知数だしね」


 俺はマキナさんの瞳をしっかりと捉え返した。

 決意を、伝えるつもりで。


「マキナさんが望むなら俺……すべての禁呪、覚えますよ」

「…………」

「異世界人だって話をあなたが信じてくれなければ、俺はこうしてここにいなかったかもしれない……いることが、できなかったかもしれない」

「…………」

「マキナさんが望むなら――俺はあなたのために、いくらでも禁呪の力を使います」


 手を離すと、マキナさんは一歩後ろに下がった。

 その顔に浮かんでいるのは、微笑み。


「……ありがとう、クロヒコ。そう言ってもらえて、とても嬉しいわ」


          *


 学園長が部屋から出て行った後、部屋に一人残った俺は、そのまま布団に潜り込んだ。

 さすがに、疲れがかなり溜まっていた。

 すぐに強い眠気がやってくる。

 …………。


          *


 こうして、異世界での三日目が終わった。

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