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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第37話「帰宅」

 遺跡から出た俺たちは、そのまま聖遺跡会館へ向かった。


「じゃあ俺、着替えてきます」

「ああ」


 キュリエさんが、玄関ホールの柱を親指で示す。 


「私はそこで待っている。ゆっくりでいいぞ」

「はい、ありがとうございます」


 一旦キュリエさんと別れ、館内の預り所へ。

 そこで預けていた制服を受け取り、それから更衣室で制服に着替えて、借りていた装備を返却した。


「お、君か。どうだった、今日の収穫は?」

「そうですね……あるといえば、ありました」

「おおそうか、よかったな。ま、これからもがんばれよ」

「どうも」


 なんてやり取りを担当者の人としてから、待ち合わせ場所の一階ホールへと向かう。

 キュリエさんの装備はすべて自前のものらしく、服装も制服だったから、彼女自身は聖遺跡会館に用事はなかったようだ。

 ちなみに、自前の装備や道具でも手続きをすれば会館で預かってもらえる。

 手続きを面倒と感じる一部の生徒は預けないらしいが、多くの生徒はここで装備や道具を預かってもらっている。


 キュリエさんはホールの柱に寄り掛かり、腕を組んで床を見つめていた。


「…………」


 キュリエさんの場合、そんな立ち姿ですら、サマになるというか。

 会館のホールを行く生徒の視線が自然と向かうことからも、彼女が立っているだけで人を惹きつけるほどの容姿の持ち主なのだと、改めて気づかされる。


「お待たせしました」

「ん」


 キュリエさんが、柱から身体を離す。


「じゃあ、行くか」

「はい」


 二人で広場に出る。

 広場に集まっている生徒の数も、大分減っていた。

 とはいえ、あくまで夕方ここに来た時と比べてであって、まだそこそこの数は残っている。

 あるいは、遺跡内に潜っている生徒の方が多くなったのかもしれないが。


 さっき会館内の時計を見たら、時刻は夜の八時過ぎだった。

 …………。

 今日は色々とあって疲れたから、このまま帰って休みたい気持ちもあるんだけど……。

 キュリエさんをちらっと見やる。


 せっかくだから、どこかで腰を落ち着けて、少し二人で話をしたい気もするんだよなぁ……。

 もちろん、彼女の都合次第なんだけど。

 そんな風に思っていると、


「おまえ、今日はもう宿舎に帰って休め」


 ぱち、と自分の腕から到達階層を示す腕輪を外しながら、キュリエさんが言った。


「見たところ、かなり疲れているようだ」

「……やっぱり、今日はもう休んでおいた方がいいですかね」

「この後、何かあるのか?」

「キュリエさんと今後の方針なんかについて、ちょっとお話しできたらなぁ、とか思ってたんですが」


 ため息をつくキュリエさん。


「そんなもの、明日でもできる。休むべき時に休んでおかないと、身体を壊すぞ」

「……そうですね。わかりました、今日は帰って休みます」

「ああ、そうしろ」


 そして、どちらからともなく俺たちは歩き出した。

 等間隔に立っているクリスタル灯の光に照らされた石畳の上を、並んで歩く。

 すれ違う生徒もなく、辺りは静寂に包まれている。

 木の葉が擦れ合う音。

 どこかで、虫が鳴いていた。


「ところで、一つ気になっていたんだが」


 キュリエさんが言った。


「はい」

「まさかおまえ……保存食を買う金すらないのか?」


 俺は俯き、肩を内側に寄せた。


「恥ずかしながら」

「……やっぱりか」


 またまた呆れの息をつくキュリエさん。

 なんだか、自分が彼女の苦悩の種になっているような、申し訳ない気分になる。


「聖遺跡に入った時の装備と、会館内での感じを見て、そんな気がしてたんだが……そうか……」


 そのタイミングで、俺の腹の虫が鳴った。


「…………」


 保存食、という単語を聞いたせいだろうか。

 急に腹の虫が活動をはじめたようだ。

 いや――遺跡内で『腹が減った』と感じるくらいだから、実際はかなり減っていたんだろう。

 と、キュリエさんが立ち止まった。

 そしてベルトのポーチから、紙に包まれた干し肉を二つ、


「ほら」


 と俺に放って渡した。


「え? あの……これ」

「やるよ」

「いいんですか?」

「フン……ここで食うなり、宿舎に戻ってから食うなり、好きにしろ」


 キュリエさんがポーチから懐中時計を取り出した。


「それにこの時間なら、まだ宿舎の食堂で夕食にありつけるだろう……って、おまえ、男子宿舎は逆方向だぞ? こっちは、女子宿舎に行く道だ」

「あ」


 そっか。

 キュリエさんは、俺が普通に男子宿舎に入舎したと思ってるのか。

 ……そういや男子宿舎の空きって、なかったんだろうか?

 …………。

 それはともかく。

 これは、話しておくべきだろうな。


「実は――」


 学園側の事情もあってとりあえず今は女子宿舎の近くの廃屋(?)に住んでいる、ということを、適度にぼかしながら、しかし嘘はつかず、キュリエさんに説明した。

 本当は細かく説明したいところだったが、学園長に俺自身のことについてどこまで人に話していいかの確認を取っていないため、やや曖昧な説明にとどめておいた。

 何かツッコまれるかなぁ、と少し不安になりながらキュリエさんの反応をうかがったが、彼女は、


「まあ、おまえは禁呪使いだからな。学園側も何か考えがあるんだろう。それに……女子宿舎に近いなら、好都合だ。何かあった時、私も駆けつけやすいからな」


 と、真剣な顔で言った。

 

 不意に――


 クリスタル灯の明かりに照らされた彼女の、その真剣な面持ちに、俺はどきりとした。


「…………」


 やっぱり、キュリエさんは綺麗だ。

 まるで完璧な美の彫刻が、そのまま命を与えられたみたいな。

 可憐でどこか儚げな美しさを持つセシリーさんに対し、キュリエさんは、強さと凛々しさに立脚した美しさを持っている、とでもいうか……。

 ……あくまで、俺の印象ではあるけれど。

 見惚れていると、キュリエさんが訝しげな表情で覗き込んできた。


「……なんだ?」

「あ、いえ……な、なんでもないですっ」


 不意打ち気味に彼女の顔が目の前に来たことで、顔が一気に熱を持つ。


「? 変なやつだな」


 不思議がるキュリエさんの横で、俺は息を整えた。

 それからまた俺たちは、女子宿舎の方へと歩を進める。


 その道すがら、キュリエさんとの会話はこんな感じだった。


「ほ、星が綺麗ですね」

「そうか? 大して出ていないぞ」

「…………」


「その干し肉、食ったらどうだ? 腹、減ってるんだろう?」

「で、では、いただいます」

「…………」

「いやぁこの干し肉、すごく美味しいですね!」

「ふーん、私はそんなに美味いとは思わなかったがな……よほど腹が減ってたのか」

「はは、空腹は最高のスパイスってやつでしょうか……」

「ほら、水筒……水が入ってるから」

「え?」

「それも、おまえにやるよ」

「いいんですか? ていうかこれ、キュリエさんが――」

「心配するな。私は一度も使っていない。私は明日、新しいのを買うし」

「…………」

「なんだ?」

「……いえ。えっと、本当にもらっていいんですか?」

「やる」

「あ、ありがとうございます」


「……ゴブリンに襲われた時、助けに入らなくて悪かったな」

「いや、そんな! それはキュリエさんが謝ることじゃないですよ!」

「正直、出ていくことを少し躊躇した。そうこうしているうちに、おまえが仕留めていて……」

「いえ、禁呪使いたるもの、ゴブリンなんぞに負けてはいられませんから!」

「ただ、あの剣での一撃……あれは思い切りのいい、なかなかの一撃だった」

「キュリエさんに褒めてもらえるなんて、なんか嬉しいですね!」

「……修業は必要だがな」

「……はい」


「あの、俺……ちょっとニオイますかね?」

「ああ、ひどいな」

「す、すみません……!」

「いや、冗談だって。そんなでもない。気にするな」

「そうですか……よかった」

「……やっぱり、少し」

「!」


 もっと互いに話すべきことはあったと思うけど、そんな当たり障りのない会話をしながら、俺たちは女子宿舎前に到着した。

 多分、キュリエさんも俺の疲労を気遣って、つっこんだ詮索をしないでいてくれたんだろう。

 ……禁呪のこととか。


「ええっと……この宿舎の裏手のちょっと離れたところに、俺の家があるんですよ。といっても、借り家なんですけどね」

「ああ、そういえば何か建物があったな。わかった、覚えておくよ」

「じゃあ明日、またお会いしましょう! ……キュリエさん?」


 キュリエさんが、浮かない表情で俺を見ている。


「もう一度聞くが……本当に、私と組むつもりか?」

「はい。キュリエさんが、嫌じゃなければ」


 彼女が長い息を吐いた。


「おまえの決意は、よくわかった」


 それから背を向けて、


「……じゃあ、また明日な」


 そう、ぼそっと言い残し、宿舎の中に入っていった。


「…………」


 さて。

 俺も、自分の家に帰るとするか。


          *


「あっ、おかえりなさいませ、クロヒコ様!」


 家のドアを開けると、椅子に座っていたミアさんが、素早く腰を浮かせた。


「あれ? ミアさん?」

「はい、ミアでございますっ」


 ピコピコと耳を動かしながら、ぱあっと笑顔になるミアさん。

 窓から明かりが漏れていたから誰かいるのかな? とは思っていたのだけど、家の中にいたのはミアさんだったようだ。

 と、いうか、


「ミアさん……ひょっとして部屋の掃除とか、してくれたんですか?」

「えーっと、はい。わたくしに出来る範囲で、ですが……」


 ちょっと照れくさそうに、ミアさんが頬を朱に染める。

 そう。

 朝、家を出てきた時よりも、家の中が見違えるように綺麗になっているのだ。

 若干、家具も増えていた。


「ありがとうございます、ミアさん」


 俺は深々と頭を下げる。


「い、いえ、とんでもございません! これは、わたくしが勝手にやったことですから! 感謝など……もったいないお言葉です!」


 謙遜するミアさんだが、俺は感謝の気持ちでいっぱいだった。


「ところでクロヒコ様、その……授業が終わった後は、どこかに寄られていたのですか?」

「ええ、なんか色々とありまして……で、ちょっと聖遺跡に」

「まあ、初日からですか!? だ、大丈夫だったのですか!?」

「どうにか……でも、ちょっと無謀すぎましたね。今は、心底反省してます」

「そんな……クロヒコ様がご無事なら、それだけでミアは十分でございます! ただ……」


 ミアさんが、上目遣いに俺を見た。


「クロヒコ様とお会いできなくなるとしたら、ミアは少し寂しいです。ですから……あまり危険なことは、なさらないでください」


 その直後、しゅん、とミアさんが眉尻を下げる。


「……差し出がましいことを申しまして、すみません」

「いえ、そんな風に心配してもらえて……嬉しいです」

「クロヒコ様……」

「わかりました。これからは無茶をしないよう、なるべく気をつけます」

「……はいっ」


 嬉しそうにするミアさん。

 俺も、なんだか嬉しかった。


「あ、それでですね」


 ミアさんが一つ、両手を打ち合わせた。


「湯浴みの用意ができておりますので、よろしければっ」


 風呂場に行くと、バスタブに、木製の蓋が載っていた。

 薄っすら、風呂場の中が蒸気で白くなっている。


「かなり前に備えつけられた古い風呂釜ということもあり、沸かした湯を注いだだけのものですが……まだ十分に温かいと思います。クリスタルを使った新しい風呂釜ですと、冷めた湯を再び沸かすのも簡単なのですが……」

「そんな……十分ですよ!」


 これはありがたい。

 帰ってきて風呂が沸いているのは……正直すごく、ありがたい。


「では、クロヒコ様が湯浴みを終えましたら夕食にしようと思うのですが……いかがでしょうか?」

「いいんですか?」

「ということは、このままご用意してよろしいのですね?」

「え……あ、はい」

「では、すぐにご用意いたしますねっ。クロヒコ様はどうぞごゆっくり、疲れを癒してくださいませっ」 


 そう言うとミアさんは、ぱたぱたと戻って行った。


 そんなわけで。

 俺は、久々の風呂に入ることとなった。


 服を脱ぎ、風呂場に入る。

 そして、木でできた小さな椅子に座る。

 石鹸(?)と、透明な瓶に入った緑色の液体が置いてあった。


「これが、ドシネトの葉のエキスで作った、洗髪液ってやつか……どれ」


 さっきミアさんに説明を受けたそれは、まあ、早い話がシャンプーである。

 手に出して髪につけ、わしゃわしゃする。

 んー、なんか爽やかな香りがする……。


 桶ですくった湯を頭からかぶり、次に石鹸を泡立てた布で身体を擦る。


「うおぉ……すごくさっぱりする……っ」


 それから、湯船につかる。


「あぁ……最高だ……」


 疲れが、身体の芯から取れていくみたいだ……。

 あー……やっぱり、風呂はいいなぁ……。


 今日のことを思い出す。

 長い一日だった……いや、まだ終わってはいないが……。

 …………。

 何より、キュリエさんと攻略班を組めたこと……これが一番、嬉しかったかもしれない。

 もちろん、セシリーさんに誘ってもらえたことも、嬉しかった。

 他にも、嬉しいことがたくさんあった。

 同時に、知るべきことも。


「…………」


 そうだな。

 今日は、初めてのことや、キュリエさんのことでいっぱいいっぱいだったけど、明日は今日よりも、余裕があるはずだ。

 明日――クラリスさんに会って、禁呪について聞いてみるとしよう。

 これから聖遺跡を攻略する中で、必ず禁呪は使うことになる。

 少しでも、知れることは知っておくべきだ。


 ……ま、今日はのんびりと疲れを癒すとするか。

 

 その後、俺はけっこう長い間、風呂に入っていた。


          *


 風呂から出て、ミアさんが用意してくれていた絹の服に着替える。


「ふぅ……」


 身も心も、さっぱりだ。


 そして俺は、一階のダイニング――というよりもダイニングキッチンか――へ戻った。

 テーブルの上で、美味しそうな料理たちが湯気を立てて待っていた。

 その横にはミアさんが控えている。


「…………」


 で、もう一人、テーブルの席についている人物がいた。


「随分とゆっくりだったのね、クロヒコ。よほど湯浴みが気持ちよかったようで、何よりだわ」


 その席に座っていたのは、ゴスロリ服姿の学園長――マキナさんだった。

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