第34話「聖遺跡」
聖遺跡前の広場には、たくさんの生徒が集まっていた。
この広場には、聖遺跡会館という三階建ての建物がある。
聖遺跡会館についても、術式授業後に俺たちはヨゼフ教官から説明を受けていた。
聖遺跡会館は、聖遺跡に潜る生徒の準備などをサポートしてくれるところだ。
一応、会館内の部屋を借りて攻略の方針を話し合ったりする場所という名目の建物ではあるが、その他のサポートも非常に充実している。
武器や防具の貸し出し、探索に役立つ道具や保存食等の販売、長期探索の際の授業免除申請の手続き、遺跡内で入手したクリスタルの買取など、聖遺跡探索に関係した事柄の幅色い面のサポートをしてくれている。
ちなみに、武器や道具は自前で用意してもかまわない。
広場をざっと見る。
そこかしこに、円を作って座ったり、テーブルで何か話し合ったりしている生徒たちの姿が確認できる。
この広場にもクリスタル灯が何本かあるので、日が暮れてきても、暗さで視界が阻まれることはない。
感じ的には、新入生が多いだろうか。
まあ、新入生は聖遺跡への立ち入りが解禁されたのが今日だから、盛況なのも、当然といえば当然か。
それに、ルーキーたちの様子を面白半分に見に来ている上級生も多そうだ。
さっきキュリエさんを追いかけた時にひと気がなかったのも、ひょっとするとこっちに生徒が集まっていたからなのかもしれない。
「ん?」
あれは……アイラさんだ。
えーっと、一緒にいるのは……お昼の時に同じテーブルで食事をとっていた上級生たちかな。
彼女たちも、これから聖遺跡に行くのか。
皆、制服ではなく、鎧やらマントやら、いかにも今からダンジョン攻略しますと言わんばかりの装いである。
アイラさんが腰に下げているのは、サーベル。
動きやすさを重視しているのか、防具も比較的ライトな感じである。
なんだか、全体的にオシャレな雰囲気が漂っていた。
……アイラさん、素敵です。
きょろきょろと周囲を見やる。
セシリーさんや麻呂の姿は見当たらない。
今日はここに来ていないのか、はたまた、すでに潜っているのか……。
「…………」
さて。
俺は、どうするかな。
とりあえず今日は試しに一階層にだけ潜ってみて、すぐに戻ってくるか……。
ソロで今後どう攻略していくかの方針も、ちゃんと練らないとだしな。
と、その時。
広場の一角――鉄製の柵と天井に囲われた、四角く平たい舞台めいた場所が、青白い光に包まれた。
舞台の四隅には、クリスタルの埋め込まれた荘厳な柱が立っており、その柱に埋め込まれたクリスタルも強い光を放っている。
「お、来たな」
近くの椅子に座って控えていた衛兵数名が立ち上がり、鞘から剣を抜き取って、舞台の周囲に集まる。
次の瞬間、四角く黒い舞台の床の上に、剣や鎧で武装した五人の生徒たちが姿を現した。
そして、その五人以外に一匹――
「ギェアアアアア!」
生徒たちと共に現れたのは、翼を持った人型の白い鬼――ガーゴイル。
五階層までの魔物は放課後に配られた聖遺跡の魔物図鑑でざっと確認してあったので、すぐにわかった。
……RPGでも、定番のモンスターだしね。
その光景を目にした生徒の一人が、取り立てて慌てた様子もなく言った。
「ガーゴイルか。てことはあいつら、四階層まで行ったのか」
出現したガーゴイルは、あの一つ目の巨人――サイクロプスと同じように、やはり酸を被ったように溶解していく。
五人の生徒たちに追い回されながら、ガーゴイルは金切り声を上げ、鉄の柵や天井に、何度も身体をぶつける。
しかし、すぐに一人の生徒に仕留められ、そして溶けて消滅した。
様子を窺っていた他の生徒たちは、ガーゴイルが消滅したのを見届けると、何事もなかったかのように、すぐに自分たちの会話や準備に戻っていった。
ガーゴイルと共に現れた生徒たちも、安堵の息を漏らしながら、鉄柵のドア部分を開け、檻の中から出てくる。
彼らは、聖遺跡の中にある転送装置を使って戻ってきた生徒たちだ。
聖遺跡はなかなかの親切設計で、各階層に地上まで転送してくれる転送装置が存在するのだという。
が、転送装置は起動すると、転送されるまでに五分〜十分ほど時間がかかる。
しかも起動後は、魔物が大量に湧いてくる。
で、たまにああして、一緒に魔物が転送されてくるというわけだ。
どうせ聖遺跡の魔物が地上に出ても放っておけば溶けて消えるのだから、さほど危険視はされていないらしいが、それでも学園側の方針で、転送先を鉄の檻で囲んだり、いざという時に助けに入れるよう衛兵を配備したり、といった配慮はしているようだ。
一応、引退した聖樹士も会館に詰めているというし。
聖樹士になれば、引退後も就職先には困らないのかもしれないな。
うーん、にしても……転送装置か。
確かに便利な装置では、あるのだが――。
「…………」
ええっと……そうだな、丸腰というのもなんだし、まずは聖遺跡会館に行ってみようかな。
こうして俺は、聖遺跡会館へと足を向けた。
*
「ロングソード一本とレザーアーマー……それと、探索服でいいんだね?」
「はい」
カウンターの担当者が、借りたものの名前を手慣れた感じですらすらと紙に書き込んでいく。
俺は、聖遺跡会館でロングソード(鞘なし)とレザーアーマー、それから探索服という、聖遺跡に潜る際に着る服を借りた(探索服は必須ではないらしいが、制服が汚れたり破れたりするのを嫌う生徒が多いため、探索服を着ていく生徒がほとんどなのだとか)。
お金の都合がつかない生徒には、こうして学園側が最低限の装備を貸し出してくれる。
俺にとっては、非常にありがたい制度だ。
貸し出し用の装備は会館の奥にある倉庫に押し込められており、使い古されたものの中から、生徒自身が見繕って持ってくる。
これらは基本として、もし破損したとしても弁償の義務はない。
その理由は、貸し出し品のほとんどは卒業生などが寄付感覚で置いていったものだから、とのことである(ちなみに探索服だけは、学園側からの支給品)。
借り受けた装備品に更衣室で着替え、俺はカウンターへと戻った。
「えっと……じゃあこれ、預かってもらえますか? 一年獅子組、相楽黒彦で」
「一年獅子組、サガラ・クロヒコだな……よし、わかった」
さらさらと名札に学年と組、名前を書き込んだ後、担当者が俺から受け取った制服に名札をつける。
「食料や授業免除申請はいいのかい?」
「ええ、今日は一階層を見学するだけの予定ですので。すぐに戻ってきます」
「もしかして……今日は一人でかい?」
「はい、一人です」
「そうか……ま、一階層を見学くらいなら大丈夫か……うん、クリスタルの欠片の一つでも見つかるといいな。そうすれば、もう少しまともな装備が買えるから」
「ははは……見つかるといいですけどね」
「それと、せいぜい遺跡に『喰われ』ないように、気をつけろよ」
「はい、気をつけます」
そんなやり取りをして、俺は聖遺跡会館を出た。
まだ広場には生徒たちの姿がたくさんあったが、さっきよりは少し減ったようだ。
俺は複雑な紋様の彫刻が刻まれた門の先――ぽっかりと空いた地下への階段を目指し、歩を進める。
あそこが、聖遺跡の入口である。
門を通る時、門の前に立っていた衛兵さんや先輩たちが、応援の言葉を投げてくれた。
中には『お、禁呪使いじゃないか! 攻略は一人で余裕ってか? ま、がんばれよ!』なんて声をかけてくる人もいた。
「はは……が、がんばります……」
へらりと恐縮しながら、門を通り過ぎる。
「…………」
内心、けっこうドキドキしていた。
というわけで一つ、深呼吸。
…………。
よし。
気合いを入れ直し、再び歩きはじめる。
階段は、真っ暗ではなかった。
壁が青緑に淡く発光しているおかげで、視界は確保されている。
これは聖遺跡内に満ちている聖素によるものだと、ヨゼフ教官が説明していた。
壁に埋まっている細かなクリスタルがその聖素に反応し、このような発光現象が起こるらしい。
おかげで松明やランタンが聖遺跡内で必要となる局面はほとんどないという。
階段をおり切ると、やや広めの部屋に到着。
ここにも衛兵さんが一人いた。
部屋の奥には、開け放たれた両開きの石扉がある。
「ん? 君、まさか一人か?」
「はい」
「……随分と軽装のようだが、大丈夫か?」
そう尋ねる衛兵さんに、俺は聖遺跡会館の時と同じ答えを返した。
「そうか、なら……大丈夫か。けど、遺跡に『喰われ』ないよう、気をつけろよ?」
俺は返事と共に頷き、奥の扉を潜ると、さらに階段をおりた。
――遺跡に喰われる。
これは聖遺跡の特性の一つといっていいのかどうかはわからないが、どうもこの聖遺跡、油断していると『ついうっかり』もう少し先へ、あと一階層だけ……なんて風に、引き際を間違えてしまう生徒も多いのだとか。
それを人々は『遺跡に喰われる』と表現しているわけだ。
……まあ、ダンジョン系のゲームなんかにハマった経験のある人間からすれば、その気持ちはわからなくもないけどね。
そんなこんなで俺は、ようやく聖遺跡の第一階層に足を踏み入れた。
「ほー……これが聖遺跡の、第一階層か……」
通路の幅は、剣を持つ人間二人が並んで戦って、少し余裕があるくらい。
「……よっと」
俺はロングソードを天井へ向けた。
ふむ。
高さは、ロングソードを天井に向けても剣先が届かないくらい、か。
その時、ごごんっ、と石が何かにぶつかるような音が響き渡った。
多分、聖遺跡の内部構造が変化したのだろう。
なんでも聖遺跡は、まるで生き物のような遺跡で、入るたびに構造が変わるらしい。
そんなわけで、地図作成は意味をなさない。
聖遺跡内に建築物を建造できない理由も、ここにある。
辺りに目を凝らす。
他の生徒の姿は見えない。
一説によると、聖遺跡は、通路でパーティー同士が出会わないよう、遺跡自身が意思を持ってパーティー同士を分断しているのではないか、などとも言われているんだとか。
一方、大部屋などでは、他パーティーとの遭遇率は高くなるという説があるらしいが……。
うーん。
てことは、他の生徒と遺跡内の通路で出会う確率は、低いってことか……。
なんて思いきや、遥か先の暗がりで炎が燃え盛るのが見えた。
……だ、誰か戦ってるのか?
つーか、第一階層でも、やっぱ魔物は出現するわけですか……いや、そうですよね……出ますよね……。
俺は右腕の腕輪に視線を落とす。
これは、武器や防具を借りる前に会館のカウンターで受け取ってきたものだ。
腕輪には黒い水晶がはめ込まれている。
どうやら階層を降りれば降りるほど、この水晶の色が透明へと変わっていくらしい。
つまり、学園側は水晶の色の変化で到達階層を判断し、評価しているわけだ。
これの詳細な判定方法については明らかにされていないが、水晶に加工するなどの不正は今まですべて見破られているという。
まあ、一応名前が彫り込まれているとはいえ、到達階層がすごいやつの腕輪を盗んで自分の名前を掘り込む、なんて考えたやつもいたのかもしれないな……。
……ま、不正をするつもりはないけどね。
さて、と。
右に左に折れている通路を、俺は眺めやる。
ちょいと、ウロウロしてみるか。
*
たまに、青緑色の壁とは色の違うドアがある。
これらのドアの先は、魔物のいる部屋に繋がっている場合もあれば、上や下の階層に向かう階段へ繋がっている場合もあるらしい。
と、そこで。
ぐぅ。
腹の虫が鳴いた。
「…………」
うーむ。
お腹、空いたな……。
いい加減、風呂にも入りたい気がするし……。
…………。
そうだな、そろそろ上に戻る階段を探すのに専念して、帰るとするか……。
実は、魔物相手に少し禁呪の試し打ちをしてみたかったのだが――
と、その時だった。
ぼこっ、と壁の下部に、半月型の穴があいた。
「……へ?」
そして、その穴をくぐって出てきたのは、俺の胸のあたりまでしか身長のない白い子鬼――ゴブリン。
「うわ、で、出た!」
反射的に、俺は手にしていた剣を構えた。




