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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第33話「夕焼けの下で」

「私に何か用か?」


 キュリエさんの前まで来た俺は、膝に両手を突き、荒い呼吸を繰り返していた。


「……っ、はぁっ、はぁっ……」


 さ、さすがに元々運動してた身体じゃないせいか、そこそこ走ると疲れるな……。

 それから、どうにか呼吸を整え、顔を上げる。


「きゅ、キュリエさん……お、俺これから、聖遺跡に行ってみようと、思うんですが」

「……それが、どうかしたのか」

「攻略班、俺と、組んでくれませんか?」

「何?」


 キュリエさんが眉をしかめた。 


「私と?」

「ええ」

「馬鹿な」


 キュリエさんは、理解できないとでも言いたげに首を振った。


「おまえには、あれだけの誘いがあるんだ。わざわざ私と組む益などあるまい。どうやら、私はあの組での居場所もなくなったらしいしな。そんな人間と一緒に組んで、おまえになんの得がある?」

「得とか損とかじゃなくて、俺が、キュリエさんと組みたいんです」


 さらにきつく眉根を寄せるキュリエさん。

 少し、不快そうでもあった。


「わからん。なぜおまえが、私と組みたがるのか。もし入学式の日におまえを助けた件の恩返しとでも思っているなら、前にも言ったが、あれはただの気まぐれだ。妙に気にされると、むしろ鬱陶しい」

「じゃあ、戦闘授業の時は?」

「……なんのことかわからんが」


 俺は模擬試合の時を思い出す。


「キュリエさん、本当は強いんですよね?」

「……さあな」

「あの修練場にいた全員を相手にして勝てる、みたいなこと言ってたじゃないですか。さっきの教室でのことにしたって、なんとなく強そうな感じ漂ってましたし」

「…………」

「なのにキュリエさん、試合を放棄して、自分を特例組に入れろって言いましたよね? ……あれって、俺が一人だけ特例組にならないように、気を遣ってくれたんじゃないですか?」


 それだけじゃない。

 戦闘授業の時、麻呂の矛先が俺から自分に向かうように、わざとキュリエさんは麻呂の気に障るようなやり方をしたんじゃないだろうか。

 ……もしかしたら、考えすぎなのかもしれないけど。


 キュリエさんの表情に変化はない。

 俺はぐっと息をのんで、続けた。


「さ、さっきの教室でのこともそうです。麻――いや、じゃなくて、ええっとその……あれですよ、あれ……そう、フィブルク!」


 ……麻呂の本名が、すぐに出てこなかった。


「あいつが俺にいちゃもんつけてた時……あれ、わざと目立つタイミングで教室を出ようとしたんですよね?」

「…………」

「あのタイミングで動けば、フィブルクなら、戦闘授業でひと悶着あった自分に絡んでくるだろう……キュリエさんは、そう読んだ。そして結果、あいつの意識は俺からキュリエさんに移った。……違いますか?」


 キュリエさんの行動は、俺のためだった。

 多分、そうだったのだ。

 が、


「フフ……あの男以上にめでたいやつだな、おまえは」


 俺の言葉を聞いたキュリエさんは、乾いた笑いを漏らした。


「よくもまあ、そこまで想像を広げたられたものだ。フィブルクとやらには想像力が足りないが、おまえは想像力がありすぎるな」

「…………」

「ただ、そうだな……仮に今の想像が真実だったとしようか。そのことに気をよくしたおまえは、恩返しのつもりなのか知らんが、私を誘った、と。だが――私を誘うことは、やはりやめておいた方がいい」


 キュリエさんが笑みを消し、問うた。


「おまえ……第6院については?」

「い、一応は知ってます」

「だったらわかるだろう? 第6院の人間には色々と、きな臭い話が多いんだよ。近づくだけで、いらぬことに巻き込まれかねない。近づかず、距離を取って傍観しているのが一番なんだ」

「そんな……」


 それからキュリエさんは息を落とすと、突きつきつけるように言い放った。


「はっきり言っておこう。第6院の人間と深く関わると、関わった者の命にも危険が及びかねない」

「……っ」

「だから、朝にも忠告した。私には関わるなと」

「…………」

「そうだな……明日から、私のことは無視しておけ。その方が、おまえのためだ」


 そう言うと、キュリエさんは背を向け、女子宿舎へと歩きはじめる。


 …………。

 キュリエさん。

 あなたは、そう言うけど。

 でも、


 あなたは、断っていない。


 今までの話は、ただ自分に関わるといいことがないって、そう言っているだけだ。

 俺はまだ『おまえと組むのが嫌だ』とは言われていない……はずだ。


 ていうか、よくよく考えてみれば、どれも俺の身を案じての言葉じゃないか。


「キュリエさん!」


 俺は声を張り上げ、彼女の名を呼んだ。


「その第6院の人たちって――あの一つ目の巨人よりも、強いんですか!?」


 キュリエさんが立ち止まる。

 背を向けているので、表情はわからない。

 そして小さく、しかし耳に届くほどの声量で、キュリエさんが答えた。


「……強いよ」

「――っ」

「あの巨人が十匹束になってかかってきても……第6院のやつらなら、五分もあれば余裕で仕留められる」


 微かに、キュリエさんがこちらを振り向く。

 見えるのは、口元だけ。


「……そういうやつらなんだよ、あいつらは。もちろん……わたしも含めて、な」


 再び、キュリエさんが歩きはじめる。

 俺はぎゅっと拳を握りしめる。

 息を吸う。

 そして、


「それでも俺、まだ諦めないですから! キュリエさんからはっきりと『おまえとなんか組みたくない』って言われるまでは、諦めませんからねー!」


 と、下手すりゃストーカーもいいとこな台詞を、思いっきり口から出した。


「…………」


 が、キュリエさんは、今度は立ち止まることもなく、そのまま歩いて行ってしまった。


 俺は一人その場に、ぽつねんと取り残される。

 …………。

 さっきキュリエさんが口にした言葉を、思い出す。


『わからんな……なぜおまえが、私と組みたがるのか』


 もちろん、助けてもらった恩返しのつもりもある。

 俺の妄想だと切って捨てられた、戦闘授業や授業後の教室でのことも、ないわけじゃない。

 ……スタイル抜群の美人さんだからという理由も、まあ、ないわけじゃない。

 でも何より、


 独りってのは、やっぱ辛い気がするんだよ。


 俺は前の世界でずっとボッチだった。

 まあ、元々物事にあまり興味が持てなかったせいなのか、あまり苦痛には感じていなかった……気もするが。

 でも、学校みたいな場所でずっとボッチってのは、けっこうなしんどさがあって。

 集団生活の中では、どこかで誰かと関わらざるをえない局面が必ず出てくる。

 そういう時……よくわからないけど、なんかしんどかった。

 で、たまに思っていた。

 一人でもいいから『友だち』ってのがいたら、少しは楽なのかもな、と。


 いや、俺も最初からボッチを受け入れてたわけじゃなかったのだ。

 小学生とか、中学生の頃は、表にこそ出さなくても、やっぱりどこか寂しい思いをしていた気がする。

 そんな俺だから、ボッチの辛さっていうか……しんどさが、なんとなく、わかるというか……。

 …………。


「……って、俺のケースをキュリエさんに当てはめるのも、失礼な話か」


 遠くを歩く、キュリエさんの後姿を眺める。


「…………」


 うーん。

 やっぱボッチ云々は、ごまかしかもしれない。 


 そう。

 色々と理屈づけてはいるけど――


 単純に俺は、キュリエさんと仲良くなりたいだけなのかもしれない。


 ……うん。

 むしろ、それでいいじゃないか。

 ごちゃごちゃ小難しい理屈なんて、つけなくていい。


 俺はキュリエさんと、仲良くなりたい。


 それでいい。


「…………」


 ていうか、ボッチがどうとか考えてしまっている時点で、


「前の世界のこと、リセットし切れてないよなぁ……」


 …………。

 でも、なんだろう。

 誘いが失敗したというのに、ちょっと気分は晴れやかだった。


「……さて、キュリエさんを口説き落とす方法、考えないとな」


 うーん、しかしキュリエさんを口説き落とす方法かぁ……。

 そうだなぁ……。

 …………。

 うん。

 今の俺に考えつくのは、やっぱりこれくらいしかない、か。


 この学園の聖遺跡攻略の階層到達記録を――塗り替える。


 具体的には、あの一つ目の巨人なんかよりも、もっともっと強いやつを倒す。

 それで、証明する。

 俺は第6院のやつらが相手でも負けないくらい、強いんだと。


 そうすれば、キュリエさんも誘いに乗ってくれるかもしれない。


 しかし、となると俺……ソロで攻略ってことになるのかな?

 もちろん、今さらセシリーさんに『やっぱ俺と組んでください! てへっ!』ってのは、俺的に絶対にナシだ……。

 あんな断り方しといて、それはさすがに恥ずかしすぎる。

 それに、ここで他の生徒と組んだりしたら、後々キュリエさんを誘いづらい気もするし……。

 …………。

 いいさ。

 やってやる。

 ソロで、やってやるよ。


 到達階層記録を、俺が塗り替えてやる。


 空に広がる夕焼けを見上げる。

 よし。

 善は急げだ。

 これから、ちょっくら行ってみるとするか。

 どんなもんか少し見てみたい気もするし。


 聖遺跡。


 うむ。

 そうと決まれば話は早い。

 早速、聖遺跡に向かうとしよう。


「…………」


 ただ、一人で潜る場合、ちょっと看過できない問題を抱えることになるのだが……ま、まあ、今日は、見学程度にしておくとするか……。

 今日は、一階層にちょびっと足を踏み入れる程度にしよう。


 こうして、俺は来た道を引き返し、学園の敷地内にある聖遺跡へと向かった。

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