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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第32話「答え」

 い、今セシリーさん……俺を攻略班に、誘ってくれたん……だよな?

 思わず、自分の顔を指差す。


「お、俺をですか?」

「ええ……あなたをです、クロヒコ」


 と、セシリーさんがばつが悪そうに眉尻を下げた。


「ただ、あなたが禁呪使いだと明かされた今となっては……正直、誘いづらかったというのが本音ですが」

「…………」


 まさかセシリーさんから誘いを受けるだなんて、予想もしていなかった。

 彼女が誘われる姿なら、いくらでも想像がつくけど。

 セシリーさんなら、誰かを誘わなくたって引く手あまただろうし。

 あえて俺を誘うメリットなんて……って、そうか、禁呪か。

 けど、今のセシリーさんの言い方は……。

 きまり悪そうに、セシリーさんが続ける。


「その、ですね……本当は、戦闘授業が終わった時点で、あなたを――」


 そこで言葉を切ると、セシリーさんが首を振った。


「――いえ、こんな言い方は見苦しいですね……そう、わたしは禁呪使いとしてのあなたの力が欲しいと思ったのです。ですから、どうでしょう? わたしと攻略班を組んでいただけませんか? もちろん、あなたが何か対価を望むのなら、それ相応の礼はするつもりです。そうですね……もしわたしに、何かできることがあるなら――」

「少し、待ってもらっていいか?」


 教室の上の方から男の声がした。

 声の主を見る。


「あ」


 セシリーさんの言葉を遮ったのは、ジークさんだった。

 段差を下り切り、ジークさんが俺の前まで来た。


「……ジーク?」


 怪訝そうな視線を向けるセシリーさん。

 ジークさんはセシリーさんを一瞥してから、俺に向き直った。


「今日、戦闘授業がはじまる前……セシリー様は、おれとヒルギスに『もしかしたらあと一人、攻略班に誘うかもしれない』と相談をしてきた」

「ジーク」

「言わせてください、セシリー様」


 やや咎めるような調子で投げられたセシリーさんの言葉を、ジークさんはつっぱねた。

 有無を言わさぬ語気で言葉を止められたセシリーさんは、ぐっと口を噤む。


 ジークさんが続ける。


「元々おれたちは、おれとヒルギス、そしてセシリー様の三人だけで攻略班を組むことになっていた。それは君がまだいなかった頃――つまり入学式の時点で、はっきりと周囲にも明言してある」


 ああ、なるほど。

 今挙がったメンバー以外の生徒とは攻略班を組まないと、俺がいない時すでに宣言していたのか。


 そういえば……セシリーさんの周りには常に人が集まってこそいたけど、攻略班に誘われているところって見たことなかったもんな。

 授業後だって、禁呪使いだと判明した俺の周りに人が集中してたけど、実力者であるセシリーさんを誰一人として誘いにいかないのは、不思議といえば不思議だった。

 ……ちなみに実力者といえば、アイラさんは授業が終わってすぐ、攻略班を組むことが決まっていたらしい上級生たちと一緒に教室を出て行ったので、今ここにはいない。


「おれもヒルギスも、最初は誰のことかわからなかった、が、戦闘授業の時、なんとなく君のことだと察したよ」

「戦闘授業の時、ですか?」

「ああ」


 戦闘授業の時を思い出す。

 俺が女性教官に一撃で敗れた時、セシリーさんがかばってくれて、そして多くの生徒が笑う中、ジークさんとヒルギスさんは笑っていなかった。

 …………。

 うーん、でもなぁ。

 ちょっと褒めてくれた人もいたけど、あれで攻略班に誘おうと思うもんかなぁ?

 ……いや、自分で言うのもなんなんだけど。


「そして戦闘授業の後セシリー様が、君を攻略班に誘うつもりだと、おれたちに打ち明けた」

「…………」


 それってつまり、俺が禁呪使いだとわかる前から、セシリーさんは俺を攻略班に誘おうとしてくれてたってこと、だよな……。

 けど、どうして俺なんか……。


「君の反応を見る限り、自分に対する評価に戸惑っているようだが……おれも、君は磨けば光るものがあると思う。あの戦闘授業での一撃……告白すると、おれは迫力に気圧された。上手く言葉にはできないが、君には『何か』がある」


 あの一撃、か……。

 確かにあの一撃を放つ時、何かそれまでとは違う感覚があったけど……。


「しかしまあ」


 と、ジークさんが口元を引き締めた。


「それだけで攻略班に誘うかどうかといえば、正直、おれとヒルギスは微妙なところだと考えている。つまりおれとヒルギスは『禁呪使い』としての君にしか、価値を見出していない。セシリー様とは違ってね」

「…………」


 ジークさん、いい人だな。

 つまり彼はこう言いたいわけだ。


 自分たちは、禁呪使いだと判明して、ようやく相楽黒彦を攻略班に入れるに値する人物だと認めた。

 しかしセシリーさんは禁呪使いだと判明する前から、相楽黒彦を攻略班に誘うつもりだった。

 だから先ほどのセシリーさんの『禁呪使いだから誘っている』発言は真実ではない……そう言いたいわけだ。


 もっとざっくり言えば『おれたちとは違って、セシリー様は禁呪使いだってわかる前からおまえのこと評価してたわー、何か「持ってる」ってちゃんと見抜いてたわー』と言いたいわけである。

 おそらく今のはジークさんなりの、セシリーさんの名誉を守るための発言なのだろう。

 ちょっと回りくどいとは思うけど、ジークさんがセシリーさんを想っているのは伝わってきた。


「ただ……もし君がおれたちの攻略班に入ってくれるというのなら、歓迎する。……おれから言いたかったのはそれだけだ。すまんな、邪魔をして」


 ジークさんが後ろへ下がる。


「おせっかいなところは変わりませんね、ジーク」


 ふっ、と微笑んでから、セシリーさんが改めて俺の方を向いた。


「今、ジークはああ言いましたが、戦士としての素質だけでなく、禁呪使いとしてのあなたにわたしが魅力を感じているのも事実です」

「セシリーさん、俺は……」


 セシリーさんが、澄み切った空色の瞳で、俺を真っ直ぐに見つめた。


「はっきりと言います――わたしは、あなたが欲しい」

「……っ!」


 教室中に、ざわめきが広がっていく。


「…………」


 ていうか俺……普通に、キュンっ、となってしまったんですけど。

 バクバクと暴れはじめた心臓を、おさえる。

 ほ、欲しいとか、言われてしまった……こ、こんな綺麗な人に……。

 いや、そういう意味じゃないのはわかってるんだけど……ほ、欲しい……欲しいって……。


 まるで宣誓でもするように、セシリーさんが自分の胸にそっと手をあてる。


「対価として、あなたの望みをできるだけ叶えられるよう、善処はするつもりです。また聖遺跡攻略の際の装備なども、アークライト家から手配します」


 セシリーさんがいざなうように、俺に手を差し伸べる。


「どうでしょうか? わたしと、組んではいただけないでしょうか?」


 …………。

 そこまで俺を買ってくれるのは嬉しい。

 禁呪のおかげだとしても、やっぱり嬉しい。

 それに聖遺跡攻略も、セシリーさんたちと一緒なら、さぞかし難易度が下がることだろう。

 いいことずくめだ。

 何も、悪いことなんてない。 


「…………」


 けど――


「すみません、セシリーさん!」


 俺は、深々と頭を下げた。


「誘ってくれたのはすごく嬉しいんですけど……俺、他に組みたい人がいるんです!」


 身体を翻す。


「く、クロヒコっ?」


 セシリーさんの声から、微かな困惑が伝わってきた。


「本当に、すみません!」


 そう言い残すと俺は、教室のドアを開け、そのまま教室を飛び出した。


「…………」


 セシリーさんと組みたかった気持ちはある。

 かなり、ある。


「でも――」


 俺は彼女――キュリエさんの姿を探すべく、走り出した。


          *


 廊下を走りながら、注意深く周囲に視線を巡らす。

 キュリエさん、どこに行ったんだろう?


 廊下にいる生徒たちが不思議そうにこちらを見るが、気にしない。

 ……って、廊下を走っちゃ駄目か、やっぱ。

 というわけで、ギリギリな感じの早歩きに切り替えて、足を動かしはじめる。


 そうだな、まずは一階あたりを――って、そうか。

 宿舎に帰るみたいなことを言ってたから、そっちに向かえばいるかもしれない。


 俺は一階におりると、そのまま本棟を出て、女子宿舎へと続く道を走りはじめた。


 はっはっ、と短く息を吐きながら、考える。


 しかし、セシリーさんがあそこまで買ってくれてたとはなぁ……。

 

『もしわたしに、何かできることがあるなら――』


 …………。

 ひょっとして膝枕くらいなら、オッケーだったんだろうか……。

 もしくは五分間手を好きに触らせてもらえるとか、三分間髪の毛のにおい嗅ぎ放題とか……。

 はっ!

 い、いかん!

 後の二つは、完全にただのヘンタイじゃないか!

 それに……歴史にイフはないんだ!

 つーか、今は馬鹿なことを考えてる場合じゃない!


 男子的妄想を振り払い、俺は走り続ける。

 と、しばらくして、


「あ、いた……!」


 手入れされた樹木に挟まれた石畳の上を、長い銀髪を揺らしながら歩く後ろ姿――。

 それに……あのスカートからのびる長い脚、間違いない。

 キュリエさんだ。


「はぁ、はぁ……きゅ、キュリエさん! すみません、ちょ、ちょっと、いいですか!?」


 キュリエさんが立ち止まる。

 そして、ゆっくりとこちらを振り向いた。


 その際、長い銀髪がふわりと舞い、夕日を反射してなのか、きらきらと輝きを放つ。

 …………。

 思わず言葉を失い、見惚れてしまう。


 そんな俺を、キュリエさんが少し呆れたような顔で見た。


「……なんだ、おまえか」

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