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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第30話「授業後」

「僕らの班に入らないか、クロヒコ!?」

「ねぇねぇ、私たちのパーティーに入ってよ!」

「いやいや、俺らと組もうぜ、クロヒコ!」


 術式の授業後、教室に戻った獅子組の生徒たちは、聖遺跡についての説明をヨゼフ教官から受けた。

 で、その説明がちょっと前に終わって、今は放課後タイム。

 俺の周囲には獅子組の生徒だけではなく、他の組の生徒たちも集まっていた。

 中には多分、上級生も数人混じっている。


 どうやら術式授業の話が広まり、それを聞きつけてやってきたようだ。


「…………」


 一つ目の巨人を倒し終わった直後のことを、思い出す。


          *


 巨人は溶け切り、完全に跡形もなくなった――。


 それからしばらくして、俺は背後を振り向いた。


「ええっと……やったってことで、いいん、ですよね……?」


 獅子組の生徒、教官たち、おじさま方は、声も出ないといった様子だった。

 皆、いま目の前で起きたことに対して、ただただ言葉を喪失しているようである。

 また、セシリーさんをはじめ、ジークさん、ヒルギスさん、アイラさん、麻呂、キュリエさん……彼らも、じっと押し黙ったままではあったが、大なり小なり、驚きの色を顔に張りつけていた。

 そんな中、マキナさんが微笑みを浮かべて、口を開いた。


「ええ、上出来よ……いえ、期待以上の成果だわ。ご苦労さま、クロヒコ」


 よ、よかった……。


「……ん?」


 ほっと胸を撫でおろす俺の元へ、マキナさんが近寄ってきた。

 なんだろう?

 どこか、浮かない表情だけど……。


「で、クロヒコ」


 マキナさんが、やや声を潜める。


「は、はい」

「一つ、聞いていいかしら?」

「ど、どうぞ」

「……さっきの、黒い槍? のことなのだけれど」

「はい」

「あれの存在を知ったのは、つい先ほどと考えていいのかしら?」

「い、いえ……実は、もう一段階先があるのは、初めて禁呪を使った時――その、つまり学園長に使ってしまった時に、知りました」


 そこでマキナさんは、おほんっ、と咳払いを一つ。

 その頬には冷や汗? が伝っている。

 

「……あれを最初に私で試さなかったことは、感謝しておくわ」

「お、俺も、あの時の自分が使おうとしなくて、本当によかったと思ってます……」

「本当に、よかったわよね……」

「……ええ」

「……ね」

「……はい」


 しばし、俺たちは黙り込んだ。


「まあ、それはともかく」


 と、マキナさんが沈黙を破る。


「どのみち聖遺跡の魔物は長く地上に留まれないから、あの禁呪で束縛さえしてしまえば後は溶けて消えるのを待つ――それが無理そうなら、私がどうにかするつもりだったけれど……まさか、禁呪に先があったとは思わなかったわ」

「でも俺、禁呪の扱い方は知ってるんですけど、禁呪がどういうものなのかについてはほとんど知らないんですよね……」

「……そうね、もし興味があるなら、クラリスに聞いてみるといいわ。禁呪については、私よりも彼女の方が詳しいから。気が向いたなら、訪ねてみなさい」


 クラリスさんというと……ああ、初めて学園長と出会った時、本や巻物をたくさん抱えて階段から降りてきた人か。


「わかりました。今度、暇を見つけて訪ねてみます」

「クラリスは大体いつも学内の図書館にいるわ。まあ彼女のことだから、禁呪についてを知りたいと言えば、聞いていないことまで教えてくれるでしょう。さて――」


 マキナさんがくるりと身体を半回転させ、カツカツと教室の方へ向けて地面を歩いて行く。


「ではみなさん、改めて私が彼――サガラ・クロヒコをこの学園に入学させた理由について、ご説明いたしますわ」


 そう声をかけられたおじさま方が、顔を見合わせる。

 そしてマキナさんは、ちょっと意地悪な調子で言った。


「まあ、実際に禁呪が使用されるところもご覧になられたことだし、もう説明の必要はないかもしれませんが」


 すると、おじさまの一人が、むむ、とあごひげを撫でて唸った。


「禁呪使い、か……うーむ、実際この目で見たのですから、信じざるをえないでしょうな……少なくとも既知の呪文と何かが違うのは、確かだ」


 と、他のおじさまが言った。


「それに見た限り、彼は禁呪を使いこなしているようだし……まあ、学園長が入学させたくなる気持ちも、わからなくはないですな……」


 マキナさんが引き戸を越え、教室の中に足を踏み入れた。

 そしておじさまたちの方を向いて、自信に満ちた微笑を浮かべた。


「では、まいりましょうか」


 こうしてマキナさんはおじさま方を引き連れて、魔術教室から出て行った。


          *


 そして授業後、またたく間に学園内で『禁呪使い』の噂が広がった……ようである。


「どうだねクロヒコ、我々は二年生で攻略班を組んでいるが、一年の君を副班長に任命してもよいと思っているのだ。これはね、まったく異例なことなのだよ」

「あら、こんなお堅い連中よりも、お姉さんたちと一緒に、セーイセキに、モ、グ、リ、ましょ? ね? ぜぇったい、楽しいと思うなぁ〜? というより、組んでくれたらぁ、すっごく楽しい思い、させてあげちゃうわよぉ?」

「クロヒコ! あたしたち同じ獅子組の仲間だよね!? やっぱりあたし、同じ組の絆って大事だと思う!」

「いや〜俺はさ、最初からおまえはタダ者じゃないと思ってたんだよ。うん、やっぱり俺の目に狂いはなかった! だから俺とパーティー組もうぜ! な!?」


 で、この有様というわけだ。

 …………。

 正直、こんなにも扱いが変わるとは思っていなかった。

 けど、聖遺跡について説明を受けた今なら、この状況は納得できる気もする。


 この学園には『小聖位』という制度がある。

 簡単に言えば、生徒の校内成績ランキングのようなものだ。


 以前、同じ組の女子生徒が教官に質問したことがあった。

 このランキングを決める際に最も重要視されるのは何か、と。


 その時、教官は『聖遺跡探索の成果だ』と答えた。

 この学園の生徒にとって大事なことは、小聖位を上げること。

 そして最も小聖位を上げるために効果的なのが、聖遺跡の探索、および攻略による成果……というわけだ。


 聖遺跡。

 王都の地下に広がる巨大な迷宮。

 この遺跡がいつから存在しているのかについては、はっきりとはわかっていないという。


 聖遺跡から採れるクリスタルによって、この国は資源的にも経済的にも潤っている。

 また聖遺跡は、聖樹士の戦いの勘を鈍らせないための絶好の訓練場としても重宝されているらしい。


 この聖遺跡は、聖樹に近づけば近づくほど魔物が強くなるという。

 反面、聖樹に近づくのに比して、採れるクリスタルの質はよくなり、量も多くなるそうだ。

 つまり聖樹の麓――聖ルノウスレッド城の真下に広がる聖遺跡部分が最も危険で、そして最もクリスタルの質がよく、収穫が多い場所というわけである。

 その城の地下迷宮へは日々、聖樹騎士団の攻略班が潜り続けているらしい。


 であるため、この学園の敷地内にある入口から行くことのできる聖遺跡は、やや難易度が低くなっている。

 その適度な難度が、候補生を育成するには絶好のレベルになっている……ヨゼフ教官は、そう言っていた。


「もうこの際だからさ、大所帯にして、組単位で聖遺跡攻略ってのもいいんじゃないか!?」


 妙案を思いついたとばかりの顔で、男子生徒が声を上げた。


「けどさ、人数が多ければ多いほど、寄ってくる魔物の数が多くなるんだろ? だったら、やっぱり大所帯はきつくないか?」


 他の生徒が苦言を呈する。


「まあ、それはそうかもしれないが……」

「昔、腕利き数人にあやかろうと思ってついてった生徒たちが、酷い目にあったって聞いたぞ」

「うん……人数が多いと『異種』が寄って来やすいって話だしな……」


 異種。

 聖遺跡に出現する希少な魔物のことを、そう呼ぶという。

 異種は体内にクリスタルを取り込んでいることがあるため、もし殺すことができれば、クリスタルを入手できる場合もあるのだとか。

 しかし、その分危険度も高いので、どちらかといえば出会いたくないものらしい。


「でも……十五階層の魔物を倒せる力を持ってるクロヒコがいれば、余裕じゃないか? あの禁呪で、まとめてやってもらえばいいわけだろ?」


 聞いたところによると、去年の卒業生の最大到達階層は十九階層。

 だとすると、十五階層の魔物を倒せる力を持っている人間を欲しがるのも、わからなくはない。

 …………。

 わからなくは、ないんだけど。


「そもそもあの禁呪って、複数相手に使えるのか? クロヒコ、そのあたりどうなんだよ?」


 そう聞かれて俺は、


「え、どうかな……それは、わからない、かも……」


 と答えた。

 …………。

 実は、複数相手に使うことは可能である。

 その情報は一つ目の巨人と戦っている時に、俺の中に入ってきていた。

 だが……。

 なんだろう。


 みんなが欲しがっているのは、正確には『クロヒコ』ではなく『禁呪の力』だ。

 実際、俺が禁呪使いだとわかるまでは、みんなは俺のことを関心の対象外にしていた。

 嘲笑の対象にしている生徒もいた。


 それが禁呪使いであること――言い換えれば十五階層の魔物を倒せる力を持っていることがわかったことで、急に態度を豹変させたようにも見える。


 うーん。

 悪意がないのはわかってるから、そんなに気にすることでもないんだろうけどなぁ……。

 ただ結局のところ、これは俺がすごいわけじゃない。

 禁呪がすごいだけだ。

 だから、俺に向けられるこの好意的な態度を、やっぱり俺は素直に受け入れることができない。


「…………」


 でも、この獅子組――それから、授業で接点のあった人たちの中で、セシリーさん、アイラさん、キュリエさん、それから教官たち……彼らは、俺が禁呪使いであることを知らなくとも、俺のことを気遣ってくれた。


 だから、もし禁呪の力を誰かのために使うなら……彼らのために使いたいと思う。

 恩返しの気持ちで。

 もちろん、マキナさんや、ミアさんたちのためにも。

 それに……


 隣の席で帰り支度――宿舎に戻るのだろう――をしているキュリエさんを見やる。


 俺は……


「あ〜あ、おまえらって、ほんっとうにめでてぇ連中だよなぁ!」


 麻呂の声がした。

 生徒たちの視線が、教室の前方、取り巻きに囲まれている麻呂へと集まる。


「しかも上級生サマ方までわざわざ足をお運びになって……まったく、ご苦労なことだぜ! けどな……禁呪? だっけか? んなもん、ただのズルじゃねぇか」


 不快さに顔を歪め、麻呂が俺を指差す。


「つーか、何? あの薄気味悪い穴に……鎖に、槍? あんな気持ちの悪いもん使うやつが、未来の聖樹士? はっ、冗談きついんだよ!」


 がんっ、と麻呂が机を蹴った。


「そもそもよ、あれが実力って言えんのか? 違うよな? いいか? おれらはよ、試験をパスして入学してんだ。つまり、おれらは『聖素が扱える』っていう最低限の資格を持って入ってきてるわけ。それがなんだ? 禁呪が使えるから入学? なあおい、認めちまっていいのかよ、そんなことをよ!」


 どがんっ、と麻呂さがさらに強く机を蹴る。


「おら、おれが間違ってるって思うやつは出てこいよ! どうだ? おれは、何か間違ったこと言ってるか? つーか、おまえらだって苦労してここに入ったんだろ? なのに、そんなズル野郎にヘコヘコしやがって……あのな、騙されてんだよ、おまえら! そこの、インチキ禁呪野郎にな!」


 教室内が、水を打ったようにしんとなった。

 誰もしゃべろうとも、動こうともしない。

 俺の周囲に集まっている生徒に、表だって麻呂に逆らおうとする生徒はいないようだ。

 そして、そんな生徒たちの反応を見てなのか、


「ちっ」


 と、麻呂が気に入らなさそうに舌打ちをした。


 …………。

 まあ……麻呂の言うことにも、一理ある気はするけどね。

 さっきも思ったけど、禁呪が俺の実力なのかっていうと、確かに疑問があるし。

 でもなぁ……もう少し言い方ってものがあるとは思うんだよ、麻呂よ……。

 ま、俺が言えた義理じゃないのかもしれないけど……。

 と、その時だった。


「おい、待てよ――キュリエ!」


 麻呂が、教室から出て行きかけていたキュリエさんを呼び止めた。

 この妙な緊迫感が漂う中、一人だけ平然と教室から出て行こうとしていたから、やたらとみんなの目についてはいた。

 教室外に出るための扉は、教室の前の方にしかない。

 キュリエさんはちょうど、教室の前方に集まっていた麻呂たちの横を通り過ぎようとしている最中だった。


「……何か用か。腹が立っているからといって、私に当たり散らされても困るぞ」


 キュリエさんが、やや面倒そうに言った。

 けど無視はしないあたり、真面目っちゃ真面目だよな、キュリエさんって。


 と、先ほどまで苛々していた麻呂の顔が、何か悪巧みを思いついた顔へと変わっていることに、俺は気づいた。


「いやいや、そういうわけじゃねぇんだよ。なあ、キュリエ、あの詐欺野郎がチヤホヤされはじめちまったことで、この組じゃ、いよいよ浮いてんのはおまえだけになっちまったわけだが」

「……気にはしていない」


 にぃ、と口の端を吊り上げて、麻呂が取り巻きたちと顔を合わせる。

 そして、


「だがよ、聖遺跡攻略はどうする? まさか一人で潜るわけじゃねぇよな?」


 と、キュリエさんに言った。


「……さあな」 


 キュリエさんは動じた様子もなく、平然と返す。


「はっ、じゃあ何か? 他の組の生徒か、上級生にでも泣きつくか? 女の武器を使って? ま、おまえ、見た目だけはいいからな」

「……私がどうしようと、おまえの知ったことではないだろう」

「けっ、強がっちまってよ。だがおれは、実はおまえのことをなかなかのもんだと思ってんだよ、キュリエ。なんたって戦闘授業で、このおれに喰ってかかった女だからな。威勢のいい女は、嫌いじゃねぇ」

「…………」

「あ〜、言わなくてもわかってるって。おまえ、単に人とつき合うのが苦手なんだろ? で、内心じゃ寂しがってんだよな? 見ててわかんだよ。おまえって、誰か私に構って〜、って雰囲気が常に出てるから。今日だって教室を出る途中、心ん中じゃ、誰かが声をかけてくれないかと期待してたんだろ?」

「何を勘違いしているのかは知らないが、これだけは言っておく……私には、関わらない方がいいぞ」

「でたよ、『関わらない方がいい』とか言いながら、心ん中じゃ『構ってくれ〜』発言! いや、見ようによっちゃ、なかなかかわいいかもしれねぇぞ、おまえ! なぁおまえら!?」


 茶化した笑みを浮かべ、取り巻きたちと馬鹿にした風に笑い合う麻呂。

 …………。

 俺はゆっくりと、椅子を引いた。


「いいぜ、キュリエ! おまえ、おれらの班に入れてやろうじゃねぇか! おれたち全員で鍛えて、末永くかわいがってやるよ! なあ、おまえら!? それでいいだろ!?」


 取り巻きたちは下卑た笑いを浮かべながら、おー、と低い声で返事をする。

 そして舐め回すように、キュリエさんの身体に視線を這わせはじめた。

 中には、汚い言葉を使って囃し立てる者もいた。


 セシリーさんが段差をおりていく姿が見えた。

 俺も、反射的に立ち上がっていた。


 ぶん殴ってやる、あいつ。


 そして周囲の生徒を押しのけ、キュリエさんの方へ向かおうとした――その時だった。


「がっ……あ? な、何がっ……」


 そこで、セシリーさんの動きも、俺の動きも止まった。


 何が起こったのか。

 目にもとまらぬスピードで移動したキュリエさんが、麻呂の首を、手で掴んだのだ。

 ざっ、と麻呂の取り巻きたちが身構える。

 キュリエさんが、言った。


「確か、フィブルクとかいったか……先ほど、めでたい連中がどうこう言っていた気がするが、おまえこそ本当に、めでたい男だな」

「ぐっ……はな、せ……て、てめぇ、おれが……だ、誰だか……わかっ、て……」

「フン……それはむしろ、こちらの台詞だがな」

「……あ? な、にをっ……」

「おまえに一つ、いいことを教えてやろう。誰かにつっかかるなら、相手の力量くらいは測れるようになった方がいいぞ。その察しの悪さと鈍感さは、寿命を縮めることになる」

「んだ、と……て、めっ……ぐっ……」

「どうも想像力が足りないようだから、はっきりわかるように言ってやろうか」


 キュリエさんが手を放した。

 すると、麻呂は床に膝を突き、喉をおさえながら、ごほっ、ごほっ、と咳き込んだ。

 それから、苦悶を残した表情で、麻呂がキュリエさんを見上げる。


 麻呂を見下ろしながら、キュリエさんが告げた。


「私は――第6院の出身者だ」

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