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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第29話「禁呪、その先へ」

 召喚術式陣から現れた、一つ目の巨人を見上げる。


「おぉ……」


 ま、魔物とか言ってたっけ?

 聖遺跡とやらに棲む、RPGのモンスターみたいなもんか……。

 なるほど。

 この世界には、ああいうのもいるわけか。


「にしても……」


 何メートルあるんだ、あれ……。

 10メートルはあるよな。


「うっ」


 周囲をきょろきょろと見渡していた一つ目の巨人が、こっちを見た。

 こ、怖っ……。

 血走ったその巨大な目には、見た者を立ち竦ませるに足る異様な迫力があった。


「ほ、本当に大丈夫なんでしょうな、学園長……!?」

「いくらあなたとはいえ、何かあれば大問題ですぞ……!」

「彼が禁呪の使い手であることを我々に信じさせるためとはいえ、何も、こんなことをしなくても……!」


 後ろの方から、おじさま方の声がした。

 しかしマキナさんが彼らの言葉に応える気配はない。


 その時――


 巨人が、吠えた。


 地の底から響いてくるような重々しい咆哮。

 大気が震える。

 それが振動となって身体に染み込んでくるかのような、そんな雄叫び。

 くそっ、迫力だけで尻込みしそうだ……こ、怖いって、本気で……!


「――って、あれ?」


 そこで俺は、ふと気づく。

 一つ目の巨人が、全身からシュウシュウと音を立て、白い煙のようなものを発していることに。

 あれはまるで――酸でも全身に被ったみたいな。


「クロヒコ!」


 マキナさんが声を上げた。

 俺は後ろを振り向く。


「聖遺跡の魔物は、遺跡の外では時間が経つと溶解してしまうの。完全に溶け切るまではそれなりに時間があるけど、さっさとしないと、見せ場を失うわよ!」


 っと、そうだった。

 禁呪を使わないと……!

 俺は一つ目の巨人へ向き直る。

 ……ていうか禁呪、アレにちゃんと効くのか?

 サイズもでかいし……すっげぇ強そうだし……。


「…………」


 いや。

 ここまできたら、もうやるしかないだろ。


「わ――わかりました! いきます!」


 どうやら一つ目の巨人は、こちらへターゲットを絞ったようだった。

 一つ目の巨人の筋肉が、ぐぐっ、と盛り上がる。

 すると、木の根を思わせる血管が、その太い腕や足にくっきりと浮かび上がる。

 一つ目の巨人が吠えたける。


「グゴォォオオオオオオオオ――!」


 う、うるせぇ……!

 ……ん?

 う、うわっ!


 足、上げた!?


 ……来る!

 こっちに来る!

 ええっと……と、とりあえずポーズだけでも……!

 俺は一つ深呼吸すると、腕を前に出した。

 この方が、それっぽいだろうし……なんていうか、かっこいいじゃん?


 一つ目の巨人が一歩、前に踏み出す。

 ずどんっ、と大地が震えた。

 ぐらり、と揺れを感じる。


「……っ」


 落ち着け、俺……。

 ……よし。

 意識を集中。

 一つ目の巨人を、ターゲッティング。


「我……禁呪ヲ発ス――」


 大丈夫だ。

 やれる。

 俺は……やれる。


「我ハ、鎖ノ王ナリ……最果テノ獄ヨリイデシ万ノ鎖ヨ……我ガ命ニヨリ我ガ敵ヲ拘束セヨ――」


 いけ。


「第九禁呪――解放っ!」


 …………。


 ん?

 あ、あれ?

 何も、起きない……?


 不安になった瞬間、


 あの赤黒い、傷口めいた空間が四つ、ぽっかりと宙に口を開けた。


 ――きた。


 大量の黒い鎖が、空間から吐き出される。


 巨人の腕に、脚に、ジャリジャリと音を立てて鎖が巻きついていく。


「ガ、ガァ、グ、グゴ、ガ、ガァァアアアアアアア!」


 巨人が叫んだ。

 鎖に襲われる様は、まるで無数の蠅にたかられているようでもあった。

 どうにか鎖を払いのけようと、巨人が腕を振り回す。

 しかし鎖は巨人の腕をすり抜け、無慈悲に襲いかかる。

 鎖は、以前マキナさんに使ってしまった時よりも太かった。

 どうも対象のサイズに合わせて太さが変わるようである。

 巨人の動きが、次第に制限されていく。


 俺は安堵の息をついた。

 まずは、ちゃ、ちゃんと発動してくれてよかった……。


 全身を鎖に拘束された巨人が、天を仰いだ。

 そして――絶叫。

 激しい憤怒を孕んだ、腹に響くような叫びだった。

 と、


「……え?」


 巨人の目が、紅く発光をはじめた。

 なんだ? と思った瞬間、


 巨人の身体が、ぐぐんっ、と膨張した。


 ――いや、違う。


 鎖に縛られた巨人の筋肉が……盛り上がって、いるのか?

 巨人が、ぐぐぐぐ、と身体に力を込めている。

 まさか――鎖を断ち切ろうとしている!?


「くっ!」


 頼む、もってくれ!

 歯噛みし、拳を握りしめた時だった。


「え?」


 鎖が、ぎゅぅっ、と巨人をさらに強く締めつけた。


 それと、あくまで感覚的なものだが、心なしか鎖の強度が少し増したような気が――。


 一体、何が……。

 …………。

 そ、そうだ!

 検索だ、検索……。

 俺はイメージを開始する。

 頭の中の禁呪のデータベースへ、アクセス……。


 ちなみにこの検索方法だが、実は一度、禁呪のことを予習しておこうと考え、情報に一通りアクセスしてみようと思ったことがある。

 だがその時は、理解できないというか……頭に入ってこなかった。

 だけど今は、自然と入ってくる。

 どういう状態なら頭に入ってくるのか、このあたりもそのうち検証したいところである。


 ――と、あったぞ。

 …………。

 なるほど……そういうことか。

 俺が手に力を込めると、鎖がそれに連動して、相手を締めつけるってわけか。

 さらに力を入れれば入れるほど強度も増す、と。


 よし。

 なら、


「に、逃がすかよ!」


 巨人はさらに一つ目を強く光らせた。

 そしてもがきながら、鎖から抜け出そうとする。

 が、俺はぐっと拳を握り込み、逃がさない。

 その間にも巨人の身体からは白い煙が立ちのぼり、見ると、顔が少し溶けはじめている。


 このまま逃がさず時間の経過で溶け切るのを待てば、それで終わり――。


「……待てよ」


 そうだ。

 以前、マキナさんに禁呪を使ってしまった時。


『つまりさっきの鎖は……まだ、第一段階に過ぎないってことか?』


 少しだけ触れることができた、その情報。

 ちょっとだけ見えた。


 その『先』。


 そう。

 この禁呪には――先がある。


「…………」


 使って、みるか。

 さすがにあの場でマキナさん相手に未知の『次の段階』を使うのはありえない選択肢だったけど――こいつ相手なら。


 大丈夫。

 発動のための呪文は、すでにインストールされてる。

 巨人を見据える。

 すぅ、と息を吸う。

 拳をさらに強く、爪が肉へ食い込むほどに、握り込む。

 そうして巨人をがっちりと締めつけて、口を開く。


「我、鎖ニ繋ガレシ獄ノ咎人ヲ貫ク、黒キ魔槍ニヨル罪殺ヲ欲ス……」


 ……早いとこ、このポエムにも慣れないとな。


「第九禁呪――」


 手に、汗が滲む。


「第二界――解放……っ!」


 俺がそう唱えると、変化はすぐに起こった。


 四つだった次元の裂け目が――さらに、四つ増えた。

 そして、その穴から飛び出したもの――


 黒い槍、だった。


 何十本という黒光りする槍が、次々と次元の裂け目から現れては、巨人の体に突き刺さる。


「ゴァァアアアア! ガ、ガガ……! ギギギギ……! グォォ……! ゴ、ゴァァアアアアアアアア!」


 槍が刺さる直前、鎖は槍を避けるようにスペースをあける。

 まるで、意思を持っているかのようだ。


 次元の穴から襲いくる槍は、怒涛の勢いで増え続ける。

 深々と槍の突き刺さった箇所からは、体液――おそらく血だろう――がふき出し、どくどくと流れ出す。

 それは、禁呪を使った本人である俺でさえ、ちょっと多すぎではないかと思うほどの本数。

 一体を仕留めるのに、あれほどの槍は必要ないと思う。


 その光景を俺は、どこか、怖いと思った。


 槍の勢いは止まらない。

 反して、巨人の叫びはくぐもった唸り声へと変わり、勢いを失っていく。

 唸り声は、さらに弱々しくなっていく。

 と、刹那――まるでとどめと言わんばかりに、


 一斉に飛来した槍が、巨人の一つ目に突き刺さった。


「ガッ……っ」


 …………。


 その短い断末魔を最後に、巨人は完全に沈黙した。


 こと切れた巨人は、鎖を纏ったまま、ずどんっ、と両膝をつく。

 そこから、溶解の速度が一気に加速した。

 ドロリ、と巨人の形が崩れはじめる。

 皮膚が溶け、臓物が溶け、骨が露わになる。

 しゅわしゅわと音を立てるその様はさながら、蒸発していくかのようだった。

 地面に流れ落ち広がっていた青い血も、消えていく。


 しばらく誰も、声を発さなかった。

 俺も、眼前の光景をただ茫然と、眺めていた。


 そして巨人は――その姿を、跡形もなく消した。


 ただ禁呪を詠唱しただけなのでこれといって疲れることはしていないはずなのだが、どっと疲労感が襲ってきた。

 ずっとまとわりついていた緊張感が、ようやく解けたからかもしれない。


「……や、やったん、だよな?」


          *


 こうして初日の術式授業は、授業時間を少しオーバーして、終了となった。

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