第43話「アルガン学院」
翌日、俺はキュリエさんと屋敷の前に並んで立っていた。
今は迎えの馬車を待っているところだ。
「なんだか落ち着かんな、この制服だと」
「ですね……」
見送りに出ていたミアさんがクスッととする。
「そんなことありませんよ? お二人とも、似合っておいででございます」
自分の服装を確認するキュリエさん。
「そうか?」
黒がベースの制服。
聖ルノウスレッド学園の制服と大きくは違わない。
白地が黒に。
青地が赤になった感じだ。
もちろん、細部は違うのだが。
「どうだ?」
キュリエさんが袖をキュッと摘まんで手を広げた。
なんですかその可愛らしい仕草は。
「に、似合ってますよ?」
「色合いのせいか、攻撃的に見えないか?」
「……まあ」
「おまえも、雰囲気が違って見えるな」
「はは……」
二人して、まるで悪のダークサイドに堕ちたみたいだった。
「まあ、通うのは今日だけでいいって話ですし」
昨日シャナさんから言い渡されたのは、言うなればアリバイ作りだった。
『交流生として在学した証拠くらいは残さんといけんからの。ま、安心せい。一日だけでも通えばよいよう、取り計らっておるから』
記録の偽造は逆に面倒臭いとのこと。
『おぬしらを短期間でルノウスレッドへ戻すためには、形だけでも正式な通学記録を作らんといかん。やろうと思えばでっち上げで記録の偽造もできるが……その場合、資料偽造の作業にミアを巻き込むことになるぞ?』
よくわからないが、たった一日でも交流生としてアルガン学院に通った記録を残す必要があるらしい。
俺としてはミアさんに危ない橋を渡らせるつもりはない。
なので、言われた通り通学することにした。
その通学も一日だけという話だし。
気楽といえば気楽である。
聖ルノウスレッド学園のルーヴェルアルガン版。
少し興味もある。
「ん? 来たみたいだな」
立派な馬車が近づいてきて屋敷の前でとまった。
ミアさんが一礼する。
「それでは、行ってらっしゃいませ」
「行ってきます、ミアさん」
御者さんに挨拶し、俺たちは馬車に乗り込んだ。
ドアを閉めると馬車が動き出す。
「どんなところですかね?」
尋ねると、キュリエさんはクールに答えた。
「とりあえずフィブルクやバシュカータみたいなやつがいなければ、私はそれでいいよ」
*
「では皆さ〜ん、今日はルノウスレッドからの交流生を紹介しますねぇ〜」
到着後、俺とキュリエさんは学院内の教室へ案内された。
案内してくれたのは女性教官。
丸眼鏡でポヤッとした空気の人だった。
名前はエレさん。
初顔合わせでは、彼女に驚かれた。
『えぇ〜!? あなたがあの禁呪使い殿なのですかぁ!? もっと、いかつい殿方を想像していましたぁ〜。キュリエ殿もこんなお美しいなんて……はぇぇ〜』
エレ教官……。
袖がブカブカなのは、狙っているのだろうか?
最初、アルガン学院の外観は砦っぽいと感じた。
聖樹騎士団の本部施設にちょっと雰囲気が似ている。
俺たちが通っていた学園は大分小奇麗な外観だったみたいだ。
「こちらです〜」
教室に足を踏み入れる。
俺は視線だけで教室を見渡した。
造りは聖ルノウスレッド学園とさほど変わらない。
後ろへ行くにつれて席が段で高くなっていくあの感じも同じだ。
違いは、こっちの方が雰囲気がやや厳めしい程度か。
生徒たちの表情は硬い印象である。
「こちらがキュリエ・ヴェルステイン殿です。聖ルノウスレッド学園の一年生ですね〜」
軽く頭を下げるキュリエさん。
エレ教官は次に俺を手で示した。
「そしてそして〜、こちらが噂の禁呪使い! サガラ・クロヒコ殿です〜! パチパチパチ〜!」
生徒からの反応はなし。
皆、硬い表情のままジッと俺たちを注視している。
ふんぞり返った姿勢の生徒もいた。
エレ教官の拍手だけが空々しく教室に小さく響く……。
うーむ。
この空気、ひと波乱ありそうな予感が……。
「ではでは、お席はあそこになりますよ〜」
追随の拍手がなくとも気にしていない。
エレ教官、なかなかの鋼の心臓の持ち主みたいだ。
そして俺の席は奇しくも、聖ルノウスレッド学園と同じ位置だった。
*
最初の教養授業が終わった。
クラスメイトたちは淡々と授業を受けていた。
なんとなく、空気が張りつめている……。
ま、まあ今日一日でいいわけだしな。
そう思えばこのヒリついた空気にも耐えられる。
キュリエさんが席を立った。
「次は、術式の授業だったな」
教室の空気を気にしている様子はない。
いつものクール&マイペースである。
ちなみにアルガン学院では、聖ルノウスレッド学園と二限目の順序が逆だった。
あっちでは戦闘授業が先だった。
こっちでは術式授業→昼休み→戦闘授業と続くようだ。
次の授業の準備をしつつ、キュリエさんが尋ねてきた。
「教室の空気を気にしているのか、クロヒコ?」
「はは……あ、あまり居心地のいい空気ではありませんね……」
少なくとも、歓迎ムードではない感じだ。
「受け入れてもらえない空気には慣れている。私は気にならんがな」
「まあ、俺も慣れてはいますが……」
何より今はキュリエさんがいる。
一人だとこの空気はしんどかったかもしれないけど……。
「この教室に私たちが長居しても仕方あるまい。さっさと、次の授業の場所に向か――」
「おい」
一人の男子生徒が、キュリエさんの前に立った。
いや――立ち塞がったと言うべきか。
気の強そうな顔立ち。
ガタイはいい。
ふむ。
筋肉はけっこうある、な……。
ちゃんと鍛えている感じだ。
そして若干、フィブルクに見た目が似ている。
……嫌な予感がする。
男子が名乗った。
「おれはザイエだ」
「私に何か?」
「てめぇら、あの四凶災をぶっ殺したんだろ?」
「私が殺したのはうち一人だ。すべてではない」
キュリエさんがスルーして横切ろうとした。
「おおっとぉ!」
……ん?
ザイエが、腕で道を塞いだ。
「まだ話は、済んじゃいねぇよ?」
「……どけ」
「へへ、知ってんだぜ?」
再びキュリエさんの前に立ち塞がるザイエ。
彼の背後に他の生徒が立ち並ぶ。
「あんた、あの第6院の出身者なんだってな?」
冷気を帯びたキュリエさんがザイエを見上げる。
あっ、と思った。
だめだ、キュリエさ――
「キュリエ・ヴェルステイン!」
ザイエが、素早く動いた。
「――、…………なんの、つもりだ?」
キュリエさんの前に、二本の腕が差し出されていた。
ザイエは頭を下げている。
あのポーズは知っている。
握手を求める姿勢。
「あ、握手してくれっ!」
「――は?」
キュリエさんが呆然としている。
後ろ姿でも伝わってくる。
理解がおっついていない。
「貴様、何を言っている……罠か?」
「罠もクソもあるかよ! ひ、一人だとしてもあの四凶災を殺したんだろ!? す、すげぇよ! 本当にすげぇ! 戦士として、尊敬するぜ!」
「ん、っと……」
額に指をやるキュリエさん。
困惑が伝わってくる。
「おまえは私に因縁をつけていたんじゃないのか……?」
「て、てめぇが強いのなんてもうわかってんだよ! つーか、てめぇらが格段におれらより強ぇのがわかってるから、みんな緊張してずっと硬くなってただろうが!?」
表情がずっと硬かった理由って……。
そ、それだったのか?
いや……途中で、もしかしてとは思っていた。
ザイエが腕で道を塞いだ時だ。
敵意がなかった。
彼から伝わってきたのは三つ。
ガチガチの緊張感。
緊張に伴うかすかな混乱。
強い憧れの感情。
「し、しかも……その……」
ザイエが恥ずかしげに視線を逸らす。
「無茶苦茶、美人だし……」
キュリエさんが俺の方をゆっくりと振り向いた。
処理限界を超えて放心モードになった表情だった。
どう処理していいか、わからないのだろう。
《私の手には余る。だからこいつらの相手は、ひとまずおまえがしてくれないか?》
とでも言いたげな視線。
彼女の心の声が、手に取るようにわかった。
相手に敵意があればいくらでも対処できる。
キュリエ・ヴェルステインは、そういう人だ。
しかし、向けられる好意の方にはとことん弱い人なのである。




