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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第二部
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第39話「到着」


 護衛隊の馬車は二台。


 前の馬車には俺、キュリエさん、ミアさん、ゼス隊長。

 後ろの馬車は主に荷物を積んでいるそうだ。

 窓の外を見る。

 馬に乗った護衛隊が馬車の周りを囲んでいる。

 出発だ、とゼス隊長が合図を送った。

 馬車が動き出す。

 門を抜けて三十分ほど行ったところで、ゼス隊長が驚きの声を上げた。


「なんですって!? さっきの都市へ入る前に、賊に襲われたのですか!?」

「え、ええ……」

「なんということ……くっ、申し訳ありません。やはり我々が国境までお迎えに上がるべきでした……」

「ま、まあ被害なく切り抜けられましたし……隊長さんが謝ることではありませんよ」


 うーむ。

 第一印象レベルの感想ではあるのだが……。

 ゼス隊長、人として出来過ぎてません?


「その、ですね……」


 躊躇いがちに口を開くゼス隊長。


「実はシャナトリス様が、クロヒコ殿やキュリエ殿なら賊も恐ろしくて寄りつかぬだろうと、そうギアス王子におっしゃいまして。それで……」


 迎えに行くのはさっきの地方都市までとなったそうだ。

 ちなみに王都から国境まで行く場合、けっこう無理のある移動をする必要があったらしい。


 うーむ。

 シャナさんの進言は、護衛隊を慮ってのことだったのだろうか?


「申し訳ない、サガラ殿」


 両膝に手を置き、深々と頭を下げるゼス隊長。

 この人、すごくイイ人っぽいぞ……。

 イケメンだし。


「というか、ギアス王子の近衛隊の隊長さんが直接迎えに来てくださるなんて……」


 それだけで手厚い歓迎といえるだろう。

 むしろ、


「王子の方はあなたたちがお傍にいなくて大丈夫なんですか?」

「副隊長や隊の半分は残っておりますし、王子ご自身もお強いですから。城には王の近衛隊もおりますしね」

「ええっと……王の近衛隊というのは、軍神王様直属の神罰隊とはまた別なんですか?」

「ええ。近衛隊は、男しか入隊できない決まりとなっていますので。一方で、神罰隊は女しか入隊できませんが」

「あ、そんな区分けがあったんですか……」

「その……実は本来、この護衛も神罰隊が派遣されるはずだったのですが……」


 ゼス隊長の歯切れが悪くなった。


「何か問題でも?」

「ええ、少々」


 濁された感じがあった。

 極秘事項ってやつだろうか?


「あ、ですがシャナトリス様はご到着後にちゃんとあなた方とお会いする手はずとなっております。そこはご安心を」


 俺はペコッと頭を下げた。


「あれこれと気を回してくださり、ありがとうございます」

「…………」


 ゼス隊長がジーッと俺を見つめている。


「……あの、何か?」

「え? あ、いえ……想像していた人物とは、やはり大分印象が違うなと……」


 俺は苦笑する。


「ははは……四凶災を倒したせいか、どうも怖い人間だと思われることが多いみたいで……でも実際は見ての通り、こんな感じの平凡な男です」


 そう言って俺は肩を竦めた。

 けど、ゼス隊長はまだ難しい顔をしている。


「それも、そうなのですが……」

「?」


 なんだろう?

 俺はふとゼス隊長が頬を赤らめているのに気づいた。

 対面の席をチラチラ見ている。

 座っているのはキュリエさんとミアさん。

 いかんいかん、とでも言いたげに首を振るゼス隊長。

 まるで、雑念でも振り払うみたいな感じだった。


「ど、どうしたんですか?」

「その、シャナトリス様から……クロヒコ殿は色情魔で――その場に誰がいようと所構わず女性と常にベタベタしていて、み、見ているこっちが恥ずかしくなるほどの好色漢だと、うかがっておりまして……」

「ふぇぇ!?」


 ミアさんがビクッと反応した。

 耳と尻尾がピンッと立っている。

 彼女は次に、あたふたしながら首と手を左右に振り始めた。

 俺がそんな人間じゃないと否定してくれているらしい。

 キュリエさんは「またか」と呆れの微笑みを浮かべていた。

 シャナトリスは相変わらずだな、とでも言いたげな表情である。

 俺は、項垂れて頭を抱えた。


「またひどい流言飛語を……これもう、裁判ものだろ……っ」


 なんなんだあの魔女は。

 大魔法《欠席裁判》の使い手なのか。

 釈明を余儀なくされた俺は、魔女裁判を望みつつ弁明する。


「ははは……シャ、シャナさんはいつも俺をからかう目的で適当なこと言うんですよ……いやぁ、困ったものです……」


 ゼス隊長が困ったように微笑んで頭を掻く。


「そ、そうですよね? いえ、私もなんだかおかしいなと……クロヒコ殿には独特の凄みこそありますが、過度に色を好む人間には見えないといいますか」

「ゼ、ゼス隊長……」


 なんて物わかりのいい人なんだろう……。

 ちょっと感動してしまった。

 思わず俺は、ゼス隊長の手を取っていた。


「迎えに来てくれたのがあなたで、本当によかったです」


 得心顔になるゼス隊長。


「ははぁ、なるほど。クロヒコ殿は、シャナトリス様に気に入られたわけですね?」

「……はい?」

「シャナトリス様は、とても生真面目で厳格な方ですが――」

「それは双子の姉か何かの話ですか?」


 ゼス隊長は苦笑して続けた。


「その一方で、気に入った相手に対してはひどく砕けた接し方をするのです」

「それは……気に入られない方が得としか思えない、実に驚きの情報なのですが……」

「その分、気に入った相手には損得抜きの便宜を図ることも多いのです。心当たりも、おありなのでは?」

「…………」


 言われてみれば、確かに。


「ていうか、やっぱりシャナさんってルーヴェルアルガンだとすごい人なんですか?」


 フッと微笑むゼス隊長。


「我が王が相談役になって欲しいと頼み込む程度には、優秀な方です。現在シュベルポスで使用されている様々な術式機の大半は、シャナトリス様の研究によって生み出されたものですしね」


 彼女はマキナさんの身体を大人化させる薬とかも作っていた。

 よく考えれば、あれも何気にすごい薬だ。

 研究者としてはやはり優秀なのだろう。


「うーん、それにしても」


 生真面目で厳格、か。


「…………」


 生真面目は幻覚の間違いではないのだろうか。

 ああ、でもベシュガム戦ではけっこう真面目さがうかがえたような気も……。


 それから俺はしばらくゼス隊長との談笑を楽しんだ。

 ルーヴェルアルガンに関する事柄も色々と教えてもらった。

 隊長さんはとても人当たりがいい。

 部下からも慕われているのだと思う。

 護衛隊の人たちの隊長への態度からもそれはわかる気がした。

 そんな感じで移動していると、都市が見えてきた。

 途中で立ち寄る地方都市とのことだ。

 王都まではまだ数日かかるという。


「え? 近くで領主同士の小競り合いが起きてるんですか?」


 馬車が都市の門をくぐった後、護衛隊の一人からそんな情報がもたらされた。

 大丈夫なのだろうか?

 しかしゼス隊長は泰然として答えた。


「王子の近衛隊が滞在していると知れば、この都市まで火の粉が降りかかることはないでしょう。もちろん、もし万が一何かあれば私たちが対処いたします」


 彼の言葉通り滞在中は何も起こらなかった。

 そして翌日も無事に過ぎていった。

 ギアス王子の近衛隊の旗印。

 深紅に塗られた馬車。

 どこへ行っても、向けられるのは畏敬の眼差しだった。

 立ち寄った都市で俺は市民の会話をチラッと盗み聞きした。

 聞いた感じだと、王や王子、その近衛隊の評判はいいようだった。

 どちらかというと、恐れを抱かれているのは神罰隊のようである。


 次の都市へ向かう道中、ゼス隊長が神罰隊について少し教えてくれた。


「神罰隊は我が王の直属部隊ではありますが、同時にとても独立性の強い部隊です。近衛隊と比べても様々な特権を有しています。そのせいか、近衛隊の一部からは煙たがられていますがね」


 男性だけの近衛隊。

 女性だけの神罰隊。


 そういう側面でもソリの合わないところがあったりするのだろうか?


 ちなみに移動中、キュリエさんとミアさんはほとんど黙り込んでいた。


 今朝、二人きりの時にこっそり「移動中あんまり喋りませんけど、何か気になることでも?」と俺は聞いてみた。


 キュリエさんは気まずそうに答えた。


『私は元々人見知りなんだよ……悪意を向けてくる相手に対してなら言葉も容易に出てくるし、取る態度もあっさり決められるんだが……』


 相手が善人だと人見知り感が強くなるのだとか。

 セシリーさんを始めとする親交を深めたルノウスレッド勢は問題ないそうだ。

 しかし、親交の深くないお人好しは苦手とのこと。

 苦手というか――素っ気なくなる感じ、だろうか?

 放浪の旅をしていた頃の彼女は、今みたいな感じだったのかもしれない。

 それとミアさんにも同じく今朝、移動中に口数が少ない理由を尋ねてみた。

 彼女はこう答えた。


『わたくしは侍女の身分でございます。お二人の楽しげな談笑を邪魔するわけにはゆきませんから……それに、その……ゼス様とお話しされている時のクロヒコ様は、とても楽しそうでございますし……』


「…………」


 そ、そんなに楽しそうにしていただろうか……?



     *



 道中の地方都市で宿を取りつつ、俺たちは三日半かけてようやく目的地に到着した。


「見えてきましたよ、クロヒコ殿」


 岩肌の山々を背景とする巨大都市。

 山を背に黒い城がどっしりと鎮座している。

 城から段々と下がっていくと城下町があるようだ。

 城下町は高い壁に囲まれているらしい。

 今の位置からだと、まだ城下の全容は確認できない。

 その都市の第一印象は巨大要塞だった。

 ここから見える範囲で特に目立つ部分はやはりあの二つの塔だろう。

 見た感じ城の一部と思われる。

 まるで対をなすツノのように屹立している。

 もしやあれが話に聞く《戦獄塔》なのだろうか……?

 俺は窓から少し身を乗り出すと、手で庇を作りながらその巨大な双塔を眺めた。


「あれが……」


 ゼス隊長が頷く。


「ええ、そうです。軍神国ルーヴェルアルガンの王都――」


 ついに来た、という感じである。


「シュベルポスです」





 現在、コミックヴァルキリー様の公式Webサイトにてコミカライズ第2話が公開されております(第1話も引き続き公開中となっております)。もしご興味がございましたら、是非ともお読みいただけましたらと存じます。第2話は『コミックヴァルキリーWeb版vol.60』にも掲載されており、こちらはニコニコ静画様、BOOK☆WALKER様、AmazonKindle様、イーブックジャパン様、ブックライブ様、honto様などで配信されているとのことです(最新号に限り無料とのことです)。


 第2話ではジークやヒルギスといった書籍版でもまだビジュアルとしてお目見えしていなかったキャラクターも登場しております。


 それと次話ですが、一週間後の更新が少し厳しそうな状況です……。ですので次話の更新は今のところ二週間後の5/11(金)19:00を予定しております。


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