第27話「模擬試合(3)」
「では――はじめ!」
相手をする教官がヨゼフ教官に交代となったので、俺の相手をした女性教官が開始の合図を担当した。
最初の実力者枠の試合は――麻呂。
麻呂が一番手なのは、自分で名乗り出たためだ。
目立ちたがりっぽいからトリとして残りたがるかと思いきや、むしろ先に圧倒的な力を見せつけておくパターンを選んだようである。
……圧倒的な力を持ってるのかどうかは、知らないけど。
「フィブルク・マローです」
麻呂が剣を構える。
「ぃっしまぁす!」
…………。
今のは多分『おねがいします!』と言ったんだろう。
なんか、体育系のノリに近いな。
しかし麻呂、前に質問をあてられた時もそうだったけど、やっぱりヨゼフ教官に対してはそこそこ礼儀正しい態度で接するんだな……。
誰彼かまわず噛みつくようなやつではないらしい。
ヨゼフ教官も剣を構える。
「よし、来い!」
そして、試合がはじまった。
……む!
こ、これは――!
「…………」
すごいのかすごくないのか、さっぱりわからん!
昨日セシリーさんの華麗な剣さばきを目にしたせいなのか、どうも麻呂の戦い方が雑な感じに見えてしまう……。
あれなら、ジークさんとヒルギスさんの方がまだ見ていて『すげぇ!』と思えたのだが……ま、あくまで俺個人の印象だけど。
麻呂は、らぁっ、うらっ、うぉらっ、などと声を発しながら、どんどん前に出ていく。
それを、ヨゼフ教官が危なげなく捌いていく。
剣術の使えない俺が見てもすごさがわからないので……解説は、隣に控える語りたがりな教官たちにお願いするとしようか。
なんかあのお二人、語るの好きみたいだし。
俺は、さっそく語りだしている隣の教官たちの話に耳を傾けた。
「ふむ、勢いはあるな……相手の懐に、ぐいぐいと踏み込んでいくスタイルか」
「剣も刃が短く広いものを選んでいる。一応、自分のスタイルは理解して戦っているようだな」
「気の弱い者ならあの勢いだけで怯んでしまうかもな……威圧感がある」
「父君は引退した聖樹士を多額の金で雇い、息子に剣術を教えさせたらしいぞ」
「のわりには、やや力任せすぎるきらいもあるが」
「まあ、型はそう悪くないだろう」
「粗さはあるが、相手の懐に迷わず飛び込んでいけるだけの胆力は魅力だな。気を強く持って踏み込めるというのは、一つの武器だ」
「あとは……あの思い切りのよさと腕力をどう活かせるかが、今後の課題か」
とのことである。
「とはいえ、Aランク組入りの決まっているジークベルト・ギルエスとヒルギス・エメラルダの二名と比べると、やや見劣りするかもな……」
「ま、学園側としても、さすがにマロー侯爵のご子息を『実力者枠』に入れないわけにはいかなかったんだろう」
とのことである……。
えっと、つまりそれって、要するにコネってことですか?
三分が経過し、麻呂の試合が終わる。
「ありあっしたぁ!」
ヨゼフ教官に頭を下げる麻呂。
……今のは『ありがとうございました!』か。
「ふん……ま、本来の力の一割ってとこか……」
剣をぶんぶん振りながら(危ないよ!)、誰も聞いてないのに、麻呂がなんか言っていた。
い、一割て……おまえは一体どんだけ強いんだ、麻呂よ。
せめて八割とかなら、まだ現実味があるんだけど……。
ただ、息切れしていないところを見ると、けっこうスタミナのあるやつなのかもしれない。
三分間、ずっと教官と剣を交わしてたのに。
「アイラ・ホルンです……よろしくお願いします」
次は、アイラさんの試合。
彼女の表情は、真剣そのもの。
しかしさっきの彼女の言葉、どういう意味だったんだろう……。
そんなことを考えているうちに、試合がはじまる。
む!
むむ!
むむむむ!?
「…………」
胸の、揺れ具合が……。
…………。
ぎゃー!
駄目だ、最低の解説だー!
ごめん、アイラさん!
真面目にやってるのに、本当にすみません!
あぁ、もう俺、最低だよ!
ちゃんと、真剣に見よう。
……ふむ。
むむ。
アイラさんの場合、麻呂の時と違って、俺にもちょっとだけすごさが理解できるかも……。
彼女は踏み込んだ後、その位置から動かず、間断なく鋭い斬撃を繰り出していた。
まあ、教官が下がらないからこそ、あの位置に自分の身体を固定しているんだろうけど……。
素早く直線的で、かつ多角的な剣の軌跡――とでも表現すればいいんだろうか? とにかく、凄まじい切れ味を感じさせる剣撃を、アイラさんは途切れることなく放っている。
麻呂のばらつきのあった感のある攻撃と比べ、彼女の攻撃は、マシーンのような精密さを感じさせた。
駄目だ、俺じゃここらが限界だ。
……では教官方、解説をどうぞ!
「さすがだな、アイラ嬢」
「ああ」
「その場から動かず、直角に切り返し、休むことなく剣撃を入れ続けている。勢いも衰える気配がない」
「さしものヨゼフ教官も、少しばかり捌くのに苦労しているようだぞ」
「何より、強靭な足腰によるバランス感覚が素晴らしい」
「剣の動きにもキレがあるしな」
「あれは本物の実力者といって差し支えないだろう」
「さて、今年はホルン家の悲願である打倒アークライト家……果たして、成るかな?」
「…………」
「ん? どうした?」
「アイラ嬢も、なかなかイイな」
「おまえなぁ……」
「いや、俺も同感です」
「…………」
「…………」
「…………」
語っていた教官二名が、同時にこっちを向く。
…………。
ぎゃー。
し、しまったー!
つい、会話に混ざっちゃった!
「え、えーっと……ごめんなさい、つい……」
「君は……ああ、さっき、特例組入りが決まった……」
「あ、そデス……相楽、黒彦です……ども」
「さっきのな……悪くない一撃だったぞ」
「え?」
「迫力と瞬発力という点では正直、俺はこのクラスの中でダントツだったと思う。まあ、まだ試合をしていないセシリー嬢と、あの未知数のクールな銀髪ちゃんを除いての話だがね」
「そ、そうですか……ありがとうございます」
なんか、照れくさいな。
褒められて、素直に嬉しい。
「自信を持て、少年」
「そうだぞ、君は磨けば、化けるかもしれん」
二人の教官が、白い歯を見せてにかっと笑い、同時に親指を立てて俺に突きだしてきた。
な、なんだか二人の教官がイケメンに見えてきたぞ……!
心がイケメンだと、まさか、男は雰囲気イケメンに進化するのか……!?
と、イケメン教官が「ん?」と、アイラさんの方へ顔を向けた。
「……む、アイラ嬢の試合が、終わったか」
見ると、アイラさんは汗びっしょりになって、肩で息をしていた。
「はぁ……はぁ……ありがとう、ございました……っ」
アイラさんは一礼すると、踵を返した。
……なんか全力を出し切ったって感じで、見ているこっちも清々しいな。
表情がやや浮かない感じなのが、気になるといえば、ちょっと気になるけど。
「アイラ嬢も、あの気負いが取れればいいんだがなぁ……」
「仕方あるまい。ホルン家からのプレッシャーは、相当なものなんだろう」
「あの年でかわいそうといえば、かわいそうではあるな」
イケメン教官が気遣いを滲ませた顔で、戻っていくアイラさんを見送る。
そして、
「さて――」
顔つきが変わったイケメン教官たちの視線の先には――
物静かに前へと歩み出た、セシリー・アークライトの姿があった。
「いよいよ、真打ちのご登場というわけか」
修練場内も、静まり返っている。
セシリーさんが一礼した。
「セシリー・アークライトです。よろしくお願いいたします」
「おまえは双剣使いだと聞いているが……一本でいいのか?」
ヨゼフ教官が尋ねた。
「このクラスで双剣使いはわたしだけのようです。ですから、皆と同じ条件で……よろしいでしょうか?」
「……わかった、いいだろう」
ヨゼフ教官の空気も、明らかに違ったものとなる。
「来い」
ごくりっ……。
な、なんなんだ、この緊張感は……。
「では――」
静寂の中、セシリーさんの細剣が、すぅっと上がる。
そして――
最後の試合が、はじまった。
*
結論から言うと――決着は二分ほどでついた。
ちなみに『二分ほど』とわかったのは、試合終了時に懐中時計を見た隣のイケメン教官が「約二分か……」と口にしたのを聞いたからである。
「……お見事」
床に落ちた勢いでカラカラと音を立てていた剣の動きが、止まる。
「――ありがとうございました」
姿勢正しく礼をするセシリーさん。
白い顔には汗一つかいていない。
そして――
その手元には、細剣が握られている。
床に落ちているのは、ヨゼフ教官の剣。
「…………」
セシリーさん……勝っちゃったよ、ヨゼフ教官に。
つーか、みんなも声を失っちゃってるし……。
でも、そりゃそうだよな……。
あの麻呂やアイラさんですら、三分間、ヨゼフ教官の防御を崩すことができなかったのだから。
セシリーさん、すごすぎ。
そして、美しすぎ。
隣のイケメン教官が、感嘆の息をついた。
「話には聞いていたが、セシリー・アークライト……確かに、末恐ろしい才能だな」
「ああ……それにおまえ、気づいたか?」
「……ああ、まあな」
なんだなんだ?
あの二分間に、強者たちにしかわからない何かすごいことが起こっていたのか?
「セシリー嬢の、ヨゼフ教官が手にしていた剣への『打ち込み方』……『剣を手にしている腕に最も負担のかかる』位置を、狙って打ち込んでいた」
「ヨゼフ教官の動きが途中で鈍ったのは、そのためだろうな。多分、腕に痺れか何かの違和感があったんだ」
「ああ、それで間違いあるまい。しかし……狙ってやったのか、天性のものかは知らんが――」
生徒たちから称賛を浴びるセシリーさんを、イケメン教官が、畏敬の念の篭った瞳で見つめた。
「どちらにせよ人間業じゃないぞ、あんなこと……」
「ああ、そうだな……確かに、人間とは思えぬ可憐さだ……」
「……いやだから、それはもういいって」
「な、なんとか結婚、無理かな?」
「だから無理だって! いい加減にしろ! ていうか、おまえには俺がいるだろ!」
「……は?」
「……あ、いや、なんでもない(ポッ)」
………。
後半部分は、聞かなかったことにしよう。
とにもかくにも、こうしてランク分けの模擬試合は終わり、そしてようやく、お待ちかねの昼休みとなったのであった。




