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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第二部
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第38話「谷間を抜けて」


 特貨紋のおかげか今のところ問題は起こっていない。


 旅は順調と言えた。


 国境から一日ほどの地方都市まで行けば、ルーヴェルアルガン側が王都から派遣してくれた護衛隊が待機しているという。


 俺は窓から顔を出した。

 馬車の後方に見えるのは、ルノウスレッド。


「ここはもう、ルノウスレッドじゃないんだよな」


 景色は昨日とそう変わらない。

 まあ、国境を越えた途端に景色がガラッと変わったりはしないか。


 遠くの空を眺める。

 マシュマロみたいな雲がいくつも流れていた。

 現在は止んでいるが今朝は雨が降っていた。

 雨上がりのニオイ。

 道端に目をやる。

 雨露の溜まった葉の先端から、雫がポタリと落ちた。

 小さな花に付着した珠の水滴が、太陽の光を浴びてキラキラと煌めいている。

 平らにならされた道の上にはいくつもの水たまりが残っていた。

 雨のおかげか、体感温度は涼しい。


 こういう清冽な感じもあって、ルーヴェルアルガンに入ったあとの第一印象は《悪くない》だった。


 女子二人は互いに身を預け合って睡眠中。

 俺はそっと御者台の方に移動した。

 しばらくロストさんと雑談をしながら過ごした。

 爽やかな気分で過ごせる道のりだった。

 治安が悪いなんて信じられない。

 そう思えるくらいには、穏やかな時間が続いた。


 だが――切り立った崖に左右を挟まれた谷間の道に入ったあたりで、雲行きが怪しくなってきた。


 関所っぽさはない。

 通せんぼしている連中の身なりもまともとは思えなかった。

 デカい曲刀を持った先頭の男が言った。


「ここを通りたけりゃ《通行料》を払いな」


 直後、曲刀男は非常識な金額をふっかけてきた。

 さすがの俺もそんな手持ちはない。


「そうかそうか。払えないなら、馬車と荷物、金目のモンを全部ここに置いていけ。そうすりゃ命だけは助けてやる」


 盗賊団だろうか?

 ロストさんが剣を抜いた。


「軍王家の特貸紋を掲げる馬車を襲おうというのか?」


 おぉ……。

 サラッと声にドスが利いている。

 ロストさんの戦士の一面を垣間見た気分だった。


「特貨紋だぁ?」


 曲刀男は特貨紋の名が出ても怯む気配がなかった。


「はっ、関係ねぇよ。軍神王の近衛隊も、神罰隊も、忙しくてこんな辺境の盗賊団になんざかまってるヒマはねぇだろうしな」


 その時、


「どうした、クロヒコ?」


 客車からキュリエさんが顔を出した。


「おぉ!」


 他の盗賊たちが色めきたった。


「すげぇ美人だ!」

「こいつは久々に盛り上がってきたぜ!」

「おいねえちゃん、今すぐ捕まえてやっからよ!」

「なんだおい!? 怖くて動けなくなっちまったか!? ひゃははははっ!」


 うおぉ……。

 キュリエさんがすごくどーでもよさそうな顔をしている。


 まあ彼女の場合、あいつらの何倍もタチの悪い連中を嫌というほど終末郷で見てきてるだろうし……。


 なんというか、今さら感があるのだろう。


 盛り上がっている盗賊さんたちには悪いけど……終末郷の三大組織の一つでボスとかやってる人が恐れるくらいの人ですよ、その人……。


「キュリエ様? いかがされました……?」

「あ、ミア! お、おまえは出てこなくていいからっ」

「え? あの――」


 一瞬だけミアさんがひょいっと顔を出した。

 盗賊たちのテンションがさらに上がる。


「うおぉぉ! もう一人、たまんねぇのがいるっぽいぞ!?」

「他にもまだ上玉が乗ってんじゃねぇのか!?」

「亜人のねーちゃん、もっと顔を出しておれたちに見せてくれや! それとも怖くて、もう出てこられないのかなぁ〜!?」

「おら! 亜人のくせにお上品ぶってんじゃねぇぞ! おとなしく出てこい!」


 次々と粗野な言葉を並べ立てる盗賊たち。

 盗賊団の頭目っぽい曲刀男が、前へ出た。

 威圧感を放ちながらペシペシと刃を弄ぶ曲刀男。


「なんだよ、とんでもねぇ上玉を連れてんじゃねぇか。よし……その女どもはここに置いてけ。そうだな……その女たちを素直に差し出すなら、馬車くらいは残してやってもいいぜ?」


 ロストさんが顔を寄せてくる。


「いかがされますか? 申し訳ありません……この数ですと、私一人では少々手こずるかもしれません」

「あ、大丈夫です。あいつらは俺が一人でやりますよ。ロストさんとキュリエさんは、ミアさんと馬車を守ってもらえれば……」

「なぁにヒソヒソと無駄な密談してんだ、そこの男二人ぃ!? もう終わってんだよてめぇらは! ひゃはははっ! てめぇらの大事な女がグチャグチャにされるトコ見せて、最高に絶望させてやるぜ! そういや、ちょこっと顔を出した方のメスは亜人だったよなぁ!?」

「…………」

「亜人は売り飛ばしても大した値がつかねぇからよ! 完全におれたちで、ぶっ壊してやるぜぇ……くくく、亜人なんてなぁ? 所詮、モノ以下の――、……」


 ドサッ


 曲刀男が、真っ二つになって倒れた。


 彼の前方には、



「今の亜人だからどうこうは、だめだろ」



 妖刀を振り上げた姿勢の俺が、立っている。

 数秒後――他の盗賊たちが、ハッとした。


「え? な、なんだ今の……? 見えなかった、ぞ?」

「かしらが一瞬で、真っ二つに……」

「つーか、あの男いつの間に移動したんだ……っ?」


 半回転の軌跡で、刀を振るう。

 風切音が続く。


「――え?」


 頭目の周囲にいた盗賊たちの喉元を一閃。


 雁首揃えているから、こうなる。


 俺は怒っていた。

 決して成就しない願望を撒き散らしている間は、まだ一応スルーできた。

 だけど、ミアさんにああいう物言いは許せない。

 越えちゃいけないラインはある。

 俺は唖然とする盗賊たちを睨みつけた。

 血を吸った妖刀が、悦に入るように、ドクドクと脈打つ……。


「ち、血が……あの気味悪い刃に、染み込んでいく……しかもあの目で追えねぇ速度の攻撃……な、なんだよこいつ……う、ぁ――」


 盗賊たちの顔から、一斉に血の気が引いた。


「バ、バケモノ……バケモノだぁぁああああっ!」

「この谷に棲む未知の魔物だぁぁ!」

「そうか! 餌だったんだ! あの女たちは、魔術で造り出された幻の存在に違いない! そもそもあんな美人がそうそう現実にいるわけがねぇんだよ! ちくしょう!」

「逃げろぉ!」

「嫌だぁ! 死にたくない!」

「ひぃぃいいいい――っ!」


 三々五々。

 蜘蛛の子を散らすように、盗賊団は去って行った。


「…………」


 刀を鞘におさめる。

 まあ、他の連中は見逃してもいいか。

 俺は殺戮がしたいわけではない。

 あの様子なら、二度と俺たちには関わらないだろう。

 それに、あまりミアさんに死体を見せたくない。


「さすがだな、クロヒコ。私の出番はなかったようだ」


 戦闘態勢を完全に解き、キュリエさんが言った。

 その時、ミアさんが馬車の外に出てこようとした。


「キュリエ様? もう、出ても大丈夫でしょうか……?」

「……いや、大丈夫じゃないな。まだ中にいろ。外も見ないでいい」


 ミアさんをやんわり押し戻すキュリエさん。


「キ、キュリエ様……っ? 外で何か問題があったのではっ!?」

「いや、もう解決した」


 客車のドアが閉まった。

 中から籠った声が聞こえてくる。


「ひゃっ!? な、なぜわたくしの目を塞ぐのですか……っ!?」

「おまえがいらんものを見ないための措置だ。しばらく、我慢してくれ」


 ミアさんが死体を見ないで済むよう気を遣ったようだ。

 御者台に戻ると、ロストさんが朗らかに話しかけてきた。


「しかし……噂以上の実力でございますな、クロヒコ殿。例の禁呪を使わずとも、あんなにもお強いとは」


 俺は苦笑する。


「今まで戦ってきた相手と比べると、さっきの盗賊たちはさすがに強敵とは言い難いですからね……」

「私も心強いです」


 とはいえ、ロストさんやキュリエさんが馬車やミアさんを守ってくれるから俺も気兼ねなく動ける。


 俺とミアさんだけだったら、あそこまで自由には動けなかっただろうし。

 頼れる仲間の存在。

 その存在の大きさは様々なところで実感してきた。

 最近だと、聖遺跡攻略でも痛感したしな……。


「それではクロヒコ殿、出発しても?」

「ええ、お願いします」


 そこから半日かけて、俺たちは最初の目的地である地方都市に到着した。



     *



 地方都市バライガに到着した俺たちを待ち受けていたのは、王都シュベルポスから遣わされた護衛隊だった。


「私はギアス王子の近衛隊の隊長をしております、ゼスといいます。初めまして、禁呪使い殿」

「…………」


 む?

 なんだか俺が対応する空気になっている……?

 腰を低くして、握手に応じる。


「こ、交流生のサガラ・クロヒコです……あちらは御者のロストさん。あちらが同じく交流生のキュリエ・ヴェルステインで、隣にいるのが侍女のミア・ポスタです」


 ゼス隊長が全員の風貌を確認する。


「うん、情報と相違ない。問題なさそうだな」


 部下に頷くゼス隊長。


「では、ここから王都までは私たちが護衛として同行いたします。御者の方はここで戻ると聞いていますが……」


 ロストさんが頷く。


「はい。私はこれよりクリストフィアへ戻ります。クロヒコ様たちがお戻りになる日が来ましたら、またこちらの都市へ迎えにあがりますので」


 それは俺も事前に聞いていた。


「短い期間でしたけどお世話になりました、ロストさん。あなたが御者でよかったです」


 二国に渡って土地勘のある人だったから安心感は半端なかった。


「クロヒコ様にそう言っていただけると嬉しく思います。しかしアレでございますね、なんと言えばよいのか……」

「?」


 どうしたのだろう?


「マキナ様があなたをお気に入りになられたのも、わかる気がいたします」

「そ、そうですか……?」

「ええ。ともかく、クリストフィアへ戻る際にはまたお迎えにあがりますので」

「はい、よろしくお願いします」


 挨拶が終わったのを見計らうとゼス隊長が部下に指示を出した。

 部下たちが俺たちの馬車の積荷を、自分たちの馬車の方へ移動させ始める。

 護衛隊の数は十九人。

 皆、腕が立ちそうだ。

 身体つきや顔つきから実力者の雰囲気が漂っている。

 ん?

 部下の人たちが、こっちをジロジロみている……?

 彼らの会話内容が少し聞こえてきた。


「あれが、例の四凶災を殺したっていう……」

「一見すると普通の少年だが、あの左目……」

「ああ。四凶災を殺すために、自ら抉り出したとか」

「タダモノじゃないな」

「ああ。一度でいいから、剣を交えてみたいものだ」


 左目の情報を漏らしたのはシャナさんだろう。

 にしても意外と好戦的な感じである。


 ロストさんの馬車を見送ったあと、俺たちは護衛隊の用意した馬車に乗り込んだ。


「やれやれ、困ったものです」


 ゼス隊長が額に手をやり、息をついた。


「ど、どうしました?」

「あ、いえ……部下たちが、どうもキュリエ殿やお連れの侍女が気になるようでして。その、なんだか集中力に欠けているといいますか……すみません、あとで少し強く叱っておきます」

「ははは……」


 俺は乾いた愛想笑いをした。

 盗賊に引き続き、護衛隊の心も掴んでしまったようだ。


 どこへ行ってもあの二人は、異性の気を惹いてしまうらしい。


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