表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第二部
277/284

第36話「いってらっしゃい」


 正門に到着。


 キュリエさん、セシリーさん、ミアさんが馬車の傍に立っていた。

 三人で談笑している。


「ん、来たかクロヒコ」

「クロヒコ様っ」


 俺に気づいたキュリエさんとミアさんが近寄ってくる。


「お待たせしました。あと少しで出発の時間ですよね?」

「うむ……」


 女子宿舎の方を気にするキュリエさん。


「どうしました?」

「そろそろ来るはずなんだが……」

「?」

「む、来たようだな」


 キュリエさんの視線を追う。


「あ」


 樹木の向こう側のカーブから姿を現したのは、アイラさんとレイ先輩だった。


「あいつらにも、ちゃんと挨拶しておけ」


 そう言うと、キュリエさんは再びミアさんと馬車のところへ戻って行った。


 アイラさんが駆け寄ってくる。


「ごめんクロヒコ! 見送りに来る話はキュリエにしたんだけど、ちょっと遅れちゃって……」


 普段からアイラさんとセットなあの先輩ものらりくらりと近づいてくる。


「ちょっと見送るだけなのに、おめかしに時間がかかっちゃったんだよねぇ〜? ね、アイラ?」

「も、もうレイってば! それくらいいいでしょ!? そ、そりゃあ遅れちゃったのは悪かったけど……」


 レイ先輩が俺に何か促してくる。


「ほら、クロヒコ」

「?」


 自分を指差す。


「俺が、何か?」

「んも〜わかってるくせにぃ〜? ほら、アイラを抱き締めてあげなよっ! ギュゥ〜、ってさ!」

「な、何を言ってるんですか! それに俺はよくても、アイラさんが――」

「えいっ!」

「なっ!?」


 レイ先輩が不意打ち気味に抱き着いてきた。

 が、俺はヒョイっと回避。


「およっ!?」


 空振りするレイ先輩。


「…………」


 やった。


 身体的接触を伴うレイ先輩のじゃれつきには、長らく悩まされてきた。


 だけどついに克服できた気がする。

 タイミング。

 間合い。

 速度。

 完全に、掴んだ。


「俺も成長してるんです、レイ先輩」


 不敵に微笑む。


「もうあなたの思い通りには、いきません」

「ふーん? ま、いいけどさ――ねぇクロヒコ? かっこよく決めてるとこ悪いけど……肘に、なんかあたってないかい?」

「はい?」


 振り向く。


「ぁの――ク、クロヒコ……」

「あ」


 気づかなかったが、俺が回避した方向にはアイラさんがいたらしい。

 で、


「…………」


 俺の肘が彼女の右胸に、埋まっていた


「う――うわぁっ!? す、すみません!」


 超速でアイラさんから離れる。

 油断していた。

 思い返せば確かに、回避直後に妙な感触があった……。


「ふふふー、やってしまいましたなぁ? 禁呪使い殿ぉ〜?」


 悪い顔になるレイ先輩。


「くっ……」


 ハメられた。

 やけに動きの読みやすいテレフォンハグだったけど……。

 最初からそれが狙いだったのか。

 口惜しそうに指を鳴らすレイ先輩。


「足がもつれてそのまま押し倒しでもしてくれたら、完璧に狙い通りだったんだけどなぁ……っ!」

「…………レイ先輩?」

「おわぁっ!? ま、待ったクロヒコ! あはは……ちょ〜っと、やりすぎたかなぁ〜? わーっ!? わかったから! よし! さ、さっさとルーヴェルアルガンに旅立って――おぉ!?」


 回れ右をしたレイ先輩の背後にいたのは、


「今のが狙い通りって……どーゆーことかな、レイ?」


 笑顔で黒いオーラを出すアイラ・ホルン。

 あ、あれは……セシリーさんのニッコリ威圧?

 会得していたのか。

 しかも赤髪が炎めいて、ユラユラ揺れているように見える……。


「ア――アイラ!? いつの間に回り込んだんだい!? ていうかさ、今のアイラってもうボクより遥かに強くなってるよね!? くっ! 聖武祭コンビ、いよいよ敵に回すと厄介になってきたぞ……っ!」


「レイ先輩?」


「レイ?」


 前後から挟撃する。


「うわぁー! 悪かった! 悪かったよ! やりすぎだったってば〜!」


 レイ先輩が反省したので、とりあえず許してあげることにした。


「む〜ん」


 難しい顔をして、あごに手をやるレイ先輩。


「ていうかさ……クロヒコは、役得だっただけだよね?」

「レイ・シトノスさん?」

「うっ!? その……ご、ごめんなさい……」


 再び反省の色を示すレイ先輩。

 彼女は俯くと、しょんぼり顔で言った。


「キミがルーヴェルアルガンから戻ってくるまでは、こういうイタズラは自重するよ……」

「まあ、わかればいいですけど……」


 ん?


「いやそれ、俺にとってはなんの意味もないですよね!?」


 次期風紀会長候補、こんなんで大丈夫なんだろうか……。


「あれ? そういえば――」


 威圧モードを解いたアイラさんが首を傾げる。


「クロヒコって、東国とルノウスレッド以外の国には行ったことあるんだっけ?」

「いえ、この大陸の他の国へ行くのは今回が初めてなんですよ」

「あ、そうなんだ? 実はアタシも、他の二国には行ったことないんだよねー」


 レイ先輩が人さし指を立てる。


「もう聞いてるとは思うけど、この国と違ってルーヴェルアルガンは各地で内紛が続いてるから気をつけなよ?」

「軍神王が基本、国内の内紛には不介入なんでしたっけ?」

「良くも悪くもあの国は王都シュベルポスとその周辺の力が強すぎるからねぇ。だからこそ、他の領土のアレコレを好きにさせておいて大丈夫なのかも。内紛のおかげで、腕利きの傭兵も育ってるみたいだし」

「でも、なんか殺伐とした印象の国ですね……」

「元傭兵や元兵士が集まってできた、ならず者集団なんかもいるって話だしねぇ」


 苦笑するレイ先輩。


「でもま、今のクロヒコなら心配ないんじゃないかな? ていうか、クロヒコが何者か知ったら逆に向こうが逃亡しちゃうかもよ?」


 アイラさんが笑う。


「あはは、まあそうかもねっ」


 と、俺の手をアイラさんが両手で握り込んだ。


「だけど、気をつけてね?」

「はい。ありがとうございます、アイラさん」


 二人に別れの挨拶をしてから、俺は馬車の方へ足を向けた。

 馬車にあずけていた背をキュリエさんが離す。


「あの二人への挨拶は済ませたか?」

「ええ、済ませてきました」


 俺は苦笑する。


「いつも通りレイ先輩には、引っ掻き回された感じでしたが」

「次の風紀会長候補という噂は聞いているが……あいつで大丈夫なのか?」

「あの遊び癖はともかく、優秀なのは確かですからね」


 なんだかんだで弁えるべきところは弁えてる人だし。


「フン……とはいえ、レイやアイラとしばらく会えなくなるのは寂しくもあるな。女子宿舎の生活でも、あの二人には世話になってるし」


 そっか。

 あの二人も女子宿舎組だもんな。


「寂しくなるのは、わたしも一緒ですよ」


 セシリーさんが言った。

 キュリエさんは、彼女の頭に手を置いた。


「不思議なものだな……6院の連中と別れる時は、こんな風には感じなかったのに」


 これから赴くルーヴェルアルガン。

 第6院を作った人物が、そこにいる。


「それは……キュリエの中でわたしたちの存在が、それだけ大きくなってくれたってことでしょうか?」


 鼻を鳴らすキュリエさん。


「かもしれん」

「ふふ、だったら寂しく思う気持ちも……そう悪いことばかりではないのかもしれません」


 ニコッと微笑むセシリーさん。


「だって、お互い大事な人になれたってことですもんね?」

「…………」


 あの微笑みも、しばらく見られなくなるんだなぁ。

 と、セシリーさんが俺の腕に絡みついてきた。


「クロヒコは、何一人でしんみりしてるんですっ?」

「セ、セシリーさんっ……」


 スッと寄り添ってくる。


「わたしのこと、忘れたらイヤですからね?」

「な、何言ってるんですか……こんな美人を忘れるわけありませんって」


 上目遣いになるセシリーさん。


「む〜? それって、美人じゃなかったら忘れちゃうんですか?」

「そうですね……印象の強さで言えば、むしろ見た目の清純さからは想像もつかない内面のドス黒さの方が――」

「ぺい!」

「ぐふっ!?」

「何か……おっしゃいましたか? クロヒコ殿?」

「す、すみませんでした……セシリー嬢……」


 照れ隠しのせいで、つい失言してしまった。


「もぉーっ! 結局またこんな感じになるんじゃないですかーっ!」


 ぷんむくれるセシリーさん。


「せっかくイイ感じに見送ろうと思ったのにーっ!」


 ポコポコポコッ。


 セシリーさんがぐるぐる弱パンチを繰り出してきた。


「だ、だからすみませんって……っ!」


 さっき彼女が言った《こんな感じ》。

 俺はこの関係に一種の心地よさを覚えていた。

 なんとなくこの時、寂しさが込み上げてきたのを感じた。


「こういう関係でいられる人と離れるっていうのは……やっぱり、少し寂しいかもですね……」


 そう言って、俺は苦笑した。

 するとセシリーさんの動きがピタッと停止。

 彼女は口もとを引き結び、う〜、と唸った。

 感情のやり場を急に失った感じだった。


「も、もう……そういう顔されるとわたし、弱いんですってばぁ……」


 セシリーさんがくるっと背を向ける。


「暑期休暇中みたいに会えない時間が多くても、いつでも会える場所にいるのといないのとでは……大違いなんですからね?」


 声のトーンも落ちていた。


「クロヒコ」


 しかし彼女は、すぐ明るいトーンを取り戻した。



「いってらっしゃい」



 背中越しにセシリーさんがそう言った。


 温かい響き。


 ぬくもりのこもった手でそっと背中を押してくれるような、そんな響きだった。


 互いがいないことを、寂しいと思える。



「はい」



 確かにそれは、理想的な関係を築けた証拠なのかもしれない。



「いってきます、セシリーさん」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ