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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第二部
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第33話「彼らは次へと」


 後日、俺はキュリエさんと学園長室を訪ねた。


 ルーヴェルアルガン側との調整や手配といった諸々が終わったそうだ。


「もう一度、確認するわ」


 キュリエさんを見るマキナさん。


「特別交流生としてルーヴェルアルガンへ行く話、あなたも了承ということでいいのね?」

「タソガレがいるのであれば、私としても会っておきたいですから」

「わかりました」


 マキナさんが頷く。


「じゃあ特別交流生について少し説明しましょう。ああ、二人はそこに座ってちょうだい」


 俺とキュリエさんは椅子を勧められた。

 二人で並んで腰かける。


「さて」


 説明を始めるマキナさん。

 アルガン学院。

 ルーヴェルアルガンの育成機関だ。

 俺たちはそこへ期間限定で入学する。

 他国へ行く本当の目的は学院生活ではない。

 ただし、建前上は交流生となっている。


「だから一定期間、通学する必要は出てくると思うわ」


 留学生みたいな感じだろうか?


「国の親交を深める交流生として赴く以上、建前でも多少はそれらしく生活しないとね」

「でも、目的を果たしたら俺たちはすぐこっちへ戻ってこられるんですよね?」

「ええ」

「そんなにあっさり交流生が自国に戻れちゃっていいんですか?」

「ふふん」


 得意げになるマキナさん。


「ま、帝国の方だと難しいでしょうけどね」


 交渉や調整を行ったのは両機関の長。

 マキナ・ルノウスフィア。

 シャナトリス・トゥーエルフ。

 二人は親交が深い。

 だからこそ可能な芸当ってことか。

 うーむ。

 これもディアレスさんの言っていた人脈なのかも。

 そのあといくつか留意点を伝えられた。

 他国なので文化や常識が違う部分も出てくるだろう。

 異世界人である俺は、特にしっかり聞いておかなくては。


「…………」


 しかし一度にすべては覚えられなかった。

 当然といえば当然か。

 他国の固有名詞となると特にいまだにわからないものが多い。

 いつもそこで足踏みしてしまう。

 説明を終えたマキナさんが苦笑する。

 俺の内心を察したらしい。


「心配しなくても大丈夫よ? あとで資料にしてまとめて渡すから。向こうに着いたら着いたで、シャナからも説明があるでしょうし」


 胸を撫でおろす。

 ふぅ、よかった……。


「ところで二人に一つ相談があるのだけれど」

「なんでしょう?」

「特別交流生はあなたたち二人だけど……もう一人、一緒に連れて行ってほしい者がいるの。付き添い人としてね」

「付き添い人、ですか?」


 マキナさんが両手を組み合わせる。


「今回、ミアを同行させてもらえないかしら?」

「ミアさんを?」

「ええ」

「俺としては嬉しい話ですけど……本人は了承してるんですか?」

「話したら是非にと言っていたわ。キュリエの方は、ミアの同行についてはどう?」

「ん? ミアなら私は問題ないぞ? 私としても知った顔が多い方が楽だ。非戦闘員だから場合によっては危険かもしれんが、同行するなら私が全力で守るつもりだ」

「ありがとう、キュリエ」


 満足げに頷くマキナさん。


「ミアを同行させるのは私の都合もあるの。向こうでの経過報告や書類関係の仕事を任せたいのよ。手続きの大半はシャナがやってくれるけど、こっち側で処理する必要のある手続きもあるでしょうから」

「何気にミアさんって事務能力も高いですしね……」


 一時はマキナさんの代わりに事務仕事を処理していたこともあったんだっけ。

 侍女というより、もはや秘書的な立ち位置に近いのだろうか?


「…………」


 ふむ。

 秘書的な能力があるミアさんの同行か。

 俺たちにとってもこれはありがたい話かもしれない。


「確かに細かな手続きに秀でた人が一人くらい同行してくれた方がいいのかもしれません。キ、キュリエさんも……そう思いません?」

「む? ま、まあな……」


 先日の聖遺跡攻略。

 事務的な処理能力というか。

 マネジメント力というか。

 俺とキュリエさんのそっち方面のポンコツっぷりが露呈したひと幕があった。


 逆にセシリーさんの活躍はすごかった。

 ああいう方面の能力を持つ人間の必要性。

 それを痛感させられた出来事だった。

 世の中は戦闘力だけでは乗り切れない。

 異世界であろうとも。

 今回のルーヴェルアルガン行きも、マキナさんの人脈にかなり助けられてるわけだしなぁ……。


 何よりミアさんは一緒にいるだけでホッとする。

 料理も上手だし。

 同行してもらえるならむしろ願ってもないことだ。


「けど、マキナさんはいいんですか?」

「私?」

「しばらくミアさんが、傍を離れることになりますけど……」

「ま、最近は忙しさも落ち着いてきたし大丈夫じゃないかしら……………………たぶん」


 最後にボソッと付け加えられたひと言は聞かなかったことにしよう。


「と、とにかく二人はミアの同行を了承してくれるわけね?」


 俺とキュリエさんはほぼ同時に肯定を口にした。

 マキナさんが机の上の呼び鈴を鳴らす。

 少しして、学園長室のドアがノックされた。


「み、ミアでございますっ」

「入りなさい」

「はい! し、失礼いたします!」


 ドアが開く。

 メイド服姿のミアさんが現れた。

 ミアさんが行儀よく一礼する。

 俺とキュリエさんにも丁寧に一礼ずつ。

 マキナさんが、穏やかに頬杖をついた。

 

「ミア」

「はい」

「例の話、二人は歓迎するそうよ?」

「ほ、本当でございますか!? ですが、その……よろしいのでしょうかっ? わ、わたくしなどがお二人について行っても――」

「ミアさん」


 振り返って俺はミアさんに微笑みかけた。


「よろしくお願いします」

「クロヒコ様……」

「私も頼りにしているぞ、ミア」

「キュリエ様も……」


 ミアさんが感極まった顔になった。

 続けて彼女は深々と頭を下げた。


「お二人のお役に立てるよう精一杯がんばりますのでっ……ど、どうぞよろしくお願いいたしますっ!」


 耳を澄まさないと聞こえないほどの声量で、頬杖をつくマキナさんが小さくつぶやいた。


「よかったわね、ミア」



     *



 ルノウスレッドを発つ日が迫る中、俺たちは少しずつ出発の準備を整えていた。


 具体的には自宅でミアさんと持っていくものを選別したり、キュリエさんと準備のための買い物へ行ったりした。


 俺たちの特別交流生の話はヨゼフ教官から獅子組の候補生にも伝えられた。


 ジークとヒルギスさんに続き、ルーヴェルアルガンの特別交流生の方も獅子組から出せたのは自分も鼻が高いとヨゼフ教官は誇らしげだった。


 ヨゼフ教官が満面の笑みだったので、


《あ、俺とキュリエさんはたぶん途中で他の候補生と交代になります……》


 とは言い出せなかった。


 一応レイ先輩や二人の会長、ベオザさんにも俺から直接報告した。

 といっても皆、俺が報告する前にもう知っていたようだが。


「ジークとヒルギスに続いて、クロヒコとキュリエもですか」


 セシリーさんは、少し寂しそうだった。


「でもここだけの話、俺たちは用事を済ませたら戻ってきますから」


 俺は小声でそう伝えた。

 それでもしゅんとするセシリーさん。


「なんかわたしだけ、二人に置いていかれる気分です……」

「る、留守を妻に預けるようなものですよ?」


 むーっと睨まれる。


「また調子のいいこと言ってー、この人はーっ」

「いてっ」


 ペシッとデコピンされた。


 デコピン後、手で疑似の両耳を作りピコピコさせるセシリーさん。


「小動物と一緒で、寂しいと死んじゃうんだぞー?」


 ウサギは寂しいと死んじゃう説。

 前の世界ではデマと証明されたはずだが……。

 こっちの世界でも似たような説が広まっているのか。

 当然、広まった経緯は違うだろうけど。


「し、死んじゃうんだぞー……」


 セシリーさんがみるみる赤くなっていく。

 辱めを受けている系の表情だった。


「自分でやっといてなんで今さら自分で恥ずかしくなってるんですか……」

「寂しさじゃなくて、恥ずかしくて死にそう……」


 白い両手で顔を覆うセシリーさん。

 ぐっ。

 俺の抱きしめたいセンサーが反応している。

 小柄なこの小動物系少女を、今すぐ抱き締めて安心させてあげたい衝動が……っ!


 というか。


 この人は目論見が破綻した時の方が、可愛く感じる瞬間が多い気もする。

 俺だけだろうか?


「放課後の教室でよくそんな風にいちゃつけるな、おまえたちは……」


 キュリエさんの鋭い指摘が俺たち二人の空間に穴を穿った。


「い、いちゃついてたわけではないですよっ?」

「フン……当人たちにそのつもりがなくとも、外から見るとそうとしか見えないこともあるんだよ。ま、それはいいさ」


 キュリエさんが立ち上がる。


「今回はせっかくの機会だからな。ルーヴェルアルガン行きの話は私にとって渡りに船なんだ。クロヒコはクロヒコで、目的があるし」


 得心めいて微笑むセシリーさん。


「わかってますって。さっきのは、ちょっとクロヒコに甘えたかっただけです」


 え?

 そうだったんです?


「学園の聖遺跡攻略が終わったとはいえ、わたしはわたしでまだ磨くべき点がありますしね。そうですねぇ……クロヒコが帰ってくるまで、わたしなりに特級聖遺跡の情報を集めてみます」

「アタシもいるしね!」


 セシリーさんの両肩に手を置いたのは、ひょっこり現れたアイラさん。

 さっきまで教室にはいなかったはずだが。

 キュリエさんが聞く。


「どこかに行ってたのか、アイラ?」

「うん、風紀会に行ってたんだっ」


 聞けばクー会長とレイ先輩から風紀会に入らないかと打診を受けたそうだ。

 ちなみに風紀会の次期会長はレイ・シトノスの方向で話が進んでいるとか。


「アイラもアイラで、次へと動き出しているわけだな」

「他国に行かなくたって、成長するためにできることはここにもたくさんあるからねっ。そうだよね、セシリーっ?」


 負けたみたいに微笑むセシリーさん。


「ふふ……アイラには敵いませんね。ええ、その通りです。わたしたちはわたしたちで、がんばらないとですね」

「うんうん! その意気だよ!」


 アイラさんなりにセシリーさんを元気づけようとしてくれたようだ。

 キュリエさんが鼻を鳴らす。


「フン、まあ一生会えなくなるわけでもないしな」

「あるかもしれませんよ?」


 セシリーさんが言った。


「ん?」

「世の中、何が起きるかわかりません。二人に限ってはないと思いますけど……油断だけはしないでくださいね?」


 ルーヴェルアルガンは今も各地で小さな内紛が起こっているそうだ。


 四凶災の来襲前から内紛の話は聞いていた。

 ルノウスレッドに比べると治安はよくないと思われる。

 道中、何もなければいいけど。


「二人とも無事に戻ってくること。これだけは、必ず守ってください。いいですね?」


 俺とキュリエさんは、同時に頷いた。


「ええ」

「ああ、もちろんだ」






 ご無沙汰しております。


 活動報告にも経緯を少し書きましたが、ごく個人的な問題で『聖樹の国の禁呪使い』はしばらくお休みをいただいておりました。今はひとまず、少しずつでも物語を前へ進めてまいりたいと思っております。


 基本としてしばらくは週一での更新を考えておりますが、状況によっては更新感覚が短くなったり長くなったりするかもしれません。更新日が前後する場合は、できるだけあとがきで告知していこうと考えております。


 また、書籍版準拠ではありますがコミカライズもスタートいたしました。現在コミックヴァルキリー様の公式サイトにてコミカライズの第1話が公開されております。一読していただけましたら大変嬉しく存じます。コミカライズ版は、あのキャラやあのキャラなんかもビジュアル化されるようですね。


 それから少し前のお話になりますが、1巻にまた重版がかかったと担当編集者さまよりご連絡いただきました。改めて、書籍版をご購入くださった方々にこの場を借りてお礼申し上げます。


 どこまで行けるかはわかりませんが、とにかく今は前へ歩みを進めたい考えております。


 長々としたあとがきになってしまい、申し訳ございませんでした。


 今後とも『聖樹の国の禁呪使い』の登場人物たちの行く末を温かく見守っていただけましたら、嬉しく思います。


 次話は3/30(金)19:00の更新を予定しております。


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