第32話「後日、マキナの提案」
二本の刃が振り降ろされるのと、同時。
赤と黒の光が、迸った。
中央の頭部を、第三禁呪の光線が破壊。
「ヒ――ひィげェぃィやヤぁァあアあアあアあア――――っ!?」
悲鳴と共に三つ頭の動きが停止。
巨体が、ぐらついた。
支える意思を失った三つ頭の巨体が、崩れ落ちるように倒れていく。
頭部の再生は――ない。
三つ頭の身体から湯気めいた煙が上がる。
溶解が始まっているのだ。
先ほどまで満ち溢れていた生命の気配は、もう感じられない。
意思の存在する気配も、ない。
やった。
三つ頭の身体が完全に床へ沈むより前に、俺は、周囲でこちらを見上げていたオークを斬り刻む。
「ブゴォ!?」
「ボゲェー!?」
鮮血と共に、オークの汚い悲鳴が上がる。
俺はすぐさま身体の向きを変えると、倒れ込む八つ腕の巨体を背後にし――
加速。
遠くから奮戦するキュリエさんに槍を投げようとしていたオーク。
その背後へ、移動した。
オークの群れの隙間から、足を痛めながらも必死に戦うセシリーさんの姿が見えた。
「おい」
「ブゴッ!?」
振り向いた瞬間には、もうそのオークの心臓部を禁呪の大剣が突き刺している。
「ブ、ゴッ……? ガ――ガフッ、ブゴォォオオオオ――――ッ!」
吐血まじりの悲鳴が上がった。
キュリエさんたちに襲いかかっていたオークたちが、こちらを振り返る。
三つ頭からの《供給》はもうない。
俺の背後の方では、溶解する三つ頭の身体から立ちのぼる蒸気めいたものが、まるで背景の狼煙のように立ちのぼっている。
「この部屋で残っているのはもうおまえたちだけだ……それでもこのまま、キュリエさんとセシリーさんを襲うつもりなら――」
四本の武器を殺意的に構え直し、俺は言った。
「皆殺シにシてヤる」
*
久しぶりに目にする空は、厚い雲の漂う青々とした空だった。
澄み渡った空気。
ゆるやかな風に、木の葉がカサカサ揺れている。
においも違う。
今この瞬間に感じるものすべてが、心を穏やかにしてくれる感覚。
「戻って、きましたね」
俺たちは今、鉄の檻の中にいた。
もちろんオークの用意した檻ではない。
聖遺跡の帰還装置による転送で送られるのが、聖遺跡の入口前広場にあるこの場所なのだ。
鉄の檻があるのは、たまに攻略班と一緒に転送されてくる魔物を逃がさないよう学園側が設置したからである。
「ひとまず……最下層の攻略達成で、いいんだよな?」
背負い袋を一度地面に降ろし、キュリエさんが聞いた。
禁呪の呪文書があった階層は、正確には学園の聖遺跡とはつながっていなかった。
別の入口から潜る遺跡の階層だった可能性はある。
だから、
「この学園の聖遺跡は、完全制覇だと思います」
三つ頭という予想外の魔物の出現はあったが、俺たちは、最下層までの攻略を達成した。
「セシリーさんもこれで目的を一つ、果たせましたね」
背中におぶっているセシリーさんに聞く。
返事がない。
眠っているわけでは、なさそうだけど。
「セシリーさん?」
「最後は足手まといになってしまって、すみませんでした」
「何言ってるんですか」
ほんとこの人は、こういうところを気にしちゃうんだよな。
やっぱり繊細な人なんだと思う。
そういうところも俺としては、嫌いじゃないのだが。
「特に最後の三つ頭なんて、セシリーさんが三つ首竜の記録を思い出したから倒せたんですよ?」
彼女の太ももを軽く持ち上げ、担ぎ直す。
「一緒に戦うっていうのは、剣を振るったり、術式を使ったりすることじゃない……俺は今回の聖遺跡攻略で、セシリーさんからそれを再認識させられた気がします」
キュリエさんが背負い袋から、ひと際大きなクリスタルを取り出した。
「このクリスタルを入手できたのもセシリーが三つ頭の倒し方を知っていたからだしな。これで次に何か資金が必要になった時は、すぐに金を準備できる」
俺の首に回している二本の腕を、セシリーさんが抱き締めるようにぎゅっとした。
「もうやだ」
「え?」
「二人の優しさに、甘えそうになる自分が」
言い方がすごく、照れくさそうだった。
俺は苦笑する。
「だから最近は自己評価が低すぎなんですって、セシリーさん」
「……またわたしの胸、ツンツンします?」
「しませんよ! ほんと、あれは悪かったですって!」
というか……太ももを不可抗力で触っているのとか、背中の密着具合とかが、今さらになって微妙に意識され始めてきたんですが。
特に太ももとか、俺の腕の硬さに比べるとなんて滑らかで柔らかいのだろう。
「ふふ」
セシリーさんが、自然な感じで微笑んだ。
そして俺の首筋に顔をうずめたまま、彼女は幸福そうに言った。
「大好きです、二人のこと」
そうしていると、近くにいた候補生たちが俺たちの存在に気づいた。
俺たちが帰還した報はたちまち学園内に伝播していったらしい。
聖遺跡会館へ報告に戻る頃には、会館の近くは候補生で溢れ返っていた。
キュリエさんとセシリーさんの腕輪は、無色透明。
ただ、俺の腕輪だけが少し赤みがかっていた。
本来なら階層をくだるたびに黒、灰色、透明の順に腕輪の水晶は変色していく。
なのに俺の腕輪だけ、赤みがかった半透明色。
最下層のさらに下へ行ったからかもしれない。
五十階層がひと区切りで、そこが無色透明ということだろうか?
もしかすると五十階層以降の階層がある遺跡では、無色透明から赤みを増して行くのかもしれない。
ちなみに俺の腕輪の色は最下層到達の証として、のちにちゃんと認められた。
とにもかくにも俺たちはこうして、聖ルノウスレッド学園の聖遺跡の完全攻略を果たしたのだった。
*
学園の聖遺跡攻略を終えてから、数日が経過していた。
最高到達記録を樹立した攻略班三人の周りはしばらく騒がしかったが、何日か経つとその熱もあっさりと落ちついてきたようだった。
俺としては正直、いつも通りの方がありがたい。
そんな日常に戻りつつあった俺は、ある日の放課後、マキナさんに呼ばれて俺は学園長室を訪ねていた。
ひょいっと学園長デスクの椅子から降りると、マキナさんがトテトテと部屋の脇に歩いていく。
「今、お茶を淹れるわね」
お茶淹れセットみたいなのが背の低い棚の上にのっている。
あれ?
今までは置いてなかった気がするけど……。
聞いてみたところ、最近はティーカップも含めた《香茶》に凝っているとのことだった。
まあ彼女の場合は、ただお茶を飲みたいだけならミアさんに頼めば淹れてもらえるはずだしな。
要するに、今のマキナさんとっては自分で淹れることに意義があるわけだ。
職人のごとく真剣な面持ちで、上品な装飾のカップにお茶を注いでいくマキナさん。
「もちろん口には出せないけど……なんか、がんばって親を手伝う子どもみたいな感じがして微笑ましい気分になるな」
「思いっ切り、口に出てるわよ」
思いっ切り、睨まれた。
「す、すみません」
俺は謝罪し、縮こまる。
またやってしまった……。
二人分のお茶を淹れ終えると、ソファで待つ俺の前の卓に、マキナさんがカップを置いてくれた。
「アバナの葉を使ったお茶よ。気に入ってくれると、いいんだけど」
「ありがとうございます。」
要は紅茶の一種だ。
すんすん。
うん、いい香りがする。
「ふーふー……では、いただきますね?」
さて、味の方はどうかな?
「ごく、ごくっ……」
うん。
ちょっと熱いけど、美味しい。
「美味しいです」
「そう、よかったわ」
満足げな顔をしたマキナさんは、対面のソファに座った。
「そういえばちゃんと言うのが遅くなったけれど、聖遺跡の完全攻略おめでとう。ま、あなたとあの二人ならそう驚くこともないのかしらね?」
「それほど楽に攻略できたわけでもありませんよ。ただ戦闘能力があるだけで攻略できるほど甘い場所じゃありませんでした」
それと、聖遺跡会館や教官たちにはまだ話していないことがある。
例の最下層より下のエリアのことだ。
ただ、マキナさんには報告しておこうと思っていた。
「なるほど……あなたの腕輪に赤みがまじっていたのは、それが原因だとみているわけね?」
「ええ」
「学園の遺跡から繋がっていないさらに下の階層……さらには時計塔の地下祭壇にあったのと同じ紋章に、新たな禁呪の呪文書か。加えて、壁の向こうから現れた魔物を産み出す未知の魔物と……新たな発見が目白押しね」
「聖遺跡の性質から考えると……俺が壊した最下層の部屋の壁は、もう修復されてると思います。おそらくは、下へと続いていた穴も」
マキナさんが背もたれに寄り掛かり、考え込むように腕を組む。
「異種がひしめいていたこと考えると、並みの候補生が通用する難度ではなさそうね」
「セシリーさんからも報告があったと思いますけど、最下層をねぐらにしているオークの危険性についてもなんらかの注意喚起が必要かと」
五十階層に到達した候補生たちが万が一生きたまま捕まったら、あの牢屋にいた人たちと同じことになりかねない。
死んだ方がマシだと思えるような、そんな目に遭ってしまうかもしれない。
あの一件は、魔物の残忍さと危険性を再認識させられた気がした。
「オーク種のいる最下層については立ち入り制限を設ける案も考えているわ。どのみち四十九階層まで行けば、候補生としての評価点は十分すぎるほどなわけだしね」
「例の三つ頭も、また復活しているかもしれませんし」
ちなみに三つ頭を倒す方法を提案してくれたセシリーさんだが、痛めた足の方は順調に回復しているそうだ。
彼女は最近、記録のない聖遺跡の階層情報をまとめることに意欲を燃やしている。
未知の階層情報を記録して公開するのは他の候補生に利する行為だ。
なので基本は卒業間近の候補生が親切心で資料を残す程度だと聞く。
だけどセシリーさんは、聖遺跡や魔物の危険性を知ってもらうために記録をまとめたいのだという。
まあオークの棲み家の一件を考えると、競争とか言っている気分でなくなるのは理解できる。
「とまあ……これであなたは聖遺跡を攻略してしまったわけだけど、今後の目標みたいなものはあるのかしら?」
「俺の次の目標はやっぱり特級聖遺跡ですかね。ここから騎士団の人たちと話し合って、その上で潜るのを認めてもらえるかはまだ未知数ですけど。もし認めてもらえたとしても、今度は特級聖遺跡用の攻略班をどうするかの問題もありますし」
資金はこの前の聖遺跡攻略で手に入れたクリスタルがあるので当面はどうにかなりそうだ。
ただ、他に考えるべきことがいくつかある。
誰と攻略班を組むか。
聖樹騎士団に協力を仰ぐべきかどうか。
特級聖遺跡の攻略は学園の授業と関係がない。
だから攻略班を組むとしても、やはり候補生は少し誘いづらい。
そういった点などもどうするかよく考えないといけないだろう。
考え込んでいる俺を眺めていたマキナさんが、カップを手にしながら言った。
「実は先日、シャナから手紙が届いてね?」
シャナさん?
ここでなぜ彼女の話題が出たのだろう?
「もしかしたらルーヴェルアルガンに、禁呪の呪文書があるかもしれないっていうのよ」
「禁呪の呪文書――ほ、本当なんですか?」
マキナさんはお茶をひと口飲んでから、答えた。
「その真偽を確かめるべきかもしれないと思ってね……あなた自身の目で。まあ呪文書はあなたしか読めないのだから、仮に本当にあったとしても、そもそもあなたが行かないと真贋は確かめられないわけだし」
カップを置くと、マキナさんは《学園長》の顔になった。
「ジークベルト・ギルエスとヒルギス・エメラルダの交流生の話は、もう知っているわね?」
「え、ええ」
「当然、ルーヴェルアルガン側とも聖武祭中に同じ制度を話し合いました」
まさか。
「どうかしら?」
お察しの通りよ、といった顔でマキナさんが微笑む。
「あなたとキュリエの二人でしばらく、交流生としてルーヴェルアルガンに行ってみる気はない?」
ここまでお読みくださりありがとうございました。更新中にご感想をくださった方々、ブックマーク、評価をくださった方々に深く感謝申し上げます。
一つご報告を。このたび『聖樹の国の禁呪使い』がコミックヴァルキリー様にてコミカライズされることになりました。
連載の方はお休みをいただきたく思います。申し訳ございません。連載再開は未定です。もし個人的な問題が解決しましたら、再開できたらと思っております。
少し気分を変えるつもりで新作の連載なども始めております。お暇がありましたら軽く読んでやってみてくださいませ。
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