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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第二部
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第31話「第七禁呪」


 第八禁呪の腕で壁を破壊した先には、異様な光景が広がっていた。


 出入り口を塞ぐように、三つの頭を持った巨大な八本腕の魔物と、オークの群れが集まっていた。


 魔物たちは俺の登場に困惑しているようだった。

 群れと対峙しているのは、キュリエさんとセシリーさん。

 セシリーさんが俺へ背を向けたまま、涙ぐんだかすれ声で言った。


「ぐすっ……来るなら来るって、言ってくださいよぉ……」


 声が少し震えている。

 魔物と対峙しつつ、セシリーさんの肩に手をのせるキュリエさん。


「伝えたいことは、自分で伝えた方がよさそうだな」


 よかった。

 二人が無事で。

 素早く再会できて。

 力がさらに込み上がるのを感じながら、二人の傍まで一足で移動。

 魔物たちの群れから視線を外さず聞く。


「それでこの状況……何があったんです?」

「おまえと分断されたすぐあと、あのでかいのがそこの壁の向こうから出てきた。周りのオークはあの三つ頭が吐き出し――産み出した。それとセシリーが、戦闘中に足を痛めてしまってな」

「なるほど。急いで正解だったみたいですね」

「おまえの方は何があった? その浮かんでる腕は……味方、と考えていいんだよな?」


 俺はできるだけ簡潔に経緯を説明した。


 紋章の描かれた部屋にあったのは、第八禁呪を発見した時と同じ祭壇だった。


 祭壇の箱の中には呪文書も入っていた。

 禁呪の呪文書。

 しかし呪文書の入手に歓喜している精神的余裕はなかった。

 いち早く二人のところへ戻るのが今は最優先事項。

 呪文書を回収した俺はすぐさま部屋を出ると、上へ続く穴へ向かった。

 穴をしばらくのぼっていくとどこかの階層に辿り着いた。


 脱出に役立つ禁呪があるかもしれないと、そこで新たに手に入れた呪文書を読み上げてみた。


 第七禁呪。


 次元の穴から黒い剣が出現。

 しかし俺の手だと、やや大きいと感じるサイズ。

 両手で握らないと使いにくそうだ。

 ただ第八禁呪の腕の状態なら、片手でもそこそこ持ちやすい印象である。

 ふむ、使いようによっては強力かもしれないな。

 武器の持ち込めない場所でも、武器を持ち込めるようなものだし。


 ん?

 そういえば以前、禁呪王が黒い剣を召喚するのは第六禁呪と言っていた気がするけど……。

 第七も黒い剣の召喚なのか。


 …………。


 ともあれこの第七禁呪は脱出に役に立つ感じではない。


 ひとまず第二段階も試してみることにする。

 禁呪は数字が一つ上のものも習得していると第二段階の能力を使うことができる。

 詠唱の単語で言う第二界というやつだ。

 俺は第八禁呪を習得しているので使用できる。


 ――第二界、解放。


 最初に第二界を発動した時、俺は驚いた。

 攻撃を受けたと思ったからだ。

 何が起きたのか?


 次元の穴が開いたかと思うと、スコルバンガーの腕みたいな二本の太い腕が、ぬっと現れたのである。


 黒い皮膚。

 赤黒い脈。

 どうやら俺の意思で自由に操れる禁呪製の腕のようだ。

 禁呪腕、とでも呼ぼうか。

 発動後は俺の腕にも赤黒い脈が張っていた。

 おそらく俺と禁呪腕が繋がっている証みたいなものだろう。

 ただ便利な禁呪のようだが、いまいち脱出の決定打とはならなかった。

 まあ、世の中そう上手くはできていない。


 というかあそこで新禁呪が見つかった時点で、上手くできているとも言えるが。


 最強の禁呪と言われる第一禁呪ではなかったが上々の成果だろう。

 新禁呪を確認したあと、俺はその階層をひと通り駆けてみた。

 なんと上へ続く階段すらない階層であることが判明した。


 こうなったらと、力技で行くことにした。


 落下した時の感覚とのぼってきた感覚からすると、キュリエさんたちと分断された部屋の階層まではそう遠くないはずだ。


 高い天井を仰ぐ。


「――第八禁呪、第二界解放」

「――第五禁呪、解放」


 第五禁呪の翼で上昇し、第八禁呪の腕で床部分を破壊。

 仕方ない。

 力技で、いくしかない。


 床や壁の破壊作業には第七禁呪の腕も参加させた。

 第八の腕ほどの威力は出ないが、補助としては十分機能した。

 破壊作業中、どこかで気になる音がした。


 あとでわかったのだが、キュリエさんの説明を聞く限り、あれはおそらくあの三つ頭が壁を破壊した時の音だったと思われる。


 禁呪の宿主の力で聴力が上がっているおかげで、聞き取ることができたような気がする。

 俺はひとまず、その音のした場所を目指すことにした。


「それでこの部屋に辿りついた、というわけです」


 説明を終える頃、俺たちの周囲には溶解を始めた数体のオークが転がっていた。


 襲いかかるオークを打ち払いながら、二人の方の状況も把握する。


 現状の問題はまずあの三つ頭のようだ。

 あれを倒さないと、オークの数が増え続けるわけか……。


「あの再生能力が、厄介ですね」


 実は部屋に入ってからすぐに、第三禁呪で三つ頭の中心の顔を吹き飛ばしている。


 だが、驚くほどの速度で再生した。


 巨人討伐作戦の時の大型ゴーレムの時は、再生エネルギーの源である聖素を《魔喰らい》によって阻害することで勝利した。


 一方、あの三つ頭が聖素を取り込んでいる気配はない。

 それにしてもあの姿……ヘカトンケイルを連想させるな。

 前の世界の神話に登場するヘカトンケイルは、確か百の手と五十の頭を持つ巨人だったと思う。

 だから厳密には、違うのだろうけど。

 あんなでっぷりと腹が出てるイラストを見た記憶もないしな……。


 出口はあの三つ頭が塞いでいる。

 密集しているオークの数も考えると、このまま突っ切って三人とも無事で突破できるかどうかは微妙に怪しい。


「突破できると思うか、クロヒコ?」

「あの数を考えると、安全とは言えないかもしれませんね」


 セシリーさんは足を痛めて走れない。

 俺が背負ってキュリエさんが突破する?

 いや、逆の方がいいか?


「あの三つ首を倒すことさえできれば、あとはオークの数を減らすだけですよね……」


 敵がオークだけなら突破は十分可能だと思う。

 やはり厄介なのは、あの三つ頭か。

 八本の腕による攻撃。

 瞬間性に近い自己再生能力。


「やはりあの異様な再生能力が悩みの種だな……」


 セシリーさんが、あの、と口を開いた。


「以前、再生能力を持った三つ首竜について書かれた文献を呼んだことがあるんです。何をしても再生してしまうのですが、その竜の首を三つ同時に斬り落とすと――再生せずに、倒せたと」

「なるほど、同時破壊か」


 キュリエさんはそう言って、襲ってきた守護種オークを真っ二つにする。

 もうひと振りで、さらに三匹のオークを斬る。


「ふむ……試してみる価値はありそうだな。問題は、あの三つ頭に届く三点同時攻撃が必要なことだが……」

「キュリエさん」


 オークの投げた槍を左手で掴んで投げ返し、俺は言った。


「セシリーさんのこと、しばらく任せてもいいですか?」


 キュリエさんがリヴェルゲイトにさらなる聖素を込める。


「ああ、わかった」

「では、お願いします」

「同時破壊、一人でいけそうか?」

「攻撃力の問題でチャンスは一度だけですが――やります」


 確実な攻撃力を確保するなら第三禁呪を織り交ぜる必要がある。

 ただし負荷の関係で、最大でも二発が限界。

 先ほど一撃分は使ってしまった。

 失明のリスクを負う回数を考えると――


 あと、一撃。


「クロヒコ、す――」


 何か言いかけたセシリーさんが、言い直した。


「――お願いします」

「ええ、任されました」


 たぶん《すみません》と言おうとしたんだと思う。

 だけど言い換えて《お願いします》と言われた時、なんだか俺は嬉しかった。


 信頼できる本当の仲間として、見てくれている気がしたから。


「――第五禁呪、解放」


 二枚、翼を追加。

 背後の地面から別の二本の巨大な翼が生えてくる。


 床から生えてきたように見える翼の出現に、オークたちが一瞬だけ怯む。


 俺は、最初に出しておいた翼に《狂い桜》を突き刺した。


 翼の血を吸わせて――切れ味を増すために。


 最初の二枚の翼は吸血用にする。

 走る痛みは仕方ない。

 受け入れる。

 痛みはなくなりはしない。

 だけど耐えることや、受け入れることならできる。


 左右の禁呪腕にそれぞれ、死んで溶けたオークの使っていたメイスとモールを握らせる。


 残った二本の手。


 左手には、第七禁呪の黒大剣。

 右手には、血を吸った《狂い桜》。


 翼を、広げる。


 第八禁呪の腕の肘噴射と合わせ――加速。


 一秒足らずで、三つ頭の頭部へ接近。


 オークたちがやや遅れて、飛翔した俺を見上げた。

 そして数秒間ボケッとしてから、頭を切り替えるように、キュリエさんたちのいる方へと動き出した。

 中には守護種オークもまじっている。

 あの数を一人で相手にするのは骨だろう。


 だけどあの人なら、きっとやってくれる。


「キぃエぉゲおゲげリぁァあアあアあアあ――――ッ!」


 絹を裂くような雄叫びを上げる三つ頭。

 髑髏めいた眼球のない眼窩。


 中央の顔が、俺を睨んでいる。

 それがわかる。


 こいつは俺の加速移動にも反応できていた。

 スピードによる突破は元から無理だったと考えられる。

 要するに、三つ頭は速い。


 耳障りに鳴く三つ頭が、八本の腕が握りしめた武器で攻撃してきた。


 俺は左右の禁呪腕でその八本の腕による攻撃を捌いていく。

 確かに筋力や速度などの基礎能力は高い。


 だけど――《技》が一切ない八か所からの攻撃なら、十分、禁呪腕の二本で処理できるっ!


「グっ……グごォぉァぁアあア゛あ゛――――ッ!」


 眼前に迫った俺を、左右の頭が吠え猛りながら、同時に見た。


「我、禁呪ヲ発ス――」


 詠唱、開始。



 三頭、同時。



 左手の大剣を、左手側の頭部へ振りかぶる。

 右手の妖刀を、右手側の頭部へ振りかぶる。



 そして、




「第三禁呪、解放」




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