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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第二部
270/284

第29話「荒れ果てた部屋」


 人型だが人ならざる魔物。


 大きな牙。

 尖った耳。

 でっぷり膨らんだ腹。

 太い腕と足。

 手には人間が持つものと遜色ない武器を握りしめている。

 特徴的なのは暗い緑色の肌か。

 あの肌の色は何を示しているか。


 異種。


 聖神の加護が届いていない魔物。

 加護で弱体化していないので、オリジナルの強さを持っているということだ。


「オーク種は魔物の中でもかなり知能が高い種族だと言われています。その分、他の魔物と違って単純な捕食目的の殺しだけで終わらない事例も報告されており――古来からその危険度は、かなり高い部類とされています」


 ねっとりとしたよだれが口から垂れピタピタと床で音を立てている。

 唾を啜りあげる音がひどく不快に感じられた。


 ひと際、大きな足音。


 足音の主の道を作るようにオークたちが左右に分かれた。


「ヅ――」 


 姿を現したのは他よりひと回り大きなオーク。

 おそらくあれが、この部屋の守護種。


「ヅガ、マエ……デヤ、ルゥ……」


 捕まえてやる、と言ったのか。

 殺す、ではなく。

 気づけば左右をオークの群れに挟まれる形となっていた。

 それだけではない。

 破壊された入口の扉の方からも、オークが群れになって現れた。


 ブルーゴブリンの時を思い出すな……。


「私としては、あまり好ましい種族とは言えんな」


 先ほどからキュリエさんの視線がいやに冷たい。

 少し、怖いくらいに。

 彼女の視線は数回、部屋を行き来していた。

 何を見ているのだろう?


「あ――」


 俺は理解した。


 松明が灯ったことで、牢屋のような場所が確認できた。


 そこに、ボロボロになった人間用と思しき衣服や鎧、武器のようなものが散らばっていたのだ。


 聖遺跡で死ねば地上に自動で送り届けられる。

 だけど、捕まってしまったあと、そのまま殺されず、虜囚として生かされ続けていたのなら――


「久しぶりに、こういう種類の怒りを覚えたよ」


 キュリエさんの怒気に圧されたのか、オークたちが怯んだ様子を見せた。

 衣服の持ち主たちはおそらくいたぶられた末に死んだ。

 牢の中の拷問道具めいたものや、部屋の壁、鎧や衣服に見られる元は血色であったと思われる染み。

 そのくすんだ染みが証明している。


 拷問に類する行為があったことを。


 見た感じ候補生の制服ではない。

 学園が創設される前に聖遺跡を攻略していた人たちのものだろうか?

 ずっと昔の聖樹士騎士団の団員かもしれない。

 あるいはもっと昔に、この階層を探索していた冒険者たちか。

 俺の視力で確認できる感じだとかなり昔のものに見える。


「ブ、ゴ……グ――ブゴォォオオオオオッ!」


 威圧感に堪え切れなくなったように、一匹のオークが棍棒を振りかぶりながら躍り出た。


「ブォゴ?」


 目にも止まらぬ速度でキュリエさんが、飛び出したオークの前に移動していた。

 剣を振り切った後の姿勢。


「終末郷にいた時はよく、こういう気持ちにさせられたものだ」


 言葉を放つと同時にオークの腹が、斜め真っ二つに割れた。

 

「自己満足で悪いが、すまんな。目に入ってしまった以上――この苛立ちは、そう簡単にはおさえられんようだ」


 水を打ったように静まり返ったあと、オークたちが唾を撒き散らしながら咆哮を上げた。


 恐怖を、怒りに転化させたのか?


「オーク種の強みは、攻撃的な感情によって他の感情を塗り潰せる点にあると聞いたことがあります」


 そう解説するセシリーさんも、すでに戦闘態勢に入っている。


「キュリエさんの背後、任せていいですか?」

「わかりました」

「守護種のオークはキュリエさんがあのまま倒すと思います。どう贔屓目に見積もっても、あの守護種オークが術式魔装状態のキュリエさんより強い魔物とは思えません」

「クロヒコは?」

「入口と左手側のオークを手当たり次第、斬り伏せます」


 長々と話している余裕はない。

 手短なやり取りで行動へ移せる点も意思疎通が楽な仲間のメリットと言える。


「右手側と討ち漏らしは、二人に任せました」

「ええ――」


 言い終えぬうち、セシリーさんは行動を開始。


「任されました!」


 キュリエさんの援護へ回るべくセシリーさんが踏み込んだ時、俺は、最初の一匹のオークの首を跳ね飛ばしている。



     *



「ブ……ゴ、フゴッ……」


 リヴェルゲイトの刃が、うつ伏せに倒れ伏す守護種オークの後頭部に突き立てられた。


 ザクッ。


「――ブゴェ!」

「こいつで、最後のようだな」


 結局、術式魔装を使うまでもなく、キュリエさんは守護種オークを圧倒的な力でくだした。


「ふぅ」


 ひと息つき、袖であごの汗をぬぐうセシリーさん。


「溶ける性質がなかったら、今頃この部屋はすごい光景になっていたんでしょうね……」


 今部屋に残されているのは大小様々なクリスタルだけ。

 俺は《狂い桜》を鞘におさめた。


 一つわかったことがある。

 聖遺跡だと《狂い桜》は真価を発揮できない。

 この妖刀は血をエネルギーとして切れ味を増す刀だ。

 しかし聖遺跡の魔物の血は、しばらくすると死体と同じく溶けてなくなってしまう。

 魔物の血で切れ味が増すのは本当に一時的でしかない。

 継続的に斬りまくっていれば、多少は維持できるが……。


「他の部屋も調べ切ったあとだから……やはりここが最下層というわけか。何か、これといって特別なものがある様子もないが」


 確かに守護種らしきオークを倒しても何も起きない。


 帰還用の転送装置のある部屋や、階段近くの休憩用の部屋はすでに確認している。


 セシリーさんが錆の浮いた牢屋の鉄柵に手をかけ、中を眺めた。


「今後最下層まで到達する候補生が出た時のこと考えて、このオークの棲み家である最下層の情報は学園側へ報告しておいた方がいいでしょうね」


 聖遺跡の魔物が消え去ることはない。

 たとえ階層内の魔物を駆逐しても、またどこかから生まれ出でるのは過去にも確認済みである。


「ブ……グ、ゴ……、……、――」


 かすかに息のあった守護種オークが力尽きた。

 オークと戦ってみて実感したのはその生命力の強靭さである。

 要するに、タフな魔物なのだ。

 頭を剣で貫かられてもしばらく生きているあたりはさすがの生命力と言える。


 キュリエさんが階層を示す腕輪の色を見た。

 階層をくだるごとに透明度の増す腕輪。


 ほぼ、無色透明だった。


「まあ、これで特級聖遺跡への道は開かれたか。さて、クリスタルを回収して帰還部屋に――」


 瞬間。

 溶け始めた守護種オークの身体が発光を始めた。

 続き、微振動を伴った地鳴り。


「な、なんだ……っ!?」


 聖遺跡の地鳴り。

 これにはろくな思い出がない。


「チッ! クロヒコ、セシリー! 早く、帰還部屋に――」


 刹那。

 俺と二人の間に、下から壁が出現。

 反応する間もなく、杭打ちのような勢いで壁が俺たちを分断した。


「クロヒコ!」

「大丈夫ですか!?」


 二人のくぐもった遠い声。


「くっ」


 守護種オークの死がこれの引き金になったのは察せられる。

 だが、なんだろう……。

 この時を、聖遺跡が待っていたかのような。


「――――」


 生きている遺跡、か。


 ガコッ、という重々しい音。


「!?」


 浮遊感。

 けどあの時のように、穴が空いたのではない。


「これ、は」


 俺がいる場所だけが、エレベーターみたいに下へ向かっている。


 天井を仰ぐ。


 左右から天井を形成するように石のブロックが次々と折り重なっていく。

 第五禁呪の翼で飛んでもあれでは戻れない。

 第三禁呪で円を描き、円柱型の穴を開けるか?


 いや、だめだ。


 もし最初の壁がもうなくなっていて、キュリエさんやセシリーさんが下を覗き込んでいたりしたら、二人を巻き込む可能性がある。


 引きはがされたのは、俺だけ。


 俺を、殺そうとしているのか。

 俺を、誘おうとしているのか。


 部屋の移動が止まる。

 大きな通路が、前へ伸びていた。

 古めかしいにおい。

 粉のふいた石畳。

 道は、ぽっかりと口を開けた闇の向こうへと続いている。


 咄嗟に指輪を見る。

 例の互いの位置がわかる指輪。

 万が一のために守護種部屋へ入る前にチャージしてもらっていた。

 過去の経験から最悪の事態を想定していたよかった。

 細く青白い光の筋がわずかに傾き上を示している。

 落下速度と時間から考えればそう距離は開いていないはず。

 あの守護種部屋との距離はせいぜい三、四階層分くらいだと思う。


 ん?


「ギ、ギョ……ギゲゲ!」


 最初に闇の向こうから現れたのは、懐かしのブルーゴブリンだった。

 そして因縁の魔物の背後からゾロゾロと現れたのは、


「グ、ル、ル……」

「プゲァー!」


 各階層で出会った、異種の魔物たち。


 白系の魔物は一匹もいない。

 すべて、オリジナルの魔物。


「すぅ」


 息を、整える。

 施晶剣と妖刀を鞘から抜く。

 両手で構える。

 一歩、前へ出る。

 不思議だ。

 あの時ほど、焦っていない。


「悪いけど――」


 必ず二人のところへ辿りつけるという確信めいた予感が、今の俺にはある。



「邪魔をするなら、容赦はしない」



 先頭のブルーゴブリンが踏み込んだと同時、俺の施晶剣は、その喉を斬り裂いている。


 相手の踏み込みに合わせ機先を制するのは、今ではほぼ反射に近い動作になっていた。

 周囲の魔物が態勢を整えるより前に一匹――二匹、三匹と斬り倒す。

 前進しながら魔物の群れを、蹴散らしていく。

 どの魔物も聖武祭中に戦った終ノ十示軍にすら及ばない。


 だけど動作は最小限で済ませる。


 少しでも体力を温存するために。


 斬って、

 斬って、

 斬り殺す。


 純然たる殺意が俺へ襲いかかってくる。

 だが、殺意はもう向けられ慣れた。

 今後は自分への殺意で怯えることはないと思う。

 むしろ怖いのは大切な人たちへ向けられる殺意。


 ここへ落ちた自分よりも、あの二人のことが俺は心配だった。

 聖遺跡はあの二人に牙を剥いていないだろうか?

 ただそれが気になる。


 一刻も早く戻らなくては。

 二人の無事を確認しなくては。


 駆け抜ける。

 青い血を浴びながら俺は上へ通ずる何かを探し求めた。


 壁の発光が強くなってきている。

 メインルートに戻ってきているという感じだろうか。


 一方で魔物は次々と押し寄せてくる。


「――――ッ」


 邪魔だ。

 探索の。


 俺は背後から押し寄せる魔物の方へ一度、振り返った。


「邪魔ダ」 


 止まった。

 魔物の動きが。

 …………。

 あれ?

 なんだ?

 今の声。

 まるで殺意を放出している時の、ベシュガムの声みたいだった。

 というか声を出した自分が少し怯んだくらいだった。

 しかし……殺意には怯まない言いながら、自分自身の殺意で怯んでしまうとは。


「…………」


 まあいい。

 一時的にだろうが、とにかく魔物の動きが止まった。

 先を急げ。


 この階層は今のところまだ扉が確認できていない。

 階段自体存在するのだろうか?


 ふと、立ち止まる。

 遠くに穴が見える……。

 上へ続いているように映るけど。

 あれをのぼっていけばいいのだろうか?


 背後に魔物の群れの気配を感じつつ、再び駆け出す。


 だが数十メートル駆けたところで、俺はブレーキをかけた。



 何か、あった。



 扉のようなものが。

 どこかで、見覚えがある紋章だった。

 なんだ?

 どこで見たんだ?


「そうだ」


 思い出した。

 時計塔のあの地下祭壇。


 あの祭壇に描かれていた紋章だ。


 マキナさんと二人で行ったあの時計塔の地下に、あったもの。


「まさか――」


 通り越した通路の方を、俺は振り返った。


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