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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第一部
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第26話「模擬試合(2)」

 とりあえず……剣先を前に向ける。


「では――」


 ヨゼフ教官が手元の懐中時計に視線を落とし、手を挙げた。


「――はじめ!」


 相手は、眼鏡の女性教官。

 …………。

 うーむ。

 ここは多少格好悪くとも、とにかく全力でかかっていくしかあるまい。

 俺、剣術の心得なんてないし。

 それに下手に格好つけようとすれば、最悪、もっとひどいことにもなりかねないしな。


 まあ、気合いだけはしっかり入れていこう。

 よし。

 集中だ……。

 そう、俺の中にある、野性の部分を奮い立たせるのだ……。

 己の中の野性を、解き放つようなイメージで……。


 己の中の野性を……野性ヲ――

 己ノ、中ノ、野性、ヲ――

 ヤセイ、ヲ――


 ――どくん。


 あ、れ……?

 急に、視界が、赤く、なって……。

 え?


 どくん。


 なんだ、これ――?

 …………。

 あれ?

 この感覚……どっかで……。

 あ、そうか。

 確かこれって、禁呪を使った時に、感じた――


 どくん。


 ぐ、ぅ……。

 体中が、まるで、鎖に締めつけられてるみたいな――。

 身体が、熱い?

 うぅ、なんなんだ?

 俺の中で……何か得体の知れないものが、脈打っている……?


「ぐっ……」


 俺は両手で、ぎゅぅっ、と強く柄を握り込む。

 そして――


 再度、剣を、構え直す。


「ぐぅぅ……っ」


 解き放ちたい。

 この力を。

 この鎖を解き放って、何もかもを、喰らいつクシテ――


 どくんっ。


「がっ――」


 体勢を低くする。

 そう……獣が、獲物を捕える時のような、そんな姿勢だ。

 そして、


 駆ける。


「がぁぁああああああああ!」


 女性教官向かって、俺は振りかぶった剣を、一気に振り下ろした。


「――――っ」


 きぃんっ、という甲高い音が、響いた。


 少しして、からん、という音が続く。


 …………。


「……あ、れ?」


 はっとなって手元を見ると、手元に収まっていたはずの剣がなかった。

 目の前では、剣を手にした女性教官が尻餅をついている。

 ……ん?

 んん?

 何が、起こったんだ?

 確か俺、物凄い気合いの入った一撃を繰り出して……。

 後ろを振り向く。

 俺の手にしていた剣が、床の上に転がっていた。

 …………。

 ていうか、何?

 この空気。


 皆、ぽかんとしていた。


 そして、最初にこの空気を打ち破ったのは――


「……ぷっ、なんだよ、ダッサ」


 麻呂だった。


「え? あんだけ気合い入れてかかっていって、最初の一撃で終わり……? しかも剣あっさり弾かれて……なんだそりゃ? あのさぁ、ほんっと疑問なんだけどさ、どうしておまえみたいなのがここにいるわけ!? 超天然野生児サマは、気合いだけで入学したってか!? マジでウケんだけど! 笑わせんなっての! ぎゃはははははは!」


 ここは笑うところだと思ったのか、他の生徒もつられるように、次第に笑い声を漏らしはじめる。


「…………」


 うへー、マジかー。

 俺、たった一撃で終了?

 はぁ、まあこんなもんか……。

 しかも、笑い者かい。


 見てみると、笑っていない人もいた。

 ジークさん、ヒルギスさん、セシリーさん、それから教官たち……そして、キュリエさん。

 彼らが一様に浮かべているのは、程度の差こそあれど、驚きの表情であった。

 ちなみに例の実力者アイラさんに至っては、俺の体たらくが不快だったのか、怖い顔をして、ぎりっ、と歯を食いしばっていた。

 ひえぇ〜、そんなに怒らなくてもいいじゃんか!

 …………。

 これは、あまりにも俺が弱すぎてみなさん言葉を失ってらっしゃるってことで、オーケー?


 と、ヨゼフ教官が、呆けた顔の女性教官に歩み寄った。


「イザベラ教官、一体、どうしたっていうんですか?」

「……え?」

「模擬試合なのに、一撃で終わらせるなんて……」

「あ、その――」

「せめて十回は生徒と剣を交わしてもらわないと、私も評価がし辛いんですが」

「え、ええ、すみません……で、ですが……」


 イザベラ教官が俺を見る。


「その、つい……なんというか、本気で身を守りにいってしまった、というか……あら? 私、一体何を言っているのかしら? 聖樹士候補生の、しかも模擬試合で、本気で身を守りにいくなんて……ええっと……」


 ヨゼフ教官が苦笑する。


「しっかりしてくださいよ、イザベラ教官。あなたは五人の教官の中でも、一番の実力者なんですから」


 それからヨゼフ教官が、俺を見た。


「クロヒコ」

「あ、はい」

「おまえ剣術……の前に、そもそも剣を握ったことは?」

「じ、実は初めてでして……」

「そうか……初めて、か」


 ヨゼフ教官は後頭部に手をやると、難しそうな顔でしばらく黙り込んだ。


「わかった……おまえは、特例組ということにしよう。おまえは他のみんなとはちょいと違う内容の授業が必要そうだ」

「は、はい」


 ……それってつまり、超初心者コースってことですよね?

 うん、俺もその方がいいや……。

 けどそれって……戦闘授業の時は、ボッチってことか……。


「…………」


 くそー!

 それでもがんばるぞ、俺は!

 もうウジウジしないと決めたんだ!

 ソロ特訓?

 上等だおらぁ!


 その時、


「あぁ!? 特例組ぃ!?」


 耳ざとく話を聞いていたらしい麻呂が、わざとらしい感じに声を上げた。


「おいおい聞いたかよ!? 特例組だとよ! 超天然野生児クンは常識もない上に、人間サマの使う武器の扱い方も知らねぇらしいぜ! おまえ、クロヒコだっけ!? ったく、マジで笑かしてくれるぜ! ぎゃはははは!」


 他の生徒も一部、つられて笑う。

 …………。

 くそー、麻呂め。

 いつかギャフンといわせてやるぞ。


「ヨゼフ教官」


 そこに、凛とした声が響いた。

 みんなの視線が、一斉に声の主へと集まる。


「この模擬試合、残った生徒が最後の三名だけなのでしたら、すぐにわたしの模擬試合をはじめていただいてもよろしいでしょうか? 正直――同じ組の仲間を笑いものにしているような光景は、見ていて不快ですので」


 その言葉が放たれた瞬間、ぴたりと笑いがやんだ。

 笑っていた生徒たちは皆、悪戯を窘められた子供のような顔になって、頭を垂れる。


 歩み出たのは、セシリーさんだった。


 その彼女の表情は、昨夜見た、あの凍りつくような表情で……。


「そもそもこの学園に入学する際に重要とされる素養は、聖素を扱えるかどうかです。剣術が不得手な者がいても、不思議ではありません」

「せ、セシリーさん……」


 セシリーさんがこっちに近寄ってくる。

 そして傍まで来ると、囁くように言った。


「気にすることはありません……彼らは、わかっていないのです」

「え?」


 俺の前から一歩、セシリーさんが後ろへ下がる。

 そして、


「ご立派な一撃でしたよ、クロヒコ」


 と微笑んだ。


「…………」


 やばっ、ちょっと泣きそうかも……。


「あ、ありがとうございます……セシリーさん」


 ふふっ、とセシリーさんは微笑むと、つんっと指先で俺の胸をつついた。


「やっぱり持ってたんじゃないですか、切り札」


 ああ、セシリーさん……惚れちゃっても、いいですか?


 と、麻呂が面白くなさそうに「けっ」と口を尖らせるのが視界に入ってきた。

 …………。

 やー、悪いわー、あの男は。

 一体麻呂の父君は彼にどんな教育をされていたんですかね!

 さすがの俺も、ぷんぷんである!


「では、ヨゼフ教官」

 

 セシリーさんが、ヨゼフ教官に向き直った。


「わたしの模擬試合を――」

「いや、待ってくれ」


 セシリーさんの方へ手を突き出し、ヨゼフ教官がキュリエさんを見る。


「キュリエ・ヴェルステイン、おまえはまだ、模擬試合をしていないだろう」


 キュリエさんが息をつき、小さく頷いた。


「……はい」


 キュリエさんが、修練場の中心に歩いてくる。

 長剣を手にして。


 セシリーさんは、ちらとキュリエさんを見てから、そのままジークさんたちのいる方へと戻っていった。

 で、俺は元いたボッチスペースへ。


 女性教官が崩れた身なりを整えるまで、どうやら少し時間がかかるようである。


 俺は、壁に背をつけて座った。

 それから自分の掌を眺める。


「…………」


 なんだったんだろ、さっきの感覚……。

 けど、どうしてかな。

 すごく解放感があって、なんか、気持ちがよかったような……ん?


 誰かの影が俺の視界に入った。

 顔を上げる。


「えっと……アイラさん、でしたっけ?」


 何をそんなに怖い顔をしてらっしゃるのですか?

 不快そうな顔で見下ろすアイラさんが、口を開いた。


「あんなの……剣術じゃないっ……」

「……え?」


 アイラさんは敵意すら感じさせる瞳で、しばらく黙って俺を見下ろしていた。

 そして、今度は自分を責めるような顔になったかと思うと、きつく口元を引き結んで、俯いてしまった。


「……ごめん、変なこと言ったね、アタシ。今のは、忘れて」


 それだけ言うと、アイラさんは背を向け、去って行った。


「……へ?」


 な、何?

 なんだったの、今の?

 俺、何かした?

 ていうか剣術も何も、そもそも一撃で終わったわけで……。

 ……マジに、なんだったんだ?


 俺が大量の疑問符を頭に浮かべているうちに、キュリエさんの模擬試合がはじまった。

 相手は、俺と同じ女性教官である。


「では――はじめ!」


 ヨゼフ教官の掛け声と共に、試合がはじまった……かに思われたが、次の瞬間、信じられないことが起こった。


 からんっ。


「な、何をするの、キュリエ・ヴェルステイン……っ」


 なんとキュリエさんが、剣を自ら床に放ったのである。

 キュリエさんが、フン、と興味なさげに言った。


「参りました」

「何を……」

「私も剣には自信がありません。だから、私も特例組とやらに入れてください」

「け、剣を取りなさい、キュリエ・ヴェルステイン!」


 女性教官が剣を取るよう促す。

 が、キュリエさんは微かに口の端を歪め、言った。


「……私の聞き間違いでしょうか、教官。最初に聞いたルールでは、確か『剣を手放す』か『参った』と言った時点で、試合は中止と言っていた気がしますが」

「確かにそれは、そうだけど……」


 困った顔で、イザベラ教官がヨゼフ教官に無言で助けを求める。

 ヨゼフ教官はやれやれといった顔で、首を振った。

 そして、ヨゼフ教官が口を開きかけた時、


「ざけんなよ、てめぇ。あ?」


 割り込んできたのは、麻呂だった。

 キュリエさんが、平板な顔で麻呂を見る。


「何か?」

「自信がないならないなりに、あのお笑い野生児みてぇに無様に負けときゃいいだろうが。あ? うぜぇんだよ、そういう格好つけはよ。何より、態度が気に入らねぇ。弱者なら弱者らしく、もっとしおらしくしてろや」

「…………」

「ま、顔はそれなりに見れるからよ……男に媚びときゃ、けっこう楽しい三年間が送れるかもしれねぇぜ?」


 麻呂め。

 どうしてあいつは、一々ああやって誰かを貶めなくちゃ気が済まないんだよ。

 一発、ぶん殴ってやろうか?

 最悪、禁呪でとっちめちまうぞ。


 と、


「……てめぇ、ナニ笑ってやがる?」


 眉をしかめる麻呂の視線の先……そこには、クスクスと笑うキュリエさんがいた。


「弱者なら弱者らしく、か……おまえ、本当に最後に回されるほどの実力者なのか?」

「なっ――んだとっ?」

「私はな、くだらん茶番につき合うのが面倒だったから、剣を手放したんだ」

「あぁ? はったりかましてんじゃねぇよ!」

「ここにいる全員」


 修練場内の時間が、一瞬止まる。


「……あ?」


 皆、キュリエさんから何か不吉なものを感じ取ったのか、緊張した空気が流れる。

 ごくり、と俺は生唾を呑みこんだ。

 な、なんだこれ?

 この、心臓を鷲掴みにされたような感覚は……。

 キュリエさんが、冷然と言い放った。


「ここにいる全員、私ならそこに転がっている剣で――皆殺しにできる」

「なっ――」


 その発言に、さすがの麻呂も呆気にとられたようだった。

 修練場内も、さらに異質な緊張感に包まれる。

 今の発言は、普通ならば一笑に付されてもおかしくない発言だろう。

 だが、キュリエさんの放つ殺気――とでもいおうか。

 それが、彼女の発言に奇妙な説得力を持たせてしまっていた。

 ――虚勢ではない。

 誰もが、そう感じたのではないだろうか。


「……あー、いいか?」


 そこに頭を掻きつつ入ってきたのは、ヨゼフ教官だった。


「キュリエ・ヴェルステイン、おまえも特例組入りだ。その尖りっぷりじゃあ、どのランクの組に入ったところで、おまえも他の生徒もやりづらいだろ。それでいいな?」


 ヨゼフ教官の言葉に、こくり、とキュリエさんが頷いた。

 同時に、場の異様な緊張感が解ける。


「……ったく、獅子組の生徒には威勢のいいやつが多くて、嬉しい限りだよ」


 ヨゼフ教官が、キュリエさんの手放した剣を手に取る。


「さて、おまえらも腹が減ってきた頃だろう。そろそろ、締めの三名といくか」


          *


 こうして、ヨゼフ教官と残り三名――麻呂、アイラ・ホルン、セシリー・アークライトの模擬試合が、はじまった。  

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