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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第二部
269/284

第28話「聖遺跡の深層」


「…………」


 すみません。

 心の底から、すみません。


 普通に位置とか、ちゃんと意識してませんでした。


「うわーっ!? ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃなかったんですっ! うわぁぁああああ――――っ!」


 恥ずかしさのあまり俺は駆け出そうとした。

 しかし、ガシッと腕をつかまれた。


「い、いいですからっ……わかってますから……励まそうとしてくれたんですよね? でもクロヒコってそういう演技に慣れてないから、そこまで意識が及ばなかったんでしょ……?」


 恥じらいながらもセシリーさんは寛容な心で許してくれた。

 だがしかし、俺の胸の中は罪悪感でいっぱいだった。

 むしろ寛容に接してもらえるからこそ、逆に、申し訳ない気持ちでいっぱいになってくる。


 約十分後、その室内には魔物の悲鳴が響き渡っていた。


「キィィェァアアアア―――――ッ!?」


 胸を満たす罪悪感から逃げるかのように、俺は、三十階層の守護種部屋にいた食虫植物っぽい魔物を瞬殺した。


 疲労たっぷりに深く息を吐き出す。

 戦闘でスタミナを消費したからではない。

 己のドジっぷりに疲労していた。


 なんでああいう時に、ああなってしまうんだ……。


「ふふ……クロヒコの間の抜けた反応のおかげか、気づけば胸の中にあったモヤモヤがどこかへ行ってしまったみたいです」


 さっきの致命傷一歩手前のミスにも、副次的な効能があったのだろうか?


 セシリーさんの顔から先ほどまであった不安感が抜けている。

 と、指先を唇に添えたセシリーさんが妖艶な流し目を送ってきた。


「モヤモヤするたびに、く、クロヒコに胸をつついてもらうといいんですかねー?」

「いいわけないでしょ! しっかりしてくださいセシリーさん! 俺が悪かったですから!」


 今いる守護種部屋で一度も出番のなかったリヴェルゲイトを、キュリエさんが鞘に納める。


「やれやれ……二人ともまだまだ余裕がありそうだな」


 懐中時計を取り出し、ふむ、とキュリエさんが唸る。


「最下層に到達するまでどれくらいかかるかわからない以上、進めるところまでは進んでおきたいところだが……魔物の強さや罠は今のところさほど障害にはなっていない。よし、ひとまず――」


 時計を懐にしまうと、キュリエさんは三十一階層へと続く扉を見据えた。


「行けるところまでこのまま、駆け抜けてみるとしようか」



     *



 階層を下ると構造は変化していった。

 といっても、基本要素は変わらない。


 魔物が強くなる。

 数が増える。

 異種の数も増える。

 罠の仕掛けが大掛かりになっていく。

 これらが段階を経てパワーアップしていく感じだった。


 罠については《大掛かりになっていく》点がポイントだろうか。

 あくまで規模が大きくなるだけなのが救いだった。

 巧妙に張り巡らされた罠、みたいなものには遭遇していない。


 セシリーさんは、


「生息する魔物が罠の構造を忘れた際に困るので、あえて複雑なものは設置されていないのかもしれませんねぇ」


 と分析していた。

 なるほど。

 手の込みすぎた罠は遺跡の守護者とも言える魔物たちまで殺しかねない。

 なので、仕掛け自体は魔物の知能に寄せたものになっているのだろう。

 発動条件が単純な仕掛けが多いのはそのためだろうか。


 魔物の強さの方はサイクロプスの倍くらいの印象だった。

 普通に出現する魔物の強さが、二十五階層で戦った守護種くらいのイメージだろうか。

 もちろん守護種部屋の魔物は階層に比例して強さを増した。


 だけど、まだ俺たちの敵ではなかった。


 ただ出現数が増加した影響で、疲労の蓄積問題がそれなりに大きく浮上してきている。


 長期間の攻略を想定するなら疲労を翌日へ引きずるのはまずい。

 三十六階層あたりからは可能な限り疲労を抜いてから先へ進むことした。

 気ばかり逸っても逆に時間がかかる。

 急がば回れの精神だ。


 セシリーさんは休憩を挟むごとに得た情報を丁寧に書き記していた。

 三十階層以降の情報はあまり多くない。

 学園ができる前に攻略を行っていたとされる聖樹士たちの一部の残した記録が存在するのみである。

 中にはどの階層か書いていない記録も多い。

 資料の半分以上はまだ検証、整理もされていないのだとか。


 まあ、そもそも攻略中に記録を書き記す余裕のある人間もそう多くはないのだろう。


 ちなみにセシリーさんが書き記している理由は、


「特級聖遺跡に行った時、役に立つかもしれませんから」


 とのことだった。


 四十階層の守護種部屋を目指す途中、ノイズの《用塞》と思しき部屋を発見した。

 棚や箱の中身は空になっていた。

 騎士団が接収したのだろう。

 ただし、身の丈以上もある装置のようなものや大きな机はそのまま残っていた。

 帰還部屋まで運び込むのは困難だと判断されたのだろう。


 そもそもこんな大掛かりな道具をどうやってノイズが一人でここへ運んだのかが疑問である。

 俺がそう口にすると、キュリエさんがある推測を話してくれた。


 無機物のサイズを変化させられる超貴重な魔導具を使ったのだろう、というのが彼女の推察だった。


 第6院時代のノイズがキュリエさんにだけ特別に教えると前置きし、その魔導具の話をしたことがあったそうだ。


「元はタソガレの所有物だったようだな。一つしかない貴重なもので、大きさの変化と元の大きさに戻すのの二回の使用で壊れる代物だと聞いた記憶がある」


 惜しみなく、使ったわけか。


 誰にも見つからないと踏んだ聖遺跡の地下で、自分の兵隊となるゴーレムを生成するために。


「目的を果たすためならあいつは《もったいない》という感覚を持たなかったからな。ただし、常に自分に益をもたらすことしか考えていない」

「そんな印象はありましたね」

「私には結局、最後までノイズのことがよくわからなかったよ」


 どこか感傷を漂わせながら、キュリエさんはしばらく用塞の中を眺めていた。


 用塞で少し休憩するがてら、俺たちは本格的な荷物の整理をすることにした。

 俺たちはここへ来るまでの間に、クリスタルや聖剣、魔導具などの副産物を入手していた。


 セシリーさんが手を差し出してくる。


「ちょっと、見せてもらえます?」


 セシリーさんは魔導具にも詳しい。

 一つ一つ改めて鑑定してもらった。

 残念ながら、魔導具は既知のものばかりだった。

 聖剣もフライアスを越える性能ではなさそうである。


 整理を終えた俺たちは、かさばるものをここへ置いていくことにした。

 聖剣や魔導具の一部は形状の問題で背負い袋に突っ込みにくい。

 副産物目当ての攻略班は、専用の荷物持ちを用意するほどだとか。


「純度の高いクリスタル中心に、今後の攻略資金の捻出に役立ちそうなものだけ持っていきましょうか」


 俺とキュリエさんはセシリーさんのその提案に賛成する。

 目的はあくまで最下層への到達。

 副産物が目当てではない。


「さて」


 この時点で一つわかったことがある。

 聖遺跡を調査していた騎士団はノイズの用塞を発見した時点で調査を終えたと聞いている。

 要するに手練れの聖樹士たちが調査が入ったのはここまで。


 この先は、本格的に未知の領域と言っていい。


「ここからは今まで以上に用心して、先へ進みましょう」


 ノイズの用塞を出た俺たちは、四十階層の守護種を撃破すると、その先の攻略を再開した。


 四十一階層以降はいよいよ攻略の速度が鈍り始める。

 食料に限りがあるのを考えれば攻略は早い方がいい。

 相変わらず疲労の長期蓄積の問題はある。


 魔物の強さで言えば、まだまだ余裕があった。

 疲労もできるだけ抜きながら進んでいる。


 しかし、地下にずっと籠っているという閉塞感を始めとした精神的負荷による疲労は抜けることがない。


 身体的な疲労にしても、清潔なふかふかのベッドで眠るのに比べれば疲労回復の度合いは当然ながら弱い。


 それらは澱のごとく、ゆっくりと蓄積されていく。

 聖遺跡に潜るという行為には、やはりただの戦闘行為とはまた違った要素がある。


 それでも俺たちはめげることなく最下層を目指した。

 見据えているのは特級聖遺跡。

 本番とも言えるその手前でめげている場合ではない。


 めげない原因は仲間の存在も大きい。

 一人で潜っていたらめげていたかもしれない……と少し思う。

 たまに冗談も言い合いながら、時には互いを気遣いつつ攻略していく。


 学園側が攻略班を組むのを奨励しているのは、仲間の大切さを本当の意味で理解させるためでもあるのかもしれない。


 そんなことも思った。


 そして俺たちは四十一階層から一週間ほどかけ、ついに、最下層と思しき場所へ辿り着いた。



     *



「正面にあるはずの扉が、ありませんね」


 背後の扉を警戒しながら、セシリーさんが言った。


 そう――これまでの守護種部屋の正面奥には、次の階層へと続く扉があったのだ。


「この部屋の守護種を倒せば出現するという仕掛けも考えられるが……しかしこれが最奥の部屋というのもな。扉と言えば、入ってきた扉も気になる……」


 キュリエさんが振り返った。

 俺たちが入ってきた扉は、鋼と思しき枠以外がほとんど破壊されていた。

 それだけじゃない。

 この部屋はいびつな形をしている。

 左右に広く、その先には濃い闇が溜まっている。

 今までの部屋と比べても広すぎる感がある。


「うっ……」


 セシリーさんが、袖を鼻にあてた。


「このにおい、なんのにおいでしょうか?」


 確かに部屋に漂うにおいもなんだか独特だった。

 獣臭のこびりついた、すえたようなにおい。

 そもそもこの階層そのものが、どこか荒れ果てたスラムのような印象があった。

 なんなのだろう。

 今までの階層とはどうも雰囲気が違う。


 ん?


「いますね」


 気配を察知。


「ああ」


 キュリエさんも感知したようだ。


「数が多いな」


 ここが最下層かもしれない。


 俺は背負い袋を床におろした。


 腰の妖刀を、抜き放つ。


 音がした。


 たとえるなら、まるで喉に詰まった痰を震い鳴らすような、そんな耳障りな唸り声が、闇の向こうから聞こえた。


「ブゴッ、ゴグゴッ……ウー、ニ、ニンゲ……ニン、ゲ……ッ」

「人間、と……言っているのか?」


 剣を手に戦闘態勢を取るキュリエさん。

 しゃべる魔物?

 そんなの、初めてだ。


 部屋の奥に明かりが灯った。


 壁に設置された松明に、この部屋にいる《何か》が火をかけたのだ。


「なるほど」


 キュリエさんが薄く微笑む。


「オーク種か」


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