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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第二部
268/284

第27話「そして、その階層へ」


 二十階層。


 守護種が行く手を阻む部屋が存在する五の倍数の階層。

 候補生の多くがこの階層の守護種を倒せずに卒業を迎えるという。


 守護種部屋に入った俺たちの前に現れたのは、腐肉の鎧や兜を身に着けた人型の魔物だった。

 しかも、三体。


 身の丈は攻略班の中で最も背の高い俺よりも頭一つ高いくらい。

 筋肉ははち切れそうなハムという感じ。

 脈打つ血管が見た目の強靭さを倍加させている。

 腐肉の戦士たちは、剣、斧、槍をそれぞれ手にしている。

 武器はすべて片手。

 もう片方の手には盾を持っていた。


 構えからわかる。

 おそらく戦闘の《技術》を持っている魔物。


 セシリーさんが双剣を抜く。


「グールナイト、ですね――これまた二十階層の守護種で最も厄介とされる魔物を引き当ててしまうとは……」

「何か厄介な特徴が?」

「あの盾には術式がほぼ効かないそうです。攻撃術式がすべて無効化されるので、攻撃術式を主体に攻略を進めている候補生にとっては天敵ですね。しかも武器の扱いにも長けていて、連係も得意だとか」


 苦戦を予感させる評だ。

 が、


「グギェェアアアアア――――ッ!」


 一体ずつ担当し、三人とも傷一つ負わずに倒せた。

 キュリエさんがリヴェルゲイトの刃を気にしながら、淡々と言う。


「四凶災はあの戦闘能力で術式まで効きづらいという馬鹿げた化け物だったからな。あれに比べれば、余裕だ」


 本気で序盤の突発イベントでレベルが上がりすぎたようだ。

 またもやRPGゲームっぽい喩えをするなら、そんなところか。

 もしこれがゲームなら段階的な動線もクソもない。

 バランス崩壊もいいところだ。


「うえぇぇ……く、クロヒコぉぉ……」


 美少女にあるまじきダミ声。

 セシリーさんがうぇうぇ泣きながら、幽霊みたいなポーズを取っている。


「あ」


 双剣でグールナイトをバラバラにした際に飛び散った、白と青と黒の腐肉。

 それが大量に付着していた。


 そう――彼女が魔物を細切れにした直後、こちらへどや顔でアピールしていたせいでそのまま腐肉を浴びることになった現場を、俺は目撃してしまっていたのだ。


「ぉええ……もう、帰りたい……く、くさいぃぃ……」


 セシリーさんの上品ポイントが底を打っている。

 一方、自分の腕についた腐肉を平然と払いのけるキュリエさん。


「遺跡内の魔物なら、そのうち溶けてなくなるじゃないか」


 言葉通り腐肉は溶けはじめている。

 が、絵面的にこれはあまりよろしくない気がする。

 においが残るかどうかはわからないけど、あのまま放っておくのもな……。

 セシリーさんがいらぬ精神ダメージを受けてもあれだし。


 俺は背負い袋からサッと綺麗な布を取り出すと、服や身体を拭いてあげることにした。


 ふきふき。


「こ、こんな感じでいいですか?」

「ごめんなさい、クロヒコ……わたし、汚れちゃいました……」

「変な言い方しないでください」


 キュリエさんが肩を竦める。


「やれやれ、倒したあとの方が被害が大きいとはな」



     *



 セシリーさんがキャラを崩す程度の精神的苦痛を一時的に負ったものの、二十階層のグールナイト戦が示したのは、俺たちの戦闘における圧倒的成長だった。


「そもそもクロヒコは背負い袋を担いだままグールナイトを倒したわけだからな。つまり、腕の可動域が狭くとも問題ない力差があったわけだ」


 あ、そういえば……。

 背負い袋を担いだままだったのを忘れていた。


 まあいざとなれば禁呪もある。

 禁呪自体は最悪、手足が使えなくとも発動可能。

 これは強力な特性だと思う。


 次の二十一階層を突破した俺たちはそのまま各階層の魔物を蹴散らし、二十五階層の守護種オーガロードを撃破――二十六階層に到達した。


「ここから罠が確認されてるんですっけ?」

「あ、クロヒコ! その色の違う床は――」

「へ?」


 カチッ。

 小気味よい軽快な音。

 あれ?

 気持ち、床が沈んだような――


「――っと!?」


 パシッ、と。


 横合いの壁穴から飛来した矢を、俺は掴んだ。

 矢じりは俺の耳の手前で停止している。


「ふぅ、危なかった」


 俺は矢が飛び出してきた穴を見る。


「この罠、反射神経を鍛えるのにも使えそうですね」

「いやいや、それ別に訓練用途で設置された罠じゃありませんから……」


 苦笑いを浮かべ、しみじみと息を落とすセシリーさん。


「聖遺跡の罠も今のクロヒコにとっては訓練道具扱いですか……あぁ、もはや出会った頃とは比較にならない強さ……頼られる立場だった昔が、不思議と懐かしいですよ……」


 そんな風に唐突なノスタルジーに浸るセシリーさんだったが、三十階層に到達するまでの彼女の活躍ぶりは十分すぎるほどだった。


 三十階層まで十数か所の罠に遭遇した。

 半分は、力押しで跳ねのけた。

 が、残りの半分はセシリーさんが解除してくれた。

 木の棒や重しで空発動させたり、事前知識から罠の存在を予測したりしていた。

 罠の中には床に偽装された落とし穴もあった。

 こういった攻略班を分断させた罠には特に気をつけるべきだろう。


 ただ、今の俺たちには互いの位置がある程度わかる指輪型の魔道具がある。

 元々はセシリーさんがジークやヒルギスさんと使っていた魔導具だ。

 発動させると光の筋が出て他の指輪装着者のいる方角を示してくれる。


 ただし、問題点もある。


 この指輪は聖素を注入しないと効果が発動しない。

 で、俺は聖素を練り込めない。

 なので自分でチャージできないのである。

 指輪の聖素の貯蓄量は多くない。

 もって十数分ほどだ。

 要するに、定期的にキュリエさんかセシリーさんに聖素を注入してもらう必要があるのだ。

 だから俺が一人はぐれてしまったケースだと合流が難しくなる。

 ブルーゴブリンの群れがひしめく穴に落ちた時もキュリエさんとの合流はほぼ運頼みだった。

 あれは、いかに前の世界で通信手段が発達していたかを思い知らされた一件でもあったなぁ……。

 というか、


「これ……ディアレスさんの記録、越えちゃってますよね?」


 気づけば、三十階層。


 これまでの最高到達記録が二十九階層だから、もう記録を更新してしまっている計算になる。


 セシリーさんによると、当時のディアレスさんたちは三十階層へ行く前に引き返す決断をしたそうだ。


 二十六〜二十九階層までは確実に難度が上がっていた。


 俺たちは二十六階層以降、何度か異種とも遭遇している。

 二十六階層から三十階層までは、途中、小部屋での泊まりを一日挟んでいる。

 それまでよりも短いスパンでの宿泊である。

 原因は異種の数が多かったためだ。

 階層を重ねるごとに、いちフロアあたりの出現数が増えていった。

 数を捌くと疲労という問題が出てくる。


 向こうは元気いっぱいで襲ってくる。

 一方、攻略班側は一戦一戦ごとに疲労が蓄積していく。

 一匹一匹には苦戦せずとも群れで押し寄せられると、状況は変わってくる。

 数百の魔物にでも襲われればさすがに迎撃難度も跳ね上がる。


 このあたりもディアレスさんたちが引き返す要因となったのかもしれない。

 しかも当時、ディアレスさんの攻略班は負傷者を抱えていたそうだ。

 帰還の判断も頷ける。

 負傷者を庇いながらの戦闘は、多数の魔物相手だと難しい。


 ポケーッとしているセシリーさんの隣にキュリエさんが立った。


「どうした?」

「あ、いえ……なんだか、実感がなくて……」


 曖昧な笑みを浮かべるセシリーさん。


「ご存じの通り、聖ルノウスレッド学園に入学したわたしが卒業までの目標としていたのが二十九階層を越えることでした。それがこうして、思ったほどの困難もなく到達してしまって……いまいち、実感がないと言いますか」


 俺たちは魔物を蹴散らしたあとの通路に立っていた。

 三人の視線の先には守護種部屋へ続いていると思しき扉がある。


 苦笑するセシリーさん。


「本当にこれが自分の力で成し遂げたことなのかどうか、疑念がよぎってしまいまして」

「おまえは知っていると思うが、私には現実を見据えるがゆえに非情な判断を取る一面がある」


 キュリエさんがリヴェルゲイトの柄に手を置く。


「特にこの聖遺跡攻略は私たちの今後にかかわる重要な要素……ゆえに攻略面でお荷物だと感じれば、私は容赦なく切り捨てる判断をしていただろう」


 目元を和らげ、キュリエさんがセシリーさんを見る。


「だが、私はおまえを切り捨てる判断をしていない。要するに私はこの攻略におまえが必要だと感じているんだよ――温情ではなく、現実的に見てな」

「キュリエ……」


 仲間意識からではなく、攻略のために必要な存在。

 今のセシリーさんに必要なのはその言葉だったのだと思う。

 まあ実際、セシリーさんが思っている以上に俺たちは彼女を頼りにしているのだが。


「セシリーさんがいなければ、準備期間にもっと手間や時間がかかっていたでしょうしね」

「ですが戦闘面では、二人に遠く及ばなくて」


 肩身が狭そうにするセシリーさん。

 キュリエさんが呆れ顔になる。

 認識が食い違っているのに対し、呆れているという感じだった。


「ここへ来るまでにおまえは苦戦していないだろ? なら、ここまでの階層の魔物を相手にしていても突破できていたわけだ。もっと自信を持て、セシリー」

「ふ、二人の支援あってな気もしますし……」


 セシリーさんはいまいち納得していないご様子。

 ある時期から、なんか俺たちへの引け目みたいのがあるっぽいんだよな……。


「戦闘能力に多少の差があっても、集団戦ではセシリーさんの存在が重要になってきますよ。ここへ来るまでにも感じましたけど、一人が担当する魔物の数で体力の消耗度も変わってきます。そこを分担できるからこそ休憩時間も少なくできるわけですし」


 というか実際、その通りである。


「それに前にも言いましたけど……俺がセシリーさんを必要としてるんです。セシリーさんが、どう思おうと」


 彼女は自分が想像していたよりもあっさり目的を達成できてしまった。

 そのあっさり感が不安感に変質したのだと思う。


 だけどセシリーさんの戦闘面での成長は目覚ましい。


 案外この人こそ、自分自身の成長を自覚できていないのかもしれない。

 俺は気持ちをほぐそうと思ってセシリーさんの前に立つと、左右の鎖骨の間あたりをツンツンしつつ、冗談っぽく言った。


「たまに俺に対して自分の自己評価が低すぎるみたいなこと言いますけど、セシリーさんこそ、自己評価が低すぎるんじゃないですか〜?」


 ふにゅふにゅ。


「……あれ?」


 むに。


「あ――」


 左右の鎖骨の間あたりをツンツンしようとしたのだが、


「く、クロヒコ……」


 俺はなぜかセシリーさんの胸を、ツンツンしていた。


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