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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第二部
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第26話「遺跡内での生活」


 襲ってきた魔物を蹴散らし、さらに階層を下る。


 階層数に比例して魔物が強くなっているのは実感するものの、今のところ遺跡が攻略を阻んでいるという感覚はない。


 どころか奥へいざなわれている感覚すらある。

 そのくらい攻略はスムーズに進んでいた。

 だけど、油断は禁物だ。


 十八階層では例の難関三魔物が同時に現れた。


 馬の下半身と人型の上半身、羊めいた角のついた頭部、筋肉がはち切れんばかりの太い腕――ギーラホース。


 でっぷり太った巨躯、まぶたを縫い付けられた目――デルトロル。


 蠅の頭部を持ち、白肌に黒い体毛を生やした蠅型の魔物――ブエルゼジオ。


 三対三。


 三と三が遭遇した瞬間、一つの影が躍り出た。

 キュリエさんだった。

 完全に三魔物の不意をついた形。

 逆袈裟の軌跡。

 真ん中のデルトロルの巨体を、リヴェルゲイトの刃が両断する。

 三魔物とも完全に反応できていなかった。


 他の二匹は、悲鳴すらなくデルトロルが青い血を噴き上げた時点で、ようやくキュリエさんが動いたのに気づいた。


 残る二匹が怯んだ隙をキュリエさんは見逃さない。

 彼女は腰を捻り、斬撃を繰り出す。

 微妙な高低差のついた斜め回転切り。


 ようやく攻撃姿勢に入ったばかりのギーラホースとブエルゼジオだったが、動き出す前に首が斬り落とされ、床に転がった。


 快音を鳴らし、リヴェルゲイトが鞘に戻る。


「私たちに対し難関を名乗るには、まだこの階層の魔物では力不足のようだな」


 難関と呼ばれる三魔物も、難なく突破。


 この光景もそろそろ見慣れたと言わんばかりの表情のセシリーさんが、時刻を確認する。


「さて、そろそろ日付が変わりますけど……どうします?」


 キュリエさんが思案する。


「そうだな……次の十九階層までおりて、今日はそこで休むとしようか。そして明日の出発後、二十階層の守護種を倒すとしよう」


 十九階層に降りたあと、俺たちは階段近くの小部屋を本日の宿泊場所として選んだ。


 背負い袋を降ろすと、セシリーさんが中身を漁り始める。


「わたしとキュリエは夕食の準備をしましょうか。クロヒコは寝具の準備を終えたら、ええっと……か、厠部屋を確認してきてもらえます?」

「あ、わかりました」


 ちなみに寝袋だけはそれぞれが背負って持ってきている。 

 俺は自分の寝袋を広げたあと、二人の分の寝袋を受け取って並べて広げた。

 セシリーさんが、およ、と何かに気づいた。


「クロヒコが真ん中じゃないんですか?」

「お、俺は端でいいですよっ」

「ふーん? キュリエを隣にしたのは、意図的にですか?」


 キュリエさんの寝袋を真ん中に置きはしたが、特に意識はしていなかった。


「クロヒコが真ん中じゃないと不公平では? それに、もっと寝袋同士を近づけた方が――」

「俺がそわそわして眠れませんよ!」


 俺は、いまいち緊張感のないセシリーさんを置いて小部屋を出る。

 小部屋といっても、まあ十畳ほどはあるのだが。


 さて、ダンジョンでも厠――トイレ問題は切り離せない。

 聖遺跡には各階層にトイレ的な部屋が存在している。

 遺跡内には一部の穀物や植物が生育している。


 一説によると人間の排泄物が肥料として使用されているのではないかと、言われているのだとか。


 聖遺跡という《生態系》の循環に人間の排泄物が組み込まれているとすれば、聖遺跡が人の生理現象による行動を把握し、それに適した部屋を生成するという説も頷けなくはない。


 その理論が正しいなら、聖遺跡側があえて人間が泊まる部屋の近くに厠部屋を生成する意味も理解できる。


 小部屋を出た通路の近くに、細長めのドアを見つける。

 ドアを開けてみる。


「お」


 予想通りトイレ用の部屋だ。

 大きさは一畳より気持ち広い程度。

 天井はさほど高くない。


 俺は使い方をおさらいするため、探索服のポケットから魔物払いの道具一式を取り出した。


 灰色の粉を固めたものが付属しており、用を足す際は香を焚く要領でこれを使用する。


 香には魔物払いの効果があるそうだ。


 ただしこのくらいの狭い部屋に充満させるくらいでないと効果は望めない。


 先ほどの泊まる小部屋くらいの広さだと効果がないわけだ。

 稀に聖遺跡の壁には特徴的な灰色の箇所がある。

 そこを削って得た粉が魔物払いの香の原料となっているらしい。


 魔物が階段を移動できない理由や、階段近くの部屋に安全地帯が集中している理由の一つには、この灰色の特殊石材が多く含まれるためだとも言われているようだ。


 まあこの香は、要するに聖遺跡内で魔物に襲われる心配なく安心して用を足すための便利アイテムというわけである。


 トイレの場所を確認した俺は小部屋に戻ることにした。

 角を折れる。

 と、部屋のドアが開いているのに気づいた。


「ん?」


 食欲を思い出させるにおいが漂ってきている……。

 部屋を覗き込む。

 鍋でスープを煮込んでいた。


「一日目は日持ちしない食材も使えるので、栄養優先の料理にしましたよー」


 保存のきく食材はあとに取っておき、日持ちのしない食材から使用していく。

 浅い日にち用の食材を持ってくるのは食事にバリエーションをつけるためだ。

 腹が減りづらいとはいえ食欲自体がなくなるわけではない。

 いずれ空腹は襲ってくる。

 当然ながら、同じものばかりだと飽きがきてストレスも溜まってくる。

 食事というのは地味ながら、あなどれないものなのだ。

 鍋の中では肉や野菜が煮込まれていた。

 スープは黄土色。

 調味料の色だろう。

 カレーというよりは……味噌に近いにおいだろうか?

 いずれにせよ、活動を停止していた腹の虫が動き始めた。

 腹が減りづらいとはいえ鼻腔をくすぐる香りはまた別らしい。


「ほら、クロヒコの分」


 キュリエさんが木の椀にスープをよそってくれる。

 そこにパンとカラム水が加わって、今日の夕食が出揃った。


 スープをひと口すする。


「――う、美味い」


 味噌っぽい適度な甘み。

 そこに肉や野菜の旨味が加わっている。

 肉は柔らかくプルプルでジューシー。

 野菜は、しっとりした歯ごたえ。

 パンをスープにつけて食べるとこれまた美味い……。


 聖遺跡内は地下だからか、地上より気温が少し低く感じる。

 なのでこういう身体が温まる料理はありがたい。


 食事が終わると、キュリエさんが自分の荷物から、親指ほどの大きさの小瓶をいくつか取り出した。


 中身を出して小型の匙で量を測ると、彼女はその葉端入りの粉末を鍋に放り込んだ。

 そして丁寧にスープをかき混ぜていく。


「これは?」

「刻んだり磨り潰したりした薬草を調合したものだ。どれも身体にいいものばかりだよ。消化を助けてくれるものもある」


 こういう部分はキュリエさんの得意分野だな。


 キュリエさんの調合した薬草入りスープで締めたあとは、予定よりも早く進んだ聖遺跡攻略の計画見直しを行った。


 といっても、予定よりスムーズに進んでいるためよい意味での見直しである。


 見直しが終わると俺たちは軽く談笑し、眠りにつくことにした。


 ただし一人は見張り役としてこのままもう少し起きている。

 交代で睡眠を取る方式だ。


 最初はセシリーさんが見張り役となった。

 俺は、寝袋に入った。


「…………」


 そのまま就寝しようと思ったが、淡い壁の発光が厄介だった。

 攻略時は光源いらずで便利なのだが。

 …………。

 まあ要するに、眠れない。

 今日はあまり疲労しなかったのもあるのだろう。


 しかし……こうして本格的に聖遺跡攻略を始めてみると、学園の評価点のつけ方が聖遺跡攻略を奨励する形になっているのもわかる気がした。


 例のセイラム砦奪還作戦の時のように、騎士団員ともなれば、数日かかる目的地へ出向いて戦いを繰り広げることもある。


 その際、こうして戦いを織り交ぜつつ野営に近いものを行いながら聖遺跡に潜る経験は役に立つと思う。


 数日かかる目的地なら途中で野営する日も出てくるはずだ。

 戦闘行為だけが聖遺跡攻略のすべてではない。

 移動や食事。

 遺跡内で行う宿泊。

 聖樹士候補生にとってはこれらも重要な要素なのだろう。

 計画を建てるのもそうだ。

 自分たちで期間や攻略の流れを設定し、予算の分配も考える。


 事実、そういった計画をテキパキと建ててくれたセシリーさんの存在は大きかった。


 また、俺一人だと荷物の存在が攻略する上で地味にネックになっていた可能性もある。

 そういう時、身軽に戦ってくれる他の二人の存在は心強かった。

 つまり俺一人では、こんなスムーズな攻略は不可能だったわけだ。


「クロヒコ……まだ、起きてたりします?」


 声量を抑えて、セシリーさんが話しかけてきた。


「ええ。なんだか、眠れなくて」

「ふふ、実はわたしも」


 天井を眺める。


 いつもなら寝る前は、自室の天井を見ているのに。

 目に映るのは石っぽい天井。

 なぜか今さらになって、自分が聖遺跡にいるのだと強烈に実感してくる。


「クロヒコに礼を言わせてください」


 セシリーさんの方を向く。


「礼、ですか?」

「わたし今、嬉しいんですよ」


 セシリーさんの話し方はまるで、夢見心地のような調子だった。


「今日、こうして一緒に攻略してきて……やっぱり自分はこんな風に二人と聖遺跡に潜りたかったんだなぁって思ったんです。だから、わたしと組んでくれたことに対してお礼を言いたいと思って」

「何を言ってるんですか、セシリーさん」

「え?」

「礼を言うのは、俺の方です」


 そうだ。

 礼を言うべきは、俺の方。


「セシリーさんが攻略班に入ってくれたおかげで、この速度で攻略できているんです。それに、その……俺もセシリーさんと組みたかったですし。だから、ありがとうございます」

「クロヒコ……」

「お、おやすみなさいっ」


 ちょっと恥ずかしくなった俺は身体を横にし、セシリーさんの方へ背を向けた。

 セシリーさんは、はい、と穏やかに返事をしてくれた。


「おやすみなさい、クロヒコ」



 おかげさまで書籍版9巻が11/25に発売となります。そこで今回も書籍版の発売に合わせて恒例の「小説家になろう」版特典SSを書きました。クロヒコが暑期休み中に二人の会長と過ごしたちょっとしたエピソードとなっております。このあと11/20の0:00過ぎ頃に活動報告へ掲載する予定ですので、もしお暇がありましたら覗いてみてくださいませ。


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