第25話「外れた成長ルート」
十階層到達までの魔物との遭遇について特に語ることはなかった。
まあその……出てくる魔物がまるで相手にならなかったのだ。
視点を変えれば自分たちの成長を噛み締められたとも言える。
本来であれば俺は、半期かけてチクチク聖遺跡を攻略しつつ、ちょっとずつ成長していくような学園ライフを送っていたのかもしれない。
だがここへ至るまでに過酷なイレギュラーイベントが多過ぎた。
ブルーゴブリンの群れとの死闘。
ヒビガミとの初遭遇。
巨人討伐作戦。
四凶災との殺し合い。
ノイズとの決戦。
終ノ十示軍の大聖場襲撃。
スコルバンガーとの死闘。
なんというか……突発的な戦闘イベントを潜り抜けているうちに、正規ルートから外れた変化球ルートで強くなった感がある。
さらに言えば、俺はキュリエさんやソギュート団長のような一流の剣士にも稽古をつけてもらっていたわけだし。
「ギギャァァ――――ッ!?」
気づけば俺たちは十階層の守護種、グレートリザードマンを倒していた。
脱力気味にへらっと微笑むセシリーさん。
「い、一日で十階層突破……下手をすると最速記録じゃないですか、これ?」
なんだろうこの感覚。
そう――たとえばゲームとかで、適性レベルを圧倒的に上回った状態でメインルートのダンジョンへ戻ってきた感覚に近いかもしれない。
笑顔ながらも、セシリーさんがちょっと青ざめて見える。
「わたしの建てた長期攻略計画、あんまり意味なかったかもしれませんねー……」
なぜかフォローを飛ばす風に、俺は言った。
「ま、まだまだ先は長いですから! 今後は魔物の強さだけじゃない難所が出てくるかもしれませんし――ゆ、油断せずに進みましょう!」
ひとまず守護種を倒した俺たちは十一階層に到達。
また適当な部屋を見つけ、そこで休憩を取ることにした。
まだ疲労は感じていない。
懐中時計を確認。
地上ではいつもの夕食の時刻をもう過ぎていた。
「聖遺跡内だとそんなに腹が空かないっていうの、本当なんですね」
おかげでひと月分の食料もこの背負い袋に収まる。
この腹の減り方だと一日一食で済む感じだろうか?
「聖遺跡攻略ではその日の攻略分を終えたら、あとは安全そうな部屋で食事をとって就寝という流れが基本ですね」
ちなみに安全な部屋の見分け方だが、階層と階層をつなぐ階段の近くにある部屋ほど魔物の侵入率や出現率が下がるとのことだ。
魔物は階段で階層が移動できない。
これとも何か関係しているのかもしれない。
「どうします?」
ぺたんと座り込むと、セシリーさんが羊皮紙を広げた。
上半身を倒し何か書き込み始める。
予定表の部分を修正しているようだ。
「んー……早くても九階層あたりで一日目を終える感じかと思っていたんですが、十一階層まで来てしまいましたからね。入った時間を考えると、驚異的な攻略速度です」
「これからどうする?」
壁に寄り掛かって座るキュリエさんが聞く。
セシリーさんが顔を上げた。
「どうしましょう?」
「このあたりの階層から、難度が上がるんでしたっけ?」
「んー、正直この攻略班だと難度の見極めが難しいんですよね……」
「一日に進める階層に制限があると聞いてますから、今日はこれ以上は難しいですかね?」
「といっても、それもあくまで噂ですから」
上体を起こしてペンをしまうセシリーさん。
「十階層を越えると難度が確かにぐっと上がるそうです。だからその時点で《攻略を阻まれている》と感じる者が多いのではないか、という説もありますね」
なるほど。
「難度が上がるっていうのは、やっぱり魔物の強さが一気に上がるですか?」
ここはまだ十一階層に入ったばかりの部屋。
十一階層と今までの階層の違いはまだ目にしていない。
魔物の強さが変わるだけならある程度は乗り越えられると思う。
しかし構造的な難度も上がるとなると話は少々変わってくる。
たとえばトラップとか、幻術付与の迷路とか。
「二十六階層までは罠らしい罠の存在したという情報はありません。ですが二十六階層以降となると、兄たちの残した情報に罠の記録が出てくるんです。お兄さまたちが三十階層の守護種と戦わずに帰還したのは、仲間の一人が罠で骨折していたのが理由みたいですし」
骨折は治癒術式でも完治させられない。
気をつけるべきは案外、そういう治癒術式の効かない怪我系かもしれないな。
「つまり――」
キュリエさんが言った。
「二十六階層までは、魔物を蹴散らすだけで到達可能なわけか」
その発言をあっさりとは受け入れられない、とでも言いたげな微笑を浮かべるセシリーさん。
「そ、そうですけど……普通はその二十六階層までに出没する魔物の強さこそが候補生にとって悩みの種のようなんですけどねー……」
「ノイズやらヒビガミを相手にするよりは聖遺跡の魔物と戦っていた方が私は何倍も楽だ……今のところは、だが。それで、二人の疲労具合はどんな感じだ?」
キュリエさんの問いに、俺とセシリーさんが答える。
「俺はまだ大丈夫です」
「わたしも、まだ平気です」
「ふむ。なら、行けるところまで行ってみるか」
キュリエさんが懐中時計を確認する。
「で、日づけが変わった時点で辿り着いていた階層の部屋に泊まる……こんな流れでどうだ?」
「俺はそれでかまいませんよ。セシリーさんはどうです?」
セシリーさんがくるくると羊皮紙を丸め始める。
「ええ、わたしもそれでいいです。まったく……わたしの思い描いていた聖遺跡攻略とは程遠い展開ばかりです」
苦笑するセシリーさんだったが、どこか嬉しそうにも見えた。
*
俺たちは二時間ほどかけて十四階層まで進んだ。
そしてついにその階層の難敵と言われる一つ目の巨人――サイクロプスと遭遇。
十三階層と十四階層は天井が高い。
サイクロプスが直立しても天井との間に隙間が残るくらいだった。
攻略班側にとってはまるでメリットのない構造。
しかし巨体のサイクロプスにとってはストレスなく動き回れる地形である。
障害物らしい障害物がない上にサイクロプスも決して愚鈍とは言えぬ反射と速度で動いてくる。
過去の攻略班の多くがこの魔物に苦戦を強いられたと聞く。
だが、
「――第二界、解放」
黒い鎖に拘束されたサイクロプスへ次元の裂け目から100に及ぶ槍が飛来し、突き刺さった。
咆哮を上げるサイクロプス。
巨体が溶解を始める。
しばらくすると、一つ目の巨人は完全に溶けてなくなった。
残されたのはニンジンくらいのサイズのクリスタル。
俺は歩み寄りクリスタルを回収した。
「ふぅ」
一つ息をつく。
「過去にこれで確実に倒せたので……今回も確実性を取った感じ、です」
背後でセシリーさんと並んで控えていたキュリエさんが、フン、と鼻を鳴らした。
「さすがの威力、といったところだな」
かつてサイクロプスが地上に現れた時も第九禁呪で仕留めた。
あの時の感覚があったせいか、身体が条件反射的に動いた部分もあった。
禁呪王によると第九禁呪は負荷がほとんどない禁呪だという。
おかげで気軽に使えるのは大きい。
禁呪を使う場合は、動きやすいように背負い袋を一々外す必要がないのも利点か。
「それにしても――」
サイクロプスがいた場所を見る。
「溶けてなくなるっていうのは、いいのか悪いのか、微妙にわからないところがありますよね」
聖遺跡では魔物の死体は残らない。
なので野生動物の感覚で肉を食料にできない。
だから聖遺跡の魔物肉を用いた料理なども存在しない。
この魔物の性質のため、潜る前には食料をしっかり調達する必要があるのだ。
一応、現地調達できる食料もないではないと聞いた。
遺跡内に根を張る木の根や、たまに見つかる食用の穀物があるそうだ。
また、魔物が溶解してしまうと毛皮や角を持ち帰り加工品の素材として用いることもできない。
唯一残すクリスタルが、戦利品らしい戦利品と言えるだろう。
溶解の利点の方は、腐乱した死体がそこかしこに残らないことである。
「地上に出ても溶解が始まってしまうため魔物の研究はあまり進んでいません。昔は、遺跡内で捕獲して研究を進めていた攻略班もあったと聞きますが……」
「そういえば……今回はまだ異種に出遭わんな」
異種。
名の通り異なる種類の魔物。
他の魔物と比べて出現頻度は低い。
戦闘能力も高い分、クリスタルを獲得できる可能性も高い。
聖遺跡の魔物は基本、白い肌や体毛を持つ。
血は青で、目は赤い。
異種がなぜ発生するのかは謎に包まれている――とされているのだが。
異種の正体を俺は禁呪王から聞いて知っている。
白くなっている魔物は、この国が信奉する聖神ルノウスレッドの加護により弱体化されている魔物なのだ。
異種はその加護が変色するほど及んでいないために《本来の力》に近い能力を発揮しているだけなのである。
要するに異種の方が《オリジナル》に近いというわけだ。
魔物が地上に出ると溶けるのも、階段を行き来できないのも、聖神の力が関係していると聞いた。
もし聖神の力が及んでいなければ、王都には聖遺跡から定期的に魔物が湧くようになっていたのかもしれない。
俺たちはそのまま、十五階層へ入った。




