第21話「3」
「せ、セシリーさんを?」
「セシリー様の聖遺跡攻略への信念は知っているな?」
兄と同じ《三人》の攻略班で兄の記録を越える。
最初に組んだ三人――つまりジークとヒルギスさんとの三人で攻略を進める。
「しかしおれとヒルギスは交流生として帝国へ行く。その間、セシリー様は攻略班を組む相手がいなくなる」
キュリエさんが、ふむ、と唸る。
「そこで私とクロヒコに、セシリーと《三人》で攻略班を組んでほしいと?」
「ヒルギスとも話し合ったがそれが最善だと結論が出た。もちろん二人がよければの話だが」
降って湧いた話。
俺たちにとっては実にありがたい話だ。
けど、
「セシリーさんは納得してるんですか?」
それが気になる。
「時間はかかったがおれとヒルギスで説得した。交流生として帝国に滞在する期間は最低でも半年と聞いている。しかしその間、セシリー様が一度も聖遺跡攻略をしないというわけにもいくまい。信念に拘泥して進級が危うくなっては本末転倒だからな」
「あのさ、ジーク」
俺は引っかかっていたことを、あえて尋ねてみた。
「二人が交流生を希望したのって、その……俺とキュリエさんの攻略班にセシリーさんを入れるためか?」
「それも、なくはない」
思ったよりあっさりジークは認めた。
「ただし今回の交流生の話はおれたち二人も魅力を感じているのさ。おれはさっき言った通りだし、ヒルギスは帝国で骨董品漁りをしたいそうだしな」
「ぐっ」
珍しく弱いところをつかれた反応を見せるヒルギスさん。
骨董品収集は彼女の唯一の趣味らしい趣味だそうだ。
帝国には西の大陸の骨董品が入ってくるため珍しい品も多いという。
なるほど。
そんな理由もあったわけか。
もちろん、とジークが続ける。
「今後を考えればセシリー様はおまえたちと組んだ方がいいと思っていた。セシリー様自身も内心では、おまえたちと組みたかったはずだ。しかし――」
「自分に、厳しい人だから」
ヒルギスさんが言葉を引き継ぐ。
セシリーさんは自分で言ったことを簡単に曲げることができない。
「あの方なりにおれたちへの遠慮もあったんだと思う。おまえたちと組めば《三人》での攻略にはなるが、おれとヒルギスとの攻略班は解消になるからな」
少し嬉しそうに微笑むジーク。
「上を目指すのなら早々におれやヒルギスを切っておまえたちと組む手だってあった。しかしセシリー様はそれをしなかった。目的のために誰かを切り捨てる……そういうことの、できない人なんだよ」
「でも交流生として長期的にルノウスレッドを離れるとなれば、仕方がない」
ヒルギスさんが言い添え、再び会話の主導権がジークへ戻る。
「というわけだ。まあ、今回の件は各々にとって上手く時期と思惑が噛み合った形になるのさ」
どこまで計算なのか測れない。
言葉通り偶然と偶然が都合よく噛み合った気もする。
反面、綺麗に外堀を埋められたような気もする……。
普通にやり手だよな、ジークも。
さて、とばかりにジークが身を前へ出す。
「ここへ漕ぎつけるには骨が折れたが……今のセシリー様は、クロヒコとキュリエの判断に委ねるという状態だ。二人の答えを聞きたい」
ジークの言葉を思い出す。
『おれたちとしても、セシリー様を任せるならそういう人間に任せたい』
俺は答えた。
「セシリーさんが納得しているなら――俺としては是非、組みたいと思う」
ヒルギスさんがかすかに口元を綻ばせた。
『これでもあなたには、期待しているんだから』
あの時の言葉はおそらく今の話につながっていたのだ。
「キュリエさんは……どうですか?」
「私も異存はない。私たちの側は、セシリーが攻略班に入ってくれるのを断る理由はない。どころか、願ったりかなったりさ」
「決まりだな」
卓に手をつき、ジークが立ち上がった。
「今から、セシリー様に伝えに行こう」
*
セシリーさんは獅子組の教室で待っていた。
「ではクロヒコ、キュリエ、おれたちはこれで。あとは頼んだぞ」
経緯と結果の報告を終え、ジークとヒルギスさんが教室から去る。
ひと気のなくなった教室。
そこには俺、キュリエさん、セシリーさんの三人が残されていた。
「ええっと……そんな、わけでして――」
うつむきがちに左右に腰を揺するセシリーさん。
恥ずかしげな様子。
若干、後ろめたさみたいな空気もあった。
「入学時に結成した攻略班のまま行くと宣言した手前……その、お恥ずかしいのですが……このたびお二人の攻略班に入れていただくことと相成りました、セシリー・アークライトでございます……どうぞ、よ、よしなに……」
セシリーさんが気まずそうにまつ毛を伏せる。
「なんだそのいやに他人行儀な挨拶は……」
すっごく微妙な顔でツッコむキュリエさん。
モジモジ恥じらう仕草を見せてカァァッと赤くなるセシリーさん。
「聖遺跡攻略の件では以前、組まない理由をクロヒコに並べ立てた挙句《よき競争相手として研鑽を積みましょう!》みたいな感じで、固い握手まで交わしてるんですよぉ〜っ」
あぅ〜とセシリーさんは顔を手で覆ってしまった。
よ、よく覚えてるなぁ……。
覚えてるからこそ苦しんでるんだろうけど。
真面目といえば真面目だ。
キュリエさんが呆れる。
「ジークベルトとヒルギスがいなくなるのでは仕方あるまい。おまえも一人で兄の記録を越えられるとは思ってないんだろ?」
「まあ、それは」
「私たちと組むのが嫌か?」
「そ、そんなことはありません! むしろ――」
「セシリーさん」
俺は会話に割り込み、セシリーさんの正面に立った。
「く、クロヒコ……?」
「聖遺跡には禁呪の呪文書が眠っている可能性があります。だけど俺とキュリエさんだけでは攻略に足りないものがある……でもセシリーさんがいてくれれば、その足りないものを埋められると思うんです」
セシリーさんを攻略班に《入れる》みたいな流れが逆によくない気がする。
だから、
「攻略班に入って、俺たちに力を貸してくれませんか?」
と、俺は言った。
「あ――」
「お願いします、セシリーさん」
するとセシリーさんが、両手で俺の手を取った。
「わ、わかりました。その……あなたたちのお手伝いを、させてください」
微笑むセシリーさん。
「えへへ、気を遣わせてしまいましたね……でも、ありがとうございます」
*
こうして俺たちは三人で、新たな攻略班を結成したのだった。




