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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第二部
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第20話「ポンコツ感なふたり」


「私たちの問題は二人とも流れ者だから聖遺跡事情にそう詳しくない点だな。戦闘だけなら問題ないが、攻略中の食事や生活面の知識も必要となるだろう」


 食堂の席でカラム水の杯を片手にキュリエさんが問題点を挙げる。


 俺もキュリエさんも聖遺跡についてはそれなりの下調べはしてある。

 ただいざ調べてみると、過去の情報をまとめた聖遺跡の資料は思っていたより膨大だった。


 情報を集める限りだと、一日で何十階層も突破するのは難しそうだ。

 特に二十階層あたりからは下層へ進むのを聖遺跡が《阻む》傾向があるとか。

 生きている遺跡、と言われるだけはある。

 となると遺跡内での生活――たとえば食事や睡眠、その他諸々を考えていく必要も出てくるわけだ。


「私は元々放浪生活が長かったし、終末郷のような劣悪な環境での生活も経験している。だから少しくらい過酷な環境でも問題はない。しかし聖遺跡は、そこだけの特殊な知識も必要みたいでな」


 俺は眉をしかめて唸る。


「うーむ……今から必要な知識を詰め込むとなると、少し出だしが遅れそうですね」


 二人とも少し気まずい雰囲気になった。


 そう。

 俺もキュリエさんも、暑期休暇中のリソースを戦闘訓練に割きすぎた感があった。


「スコルバンガーとの戦いで苦戦したのが、き、気になってしまってな……」

「お、俺もです……」


 あの怪物との戦いで苦戦しまくったのが原因で、暑期休暇中、彼女は戦闘訓練をしまくっていたそうだ。


 俺は訓練以外でも騎士団の仕事の手伝いとか、禁呪の呪文書の情報収集をしていた。

 特級聖遺跡の情報も聞いて回っていた。

 しかしいわゆる《実践的な聖遺跡攻略の情報》については、ほぼノータッチだったと言わざるをえない。

 それこそアークライト家でのお泊まり中に、基礎編にあたる部分を復習したくらいで……。


「思い返せば、過去の聖遺跡攻略もほとんど潜ったとは言えませんからね……」


 ブルーゴブリンの時も、巨人討伐作戦の時も、そこまで深い階層でなかった。

 いずれもその日のうちに帰還している。


「な、何から始めるべきかな……?」


 キュリエさんのこんな苦しそうな笑み、初めて見たかもしれない。

 あれ?

 なんだろう?

 急に俺たち二人に漂ってきた、このポンコツ感。


「改めて考えると……俺たちって、思っていた以上に戦闘特化型の人材なんですね」

「私が他に得意と言えるのは、放浪中に覚えた料理くらいだな……」

「俺は……揉み療治くらい、ですかね」

「…………」


 打開策を打ち出さんとばかりに、キュリエさんが勢いよく提案する。


「と、とりあえず聖遺跡会館に行ってみるか!? 館員の者に教えを請うという手もあるぞ!」

「教官に過去の聖遺跡攻略経験を聞くてもありますね! あと今度、騎士団の人に学園の聖遺跡情報も聞いてみることにします!」

「うむ! 光明が見えてきたな!」

「はい!」


 沈黙。


「……時間は、かかりそうですけどね」

「……う、うむ」


 俺たちの空元気ゲージがショボショボと目減りし始めた時だった。


「ここにいたか、クロヒコ」

「あれ? ジーク? ヒルギスさんも」


 やってきたのは、ジークとヒルギスさん。


「今の言い振りだとジークは俺を探してたのか?」

「おまえたちに大事な話があってな」

「俺たちに?」

「ああ」


 なんだろう?

 ヒルギスさんと一度視線を合わせてから、ジークが言った。


「おれとヒルギスはルノウスレッドを離れることになった」


 え?


「る、ルノウスレッドを離れるって――どういうことなんだ!? 何があったんだ!?」

「ああ、すまん。言葉が足りないよな」


 ひとまず俺たちは席に座りなおした。


「実は《特別交流生》として、しばらく帝国の士官育成機関に世話になることが決まった」

「と、特別交流生?」

「端的に言えば、交友の証だな」


 ジークによれば、自国の育成機関の生徒や候補生を他国の類似機関に預ける制度が三国間で試験的に始まるのだという。

 で、その先発隊としてジークとヒルギスさんが選ばれたのだとか。


「大陸から四凶災がいなくなっただろ? それ自体は喜ばしいことなんだが、三国――特に帝国の東方侵略への抑止力がなくなったという見解が一部にあるようでな」


 そこで今後は、三国の友好をより深めるべく各国共にそのための外交策を講じる方針らしい。


 キュリエさんが、ふむ、と納得する。


「その一つが、今ジークベルトの言った特別交流生制度というわけか」

「ああ。ちょうど先日、学園長から帝国へ送る交流生はおれとヒルギスで決定したと正式に伝えられたところだ」


 前に学園長室を訪ねた時、同じ階でジークとヒルギスさんに会った。

 もしかするとあの時にその通知があったのだろうか?


「学園の評価点も高い水準にあり、生活態度も問題なし。聖武祭でも十分な結果を残した――そう判断されたようだ。ギルエス家の家柄や評価も有利に働いたと聞いている」

「わたしの方はその他に帝国側の事情も加味されたみたい」

「帝国側の事情、ですか?」


 ヒルギスさんの視線を受けたジークが、答えを口にした。


「どうやら今の帝国は亜人種への差別を緩和する方針を打ち出しているらしくてな」


 以前、亜人種の多くは奴隷扱いだと聞いた記憶がある。

 それを聞いたのはミアさんに酒場で絡んできたガラの悪い大男――ヒビガミの犠牲者でもある――からだったか。

 俺は帝国の事情に明るくないが、何か変化する要因が出てきたのだろう。


「亜人種を交流生として受け入れることで、亜人種に対し寛容であるという色を出したいらしい」


 イメージ戦略の一環ってやつか。

 でも、


「ヒルギスさんはそれでいいんですか?」


 亜人種への差別が強いということは、ヒルギスさんへの風あたりが強くなる危険性もある。

 あの夜の大男が口にしたミアさんへの罵倒を思い出すと、あまり良い決断とは言えない気がする。


「四凶災を前にするのと比べたら、余裕」

「で、でも――」

「わたしが、行きたいの」


 ヒルギスさんは静かに、しかし、力強く言った。


「いずれにせよ一年もすれば帰ってくるし、それに、ジーク一人だと心配だから。これでジークは、無茶をするところがあるし」


 そうつつかれたジークは鼻を鳴らし、余裕ある笑みで受け流す。

 お、大人だ……。


「でも、その……ジークはいいのか?」


 俺はおずおずと聞いた。


「ん?」

「ほら……一時的とはいえ、ジークがいなくなると寂しがる人もいるんじゃないかなぁと思って……」


 そう。

 例の未亡人だ。


 彼女は寂しく思うのではないだろうか?

 しかし返ってきた答えは、危惧したものではなかった。


「ふっ……相談したら、引き止められるどころか背中を押されたよ。広い世界を見てくるのはおれにとって必ずいい経験になる、と」


 目を閉じて、想いを馳せるように微笑むジーク。


「ひと回り成長して帰ってくるのを楽しみに待っている、と言ってくれた」

「そ、そっか。余計な心配だったみたいだな」


 なんだろう。

 ジークとその未亡人が紡ぐピュアでロマンチックな関係性は。

 間違いなくジークは物語の主人公になれる器だ。

 俺が保証する。

 サガラ・クロヒコの保証になんの価値があるのかは、ひとまず置いといて。


「おれは将来、外交面で力を発揮できたらと思っている」

「外交面で?」

「ああ。だから他の国を訪れるのは必ず糧になるし、この機会に帝国の人間と軽く人脈を作っておきたいとも考えている」

「ふむふむ」

「他国の人間のつながりはいざという時にも役立ちそうだしな。つまり今回の交流生の話はおれにとって渡りに舟でもあったわけだ」


 なんか、眩しい。

 これができる男のイケメンのオーラなのか。

 恐ろしいほど輝いている。

 しかも、まったく嫌みがない。


「でも、寂しくなるな……」


 口をついてふとそんな言葉が出た。

 ジークは同性の中だと一番仲のいい友人だ。

 気軽に話せる男友だちの存在は貴重だった。

 少なくとも俺は親友だと思っている。


「おれだって寂しいが、永遠に会えなくなるわけじゃないさ。それに、たまには戻ってくる」


 ジークが目配せする。

 ヒルギスさんが頷いた。


「そこでクロヒコとキュリエに一つお願いがあるの」


 なんだろう?

 ヒルギスさんの言葉を引き継ぎ、ジークが居住まいを正す。


「おれたちが学園を不在にする間、セシリー様をおまえたちの攻略班に入れてもらえないか?」


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