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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第二部
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第19話「後期授業開始」

 

 暑期休暇が終わるのと時を同じくして暑さも和らいできた気がする。


 最近は夜の寝苦しさも薄らいできた。


 聖ルノウスレッド学園での後期授業も本格的にスタート。

 ベシュガムに重傷を負わされたヨゼフ教官も完治し、獅子組の担任として復帰した。


 教養、戦闘、術式の三つの授業。

 これらは後期になっても前期と大きな違いはない印象である。

 真面目に受けていれば問題ない……と思う。

 術式授業はやや俺の場合だと特殊なのだが、まあなんとかなるだろう。


 とにかく後期になっての大きな変化と言えば、やはり前期の途中でストップのかかった聖遺跡攻略の解禁であろう。


「まだ聖遺跡の攻略班をどうするか悩んでるのか?」


 隣の席のキュリエさんが足を組みつつ聞いてくる。


「ええ、まあ」

「ふーん」


 嗜虐の滲んだ笑みを浮かべるキュリエさん。


「なるほど。クロヒコは、私と二人きりでは物足りんわけか」

「そ、そういうわけでは――」

「フン、冗談だよ」


 キュリエさんは頬杖をつくと、今度は、からかうように微笑んだ。


「おまえの周りの女たちがからかいたがるのも、わからんでもないな」

「…………」


 もう二人きりでいいやと決断しそうになるくらいには、魅惑の微笑みだった。

 たまにこの人が繰り出す笑みは突発イベントなのもあってか、瞬間風速的な破壊力がおかしいくらい高いのである。


「く、クロヒコ? おーい」


 俺の視界でキュリエさんのてのひらが上下運動を繰り返している。


「え?」

「今、意識がトんでいなかったか?」


 なんと。

 笑みに見惚れて思考がトんでしまっていたのか。


「す、すみません……キュリエさんの笑みに、つい見惚れてたみたいです」

「ぅぐっ――ば、馬鹿なのかおまえは……」


 カァーッと赤くなって視線を伏せるキュリエさん。


「ま、まったく……おまえのその不意打ちにはかなわんな……」


 後半、ちょっと声が上擦っていた。


 そして教室の一角から、不穏な空気が立ちのぼる。


「ちっ……クロヒコのやつ、後期授業が開始するなり見せつけやがって……」

「きっと暑期休暇中もいちゃつきまくってたんだぜ……あぁ、想像するだけで胸がモヤモヤする! おれの胸がモヤっている一方で、クロヒコはあのキュリエの胸を――あぁ、くっそぉ!」

「あの魅惑の太ももをクロヒコは日頃から好きにできるんだと考えると――ぐあぁ! 考えたくないよー!」

「お、おれなんて里帰り中はほぼ馬の世話で終わったんだぞ……しかも馬の相手ですらオスという、非情な現実つきだ……」


 …………。

 怨嗟漂うこの空気も久々である。

 しかしだ。

 騎士団を訪ねる時はやたらと扱いがよかったので、逆に《禁呪使い殿》扱いされない空気はなんかホッともする……。

 壁がない感じがするというか。


「お、おい! クロヒコのやつ、優越感でにんまりしてるぞ!?」

「なんて嫌なやつなんだ!」

「クロヒコは聖遺跡じゃなくてずっと女を攻略してればいいんだー! 硬派なおれは聖遺跡攻略にすべてを捧ぐ! うわーん!」

「本音を言えば……うらやましいんだよ、こんちくしょう!」


 く、クラスメイトの自然な距離感に感謝の気持ちを覚えていただけなのに……。

 しかも彼らの中にある俺のイメージ、あれじゃあただのエロまっしぐら男じゃないか。


「城や騎士団の人間たちのクロヒコへの態度に変化があったのは私も認識していたが、獅子組の連中はよくも悪くも変わらんな……ある意味、尊敬すべきなのかもしれん」


 呆れつつ、キュリエさんも苦笑い。


「しかし、まあ……男というのはしょうもないな……」


 頬をほのかに桜色に染め、ちょっとだけ気まずそうに足組みを解除するキュリエさん。


「私の太ももなどそんな大したものでもないだろうに……やれやれだ」


 褒められたり注目されるのはいつになっても慣れないご様子。


 キュリエさんが教室を見渡す。


「そういえばセシリーたちはどこに行ったんだ?」


 教室にはジークとヒルギスさんもいない。


「あ、マキナさんに用事があるって言ってましたよ?」

「そうか」


 キュリエさんが教室の扉へ視線を飛ばす。


「セシリーのやつが私たちと攻略班を組んでくれれば、それが一番なんだがな……」


 お泊りの勉強の時にも思ったが、セシリーさんの聖遺跡知識はかなりのものだ。

 元々兄の記録越えを目的としていたのだから、入学前から入念な下調べを行っていても不思議ではない。


「で、ベオザ・ファロンテッサの方はどうだったんだ?」

「あたってはみたんですが……フィブルクやバシュカータと組んでいた候補生たちをまとめて、そのまま攻略班を組み直すみたいです」


 ベオザさんはこう言っていた。


『誘ってもらえたのは光栄ですが、途中で自分一人抜けるというのも美しくありませんからね』


 あの人らしい言い分である。

 彼のこだわりたる美の領域に話を持っていかれてしまっては、俺も引き下がるしかない。


「二人の会長やアイラたちは?」

「あんな状態だと、まずどこも選べませんよ……」


 実は昼休みの時点で、禁呪使いとキュリエ・ヴェルステインが攻略班の仲間を探しているという噂は学内に広がっていたようだ。


 で、食堂で昼をとっていたらクー会長が現れて、風紀会と一緒に攻略班を組まないかと勧誘しにきた。


 そうやってクー会長が俺を勧誘していたところ、生徒会の面々を引き連れたドリス会長が乱入。


 さらにはアイラさんと攻略班を組んでいるまさかのレイ先輩までもが参戦してきて、最終的には引き抜き勧誘合戦のような様相を呈してしまった。


 そんなわけでまあ、てんやわんやな感じだったのである。


「あれだと、どこかを選んだら後々カドが立ちそうな気もしますし……」


 であればどこも選ばないのが正しい。

 みんな仲良くが一番だ――というのも、あるのだが。

 それに、と俺は続ける。


「ドリス会長、クー会長、レイ先輩、アイラさんの四人だけなら組めたかもしれません」

「それぞれの会の者や、アイラたちと組んでいる候補生が、やはり問題になりそうか」

「ええ。最高到達記録の二十九階層突破だけが目的なら、そこそこ大所帯での攻略もありかとも思ったんです。ただ――」

「それ以上となると、死の危険が出てくる」

「はい」


 聖遺跡で《死ぬ》と生きた状態で地上へ転送される。

 しかし転送後は眠った状態となっており、目覚めるまでには長い月日がかかる。

 悪い場合だと、そのまま何年も目を覚まさないケースもある。


「俺の目標は、最下層ですから」


 第一禁呪があるのはおそらく特級聖遺跡だろう。

 だが、禁呪の呪文書が学園の聖遺跡の方に眠っている可能性もゼロではない。

 底さらいという表現が適切かは不明だが、この学園にある聖遺跡も最下層まで探索しておきたい。


「二十九階層以降は候補生にとって未知の領域……つまり、魔物の強さや危険も未知と考えられる」

「ええ。遺跡内で死んでも本当の意味での《死》でないのはわかっています。けど、死ぬ直前の鮮明な記憶が消えず精神に悪影響を及ぼすこともあるそうですし……」

「無闇に危険には晒したくない、か。まあ、私も同感ではあるな」


 ドリス会長やクー会長の実力は聖武祭でも示された通りだ。

 彼女たちには強力な固有術式もある。


 レイ先輩も聖武祭で十分強者と呼ぶに値する実力者だと判明した。

 アイラさんに至っては戦闘方面でめざましすぎる成長を果たしている。


 しかし他の候補生たちとなるとやはり戦闘能力に不安が残る。


 聖遺跡では大所帯になればなるほど攻略難度は上がる。

 襲ってくる魔物の数も増える。

 たとえばかつてのブルーゴブリンのような大群が現れ、もし襲ってきたのがそのブルーゴブリンより遥かに強力な魔物だった場合――他の候補生を守り切れる自信はない。


 キュリエさんが鼻を鳴らす。


「これが悪知恵の働くやつだと、実力不足の者は順番に捨て駒として使えばいいと考えたりもするんだろうが……クロヒコは、そういうことができないタチだからな」


 俺は苦笑する。


「ヒビガミあたりには、甘いと言われそうですけどね」

「あいつがそんなことを言おうものなら、私がその場で斬り捨ててやるさ。さて――」


 キュリエさんが腰を浮かせる。


「ひとまず食堂にでも行って、私たち二人で聖遺跡攻略がやれそうかどうか検討してみるとするか」


 聖遺跡攻略は結局、キュリエさんと二人きりの攻略になりそうである。


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