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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第二部
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第18話「奇妙な協定」


 マキナさんに連れられて俺は待機部屋へ戻った。


 急いで戻ってきた理由を説明し始めた頃、部屋のドアが開いた。


「失礼する」


 ディアレスさんと数人の家臣を従えてユグド王子が入ってきた。


 キュリエさんが身構える。

 マキナさんはやや困惑気味。

 二人には、


《今、この部屋に俺がいた方がよさそうなんです》


 という意味のことしかまだ説明していない。

 なので二人は王子の来訪を知らなかった。


 王子がキュリエさんとマキナさんに一瞥を飛ばす。


「禁呪使いに少々用があってな」


 俺の方へ歩み寄る王子。

 ひとまず俺は膝をついた。


「何かご用でしょうか、王子」

「面を上げろ」

「はっ」


 顔を上げる。


「あとになって、先のオレの振る舞いは度が過ぎていたと反省してな。虫の居所が悪かったのだ。その不満をぶつけるような真似をしてしまって、悪かった」

「私のような流れ者に王子が直々に謝罪など……私などには、身に余る扱いにございます」


 こんな返しでいいんだろうか?

 内心ドキドキしつつ言葉を返す。


「ふん……救国の英雄として父から厚い待遇を受けた禁呪使いに対し、息子として嫉妬の情が湧いたのもある。が、救国の英雄とは良好な関係を築いていくべきだとあれから思い直してな――まあ、そこのディアレス・アークライトの助言もあったのだが」


 虚実織り交ぜるのが上手い。

 一から十まで嘘ではない感じが言葉に真実味を持たせている。


「いずれにせよ先のオレの振る舞いは次期聖王候補として恥ずべきものだった。どうかこのオレを許してはもらえまいか?」


 この王子の謝罪はディアレスさんの画策でもある。

 それを俺は知っている。

 だからこちらもしっかり乗っていくべきだ。


「私のような者が王子を許すなど……分不相応にございます。ですが、良好な関係を築きたいという点につきましては快く受け入れたく存じます」

「うむ、おまえが物わかりのよい男で助かった」


 まあ、俺はここへ至る内実を知っている。

 なので物わかりがよくなるのも当然と言えるのだが。


「おまえの寛容なその態度は覚えておくぞ、禁呪使い」

「ありがたきお言葉です」


 その時、王子の声音に変化が見られた。


「ふむ? 思ったより礼儀正しい男のようだ。存外、最初のオレの感情的な接し方に問題があったのかもしれぬな……なあ、ディアレス?」

「普段個人的に接している経験から言わせていただきますと、彼はとても人のよい聖樹士候補生です。いざ戦いとなると、戦鬼の貌となりますがね」

「なるほど、穏と激の落差が激しい気質か。それはそれで面白い……いずれにせよ、今後もその力をルノウスレッドの民のために役立ててほしい」


 王子が手を差し出してきた。

 頭を低くしつつ俺は両手で手を取る。

 今の言葉は《ルノウスレッドの民》という部分を強調するあたりがミソとも言える。

 遠回しに《この国を裏切るな》という意図を伝えようとしているわけだ。


「努力いたします」

「うむ」


 奇妙な図だと思った。

 王子は本心を上手く隠して接しているつもりなのだろう。

 しかし俺の方は、王子の本心を知った上でこうして握手を交わしている。


「今回の件の詫びと言ってはなんだが、特級聖遺跡攻略の際にはオレも何か支援をしようではないか。そうだな……例の聖武祭襲撃を起こした終ノ十示軍が残した武器やら何やらだが、今は王家の宝物庫に入っている。それをおまえに与えようではないか。攻略に使用するなり、売り飛ばして必要な物資の購入資金にあてるなりするといい」

「感謝いたします」


 突然の王子の謝罪から始まった謎の融和。

 キュリエさんとマキナさんは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていた。

 まあ、裏で行われていた王子とディアレスさんの会話を知らないとそうなるのもおかしくはないと思う。


 それからもう一度、俺は王子と堅い握手を交わした。


「…………」


 そっか。

 これもディアレスさんの言っていた、貴族社会的な駆け引きというやつなのかもしれない。


 時に感情が合理を上回り、時に合理が感情を上回る。


 合理を取る時は自尊心などの個人の感情はぐっと抑える。

 それをこうして平然とこなすという点では、確かにユグド王子は有能なのかもしれない。


 さて。

 ひとまずこうして《平和協定》を結んだのだから、俺も今は王子への見方を《敵》とすべきではないだろう。


 当然だけど、俺だって好んで《敵》を作りたいわけじゃない。


 ただ敵が敵として《敵》たるから叩き潰す必要が出てくるだけの話だ。


 極論、大切な人たちに害を及ぼす者がいないのなら、サガラ・クロヒコにとっての《敵》は存在しない。


 しかし、と思った。

 俺は握手を交わしながら、上手くできているかどうかわからない微笑を作る。


「…………」


 こういう交渉力や暗躍がモノを言う駆け引きの世界は……やっぱり俺、向いてない気がするなぁ……。



     *



 残り少ない暑期休暇を俺は普段通りに過ごしていた。


 肝心の特級聖遺跡の方は、どの段階でサガラ・クロヒコに騎士団として攻略許可を出すか、ソギュート団長たちが何度か場を持って話し合ったそうだ。


 結果、学園の聖遺跡攻略でディアレス・アークライト率いる攻略班が打ち立てた最高記録を破ることができたら特級聖遺跡攻略を認める――そのように決定したらしい。


 学園の聖遺跡攻略は後期授業開始と共に解禁される。


 聖武祭に燃えた暑期休暇は終わりを迎え、いよいよ、後期授業が始まろうとしていた。


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