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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第二部
258/284

第17話「王と支の関係性」


 謁見と謁見後のひと悶着を終えた俺たちは、謁見前に待機していた部屋に戻った。


 部屋に戻ると、マキナさんがユグド王子の話を始めた。


「ユグド王子の溺愛する弟のゼローム王子が、最近のあなたとセシリーの関係を知って自室に引きこもるようになってしまったらしいのよね。そんな弟の姿を目にしたユグド王子は心を痛めていたそうよ」

「そんなのクロヒコに非はないだろう。クロヒコを責めるなんてお門違いもいいところだ」


 キュリエさんが不服を口にした。


「ええ、もちろんクロヒコに一切の非はないわ。セシリーだって好きでクロヒコと今の関係にあるのだろうし。ただ――」


 マキナさんが難しい顔になる。

 難題を前にしているみたいな表情。


「あんな性格だけれど、ユグド王子は有能な人物でもあるのよ。次期聖王の座を期待される程度には、ね。彼を支援する貴族も多いわ」


 そう言ってからマキナさんは少し城で別の用事があるからと部屋を出た。

 彼女の用事が終わってから帰る感じになりそうだ。


 で、俺も一緒に部屋を出た。


 なぜかと言えばトイレへ行くためである。

 場所がわからなかったので、一緒に部屋を出たマキナさんに場所を聞いた。


 そしてマキナさんと別れた俺は、学園のものと作りの違う城のトイレから出てきたのだが――


「ま、迷った……」


 聖ルノウスレッド城はすごく広い

 しかも廊下の見た目がどこも似ている。

 いや、学園と違って初めて来る場所だからどこもかしこも同じ廊下に見えるのだろうけど……。

 さらに困ったことに、歩けば歩くほどひと気は少なくなっていった。

 女官さんや兵士の人たちの姿がまだ見えていた時に、部屋の場所を素直に聞けばよかった……!


 というか、ここはどこなんだ。


 自分の情けなさに肩を落とし、廊下の角を曲がろうとした時だった。


「なんだと?」


 あれ?

 この声って……。


「サガラ・クロヒコには謝罪をしておくのが賢明だと、そう申しました」


 ユグド王子と……ディアレスさん?


「そうか。この頃は兄妹そろってあの禁呪使いと懇意にしているんだったな?」

「ふふ、否定はしませんがね」


 暖簾に腕押しといったディアレスさんの態度のせいか、ユグド王子の熱も勢いが落ちていく感じがあった。


「ちっ」


 舌打ちするユグド王子。


「他の者ならまだしもおまえの言だからな……一応、耳を貸そう。おまえは情を超越する理の人間だ。そこは信頼している」

「ありがとうございます、王子」

「で?」

「禁呪使いと敵対するのはやはり避けた方がよろしいかと。王子の今後を考えても」

「なぜだ? ゼロームの件もあるが、やつは流れ者と聞いている。いつ他国に尻尾を振り始めるかわからんだろう」


 廊下の壁を背にするディアレスさんに、王子が指を突きつける。


「いいか? 聖武祭中、禁呪使いはあの《ルーヴェルアルガンの魔女》と密会していたと聞いている」

「仲がよいのは事実のようです。ですが私の見立てでは、禁呪使いがルノウスレッドを捨てる可能性は皆無に等しいかと」

「なぜ言い切れる?」

「様々な要因がありますが、今の彼が私の妹を裏切って他国へ走るとは思えません。セシリー自身も、アークライト家を捨てられないでしょうし」

「おまえの妹の存在が、禁呪使いをこの国に繋ぎとめると?」

「言ったように、それだけではありませんが――しかし妹の存在だけでも、十分つなぎとめる鎖にはなるかと」

「腹のうちは読めているぞ、ディアレス」


 王子が嗜虐的な笑みを浮かべる。


「だからゼロームの件をぐっと堪えて、横槍を入れず、おまえの妹を禁呪使いに渡せとこのオレに言っているわけだろう?」


 微笑するディアレスさん。


「そういう見方もできますが、あくまで私は事実を述べたまでです」

「ふん」


 王子は鼻を鳴らすと、仏頂面で髪を撫でつけた。


「ゼロームに芽がないのは……まあ、オレもわかっている。仮にあの子がおまえの妹と一緒になっても、十中八九上手くはいかんだろう。早々、破たんするに決まっている」

「おや? これは意外なお言葉ですね? まあ、慧眼な王子らしい認識とも言えますが」

「今の発言、下手をすれば不敬罪だぞ」

「ふふ、これは失礼をいたしました」

「とはいえ、だ。ゼロームのあの気落ちぶりを見ていたら、どうしても禁呪使いへの憎しみが膨らんでしまってな」

「妹の方は不問で?」

「どうもおまえの妹は苦手だ。話すたび、いつも仮面を被った相手と会話しているようでな……」

「皆が思うよりあれは複雑な娘です。並みの男の手には負えないでしょう」


 息をつく王子。


「で、その並ではない男らしい禁呪使いに謝罪をしろと?」

「よくお考えください。あの者は四凶災を、二人も殺したのです」

「…………」

「四凶災の存在が帝国に東方侵略を断念させた事実は王子もご存じのはず。つまり彼には、それだけの力があるということです」

「見ようによっては一国級の戦力、か」

「はい。さらに見方を変えるのなら、彼が万が一にもあなたやゼローム王子を亡き者にしようとその力を使ったなら――」


 ディアレスさんの声が鋭い刃めいた響きを帯びる。


「おそらく、実行は可能です」


 深く思案する気配を放つ王子。


「要するにおまえはこう言いたいのか? 親密な人間という鎖――たとえばおまえの妹などの存在によって、この国の駒として禁呪使いを飼っておくのが正しいと?」

「禁呪使いの勇名はすでに他国へも広まっております。抑止力としても十二分に有用かと」

「……御せる相手か?」

「応対さえ誤らなければ、可能と見ております」


 だめ押しとばかりに、ディアレスさんが畳みかけた。


「それに……御父上はああ言っておられましたが、あなたには十分王の資格があると私は考えております」

「はっ、わかっているではないか!」


 ニコッと微笑むディアレスさん。


「ただし、自分の欲望や自尊心を抑えられたらの話ですが」


 満足げだった王子が一転、釈然としない空気を放つ。

 舌打ちする王子。


「おまえは天性の人たらしだな、ディアレス」

「ふふ、お褒めに与り光栄でございます」

「わかった、いいだろう」


 押し負けたとばかりに息をつく王子。


「今回は国の将来を見据え、先ほどの件を禁呪使い謝罪するとしよう。ただし――」

「何か条件が?」

「家臣や城の者に謝罪の件が伝わるよう手配しろ。特に、父上のお耳にはしっかり入るようにだ」

「隠すのではなく、ですか?」

「そうだ。その方が結果としてオレの評価は上がる」

「なるほど。一歩先をお考えになるその姿勢には敬意を表します。では、そのように手配いたしましょう」

「ふん、今回はおまえの思惑通りに動いてやるさ」

「ふふ、是非ともそうしてください」

「それにしても――」


 王子が口惜しげに言う。


「なぜおまえは女に生まれてこなかった? もし女に生まれてさえいれば、迷いなく未来の王妃の座に据えてやったというのにっ」


 鋭い才人の空気が消え去り、普通に困った空気を出すディアレスさん。


「と、私に言われましてもねぇ?」

「まあ、安心するがいい。オレが王の座についたあかつきには、おまえは王の剣術指南役として取り立ててやる」

「光栄にございます」

「いいか。王になったあともしっかりオレを支えろ。さすれば、アークライト家は安泰だ」

「その日が来るのを、心待ちにしております」


 …………。

 ええっと。

 丸くおさまった、のか?

 少なくとも、ディアレスさんが俺のことを考えて発言してくれていたのは伝わってきた。

 あえて《抑止力》とか《有用》みたいな単語を使って俺との距離感を演出するあたりも、さすがという感じだった。

 人たらしという王子の評はやはり的を射ているのかもしれない。


 しかし……。

 今回はたまたま通りかかったが、ひと気のない廊下でこんな会話が行われているとは。

 うーむ。

 ユグド王子方面の問題は、ディアレスさんが王子の傍にいれば大丈夫な気もしてきたぞ?


「では禁呪使いのところへ行くぞ、ディアレス」

「はい」


 へ?


 え?

 もしかしてこれからすぐあの待機部屋に来るのか?

 だとすれば――い、急いで戻らないと!


 俺は気配を薄く保つよう気をつけつつ、こっそりその場を離れた。


「…………」


 って、迷子になってる最中なんだった!

 ど、どうしよう?

 しかもこういう時に限って、どうして人と出会わないんだっ!


 俺は走ってキョロキョロした。


「あら、クロヒコ? こんなところで、一体どうし――」


 うぉぉっ!

 やった!


「マキナさーん!」

「ちょっ!? い、いきなり抱きついてきて――どうしたのよ!?」

「はっ!」


 しまった。

 頼りになる人と出会ったのが嬉しくて思わず抱き着いてしまった。


「す、すみません」

「も、もう……」

「マキナさんは、なぜここに?」


 顔を赤くしたマキナさんが、抱き着かれた勢いでちょっと乱れた服を直す。


「別件の用事が終わったからね。あなたこそ、こんなところでどうしたの?」

「実は用を足しにいったんですが、その……迷ってしまって」

「ああ、そういうこと。なら、のんびりと二人で戻――」


 俺は膝をつき、マキナさんの両肩に手を置いた。


「い、急いで戻りたいんです!」

「は?」

「説明している暇はないんですが、事情がありまして! 至急あの部屋に連れて行ってください! この通りです!」

「わ、わかったわよっ」


 マキナさんが方向転換し、きゅっ、と俺の手を握った。

 相変わらずのふにっとした柔らかい手が――とか、感じている場合ではない。


「ほら、こっちよ!」


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