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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第二部
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第16話「次期聖王」


「ゆ、ユグド王子?」


 マキナさんが困惑している。

 予想していなかった流れのようだ。


「マキナは黙っていろ。オレは今、禁呪使いと話している」


 釘を差すみたいに、ユグド王子がキュリエさんを一瞥。


「おまえもオレが許可を出すまで口を閉じていろ、キュリエ・ヴェルステイン。この王都で今後も《幸せ》に暮らしたいだろ?」


 俺はキュリエさんに目で合図した。

 ここは任せてください、と。

 不安を覗かせつつも、キュリエさんは小さく頷いてくれた。

 喉の調子を整えて俺は王子に頭を垂れる。


「ご挨拶が遅れて申し訳ございませんでした、ユグド王子。聖ルノウスレッド学園の候補せ――」


 ぐい。

 しゃべっている最中に太ももを、足で踏まれた。


「そこからは少し前にもう聞いた。王子たるこのオレに無駄な時間を取らせるな」

「――失礼いたしました」


 聖王家の第一王子がひどく病弱なため、次期聖王は第二王子のユグド・ルノウスレッドと言われていると聞いた。


 謁見の場に顔を出せぬほど身体の弱い第一王子のことを考えれば、若く健康な第二王子が次期聖王として期待されるのは自然な流れだと理解はできる。


 ちなみに第三王子のゼローム王子は二人の兄と比べてまだ若いのに加え、ユグド王子ほどのまつりごとの手腕が期待されていないという。


 性格に多少の難こそあれユグド王子以外に適役はいない。

 それが俺の知っている情報だ。


 聞けば多くの家臣団や貴族たちは、次期聖王に目をつけられてはかなわぬと、ユグド王子にはあまり逆らわないという。


 しかしそのせいか近年、傍若無人ぶりが目立つようにもなってきたらしい。


 今の王家の基本情報は騎士団の人たちが教えてくれた。

 なので俺も以前よりは王家関係の話に詳しくなっている。


「父上にうまく取り入ったものだな」


 顔は見えない。

 が、見下した空気は伝わってくる。

 いや、というより――


 敵意に近い?


「理解しかねるな。どいつもこいつも、出自も知れんこんなぽっと出の異国人をありがたがっている……禁呪などという得体の知れん力を使う男の存在を、誰も不気味と思わないのか? 皆の者はどうだ?」


 愉快げに問う王子。

 反応に困ったような空気が場に流れる。

 問いかけられた人たちの作り笑顔が、目に浮かぶようだった。


「ほぅ、バケモノなりに人畜無害を装う術を学んでいるわけか。ふん、お人好しの目立つこの国に流れ着いて幸運だったな? そしてその見せかけの人畜無害ぶりにセシリー・アークライトも騙されたというわけか」


 …………。

 セシリーさん?


「お、肩が動いたな? ぴくりとも動かんから、跪いたままこのオレの威光で気絶しているのかと思っていたぞ」

「――っ」


 息を呑むマキナさんの気配。


「だがまあ、こうして足を置きやすい姿勢を維持している点は評価してやろうか」


 垂れた俺の頭を、王子が足で踏みつける。


「自分の立場をよく理解しておくことだな、禁呪使い。オレは次期聖王を嘱望された正統なる王族であり、一方、おまえは所詮この国に流れ着いた一介の傭兵風情にすぎん」

「きさ、ま――」


 剣呑さを放つキュリエさんがそう言って立ち上がりかけた。

 同時にマキナさんも、何か言葉を発しかけた雰囲気があった。


 しかし、二人の行動は止まった。


「王子」


 俺がそう言葉を発したことによって。


「もし私の態度に何か問題があったのでしたら、謝罪いたします」

「はっ! なかなか殊勝ではないか、禁呪使い。もっと凶暴な男だと思っていたが――ふん……逆上の一つでもしてくれれば、愉快なひと幕が見られただろうに。残念だ」


 以前マキナさんから、王子の一人がセシリー・アークライトに熱をあげているという話を聞いたことがあった。


 確か熱をあげている王子の名は――ゼローム王子。


 第三王子だ。


 ユグド王子とディアレスさん。

 ゼローム王子とセシリーさん。


 彼らはそれぞれ互いに年齢が近いらしい。


 アークライト兄妹の祖父であるガイデンさんが聖王と親密なのもあり、両家のきょうだい同士で会う機会が一時期多かったという。

 そんな日々を過ごす中、ゼローム王子がすっかりセシリーさんに惚れこんでしまったそうだ。

 …………。

 まあ男たるもの、セシリーさんに惚れてしまうのは仕方ない気もするが。


 で、ユグド王子はその第三王子を溺愛しているという。

 つまりサガラ・クロヒコはゼローム王子の恋敵だと思われている節がある。


 ユグド王子が愛する弟の恋敵に敵意を持っている。

 その説は、考えられる。


 ただ、過去にキュリエさんが登城する際にセシリーさんが付添い人の候補から外れた理由は、ゼローム王子と顔を合わせるのを避けたためだとも聞いた。

 ゼローム王子はベースの性格が引っ込み事案のわりに、時と場合によっては異様に押しが強いというアンバランスなタイプだそうだ。

 その押しの強さを苦手と感じたセシリーさんが、ゼローム王子を避けている可能性は高い。

 うーん。

 となると、セシリーさん側にも脈はなさそうだけど……。


「ちっ」


 ユグド王子の露骨に不機嫌な舌打ち。


「まるで歯ごたえがないではないか。禁呪使いとは名ばかりで、その実はただの腑抜けか?」

「――――」


 どう答えればいい?

 あるいは黙っているのが正解なのだろうか?


「マキナ」


 ん?


「貴様が長を務める学園は、候補生に一体どういう躾けをしている?」


 矛先が、マキナさんに向いた……?


「……と、申しますと?」


 若干、狼狽した様子のマキナさん。


「質問に質問で返すな。聡明なおまえらしくないぞ」

「も、申し訳ございません」

「王族の問いに対し逃げの弁ばかり候補生に述べさせるのが、おまえの学園の教育方針なのかと、オレはそう聞いている」

「そ、そのような方針を取っているつもりはございませんが」

「しかし現実としてオレは、おまえの学園に通う候補生に不快な思いをさせられている。これは、そうだな……今後の学園に関する様々な見直しを検討すべきかもしれんな。いいか? これは長としてのおまえの甘さが招いた――、……っ!?」



 ユグド王子が一歩、後ずさった。



「ぐっ……!」


 怯んだ気配のまじったその瞳には《サガラ・クロヒコ》が映り込んでいる。

 王子の瞳に映る俺は、なんだか自分じゃないみたいにも思えた。


「――――――――」

「な、なんだ……おまえ……このオレに、そのような――」


 俺自身はどんな扱いを受けてもかまわない。

 嫌味を言われても。

 皮肉を言われても。

 罵倒をされても。

 頭を、足蹴にされても。


 だけど、その矛先をマキナさんへ向けるのなら、


 仮に相手が王族であろうと、話は違ってくる。


 誰であろうと、関係がなくなる。


 俺にとっての《敵》になるのなら、ただ《そうなる》だけの話だ。


「く……くく……なるほど、それが本性というわけだ。ふん……セシリーのやつもこの本質が見抜けず、愚直な強さのみに惹かれたか。ゼロームのやつもかわいそうに。宝石と呼ばれる女も所詮、目の曇った馬鹿な女でしか――」


 …………。

 なるほど。

 そっちにも矛先を向けるわけか。

 どうあっても俺と、敵対したいわけか。

 いいだろう。

 だったら――



「ユグド」



 脚と腕に俺が力を込めた時だった。

 先ほど姿を消した扉から、再び聖王様が姿を現した。


「ち、父上っ!?」

「おまえが残っていたのが気にかかって様子を見に戻ってきてみれば……この国を救った英雄に対し、言いがかりにも等しい無礼を働いているとは」


 ツカツカと歩み寄る聖王様に、王子が弁解を始める。


「違うのです父上っ! この男は――」


 聖王様が手の甲で、王子の頬をぴしゃりと叩いた。


「恥を知れ、ユグド」

「ち、父上……っ!」

「その様子では、まだまだ王の座を渡すわけにはいかんようだな」

「――、……くっ!」


 王子がぶっきらぼうに踵を返す。


「行くぞ、ディアレス!」


 ディアレスさんは聖王様に一礼すると、不機嫌を放ちながら退出する王子のあとに続いた。


 扉が閉まる。

 聖王様が息をついた。


「アレは甘やかされて育ってきたせいで、我が強くなりすぎた」


 しみじみした顔をする聖王様。


「ユグドに自我が芽生えた頃、私は身体の調子を崩しがちで長く床に伏せっていてな……親として正しい教育をすることができなかったのだ。ゆえに、ユグドの無礼は私の責任でもある」


 聖王様が俺たちに頭を下げた。


「王ではなく一人の父として息子の無礼を詫びよう。すまなかった」

「いえ……せ、聖王様がそのように頭を下げられる必要は……」


 気づけば俺の怒りも、すっかり霧散していた。


 正直こんな風に謝られてしまうと何も言えない。

 うーむ。

 聖王家は聖王家で色々あるんだなぁ……。

 しかし、と俺は思った。


「…………」


 ユグド王子が《敵》になる可能性は一応、心に留めておく必要があるかもしれない。


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