第15話「謁見」
威厳のある声とはこういうものを言うのか。
正統派を思わせる王の風格。
聖武祭で目にした時もそう感じた。
厳格さの象徴とも思える、顔に刻まれた力強いシワ。
腰が曲がっている印象はない。
杖は足腰を支えるものではなく王の錫杖というやつだろう。
一見して目もとは穏やか。
しかし瞳の奥は賢者のそれと思えるほど、深みが感じられる。
「聖ルノウスレッド学園の聖樹士候補生、サガラ・クロヒコと申します。こ、このたびはお会いできて光栄にございます」
俺は緊張気味に挨拶する。
キュリエさんが同じように続いた。
聖王様が立ち上がる。
気配でそれがわかった。
「禁呪使い殿、戦乙女殿……よくぞ参った。さて、おもてを上げてもらえるだろうか」
俺たちは顔を上げる。
マキナさんによると、こういうやり取りは一種の儀礼的なものだそうだ。
「…………」
えっと。
この沈黙はただの間なのだろうか?
俺はこのまま黙っていてオーケーなのだろうか?
どう話せばいいのか皆目見当がつかない。
マキナさんからは、基本は質問に答える形でいいし、いざとなれば助け舟を出すと言われているのだが。
聖王様が微苦笑する。
「そなたたちは救国の英雄と呼んで差し支えない。ゆえに本来であればそう畏まる必要もないのだが……まあこの堅苦しさも、国を国たらしめるための様式の一種でな。少々形式ばって窮屈かもしれぬが、しばし我慢していただきたい」
なんというか、聖王様なりに気を遣ってくれている感じだった。
聖王様には、力強さと優しさが同居している印象がある。
「まずは先立っての四凶災襲来の折、王として大した支援ができなかったことを詫びさせてもらいたい。聞けば、古狸の宮廷魔術師殿が先ほど抜け駆けしたようだがな」
王のその言葉にワグナスさんは、冗談っぽく老獪な笑みを浮かべるだけだった。
今のやり取りの感じで、普段の二人の仲のよさは推察できた。
というか……。
今のも多分、俺の緊張をほぐすために空気を軽くしようとしてくれたのだと思う。
聖王様が慕われている理由も、わかる気がした。
「あの」
俺が口を開くと、注目が集まったのがわかった。
「その、あくまで私の個人の印象となりますが……先の四凶災襲来においては、皆が皆、それぞれが考えうる最善を選択したと思っております」
「ふむ」
「自分にできうる最善を皆が尽くした結果、人的被害が拡大せず、四凶災の脅威を打ち払えたのだと……わ、私は考えております」
……って、これでいいのだろうか?
要するに俺としては、最後まで城に残ると言った聖王様の行動も、反対に彼を逃がそうとしたワグナスさんの行動も間違ってはいなかったはず、と言いたいわけなのだが。
聖王様が、温厚な目で俺を見た。
「謙虚なのだな、クロヒコ殿は」
王様に《殿》つきで呼ばれるとある種の面映ゆさがある……。
そのあとは空気もだいぶ和らいだ感があり、色々と労いの言葉をもらえた。
「後日、そなたらに何か褒美を取らせようと考えているのだが……何か望むものはあるか? あれば、この場で望みを聞こう」
聖王様が褒美の話を始めた。
……褒美か。
「キュリエ殿はどうだ?」
跪いて頭を垂れたあと、しばしの黙考があって、キュリエさんは謝罪の言葉を発した。
「申し訳ありません……すぐに思いつきそうにありません。その……私としましては、この王都で普通に生活できていることが褒美のようなものですし」
「そなたは、あの終末郷の第6院出身者と聞いておる」
「……相違ございません」
場の空気がいささか張りつめる。
今まで第6院の話題は空気的に避けられていた感じがあった。
俺は聞き慣れた話題である。
しかし大多数の人々とって、悪名高き第6院関係は忌まわしき話題と言えるのかもしれない。
キュリエさんは悪事を働く人間ではない。
だが、第6院の出身者という括りで見れば悪評の絶えない時代があったのもまた確か。
和やかさの消えた王の間に、緊迫した空気が流れる。
「キュリエ殿」
「はっ」
「そなたが第6院で過ごした時代よりは……この王都での今の暮らしは、幸せと言えるか?」
「――は?」
思わず素が出た顔で、ぽかんとするキュリエさん。
予想外の質問だったのだろう。
もっと殺伐とした問いだと思ったのかもしれない。
事実、俺もそう思っていた。
「は、はいっ」
面食らった様子でキュリエさんが我を取り戻し、肯定の言を述べる。
聖王様の表情がかすかに綻んだ。
「であれば喜ばしいことだ。今後も聖樹士候補生として、また、この王都で暮らす一人の人間としてより幸福な生活を送れることを、ささやかながら祈っておる」
「あ、ありがたきお言葉にございます……」
まだ戸惑いを引きずりつつ、恭しく頭を下げるキュリエさん。
うーむ、これが聖王ロデオット・ルノウスレッドか。
聖人というか、人格者というか……。
「さて――そなたは何か所望する褒美はあるか、クロヒコ殿?」
きた。
俺の番。
唾を飲み込み、切り出す。
「もし許されるのでしたら――聖王様に一つ、お願いがございます」
「ほぅ? 申してみよ」
俺はしっかりと聖王様を見上げ、願いを告げた。
「私に、特級聖遺跡攻略の許可をいただけないでしょうか」
一瞬、ざわめきが起こった。
この場にいる大多数の人間が想像していた褒美と比べると、あさっての方向の願いごとだったのかもしれない。
「ほぅ、特級聖遺跡とな?」
「もちろん現在攻略を担っている聖樹騎士団よりのちにしかるべき正式な承認は得るつもりでございます。しかし聞きましたところ、特級聖遺跡の攻略にはまず聖王様の承認が必要とお聞きしまして」
聖樹の守り人である聖樹士は、王から叙勲を受けた騎士とほぼイコールの存在。
そして騎士団の聖樹士は特級聖遺跡の攻略が認められている。
要するに候補生が晴れて聖樹士となり騎士団へ入った時点で、自動的に攻略許可が王から与えられるという形なわけだ。
しかし、サガラ・クロヒコはまだ候補生の立場。
聖樹騎士団員ではないため攻略の許可を得ていない。
王の承認があった方がよさそうだとディアレスさんが言っていたのは、そういう事情があったわけだ。
「候補生の身で、特級聖遺跡に挑みたいと申すか」
何かを見定める目で聖王様が俺を見つめる。
「特別な事情があるようだな?」
「卒業を待っていては間に合わない、個人的事情がございます」
「ふむ」
視線を伏せ気味にし、しばし考え込む聖王様。
今の俺の願いがどのくらいの無理を言っているのかはわからない。
特例を認めてもよいものなのかどうかも、わからない。
だが、言わないわけにはいかなかった。
正否がどうであれ、できることはやっておきたい。
「よかろう」
え?
「サガラ・クロヒコの特級聖遺跡攻略を認める」
「あ――」
俺は深々と頭を下げた。
「ありがとうございますっ」
「うむ」
聖王様の視線が、脇の方に控えていたディアレスさんへ送られた。
「ディアレス」
「はい」
「私は特級聖遺跡に関する知見が深いとは言えぬ。王として許可は出したが、サガラ・クロヒコに関する特級聖遺跡攻略の件は今後騎士団に一任する」
「かしこまりました」
ディアレスさんが俺にアイコンタクトを送ってきた。
やりましたね、みたいな視線だった。
*
謁見が終わると聖王様が軽く退出時の挨拶をした。
そしてワグナスさん、ガイデンさん、他の一部の家臣団を伴って玉座の脇にある扉の奥へと歩き去った。
聖王様が消えたのを見計らうと、家臣団のうちの一人が玉座の脇に立って謁見終了の言を述べた。
マキナさんが綺麗な動作で立ち上がる。
謁見中の彼女の所作はいかにも貴族然としていた。
つき合いもそこそこ深くなってきたと思っていたけど、やっぱり俺の知らない部分もいっぱいあるんだなぁと実感する。
「二人ともお疲れさま。さて、私たちも退出を――」
「待て」
玉座の脇から一人の男が言葉を発した。
ユグド王子。
彼は聖王様と一緒に退出しなかった。
ユグド王子が発言すると一瞬、この場に残っていた家臣団が静かにざわめいた。
「このまま退出とは――笑わせてくれるではないか、禁呪使い」
王子がこちらへ歩いてくる。
「オレへの挨拶が、まだないようだが?」




