第14話「お父さまっ!」
「頼まれるも何も、ま、マキナさんにはむしろお世話になりっぱなしと言いますか……っ」
ふむ、と唸るワグナスさん。
「あの四凶災と死闘を繰り広げたという話が信じられんほど、温厚そうな少年じゃないか」
父の評を受け、隣にちょこんと立つマキナさんが言う。
「やる時はやる男なのですわ、お父さま」
「なるほど」
ヒゲを撫でてしみじみとするワグナスさん。
「そこそこ色っぽい話があってもよい年頃なのに、さっぱり男の話をせん娘でなぁ……騎士団にも目ぼしい男たちが揃っているはずなのだが、騎士団の話になってもそんな気配が微塵もない。私もほとほと諦めていたのだが――」
ワグナスさんが感慨深そうな顔になり、マキナさんの頭をナデナデする。
「ある時期からこの子が、頻繁に一人の男の話をするようになったんだよ。これが、他の男たちの時とは比べものにならんほど……なんというか、話す時に熱があってな? それが、クロヒコ殿だったのだ」
「お父さま?」
大きく無骨な手で頭をナデナデされながら、父をじろりと睨め上げるマキナさん。
「そんな話をしにきたのではないのでしょ?」
「ふっ、すまんすまん。いや、サガラ・クロヒコとキュリエ・ヴェルステイン――君たちにはひと言、謝りたくてな」
「謝る、ですか?」
「四凶災襲来時のことをだ」
娘の頭から手を離すと、ワグナスさんは神妙な面持ちになった。
「私や近衛隊は聖王を逃がすため、迷わず王を連れて城の避難道へ向かった。自分が逃げては民に示しがつかないと聖王は食い下がったが……王が死んでしまっては国そのものが危うくなる。特に今の王は簡単に死なせるには惜しい賢王。だから私と近衛隊は、北の公爵領へ逃れるべくそのまま避難を選んだ。君たちに四凶災の相手を押しつけてな」
本心ではあるのだろう。
一方、他の意図もうかがえた。
聖王は逃げようとしなかった。
そう伝えたいのだと思う。
自分が卑怯者の誹りを受けてでも、王の名誉を守ろうとしている。
立派な人なんだな、マキナさんのお父さん。
俺は言った。
「四凶災が襲来している時も、そのあとも……聖王を責めている人は誰一人いませんでしたよ」
聖王様は避難しただろうと口にする人はいた。
だけど、そのことを非難している人はいなかったと思う。
「信頼されている王様なんでしょうね。王都の民は逃げてでも聖王様には生き残ってほしいと、そう思ったんじゃないでしょうか」
「クロヒコ殿……」
「そ、それに……結果として四凶災は倒されたわけですし。悪いのは四凶災であって、聖王様やワグナスさんではないと思います」
「私も同感です」
キュリエさんが続いてくれる。
「あえて言い添えるとするなら――あの時、王都には四凶災との戦いを望む戦闘狂がいました。その男が来ていたのなら、四凶災はいずれすべて殺されていたと思います」
「その男は……例のヒビガミという、第6院の?」
頷くキュリエさん。
マキナさんから聞いたのだろうか。
ヒビガミの存在はワグナスさんも知っているようだ。
息をつくワグナスさん。
「やれやれ、逆に王都を救った恩人たちに気を遣わせてしまうとはな……若いのに人が出来過ぎている。マキナよ、彼らの後期授業の評価点……無条件で満点にしてもよいのではないか?」
「あら、規律を重んじる頭のお固い父の言葉とは思えませんわね?」
「はは、冗談だよ。まあ、それに値する功績だとは思うがな。とりあえず二人には改めて、ルノウスフィア公爵家当主として感謝申し上げる」
ワグナスさんが恭しく頭を下げた。
「マキナを通してでもいいから、何かあれば遠慮なく言ってくれたまえ。私の立場上協力できる範囲は限られるが、何かあれば力をお貸ししよう」
「あ、ありがとうございます」
こんな偉い人に畏まられると、こちらが恐縮してしまう。
「しかし――」
不意にワグナスさんが切り出した。
「いつまでも色気のない娘だと思っていたが……私としては、ひと安心といったところだ。ちゃんとそっちの目もあったようだな」
ワグナスさんの服の裾を摘まんで、ちょいっ、とマキナさんが引っ張る。
「お父さま? ご用事が済んだのでしたら、もう退出していただいてもよろしいかしら?」
「折り入ってクロヒコ殿に、お聞きしたいことがあるのだが」
退出を促す娘をスルーし、ワグナスさんは続けた。
「たとえばの話……結ばれる相手の体格や見た目が仮に年相応に映らなくとも、君は一人の異性として愛を注げるものかね? この場合、実年齢よりもかなり幼く見えるという意味なのだが……まあ私としても、適度な時期に孫の顔が見られると嬉し――」
「お父さまっ!」
飛び上がるマキナさん。
「ほら! 目的のご挨拶と謝罪は済んだのですしっ! もう出て行って――くだ、さい、まし!」
マキナさんが父親をぐいぐいと押して部屋の外へ追い払おうとする。
「だが、おまえの見た目や体型の話は私以外ではなかなかできんだろう? その話をすると、おまえはあからさまに不機嫌になるからな……だからこそこういう時は、父である私が責任をもって――」
「相手が父親でも、怒る時は怒りますわよ!」
「ははは、おまえの腕力で追い出されるほど私は老いぼれてはいな――」
「ミストルティン! ミストルティン!」
「わ、わかったわかった……」
苦笑する父は、固有術式名を攻撃的に連呼するぷんすか娘によって強制退出させられてしまった。
ドレスの裾を整えるマキナさん。
「というわけで――」
そして左右の腰に手をあて、俺たちの方を振り向いた。
「お父さまに振り回されて伝えるのが遅くなったけど、謁見の準備が整ったわ」
*
生きてきてこれほど緊張した経験は、数えるほどしかない。
一国の王との謁見。
女官さんに導かれて謁見の間へ近づくにつれて、廊下の調度品や装飾のランクが上がっていくのが俺にもわかった。
ランクが上がるたび、近づいているのだという実感が湧きあがってくる。
ちなみに最後尾を歩くマキナさんは、いつもよりやや白地が多いが、定番のゴスロリ服。
キュリエさんは正装と言わんばかりの例のドレス姿。
そして俺は、学園の制服。
候補生として会うならこれが一番いいだろうとマキナさんが言ったためだ。
まあ、いずれにせよ俺はこれ以外のフォーマルっぽい服を持っていないのだが……。
しばらくすると、両開きの扉の前に到着した。
前の世界でファンタジー系のRPGで見たそのままと錯覚するばかりの扉。
扉にはクリスタルがはめ込まれている。
また、聖樹の蔦を思わせる金の装飾も施されていた。
いかにも、という感じだ。
扉が厳かに開く。
女官さんが数歩行ってから脇に寄り、頭を下げる。
「このままお進みください」
「は、はい」
この時から俺が先頭となる。
言われた通りに前へ進む。
両脇には家臣団と思しき人たちが控えていた。
見知った顔もちらほらある。
ガイデンさん。
先ほどお会いしたワグナスさん。
よく見ると玉座脇の柱近くには、ディアレスさんの姿もある。
紅白の絨毯が真っ直ぐ前へ伸びていた。
緊張しながら絨毯を踏みしめて前へ出ると、玉座に腰をおろす厳格そうな細面の老人と対面。
聖王様。
聖武祭を見物しに来ていたので顔は知っている。
横に仏頂面で立っているのは、第二王子のユグド王子。
軽く唾をのみ込んでから、マキナさんに教えられた通り跪く。
キュリエさんたちも、同じように跪いた。
マキナさんが言った。
「サガラ・クロヒコ、キュリエ・ヴェルステイン両名を連れてまいりました」
聖王様が口を開く。
「ご苦労だった、マキナ嬢」




