第13話「影の貢献」
女官っぽい人に先導されて城内に入った俺たちは、城の中にある一室へ案内された。
城の廊下を歩いている時はいよいよ西洋の古城巡り、あるいは、おとぎ話の世界という感覚に陥った。
俺だけずっときょろきょろしていた。
ちょっと浮いていたかもしれない……。
最初、城の中を行き交う人たちが不思議と生きている人間とは思えなかった。
言い換えれば現実味がなかった。
まるで映画の中に入り込んでしまったような感覚とでも言おうか。
はっきり言って、軽く感動していた。
あまりにも俺が物珍しそうにしていたからか、果ては女官さんに、
「ふふ、そんなに城の中がお気に入りになられましたか?」
と、微笑ましそうな顔をされてしまったほどである。
「やれやれ……こういうドレスを着ていると、椅子一つ座るのも気が張ってならん……」
キュリエさんがぶつくさ言いながら、スカートが皺にならないように気をつけつつ長椅子に腰を降ろす。
「ほら、私の隣に座るか?」
隣のスペースをキュリエさんがポンポン叩く。
「あ、はい……失礼します」
言われるまま俺は隣に座った。
マキナさんは謁見前の準備があるそうだ。
なので今は部屋にいない。
俺とキュリエさんの二人だけである。
「どうした? 落ち着かないか?」
気遣うようにキュリエさんが言った。
「なんといっても一国の王と会うわけですからね……むしろ、緊張しない方がおかしいというか」
「けどおまえ、ルーヴェルアルガンのギアス王子や帝国のヘル皇女の前ではそれほど緊張してなかったよな? 一国の王ではないが、あの二人も似たようなものだと思うぞ?」
「こうして《いざ謁見!》みたいな感じだと、大仰な本番感があるというか……そんな気しません?」
「変な奴だな。あの《ルーヴェルアルガンの魔女》を怒鳴りつけられる男なのに」
「シャナさんは、その……癪ではありますが、俺の方に合わせてあえて軽いノリで接してくれてるんだと思います」
「ま――」
キュリエさんが目もとを緩めて微笑みかけてきた。
「どう駆け上がろうとそうやって変わらずにいられるのが……サガラ・クロヒコのよいところなんだろうな。
顔面が熱され始める。
これだよ。
こういう時のキュリエさんの笑顔のガード無効な感じ。
やっぱり反則だろ、これは。
「ん? どうした? 緊張しすぎて熱でも出てきたか?」
な、なんとかごまかさないと……。
「こうして見るとキュリエさんのドレスが素敵で……つ、つい見惚れちゃったんですよ」
「ん、なっ――」
キュリエさんが身を引き、胸もとを隠した。
「何をいきなり馬鹿なこと言い出すんだおまえは!? というか、何をさりげなく私のドレス姿を観察しているんだ!?」
今度は一転、キュリエさんが顔を赤くした。
「そういう反応をされるとだな、私も困る……ドレスのことはなるだけ気にしないようにしているのに……」
「ははは……えっと、そのドレスはセシリーさんの勧めで? それともソシエさんの?」
「……最終的には、セシリーのやつが選んだ」
「さ、さすがはセシリーさんですよねっ」
話題逸らしに必死な俺。
「最近のセシリーさんってすごくお洒落な印象ですし……制服じゃない時って、もしかして毎日違う服を着てるんですかね? なんか腕輪とか首飾りとかも、以前はそんなにつける印象はなかったんですけど……」
「ん……」
と、キュリエさんが何やら複雑そうな顔になった。
どうしたんだろう?
「当人からは口止めされているんだが……まあ、いいか。むしろクロヒコは知るべき話かもしれん」
「ど、どんな話ですか?」
「最近のセシリーの身だしなみの多様さには、実は理由がある」
あの人は何を着ても似合う。
なので基本的に服装に違和感を覚えない。
ただ泊まりの期間中に外出した時、別の種類の違和感を覚えた。
そう――言うなれば《自分の好みで着ている》感じがしなかった、とでも言おうか。
「王都の服飾店に資金を出している、とある高名な貴族がいるそうでな……その貴族は、その店で出す服や装飾品の仕上がりを自分で絵にするそうなんだ」
要するにその貴族は、自分がデザインをした服や装飾品を自分の店に出しているということか。
「どうやらその貴族が自分の仕上げた服や装飾品を、セシリーに身に着けてもらいたいと頼んできたらしい。この王都でセシリー・アークライトが着ているとなれば、品物の知名度は格段に上がるだろうしな」
その時代のファッションリーダーに自社製品を着けてもらい、広告塔になってもらう感覚に近いのだろうか?
貴族の集まるパーティーや夜会にその服や装飾品を身に着けてひとたびセシリー・アークライトが出席すれば、身につけているものを提供した貴族も注目を浴びることができる。
そういう狙いなのだろう。
「セシリーさんってあんまりそういうことをする印象がなかったですけど……それって、ソシエさん方面から持ち込まれた話なんでしょうか?」
そもそもセシリーさんは夜会みたいな場にあまり顔を出さないことで有名だったと聞いている。
「いや、セシリーが自分で決めた話だそうだ」
「何か特別な理由が……?」
彼女は聖王からも覚えのよいアークライト伯爵家の娘だ。
お金目的はまずないだろう。
というか、今までは必要としなかったわけだし。
となると……なぜだろう?
「私たちのためだよ」
「え? 俺、たちの?」
「ああ。あいつなりに、独自の人脈を広げようとしているそうだ。私たちがこの国で何かしたくなった時、この国の貴族の力を借りられるように」
「あ――」
前にセシリーさんが言っていた。
戦い以外の部分で力になれるようがんばる、みたいなことを。
「そういう部分では、戦うことしかできない私では役に立てんからな。まあ、おまえはすでに五大公爵家の一族全員とも繋がりがあるわけだが……その五大公爵家と距離を置く有力貴族も、この国には意外といるらしい」
ルノウスレッドは広大な国だ。
侯爵家や伯爵家など貴族の家は他にもたくさんある。
「そういった貴族ほど他国の有力者に顔が利いたりもするそうでな……私にはよくわからんが、そっちの勢力とのつながりもあった方が、いざという時役に立つはずだと言っていた。たとえば他国に渡る事情がある時なんかは、特にな」
キュリエさんがいずれタソガレという人物を訪ねてルーヴェルアルガンへ行くかもしれないという話を、セシリーさんは知っている。
俺だって、もしかすると禁呪の呪文書を求めていずれ帝国へ行くような日がくるかもしれない。
「そういう時、何かの役に立てるようになりたいんだとさ。まったく……あいつには頭が上がらんな。私が知った頃には、もう話は進んでいたようだ」
あの時の違和感の正体がわかった。
そういうことだったのか。
セシリーさんは習い事だけではなく人脈作りの方にも力を入れていた。
このところいやに忙しそうだったのにも、これで納得がいった。
「ちなみに宣伝役は暑期休みの間だけの取り決めらしい。それから人脈作りの方はセシリーの母親が背後で目を光らせているから、変な話に引っかかる心配はなさそうだな」
俺はため息をついた。
この時ばかりは、自分の鈍感さに対して。
「セシリーさんってそういう苦労話ほど、あんまり俺に話くれないんだもんなぁ……」
「フン……かなわないよな、あいつには。ま、とりあえず今の話は聞かなかった体でセシリーとは接してくれ。いずれあいつから話すかもしれないし」
「わかりました」
…………。
うん。
今の話を聞いて、緊張が消えた気がする。
セシリーさんだって俺のためにがんばってくれてるんだ。
もっと俺も気を引き締めてがんばらないと。
それからキュリエさんとしばらく雑談していると、部屋のドアが開いた。
「お待たせ」
現れたのはマキナさん。
あと、隣にいるのは……。
「こうして言葉を交わすのは、初めてになるかね?」
立派なヒゲを蓄えた男性。
初老くらいだろうか?
一応、見たことはある。
聖武祭でずっと聖王様の隣に控えていた人だ。
俺は椅子から立ち上がると、頭を下げた。
「は、初めまして。サガラ・クロヒコと申しますっ」
そう、この人は――
「日頃から、娘が世話になっているようだね」
マキナさんのお父さんだ。
こうして直接お会いするのは初めてである。
大きな手が、差し出された。
「挨拶が遅れて失礼した。私はワグナス・ルノウスフィア。今後とも娘をよろしく頼めるかな、禁呪使い殿?」




