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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第二部
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第12話「聖ルノウスレッド城へ」


「あの話は自然消滅して、流れてくれたんだと思っていたぞ」


 聖王との謁見の件をマキナさんが話すと、開口一番キュリエさんはそう言ったそうだ。


 そして今、ドレス姿のキュリエさんは馬車に揺られながら窓に寄りかかり、モヤッとした顔で外を眺めている。


「キュリエ、まだご機嫌斜めみたいね? 聖王との謁見が乗り気ではないのかしら?」


 隣に座るマキナさんが困った笑みを浮かべ、俺にそう囁いた。

 俺も顔を近づけて隣のゴスロリ少女に囁く。


「聖王家の人に会うのが嫌なんじゃなくて、ドレスを着ているのが不機嫌の理由だと思います」

「あんなに似合っているのに?」

「人の目はともかく――私が、好きじゃないんだよ」


 視線だけを寄越してボソッと会話に割り込むキュリエさん。

 ヒソヒソ話が耳に届いていたらしい。


「着飾る、というか……人に見てもらうのを目的に作られた服は性に合わないんだよ……」


 キュリエさんは憔悴したみたいな表情。

 何か苦い記憶を呼び覚ましているようだった。


「今回のドレスの面倒を見てくれたアークライト母娘の圧が強くてな……突っぱねるのはひと苦労だった。まったく、あんな派手に胸もとの開いたドレスを私が着るわけがないだろうに」


 ドレス選定も大変だったようだ。

 と、今度は生気を失った顔でキュリエさんが肩を落とす。


「といっても、ミアとアイラの時と比べればアークライト母娘はまだ反抗の余地があったからよかったかな……」


 四凶災襲来でご破算になった過去の登城の日、キュリエさんはドレス着用に圧倒的に乗り気ではなかったそうだ。

 そのキュリエさんに見事ドレスを着せ切ったのは、ミア&アイラのコンビだったと聞いている。


 うん……。

 アークライト母娘よりもあの二人から頼まれごとをされて断りづらいのは、なんとなくわかる気もするかな……。

 強く出られたら俺も断れる自信がない。


「とまあ、そんなわけで――」


 キュリエさんがスカートの裾をピラッと持ち上げた。


「ここの丈も、短くしてもらった」


 足首まで隠れるような長さではなく、今日のキュリエさんのスカート丈は膝上くらいだった。

 レース柄のニーソックスとスカートの間に少し肌が露出している程度。

 かつて一世を風靡した絶対領域というやつだろうか。

 スカートにはわずかながらスリットも入っている。


 マキナさんが疑問を差し挟んだ。


「なぜ、スカートを短くしてほしいなんて注文を?」


 確かに。

 露出を嫌うキュリエさんにしては真逆の注文に思える。


「フン、愚問だな」


 得意げなキュリエさん。


「思わぬ敵が現れた時、丈が長いと動きづらいからだ。戦闘において移動力に制限がかかるのは大問題と言える。だが、これなら自分で破いて丈を短くする手間が省けるだろ? 動きやすさ重視さ」

「なるほど……戦闘を意識した上での措置、というわけね……」


 半分くらい納得した様子のマキナさん。

 残り半分くらいは、


《そこを重視してあえて露出を増やすのもどうなのかしら?》


 とでも言いたげだった。


 まあ、そんな反応なのも理解できる。


 なんというか。

 スカートにひと工夫入れたせいで、結果としてキュリエさんの可愛さや色気がアップしていた。

 胸もとを布地で覆い尽くしても、あれではプラマイゼロなのでは?


「ドレスにまで戦いの備えを求める必要はないとセシリー母には言われたが、私は実際に城の前で四凶災の襲撃に遭遇しているわけだからな。実例の存在は、説得材料としては強すぎる」


 うんうん、と満足げに頷くキュリエさん。


 と、マキナさんが俺の膝に右手をちょこんとのせた。

 身を乗り出してくる。


 ち、近い。


「ねぇ? クロヒコは短い方が好みなの?」

「え?」


 むぅーと口を引き結ぶマキナさん。

 なぜか左手を自分の胸に添えている。


「キュリエにあるものが、私にはなさすぎる気がするのよね……でもほら、スカート丈を短くするのは誰でもできるじゃない?」

「《できるじゃない?》とか、俺に聞かれましても」

「どっちなの?」


 さらにマキナさんがずいっと接近。

 ぐっ。

 どう答えればいいんだ?


「す、スカートは好きですよ?」


 むにっ。


 ほっぺたを指先で押された。

 唇を尖らせたマキナさんが、ちょっと拗ね気味の顔になる。


「最近あなた、逃げ上手になりすぎ」



     *



 しばらく遠くに見えていた聖ルノウスレッド城に、いよいよ馬車が近づいてきた。


 王都に住み始めてからその威容は何度も目にしている。

 だけどこんな近くまで来たのは初めてだ。

 青空を背景に聳え立つ白亜の城。

 おとぎ話に登場する城のようだ。

 まあ、異世界の城と考えればおとぎ話という表現もあながち的外れではないのかもしれないが。


 一度、城へ続く石畳の途中で馬車が停まる。

 衛兵さんと会話を交わす御者さん。

 御者さんが通行証を見せると、馬車は再び動き出した。

 ちなみに通り過ぎる際、


「おぉ、あれが例の戦乙女様か……」

「強いとは耳にしていたが、なんとお美しい……」


 という衛兵さんの声が聞こえてきた。


 照れて窓から離れるキュリエさん。

 頬を赤らめて唇を尖らせていた。


「敵意や皮肉には慣れているんだが……裏のない好意にはどうも慣れんな」


 堀に掛けられた跳ね橋を渡り、馬車が城門をくぐる。

 窓から上を仰ぎ見る。

 石づくりの門の作る影が、見上げる俺の頭上を通過していく。

 なんだかヨーロッパの古城とかを観光している気分である。


 馬車が門をくぐったところにある広場で停まる。

 俺が最初に馬車を降りた。

 キュリエさんが続く。

 降りた途端、ジワリとした暑期の暑さを肌で感じた。


 そういえばルノウスフィア公爵家の馬車には、客車を冷やす高価な術式機がついていたんだっけ……。

 外に出ると一気に体感温度が変わる。


 広場を見渡す。

 所々に工事の跡が残っていた。


「キュリエさんはここで、ゼメキス・アングレンっていう四凶災の一人とやり合ったんですよね?」

「ああ。派手にやったから、当時の戦いの痕跡がまだ残っているようだな」


 懐かしそうに広場を眺めるキュリエさん。


「今になって思えば、勝てたのは幸運だった気もするよ」


 最後にマキナさんが、スカートをフワッとさせて降車。

 仰々しい扉の前に立っていた衛兵さんが、恭しく一礼する。


「ようこそいらっしゃいました、マキナ様」


 マキナさんは軽く手を挙げて優雅に応える。

 返事はただひと言「ええ」とだけ発した。

 堂に入っている、というか。

 俺と普段しゃべっている時と雰囲気が違った。

 あれが公爵令嬢としての振る舞いなのだろうか。


「…………」


 なんか今になって緊張してきたぞ。

 隣のキュリエさんは堂々としている。

 俺だけ場違いのような気が……。

 うぅ、急に胃が締めつけられる感覚まで――


「あ、あのっ!」

「は、はい!? 俺、ですか……?」


 衛兵さんが力んだ調子で話しかけてきた。

 何か俺が粗相をしてしまったのだろうか……。


「禁呪使いのサガラ・クロヒコ殿でございますよね?」

「え? ええ、そうですけど……」


 ビシッと姿勢を正す衛兵さん。


「お、お会いできて光栄でございますっ!」

「へ?」

「私のような者にも、禁呪使い殿の数々のご活躍は聞こえてきております! あの四凶災を二人もねじ伏せただけでなく、大聖場を襲撃した終末郷の刺客たちも、まるで赤子の手を捻るように蹴散らしたとか!」

「まあ、う、嘘ではありませんが……そんなに余裕で勝ったわけでも――」

「さらには! あの聖樹騎士団でも歯が立たなかった謎の巨獣を追い払っただけでなく、聞き及ぶところでは、すべての元凶であった第6院の魔女の国家破壊計画までをも打ち破ったと!」


 時系列が微妙に違っていたり、話が微妙に改変されて伝わっている気もするけど……。

 ノイズは国の破壊が目的ではなかったし。


 衛兵さんが、カッ、と槍底を地面に打ちつけた。


「禁呪使い殿は救国の英雄とお呼びしても差し支えないと、私はそう思っております!」

「あ、ありがとうございますっ」


 普通に照れてしまう。

 こんな大仰に褒められると……恥ずかしくすらある。


 でも、死ぬ気で戦ってよかったとも思えた。


 俺にとってはこの王都に住む人たちも、大切な人と言えるのかもしれない。

 マキナさんが上品に微笑んだ。


「あなたの禁呪使いに対する尊敬の念は伝わったわ。さて、そろそろ中へ入れてもらってもよろしいかしら?」


 少しドキッとする。

 ああいう微笑み方をすると、マキナさんがいつもより大人っぽく映る。

 いや、まあ……っぽいというか、普通に大人なのだろうけど。


「も、申し訳ございません! では、お入りくださいっ」


 俺たちは丁重に、城内へと通された。


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