第11話「休み中の学園」
学園の建物は暑期休み中も候補生に開放されている。
ただし聖武祭が終わったので、里帰りも含めて一時的に王都を離れた生徒も多い。
学園の廊下ですれ違う候補生も普段の半分以下に見える。
「あ、クロヒコーっ」
小走りで近づいてきたのは、普段着のアイラ・ホルン。
休み中なので制服の着用は義務付けられていない。
「アイラさん、もう戻ってたんですか」
「うん、昨日戻ってきたんだーっ。ただいまっ」
聖武祭のあと、彼女は一週間ほどホルン家の領地にある屋敷へ里帰りしていた。
王都を離れることで、気持ちをリフレッシュしてきたのだと思う。
「今日は訓練に来たんだー。修練場を借りて、レイに特訓つき合ってもらおうと思って」
学園の敷地には多様な施設が揃っている。
授業がなくても別目的で通う者は多い。
「おや、クロヒコじゃないか」
廊下の向こうからレイ先輩が現れた。
「あ、レイ先輩」
「聞いたよー? 王都のアークライト家のお屋敷に泊まったんだって?」
アイラさんがあたふたする。
「ちょっ――レイ! アタシ、そういう踏み込んだ話題はあんまりよくないと――」
「ええ、泊まってきましたよ?」
俺はあっさり答えた。
二人が目を丸くする。
レイ先輩が、やれやれと肩をすくめた。
「これだと、格別に進展したって流れは期待できそうにないかなぁ。ま、クロヒコだしねぇ?」
「む、どういう意味ですか」
「だってその様子だとふっつーに何ごともなく泊まってきたんでしょー? なんていうか、面白味がないよねー」
「お、俺だって面白いところくらいありますよっ」
「ほっほー? どんなところだい?」
「え? た、たとえば――」
勢いで反撃してしまったが……。
俺の面白いところ、か。
要するに……。
あんまり人がやらないようなことをやるトコ、とか?
あ、そうだ。
「自分の眼球を、自分で抉り出せるところ?」
「怖いよ!」
レイ先輩が跳び上がる。
「面白いっていうか、恐怖で膝が笑っちゃうよ!」
「あはは」
「ナニ呑気に笑ってるんだいキミは! それはさすがにボクもイジりづらいんだけど!」
「え? そうなんですか?」
うーむ。
境界線がわからない。
「あははっ」
笑い声をあげたのは、アイラさん。
「クロヒコのそういうちょっとズレてるところは、アタシ面白いと思うけどなっ」
「ほら、レイ先輩。しっかり面白いらしいですよ?」
不服げな先輩。
「やっぱりキミらさ、お似合いの二人なんじゃないの……?」
*
アイラさんたちと別れた俺は学園長室を目指していた。
今日ここを訪れた目的はマキナさんに会うためだ。
と、学園長室に向かう途中で見慣れた二人の顔に遭遇。
向こうも俺に気づいた。
「クロヒコ」
ジークとヒルギスさんだった。
「二人も今日は学園に来てたんだね。あれ? セシリーさんは?」
「セシリー様は用事があって来ていない。時間のある暑期休み中に色々やっておきたいそうだ」
「そっか」
「ねぇ、クロヒコ」
ヒルギスさんが話しかけてきた。
「セシリー様とはどうだったの?」
「どうだった、と言いますと?」
「先日のお泊まり」
「つ、つつがなく終わりましたよ? 初めて会ったソシエさんには、ちょっと翻弄された感じですけどね……ははは……」
ジークが微笑む。
「あの方には気に入った相手をイタズラまじりに弄ぶ一面があるからな。一方で、一時期のアークライト家を内外共に支えてきた人物でもある。ガイデン様によると、堅物のバディアス様は妻のソシエ様が同伴でないと夜会の一つもままならんそうだ。ある意味、バディアス様とは最高の相性なのだろうな」
「まあ良くも悪くも、人の心を動かすのは得意そうな人だったよ……」
確かに社交力は抜群そうだ。
「ま、生真面目なだけで生き残れない世界もあるからな。おれ個人としては、生真面目な人間の方が親近感を覚えるんだが」
「ふむ? ジークは生真面目の自覚ありなんだ?」
「周囲から言われ続ければ、認めるしかあるまい」
むむ?
となると……。
俺の鈍感評やイカれてる評も、いずれ自認の方向で考えねばならないのだろうか……。
「で――」
スライドするように、ススーッとヒルギスさんが正面に滑り込んできた。
「ちゃんと成果はあったの、クロヒコ?」
「成果?」
小さな口からため息を漏らすヒルギスさん。
「毎度ながら鈍すぎ。つまり今回のお泊まりで、セシリー様との仲を深められたのかってこと」
「ええっと……深められたといえば、深められたような気も……」
「曖昧」
ヒルギスさんの頭に、ぽんっ、とジークが手を乗せた。
うぐっ、と無表情のまま唸るヒルギスさん。
「あまりクロヒコをいじめてやるな、ヒルギス」
「クロヒコは端々で天然だから心配。まだまだ、セシリー様を安心して任せられる感じじゃない」
「要するにヒルギスは、クロヒコにとってセシリー様が一番の存在であってほしいと願ってるのさ……色んな意味でな」
ジークが窓の外を眺めやる。
「セシリー様は完璧に近い人間と言って過言ではない。しかしあの人が本当の意味で心を許せる人間は、ごくわずかだ」
ギルエス家の長男である彼は、ずっとセシリー・アークライトに仕えてきた。
だからセシリーさんのこともよく理解している。
「そんな中でクロヒコは、セシリー様が無条件で心を許せる数少ない人間だ。おれたちとしても、セシリー様を任せるならそういう人間に任せたい」
ジークの手から逃れたヒルギスさんが、俺に背を向けた。
表情を見られたくない。
少しそんな雰囲気があった。
「わたしからしてもクロヒコは、セシリー様を任せてもいいと思える貴重な人間」
「ヒルギスさん?」
「これでもあなたには、期待しているんだから」
そのままジークたちと別れた俺は、学園長室を訪ねた。
*
マキナさんはいつもの巨大机でせかせかと仕事していた。
ちなみに彼女がこの時間に在室しているのはミアさんから聞いて把握済みである。
「聖王に謁見したいですって?」
「ええ、実は――」
特級聖遺跡攻略のため聖王の承認を取りつけたい件について、俺は説明した。
騎士団の理解も得られそうだという話もつけ加えて。
説明を終えると、書類にペンを走らせていたマキナさんの手がとまった。
「ちょうどいいわ」
とんとん、と一段落した顔で自分の肩を叩くマキナさん。
「なら、日取りを調整しましょう」
「ほ、ほんとですかっ」
「前にも言ったけど、そもそも向こうもあなたに会いたがっているの。聖武祭のあとも自分から会いに行こうとしたくらいだし……というか、お忍びで学園を訪問しようとしたこともあるのよ?」
「そうだったんですか」
「だけど聖王の公務関係の管理は、お父さまがうるさくてね……こんなにも柔軟な娘と違って、父はそっち方面で融通がきかないのよ。というわけで、正式な謁見として予定を組む必要があるわけ。ごめんなさいね」
ちっちゃなこぶしを握り込むマキナさん。
そして彼女は凝り固まった身体をほぐすように、
「ん〜っ」
と両手を広げのびをした。
ここでもし、
《なんか小さい女の子がおねむの時間になったみたいで、可愛いですね》
とか、ふと頭に浮かんだ感想を正直に述べたらこの話も一転ご破算になるのであろう。
可愛らしいのびを終えたマキナさんが、カラム水の入った瓶にそのまま口をつけてひと口飲む。
布で口をふきふきすると、彼女は話を続けた。
「とはいえ、数日中には謁見できる方向で話をまとめるつもりよ。それでいい?」
「もちろんです! ありがとうございますっ……いやぁ、やっぱりマキナさんは頼りになりますよっ」
「ふふーん? もっと褒めてくれてもいいのよ?」
えっへんポーズをするマキナさん。
「でもお城なんて、なんか緊張しますね……」
「私も付き添いで行くから大丈夫よ。私は何度も足を運んでるから、慣れてるし」
同伴してくれるそうだ。
「マキナさんが一緒なら心強いです」
「異世界人のあなたには一応、最低限の守るべき作法くらいは教える必要がありそうね」
言われてみれば一国の王様と会うなんて初めての経験である。
失礼がないようにしないと……。
苦笑するマキナさん。
「そんなに身構えなくてもよほどの失礼がない限りは大丈夫よ。あなたは東国から流れ着いた異国人だと説明してあるし、聖王も寛容な方だから」
マキナさんが、
「あ、そうだ」
と何かに気づく。
「謁見の日は、キュリエも一緒に行くことになると思うわ」
キュリエさんは以前、聖王家の人たちと会うべく登城することになっていた。
しかしその登城の日に四凶災の襲来があった。
結局、聖王家の人たちとは会わずに終わったそうだ。
その時に実現できなかったキュリエさんの謁見を、まとめてやってしまおうという算段のようだ。
「わかりました。俺としても、キュリエさんと一緒の方が緊張も緩和されそうですし」
といった具合で、聖王様に謁見する話はとんとん拍子に進んだ。
翌日には調整もあっさり終わり、そして、その二日後には謁見の日を迎えることとなった。




