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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第二部
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第10話「家族」


 二日目。


 昼過ぎから、俺はアークライト母娘と出かけることになった。

 街で買い物と食事をするのだそうだ。

 食事のあと、今回のお泊まりの日程は終了となる。


「ふふ、これからずっと泊まってくれてもいいんですよ? わたしは大歓迎ですのでっ」


 セシリーさんはそんな冗談を――冗談ですよね?――言ってくれたが、やはりアークライト家にずっと泊まるわけにもいかない。

 慣れ親しんだ我が家の方が気楽というのも、まあなくはない。


 俺は今、出かける支度を整えているセシリーさんを馬車の前で待っているところだった。

 時刻は昼過ぎ。

 ただ、すでになかなかの疲労感が身体にのしかかっていた。


 今に至るまで色々あったのだ。


 早朝に起きた俺は、まずアークライト家の広い庭と訓練用の武器を借りて訓練をした。

 訓練は日課だ。

 お泊まりとはいえサボりたくなかった。


 とまあ、ここまではよかった。

 庭の手入れをするバントンさんとの会話も実に穏やかで楽しかった。


 問題はここからである。


 訓練後に汗を流すため浴場へ行ったのだが、なぜか俺がいるのを知らない感じのソシエさんが浴場に入ってきた。


 俺は決死の覚悟でどうにか気づかれずに浴場を抜け出した。

 だが、諸々の手違いで俺の着替えがなくなっていた。

 最終的に、俺は真っ裸で予備の着替えがある自室まで戻らねばならないというミッションに挑戦するはめになった。

 …………。

 色々大変だったのは、もはや言うまでもあるまい。


 さらにその後の朝食の席ではアークライト母娘からダブル《あーん》攻撃で甘々な挟み撃ちをされ、タジタジになるひと幕もあった。


 昼過ぎまではセシリーさんと訓練をしていたのだが……ソシエさんが《私も〜》とまじってきた。

 ただ、予想に反して真面目な気持ちだったようだ。

 しかし、娘と違って実は思った以上に運動面がアレだったらしく……これがまた、大変だった。


 そんなわけで今、ちょっと俺はげっそりしているのだった。


「ありがとうございます、クロヒコさん」


 隣に立っているソシエさんがいきなり礼を口にした。


「えっと、何に対してのお礼ですか? あ、さっきの訓練の……?」

「うふふ、それもあります。クロヒコさん、あれだけ何度も密着したのですから……そろそろ、私の身体の線を覚えたのではありませんか?」

「…………」

「照れていますの? ふふ、可愛い――は、ともかくとして」


 ソシエさんの目もとが自然な感じに和らぐ。


「屋敷であんなにはしゃぐセシリーは久しぶりに見ました」

「ははは……まあ、元気はありましたよね」


 といっても、普段のセシリーさんとさほど変わらない気もしたけど……。

 普段屋敷にいる時はそうでもないのだろうか?


「クロヒコさんと出会ってからあの子は変わったと思います。聖武祭中は、ちょっと寂しそうでしたけど」


 聖武祭中はアイラさんにつきっきりに近かった。

 無学年級においてはライバル関係でもあったし。

 だから若干の距離感があったのは否めない。

 俺の方も距離感を覚えて、ある種の寂しさがなかったとは言えない。

 …………。

 あ、そうか。

 セシリーさんがお泊まり中いやに元気だったのは、聖武祭の反動もあったのかもしれないな……。


「ディアレスも驚いていました。今日の妹は別人が憑依したみたいだったと」


 ちなみにディアレスさんは、騎士団本部へ向かうためすでに朝方に屋敷を出ている。

 庭で訓練をしている時に声をかけてくれた。

 なので、挨拶はできた。


「あ、それと!」


 ソシエさんが顔を寄せてきた。

 彼女はヒソヒソ声で囁く。


「あれでディアレスはけっこうお腹の中が黒〜い一面があるので、そこはちょっと気に留めておくべきかもしれません」


 アークライト一族、そんなんばっかじゃないですか……。

 ひょっとして、当人だけ自覚のないパターンが横行しているのでは……。


「お待たせしましたっ」


 セシリーさんの支度が終わったようだ。

 今日も昨日とは違う服装だった。

 腕輪に首飾り。

 頭には洒落たヘアバンド。

 可愛いには可愛い。


 ただ、なんか……。

 なんだろう、この感じ?

 いつもと比べると、着飾りすぎな印象も否めない。

 それだけ気合が入っているということなのか。


「それでは、いってらっしゃいませ」


 セシリーさんに付き添ってきたハナさんが頭を下げた。


「ハナさん、昨日と今日は色々とありがとうございました」

「いえいえ、お礼などとんでもございません。むしろクロヒコ様は、お申しつけがなさすぎでございます」


 うーむ。

 いわゆる《人を使う》というのは、俺は向いていないのかもしれない。

 というか、自分でも十分にできることを人に頼むのはなんか苦手だ。


「それとガイデン様から、セシリー様とクロヒコ様のお二人にご伝言がございます」


 ガイデンさんは昨夜のうちに馬車で城の方へ戻ったそうだ。

 昨日は本当に夕食のためだけに戻ってきたらしい。

 伝言を口にする直前、ハナさんがチラチラと俺とセシリーさんを見比べた。

 そして、ちょっと照れくさそうに言った。


「『個人的には早ければ早いほど嬉しいが、子作りをするのは学園を卒業してからがよかろう』とのことでございます」

「しませんよ!」

「おじいさま!」


 ほぼ同時に、俺とセシリーさんは真っ赤になって叫んだ。

 すでに乗り込んでいたソシエさんがひょいっと客車から顔を出し、口に手をあてて微笑んだ。


「あらあら」



     *



 アークライト母娘と二日目のショッピングと食事を済ませたあとは、馬車で学園の正門まで送ってもらった。


 別れ際に、俺はソシエさんから言いつけられていた夫婦ごっこをさっぱり実践できていなかったことに気づいた。

 しかしソシエさんは、


「いえいえ、私はこの二日間で十分に二人の夫婦像をつかまえることができましたよ?」


 と、なぜか満足げであった。


 娘に続いて馬車に乗り込む前、ソシエさんが振り向いた。


「うふふ、母親に甘えたくなったらいつでも訪ねてきてくれていいのですよ? 特に、セシリーがいない時でしたらたっぷりと――」

「お母さま」

「あらあら、耳ざとい娘だこと」


 ばっちり聞こえていた娘に、しっかり窘められていた。


「ではクロヒコ、またそのうちに」

「はい。昨日と今日は楽しかったです、セシリーさん。ありがとうございました」

「ふふ、お礼を言うのはわたしの方ですよ」


 そんな感じでセシリーさんと別れた俺は、馬車を見送ったあと、そのまま家路についた。


 見慣れた帰り道。

 アークライト家にいる間は夢でも見ていたような心地だった。

 夕暮れの迫る空を眺める。

 千切れた雲が、ゆっくりと空を泳いでいる。


「家族って、いいなぁ」


 ふと、そんなひと言が口から漏れた。


 アークライト家は、まあこの国においても一般的な家庭とは言い難いのかもしれない。

 だけど母や兄、祖父との関係性は羨ましいと感じた。

 互いに色々と言ってはいたけど、ちゃんと仲がいいのは伝わってきた。

 案外、あの屋敷で家族の一員となって過ごす日々も悪くないのかもしれない。

 そう思えるくらいには、素敵な人たちだった。


「でもまあ……ちょっと気疲れはするかもなぁ」


 そう苦笑しつつ、家のドアを開ける。


「ただいまー……と言っても、誰もいないんだけど――」


「おかえりなさいませ、クロヒコさまっ」


 いや、いた。

 声は風呂場の方から聞こえてきた。

 腕まくりをしたミアさんが脱衣所から顔を出す。


「も、申し訳ございませんっ! 浴場のお掃除をしていたのですが、クロヒコ様のお帰りまでに終わらせることできませんで……っ」


 口もとが自然と綻ぶ。

 アークライト家のような家族はいないけど、近い存在なら俺にもいるんだよな。


 嬉しさと感謝を胸に、俺は腕まくりをした。


「く、クロヒコさま?」

「掃除、俺も手伝います」


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