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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第二部
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第9話「よるの寝室にて」


 朗らかな笑顔で正座するソシエさん。

 ああ、なるほど。

 姿勢もあの時に合わせたわけか。

 俺もつられて、正座する。


 すると、正座で互いに向き合う画になった。


 …………。

 寝間着がさりげなく薄着なのが気になる。

 だが、ここは鉄の精神をもって気にしないようにしよう。

 そう、たとえば――


 ベシュガムと対峙した時の感覚を、思い出す。


「――ソシエさん――」

「ひぇぇ……っ」

「あっ」

「あの……く、クロヒコさん?」


 固まった笑顔なソシエさんが身を引き、プルプル震えている。


 あ、しまった。

 気合を入れすぎた……。

 べ、ベシュガム相手の感覚はさすがにまずいよな。

 あれは《敵》を前にした時の感覚だ……。


「す、すみませんっ。今のはちょっと、緊張していて……お、おほんっ」


 空気を和らげ、咳払いする。


「その、ですね……セシリーさんやキュリエさんが、普段の彼女たちならしないようなことをしたりする時に、どうもソシエさんのお名前や影がちらつくんですが」

「なるほど……クロヒコさんにはそれがお気に召さなかったのですね……ごめんなさい……私なりに、あの子たちを応援しようと思ったのですが……しくしく……およよよ……」

「あ、その……別に責めているわけでは――あ、いや違う――いえ、責めているんです」

「ふふふ、やっぱりクロヒコさんは優しいお方――ふぇええっ!?」


 ソシエさんが涙目でビクッと身を引く。

 許される流れだと勘違いしたようだ。

 あ、危ない……。

 この人の娘さんでウソ泣きを見破る感覚を鍛えておいて助かった。

 とはいえ、あんまり強く言うのもかわいそうだと感じる程度には効果があったが……。

 だめだ。

 俺は、やっぱりチョロいのか……?


「ソシエさんの教えは、か、干渉しすぎかと……」


 叱られた子どものようになり、指先同士を胸の前でツンツンさせるソシエさん。


「だ、だってぇ……あの子たち、ああでもしないと進展しそうにないんですものぉ。な、何よりクロヒコさんが受け身な印象でしたし……ふふ、それにぃ――」

「えっ!?」


 しおらしくなっていたから完全に不意をつかれた。

 ソシエさんに、押し倒されてしまう。


「殿方としては、なかなかよい思いができたのではありませんか?」

「よ、よい思いって……」

「あの二人なら、ルノウスレッドの二大美女と言われても首を横に振る者などいないでしょうし……迫られて嬉しくないはずがありません。そもそもですよ? いくら私が干渉したところで――」


 めくれた裾から覗く白い太もも。

 俺の股の間に、それが差しこまれる。

 俺の首筋からあごにかけてのラインを、ソシエさんの指先がなぞっていく。


「相手に好意を抱いていなければ、あの子たちは実行しませんよ?」


 虫が這うようなくすぐったさが辿り着いた先は、俺の唇だった。


「クロヒコさんは、そう思いません?」


 俺の唇に指を添え、妖艶に微笑むソシエさん。

 清楚さと妖艶さのせめぎ合っているような表情。

 魅力的な表情とは言えるだろう。

 唇に指を置いたのは、返答を聞く気はないという意思表示か。

 ……しかしこの指先の感触、俺の唇より柔らかいのでは。


「言いたいことは……な、なんとなくわかりましたけど」


 要するに、あの二人は嫌々やっているわけではないと言いたいわけだ。


 俺はソシエさんの手首をそっと掴み、離す。


「ここで普通に一つ疑問をいいですか? なぜソシエさんは俺に対してやけにこう誘惑的なんです?」

「ふふふ、悪くないからです。いえいえ、最初は女の誘惑に負けやすい軽い殿方かどうかを試す意味もあったのですけどね?」

「えっと……悪くないと言いますと?」

「優しいだけが取り柄な男の子かと思っていましたが、私に対して男らしく強く出ようと思えば出られる。我慢しているお顔も、素敵ですし……ふふ、ちゃんと男の子って感じ」


 くすっ、と自分の頬に指を添えるソシエさん。


「そんな子をからかって反応を見たくなるのは、当然だと思わないかしら?」


 …………。

 どうでもいいことだけど。

 ああいう微笑の時は、母娘そっくりである。


「俺で試さなくても……男の子だったら、でぃ、ディアレスさんやジークだっているのでは?」

「だってぇ〜……息子らしい息子も欲しかったんですもの。ディアレスは男らしさが薄い上に、ひねくれてるし――」


 実の息子にひねくれてる認定……。


「ジークは反応がなさすぎる上に、あんまり私が迫るとロロアに悪い気がするしぃ……」


 ロロアさんというのは、おそらくジークの想い人の未亡人だろう。


「その点、クロヒコさんは反応が素直だから楽しいです。ふふ……ですので私としては是非ともセシリーとくっついてもらって、義理の息子になってほしいのです」

「は、話が性急すぎません?」

「ああ、だからってキュリエとの仲を気にする必要はないのよ? あの子とも、ちゃんと今まで以上に仲良くしてあげて」


 ほぼ馬乗りになった体勢のまま、俺の頬を手で撫でるソシエさん。


「それに……私の息子になってくれたら、色々とシてさしあげてもいいのですよ? 望むなら、たぁっくさん甘えさせてもあげますからねぇ? ふふ? もしかしてクロヒコちゃん、照れてるのかしらぁ? ……ええっと、クロヒコさん?」

「え?」


 何かに気づいたソシエさんは素っぽくなると、怪訝そうに首を傾げた。


「その、どうかしたのかしら? ご様子が――」

「あ、その……俺、親に愛されるっていう感覚がよくわかってなくて……」

「あら」


 ソシエさんの雰囲気がちょっと変わる。

 彼女は俺から降りるとまた正座し直した。

 俺も、上半身を起こす。


「少々、複雑なお家の事情をお持ちみたいですね」

「ははは……まあ、単に俺が親の期待に応えられなかったって感じですかね……」


 幼い頃から優秀のかたまりのような兄たちと俺の扱いの差は、なかなかすごいものがあった。

 年を経るごとに扱いの差がさらに開いていくのを強く実感していった。


 俺は欠陥品。

 欠陥品は親に愛されない。

 愛される資格がない。

 俺にとって親の愛とはそういうものだった。


「そういえばクロヒコさんのご両親は、今どちらに?」


 俺は少し言い淀む。


「……もう、会うことはないと思います」


 何かを俺の表情から察したのか、慮る顔をするソシエさん。


「なるほど……あなたも色々あったみたいですね。そういえば、昔のあの子……ヒルギスが、よくそういう顔をしていましたっけ」


 俺の出自に対してはこれ以上つっこんだ質問をする気はないようだった。

 ソシエさんが、んー、と思案げに可愛らしく唸る。


「では私がなってさしあげましょうか?」

「はい?」


 慈愛に満ちた、という表現のぴったりな目つきだった。


「親に愛されるという感覚、この私で試してみるというのも悪くないのではありませんか? でもまあ、私と……クロヒコさんだと――」


 膝立ちになって、ソシエさんが俺の方へ身を寄せてくる。


「少しばかり特殊な関係性も、まざってしまうかもしれませんが。ふふ……クロヒコちゃんは、それでもいーい?」


 …………。

 最後の方は、明らかにからかう感じの語調だった。

 ただ、


「――――」


 正直、見惚れてしまった。

 見惚れてしまったのは、宝石と呼ばれる娘に匹敵する美しさにではなかった。

 放たれるほのかな色気にでもない。


 今のソシエさんには不思議な温かみがあった。

 たとえば包容力とはこういうものなのかもしれない。

 すべてを受け入れて包み込んでくれるような感じ。

 安心して、心と身体を任せられる感じ。

 そういえばミアさんからも、けっこうこういう空気が放たれている気がする……。

 吸い込まれそうだ。


「ほーら、クロヒコちゃん? 何も考えなくていいですから――」


 おいで、と言わんばかりにソシエさんが両手を優しく広げる。


「いらっしゃい?」


 その時、


「何をしていらっしゃるのですかお母さま?」

「あ、あら……?」


 笑顔の固まったソシエさんの頬を、冷や汗が伝う。


「クロヒコの部屋を訪ねてきてみたら……一体、これはどういうことですか? 説明をお願いいたします、お母さま」


 ふっと我に返って振り向くと、そこにいたのは――


「セシリー、さん?」


 寝間着姿のセシリー・アークライトがいた。

 笑顔だが、放出されるオーラは異質そのもの。

 真っ黒、ドロドロ、ダークマター……。


 は――迫力が違う。


 その時、俺はある一つの仮説へと辿り着いた。

 実はにっこり笑って威圧するあの技は母親直伝ではなく――


 娘の方が、オリジナルだった説に。


「あらあら。いいですか、セシリー? 浅い睡眠はお肌の健康に――」

「クロヒコの寝室でわたしの母上が何をしやがっているのかと――わたしは今、そう聞いているのですが」

「ひぃぃっ!? せ、セシリーっ!? あなた、そんな怖い空気を出せる子だったかしらっ!?」


 素。

 またまた素の顔が出ちゃってますよ、セシリーさん!


 ソシエさんはそのまま、ぷんすか怒りまくる娘に力づくで強制退出させられた。

 娘の笑顔120%威圧に震え上がる涙目のソシエさんに、もはや、抵抗の意思は見受けられなかった。


 廊下の方でしばらく話し声がしていた。

 しかし、二人が戻ってくることはなかった。


 二人の気配が遠ざかる。


「……ふぅ」


 さっきはつい場の空気に流されそうになったけど……と、とりあえずこれでゆっくり眠れそうだ……。


 布団に入り直し、目を閉じる。


「…………」


 母親、か。

 母と娘のああいう感じを見ていると、ちょっと羨ましいと感じてしまうな……。


「…………ん? あれ?」


 そういえば、と思った。

 セシリーさん、俺の部屋を訪ねてきてみたらって言ってたけど――


 あんな夜中に、何をしにきたんだ?


 まさか、夜這い?


「…………」


 いや、まさかな……。


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