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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第二部
249/284

第8話「アークライト家の怪」


「もー! 綺麗に折りたたんであったから、置いてあったお兄さまの衣服をハナが用意したクロヒコの着替えだと思ったんですよー!」


 ガミガミ言いながら兄をドアの方へ押しやるセシリーさん。


「それと、帰っていたならわたしにひと言くらいあってもいいのではないですかっ?」

「早々におじいさまに見つかってしまうのが嫌だったので、バントンとハナにだけ知らせてこっそり入ってきたのです」


 ディアレスさん、ガイデンさんが苦手なのか。


「それより片方が兄とはいえ……女であるセシリーが男二人がいる浴場に入ってくることの方が問題では? 殿方のいる浴場に肌も露わに入ってくるなど、はしたないですよ?」

「裸体をさらけ出しているわけではありませんし、何よりクロヒコとは問題ない仲なんです! お兄さま以上に!」

「…………」


 いや、問題ありますよ!?


「おや? いつの間に二人はそんな仲に?」

「ふふー、なんといってもわたしたちは夫婦ですからー」

「今日だけのごっこですけど」


 すかさずフォローを入れる俺。


「なるほど」


 なんか色んな意図の含まれたディアレスさんの《なるほど》だった。


「ですのでお兄さま、邪魔をしないでいただけます?」

「ふふふ、こんなに感情豊かなセシリーも久しぶりに見ました。これもクロヒコ効果ですかね?」


 などと愉快そうな笑みを振りまきつつ、ディアレスさんはそのまま浴場を追い出されてしまった。


「ふぅ……さて、ちょっと髪と身体をサッと洗うので待っていてください」

「待っていてくださいっていうか、ちょっと待ってくださいよ!」

「え?」

「なんで平然と布きれ一枚で入ってきてるんですか!?」

「ふふ……いえいえ、実は布きれ一枚ではないのですよ?」

「はい?」

「ああ、布きれ一枚でないというのは――」


 顔を上気させまつ毛を伏せるセシリーさんが、布に包まれた胸もとを見おろす。

 それから布がほどけぬよう結んである結び目に、手をかけた。


「こういうことです」

「ちょちょっ――セシリーさん!? 何やって――」


 はらりっ。


 布が、床に落ちた。


「――って、あれ?」


 み、水着?


「ばーんっ! 水遊着でしたーっ」


 肩ひものない赤い水着――ああ、こっちの世界では水遊着という呼称だったっけ。

 とにかくそこにいたのは、水遊着姿のセシリーさんだった。

 なるほど、布の色が黒だったのはその赤色を隠すためでしたか……。


「ちょっとした冗談ですよ。びっくりしました?」


 やれやれ。

 兄妹そろって人を驚かせるのが趣味なのだろうか……。


「ま、湯浴み用の布を巻いた状態だと動きにくいですからねー。動きづらいと、予想外の出来事にも対応しづらいですから」


 謎の力説が入った。


「動きにくい? 湯に浸かるだけなら、そんなに動く必要ないのでは? あの……セシリーさん?」


 なぜ棚にのっていた洗体液の入った瓶の中身を、てのひらに垂らしているんですか?


 セシリーさんが、にっこり笑う。


「洗ってあげます」

「けっこうです!」

「ん? 夫の身体を妻が洗うのは普通ですよね?」

「俺は普通じゃないですから! 俺はどこにでもいる普通の学生じゃないんです! 禁呪使いだし! そう、俺は普通じゃないんです!」

「はいはい、遠慮しないの。照れて拒否してるのはお見通しですぞー? ほらほらー」


 ノリノリ!

 なんか手で泡立て始めたし!


「おやおや? まさか敵前逃亡されるおつもりですかな? 禁呪使い殿ー?」

「くっ!?」


 機先を制され、

 初動を潰され、

 逃げ道も塞がれた。


 泡をまとった手が、軟体生物のように迫ってくる。


「あの聖武祭を経て、わたしも成長しましたからねぇ〜」


 悪い顔!

 裏の悪い方の顔が出てますよ!?


「逃がさん、禁呪使い」

「ぃっ――」


 俺の情けない声がアークライト家の浴場にへろへろと響き渡った。


「ぃやぁぁああぁぁぁぁああああ〜〜〜〜〜〜……っ」



     *



「うぅ、とんでもない目に遭った……」


 解放された俺は、色んな意味でのぼせた状態で自分の部屋のベッドに寝そべっていた。


 セシリーさんは一緒に浴場を出たあと、自室へ丁重にお引き取り願った。


『ですから、すみませんでしたってば〜』

『もう帰ります』

『ちょっ!? そ、そんなに嫌だったんですか!?』

『へ? あの、自分の部屋にですけど……』

『あ……そ、そっちでしたか……う〜……ち、ちょっとやりすぎだったかもしれません……ごめんなさい、クロヒコ。ぺこり』

『わ、わかってくれたならいいですよ……』

『夜這いは我慢してみます』

『当然です』


 みたいなやり取りが別れる前にあった。


「ふぅ、しかし……どーも眠れないなぁ……」


 というわけで、日中の屋敷案内のついでにアークライト家の書庫から借りた本を読むことにする。

 ベッドの上であぐらをかき、ページをめくる。


 タイトルは『王都の歩み?』。


 種類は歴史書になるのだろうか。


 いずれ聖王様に会うことになるかもしれない。

 王都の歴史くらいは学んでおくべきだろう。

 う、うーむ。

 それにしても、


「この貴族視点の描写、やけに長いなぁ」


 視点人物となる語り手を置いた方が確かにわかりやすい気もするけど……。


「紀行文的というか……これがこっちの歴史書スタイルなのかも……ええっと何々?『その美しい女が他人の妻であると知りつつ、私は、虫を寄せつける花の蜜がごとき彼女の色香に――』」


 …………。

 うーん。

 歩みが歪んでいる。


「ていうか……なんか、変だぞこれ? んっと……『私の獣じみた肉厚な唇と舌は、甘い香を放つ彼女の肢体をなぶるように貪りながら、その細く白い首筋からさらに下方へと歩みを進め――』ただの異世界版官能小説じゃねぇか!」


 反射的に本をぶん投げてしまった。


「あ」


 ふと我に返る。


 いけない!

 借りものだった……!

 慌てて拾いに行く。


「ほっ……」


 折れたり破れたりはしていない。

 ん?

 カバーが微妙に外れている……。


 ペロッとめくってみる。


「これは……」


 中身の本のタイトルとカバーのタイトルが別物だった。

 前の世界ではすっかり廃れた文化と聞くが、異世界では現役のフェイク技として使われているのか。

 カバー付きの本はこの世界だと数が少なくて高価だと聞く。

 だがまさか、こんな使われ方をされているとは……。

 というかアークライト家の誰の所有物なんだ。


「はぁ……なんかどっと疲れたぞ……もう寝よう……」


 ベッドに潜り込む。

 思ったより気が張っていたのかもしれない。


 リラックスした途端、すぐに眠気はやってきた。



     *



 なんとなく、目が覚めた。


 部屋が暗い。

 まだ夜中らしい。

 汗が滲んでくる感覚。


 俺は――ゆっくりと、目を閉じた。


 …………。

 きっと、夢か何かだろう。


「…………」


 でなければ――俺の隣でソシエさんが寝ていることに、さっぱり説明がつかない。


 頼む。

 誰か説明してくれ。

 目をつむっていても、鼻がふんわりした他者のにおいを嗅ぎ取る。

 確実に隣にいる。

 ソシエ・アークライトが。

 夢ではなく、現実的な存在として。

 生霊説も即却下。

 なぜだ?


 なぜソシエさんが、俺の隣で寝ているんだ?


 昼間は起きた時の俺をからかうスタンスでスタンバっていたようだが、い、今は明らかに普通に寝ているっぽいんですが……。


「んん――」


 うっ?

 脚を……俺の脚に絡めてきた?

 しかも、身を寄せてきて――ぐっ!?


 そんな抱きつくみたいな動きをされると、む、胸が押しつけられて――この人、い、意外と寝相が悪いタイプなのかっ!?

 それとも実はばっちり起きていて、わざとやっている説の方なのか!?


「あの、ソシエさ――」

「はぁ、む」

「――ぁ? ふ、ぁ……っ」


 み、耳っ!?

 耳たぶを軟らかい唇で、はむっ、と甘噛みされた。

 ま、待って……!


「ちろちろちろ……れるれる……はむ……れぇろ……はむはむ……」


 しかも、舌で舐めて……!?

 い、いい加減――これはまずい!

 これ、

 かなり弱い、

 かも……っ!


 そうだ。

 俺、耳が弱いっぽいんだった。

 くっ!

 意図的だろうがそうじゃなかろうが、もうスルーは無理だっ!


「ソシエさん!」


 俺は身体を押しのける。


「ど、どういうつもりですか!? ていうか、本気で寝てるんですか!?」

「はっ――」


 パチッ。

 ソシエさんの目が開いた。


「あら? く、クロヒコさん……?」


 夜中なので声をおさえる。

 そして俺は囁きつつ激しく詰問するという芸当を披露する。


「《あら? く、クロヒコさん……?》じゃないですよっ! 俺のベッドに忍び込んで何をやってるんですかっ!?」

「あらあら」

「その煙に巻く用途の《あらあら》やめてください!」


 声量を俺に合わせるように、こしょこしょ話し始めるソシエさん。


「クロヒコさんの穏やかで可愛らしい寝顔を眺めていたら……起こすのがかわいそうになってきてしまって。で、つい添い寝してしまったのです。どうやら私もいつの間にか眠ってしまっていたみたいですね」

「いえ、俺はこんな夜中にこの部屋を訪れた理由を聞いているんですが」

「クロヒコさん、昼時にこのベッドの上で正座する私に何か言いかけていましたわよね? 途中でセシリーが入ってきたので、うやむやになりましたけど」


 なるほど。

 その話を改めて聞きにきてくれたわけですか。

 律儀と言えばそうなのだろうけど……。

 でも、それなら普通に起こしてほしかった。


 うーむ。

 ここはアークライト家だから、勝手に入ってきたことを咎めるのもなんか違う気がするし……。


「ふふふ、ではでは……あの時の続きを、いたしましょうか?」





 連載開始から四周年目となりました。頭の中では三年目だと思っていたのですが、連載の開始年を見直したら四年目でした……時が経つのは早いですね……。


 当初は第一部で閉じる予定でしたが、結局のところ書き続けて『えくすとらっ!』を経た末に第二部にまで突入してしまいました。実は幻の回となった(後に差し替えられた回です)第一部ラスト付近の流れは第一部で連載を閉じるために考えていた展開でした。ちょっと強引な展開だったので、結局は別案だった方の展開になりましたが。


 色々あったものの、皆さまの支えのおかげでどうにかここまで続けることができました。今後とも『聖樹の国の禁呪使い』をよろしくお願いいたします。


 それから書籍版の方ですが、11月25日に9巻が発売予定となっております。もう一つ、ここから聖樹が飛躍していってくれたら嬉しいですね。そうなるように、がんばって書いていきたいと思います。


 アークライト家宿泊編は一日目が大半を占めるので、もう少しで終わると思います(それにしても、こんな内容の回の時に四周年目を祝したあとがきを書くことになってしまうとは……)。


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