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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第二部
248/284

第7話「広いお風呂で、くつろぎのひと時?」


「ふぅ〜、生き返るなぁ〜」


 室内に声を響かせつつ身を湯に浸す。

 俺の座っている辺りは熱々の湯ではない。

 ほどよい温度である。


「それにしてもソシエさんのあの言葉……一応、俺を認めてくれたと受け取っていいのかなぁ……?」


 ここはアークライト家の浴場だ。

 俺一人で使うにはちょっと手に余る広さである。

 いや、手に余るというよりは身に余るかもしれないが。

 これだと五人くらいなら余裕で入れそうだ。


 全体的な基調は白寄りの灰色。

 柱には彫刻が施してあったりする。

 他にも花や植物が飾ってあったりして、質素な俺の家の風呂場とはもはや別世界だった。

 …………。

 まあ、自分の家くらいの大きさの方が実は落ち着くのだが。

 湯の色は緑がかっている。

 美容効果のあるなんとかの葉のエキスを使ってるとか言っていたっけ。

 アークライト母娘の美しさ秘訣はこういう美容アイテムの積み重ねにもあるのだろうか。


 湯浴み時間は向こうから指定された。

 今は俺の時間である。

 ちなみにソシエさんはもう入浴を済ませたそうだ。


「それにしても」


 浴槽を見渡す。

 女の子の家の風呂に入るというのはなんというか、不思議な感覚である。

 自分の家の風呂に女の子が入ったことはあったけど……。

 というか、ここはいつもあのセシリーさんが裸で身を浸している場所なのだと考えると――


「…………」


 適当なところでさっさとあがろう。

 と、思った時だった。

 浴場のドアが開いた。


「えっ!?」


 薄い布を身体に巻いた細身の人物がペタペタと入ってきた。

 あのシルエット!?


「ちょっ!? ま、まさかセシリーさ――」


 ん?


「――、……じゃない?」


 薄っすら漂う湯煙のせいもあったのか、一見セシリーさんと見まがった。

 その人物は、長い髪をアップ気味に後ろでまとめながらこっちへ歩み寄ってきた。


「男同士、たまにはこういうのも悪くないでしょう。こうして腰を据えて話す機会も、珍しいですしね」


 現れたのは、


「あなたは――」


 セシリーさんの兄、ディアレス・アークライトだった。



     *



「はっきり言って、びっくりしましたよ」


 俺は横目でディアレスさんを半睨みしながら、顔を半分沈めてぶくぶく泡を作る。


「セシリーでなくて、がっかりさせてしまいましたか?」

「いえ、ディアレスさんでも普通にびっくりしました」

「おや、それは光栄ですね」


 言って、垂れて頬にはりついた髪を優雅に手で後ろへのけるディアレスさん。


「…………」

「ん? どうしました、クロヒコ?」

「あ、いえ」


 こうして胸もと以下の部位が湯で隠れてると、女だと言われても違和感がなさすぎる……。

 湯につかっていると、妹との差異である身長差が目立たないからだろうか?


 まあ、しっかり観察すれば身体つきが男のものだとわかるのだが。

 いや、しっかり観察しないとだめな時点でどうかとも思うのだが。


 そもそもこの人は外見だけでなくて仕草や声も中性的だから、過去に騎士団の宴で女装を披露してとんでもないことになった話も納得できてしまう。

 湯煙のせいもあるのだろうけど、気を抜くとセシリーさんと一緒に入ってるような妙な感覚に襲われるくらいだ。

 あえてイメージの違いを述べると、セシリーさんから可愛らしさを抜き取って、美貌だけ据え置いたような感じだろうか?


「ん? 私の顔に何か?」

「あ、いえ――なんと言いますか、ディアレスさんってちょっと女性的に見えることがあるなぁって」

「ああ、元を辿るとそれは母の影響ですね」

「ソシエさんの?」

「昔は、私の身だしなみや立ち振る舞いに関する教育は母の役割だったんです。でまあ、あとで聞いた話だと母は女の子が欲しかったらしいんですよねぇ」


 後継ぎとして男児を望んでいた夫の手前、表立ってそれを口にはしなかったそうだ。


 だけどソシエさんは娘への憧れを捨てきれなかった。

 そこで母親と比肩する美貌を持った息子を、陰ながら女の子の要素をふりかけつつ育てていったのだとか。


「そんなわけでまあ、女性的な仕草が基礎の部分に染みついたんでしょう。待望の女児であるセシリーが生まれてからは、また違った育ち方をした感じですが」


 そこから男らしさを取り戻していき、この人は美形イケメンコースにものっかったわけか。

 うーむ。

 この人にも色々あったんだな。


「あと驚いたのは、今日ディアレスさんが来ると聞いてなかったのもあります」

「ああ……私が今夜戻るのは、家の人間には伝えていませんでしたからね」

「戻ったのは何か理由が?」

「騎士団の用事で城へ行ったのですが、祖父が屋敷の方へ帰ったと聞きまして。これは何かあるな、と……そうしたら、屋敷に珍しい客人がいたというわけです」

「す、すみません」

「はて? 今のは何に対する謝罪なのでしょう?」


 悪戯っぽい微笑で斜め下の角度から俺に問うディアレスさん。


「く、癖みたいなものです……すみません」

「ははは、そう他人行儀にならないでください。最近はそこそこ交流も深まってきた仲じゃないですか」


 最近の俺は騎士団の本部に顔を出している。

 その関係でディアレスさんとの交流の機会は増えていた。


「騎士団もクロヒコの能力には助けられていますよ。第九禁呪はそこそこ距離があっても相手を捕縛できますし、第五禁呪なんて空が飛べてしまいますからね」


 戦闘特化でない禁呪は意外と戦闘以外でも活躍の場があったりする。

 指先で俺の耳を指先でクニクニ触るディアレスさん。


「耳もいいですし」

「聴力や視力が上がっているのは、き、禁呪の宿主の影響みたいです」


 くすぐったい。

 というか。

 耳が弱いので、やめていただきたい。


「ふふ、ソギュートも喜んでいましたよ? 将来有望な人材だって」

「そ、そうなんですか!?」


 事実なら嬉しい。

 褒めてもらえると、努力した甲斐があると思える。


「ははは、あの人はそういうのあんまり表に出しませんからねぇ……でも、期待しているのはわかります。ゆくゆくは、団長候補かもしれませんよ?」

「だ、団長って柄じゃないですよ。それこそ、来年入団予定のドリス会長とかは向いてるんじゃないですか?」

「あーそうですねぇ……あの子なら適材かもしれません。いや……ああいう子は、むしろ副団長の方がいいのかな?」


 まるで、ドリス会長の裏の顔を知っているような言いぶりだった。


「ところでクロヒコは、何か特別な目的込みでこのところ騎士団に出入りしているんですよね?」


 しっかり見透かされていた。


「……はい」

「特級聖遺跡に興味が?」


 団員の人たちにそのことを聞いて回っているのが彼の耳にも入ったのだろう。

 この人も別の意味で《耳がいい》よな。


「将来的に、特級聖遺跡の攻略が必要になりそうなんです」

「何か事情があるみたいですね」


 隠す話でもない。

 正直に聖遺跡に眠る禁呪の呪文書のことを話した。


「――なるほど、そういう事情でしたか」

「そんなわけで卒業後に入団してからでは遅いかな、と」

「その話、ソギュートには?」

「まだしていません。なんか、その……ソギュート団長に話すと、無理をして特級聖遺跡の攻略を再開してくれそうな気がして」


 ソギュート団長は俺の知らないところでヒビガミと戦った。

 あの男の強さを知っているからこそ《協力的になってくれすぎる》気がするのだ。


 本部に出入りするようになってから、下手をするとマキナさん以上に多忙な人なのだとわかった。

 なので、俺のために無理をしてほしくないのだ。


「俺は、なるべく騎士団の人の手を煩わせずに攻略したいと思っています」

「ふむ。では……もし認められたとして、一人で潜るつもりですか?」

「キュリエさんあたりには、手伝ってもらうかもしれませんけど」

「おや? セシリーは?」

「特級聖遺跡の危険度次第、でしょうか」


 学園の方は一緒に攻略班を組めない。

 だけど、特級聖遺跡なら組めるかもしれない。

 ディアレスさんの記録は関係なくなるだろうし……。


「想われてますねぇ、セシリーも」


 ディアレスさんが頬に手をあて、頬杖をつくみたいなポーズをした。


「ふむふむ、わかりました。クロヒコが卒業までの間に特級聖遺跡の攻略を認めてもらえるよう、私もできるだけ働きかけてみましょう」

「い、いいんですか?」

「結果としてセシリーの命にもかかわってくるようですし、当然ですよ。それに最近のあなたを見ててわかりましたが――」


 ディアレスさんが俺の頭に手を置く。


「クロヒコ、いい子ですしね」

「あ、ありがとうございますっ」


 褒めてもらえたみたいで嬉しかった。


「すでに聞いているかもしれませんが、騎士団は主に特級聖遺跡を戦闘訓練用として使用しています」

「攻略は主目的じゃないんですか?」

「聖遺跡にはクリスタルや魔導具、聖剣や魔剣といった副産物もありますし、探索に力を入れた時期もありました。過去の騎士団では、探索に大半の力を注いでいた時代もあるようです」


 訓練目的の使用が多いのは団長の方針もあるそうだ。

 団長は本格的な攻略は戦力がしっかり整ってから行うという方針を定めている。

 聞けばソギュート・シグムソスが団長になってから、彼を慕う多くの貴族の長男が入団を希望したという。

 しかしそのせいで、後継ぎを心配する貴族の親たちからあまり危険な攻略方針は建てるなと、口酸っぱく言われるようになったのだとか。

 要は巣食う魔物が、それだけ強いということだ。


「ですので――」


 濡れた髪を指先でイジりながらディアレスさんが言う。


「四凶災に匹敵する禁呪使いの戦闘能力を見込んで、調査がてら探索範囲を広げる……という流れに持っていければ、クロヒコの探索も認められるかもしれません」


 髪を絡めたままの指先を唇に添え、ん〜、と思案するディアレスさん。

 関係ないが、もはや仕草が女子のそれにしか見えない。


「あー、でもそれだと……遺跡の攻略能力があるのを示すために、学園の聖遺跡の方でいくらか結果を出しておいた方がいいのかなぁ?」

「学園の方の聖遺跡は、解禁されたらすぐにでも挑むつもりです」

「私の最高到達記録を破れば後押しの好材料になるでしょう。ふふ、がんばってください」

「は、はいっ」

「あとは……五大公爵家や聖王家からの支援が得られると大きいかなぁ? 特に、聖王様からのお墨付きがあれば騎士団としては支援しやすいですかね。騎士団は一応、王の承認を得て特級聖遺跡へ入るのを許されているという体ですし」


 そういえば、聖王様が俺に会いたがっているみたいな話を聖武祭後にマキナさんから聞かされたっけ。

 ふむ。

 そっち方面でもアクションを起こしてみるべきかもしれない。


「うーん、やっぱり人脈や根回しとかって大事なんですね……」

「貴族社会はそういう側面がありますねぇ。まあ、どの世界でも面識があるかないかだけでけっこう対応が違ったりしますから」

「俺、そういうのけっこう苦手だったりするんです。敵と戦うのは得意なんですけど……」

「苦手なら周りを頼ってもいいと思いますよ? とはいえ、私の知る範囲でもクロヒコの人脈はすでに驚くほど広く深い印象なのですが……」


 苦笑するディアレスさん。

 そうだろうか?

 あまり意識したことはないけど……。

 マキナさんとか?

 あ、そうだ。

 シャナさんも実はあれでなかなか知名度のすごい人なんだよな……。

 他には、ええっと……。

 誰かいたっけ?


「…………」


 あ、そういえば。

 人とのつながりと言えばだ。

 ディアレスさんってロキアと面識があるっぽいんだよな。

 ここらで聞いてみようかな?

 ロキアの方は、ディアレスさんを避けているみたいだけど……。


「あの、ディアレスさん」

「ん?」

「実は、とある男との関係について――」



 その時、



「は?」



 浴場のドアが開いた。



 俺は目と口を開いたまま停止。

 湯煙の奥から姿を現したのは、


「セシリーさん!?」

「お兄さま!?」


 ディアレスさんの存在に目を剥く、身体に布を巻いたセシリーさんだった。


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