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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第二部
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第6話「夕食の時間」


 二人で食堂へ行くと、ソシエさんが席について待っていた。


 窓のカーテンは閉じている。

 燭台型の術式機が適度な明るさを室内に与えていた。


「すみません、お待たせしました」

「いえいえ。約束の時刻は過ぎていないのですから、謝る必要などありませんよ?」


 謝罪する俺にソシエさんは「うふふ」とやんわり微笑む。


「クロヒコはまず謝るのが癖みたいなところがありますからねー」


 俺の癖を指摘しつつセシリーさんが着席。

 その隣に座る俺。

 またも左右にアークライト母娘という構図。

 まあ一人は斜め前だが。


「二人は今日、ずっとこの屋敷にいたのですか?」


 と、ソシエさんが尋ねた。


「ええ、ずっと二人でクロヒコの部屋にいました」

「あらあらあら」

「…………」


 ソシエさん、絶対なんか非現実的な想像してますよね?


「さて、二人も来たことですし……料理を運んでいただけるかしら、ハナ?」

「かしこまりました、奥様」


 控えていたハナさんが頭を下げる。

 俺は自然と椅子を引いた。


「あ、俺も手伝いますよ」

「いえいえ、そのままで大丈夫ですよ? 調理済みの料理を運んでもらうだけですし」

「でも運ぶにしても、二人でやった方が――」

「いずれセシリーと一緒になるのでしたら、こういう世界の作法に慣れておくのもよろしいかと思いますよ?」


 むむ?

 微笑みと共に、そっと窘められた感じ。


 ふむ。

 貴族の家に招かれた時、どうもその家の召使いの仕事を率先して手伝うのは作法としてマズいことみたいだ。

 将来的にセシリーさんとくっつくのならその作法には従うべきだ、と言われている感じがする。


 そう俺は理解した。


 自分の家だとできる範囲でミアさんを手伝っている。

 それについて俺自身はマズいことだとは思わない。

 だがミアさんはたとえば侍女という立場だ。

 侍女の仕事を積極的に手伝う家のあるじというのは、貴族の世界の作法として見ると《あまりよろしくない》のかもしれない。


 それが他人の家となればなおさらというわけか。

 おそらくソシエさんは、親切心で教えてくれてるのだと思う。

 …………。

 郷に入れば郷に従え、か。


 ハナさんが料理が運び込む間、言いつけ通り俺はおとなしく座っていることにした。


 のだが、


「クロヒコ殿がハナを手伝うくらい別によいではないか、ソシエ」


 言いながら食堂に入ってきたのは一人の老人。

 彼はセシリーさんの正面の席に座った。


「それが当然とばかりにふんぞり返っているようなやつよりは、儂としては印象がいいがのぅ」


 ソシエさんが目を丸くしてパチパチさせる。


「お義父さま」


 そう。

 食堂に現れたのは、セシリーさんの祖父。


 ガイデン・アークライトだった。


 現在は聖王様の剣術指南役。

 かつては聖樹騎士団にも所属していたという。

 古い付き合いもあって聖王様の相談役だったりもするそうだ。

 日頃から城に詰めていることが多いせいで、なかなか屋敷に戻ってこないと聞いている。


 俺からするとひたすら孫のセシリーさんを溺愛しまくっている人という印象が強いのだが……。

 セシリーさんが顔を寄せ、俺の耳もとでコソッと囁いた。


「おじいさまもあれでそこそこ表裏のある人なので、そこはちょっと注意してくださいね?」

「…………」


 アークライト一族、裏表ある人ばっかりじゃないですか!


 ガイデンさんが現れたのを見て、あのソシエさんがちょっとあたふたしていた。


「ま、まさか今日お帰りになるとは思っていませんでしたので……ええっと、今すぐハナに追加の料理を――」

「無用じゃ」


 手をあげて制するガイデンさん。


「食事は済ませてきたからの。わしは葡萄酒だけ頼む」


 調理場からハナさんが顔を出してにこやかに尋ねた。


「食後にお飲みになるのでしたら、アレがよろしいですか?」

「おう、アレで頼むわい」


 ヒゲを撫でるガイデンさん。


「ほっほっほっ、この屋敷だとわしの好みを把握しておるハナがいるから楽でいいわい」


 ハナさんが料理や飲み物を運び終える。

 そしてこの場の役目を一旦終えたハナさんは、お辞儀をしてから調理場へ戻っていった。


「ごくっ」


 料理を目にした俺は思わず唾をのみ込む。

 どれも手の込んだ料理に見える。

 見た目も華やか。

 食欲をそそるにおいは、腹の虫を活発にさせる。


「では、食べましょうか」


 ソシエさんのそのひと言で食事が始まった。


 よし。

 まずは、このソースがかかっている皮つきの肉料理を――


「ところで、クロヒコ殿」


 俺が料理を口に入れた時、ブドウ酒を一口飲んだガイデンさんがニコニコしながら口を開いた。


「おぬしはセシリーを嫁にもらうつもりがあるのか?」

「ぶほっ!」


 口から中身の出かかった。

 咄嗟に口を手でおさえたので、最悪の事態は避けられたが。


「ふ、ふみまへんっ……け――けほっ、けほっ……っ!」

「だ、大丈夫ですかっ?」


 セシリーさんが背中をさすってくれる。

 俺の背をさすりながら、ぷんすかするセシリーさん。


「もう、おじいさま! 食事が始まるなり、なんの前振りもなく直截的な質問をしすぎです!」

「おぉ、すまんすまん」


 ソシエさんが助け舟を出す。


「お義父さまはあなたが心配なのですよ、セシリー?」

「だとしても、いきなり――け、結婚の意思の有無を確認するのは核心的すぎです! クロヒコがびっくりしちゃったじゃないですかっ」

「あらあらぁ、新妻さんはクロヒコさんにとても優しいのねぇ?」


 そういえば。

 ソシエさんの前ではなるべく夫役に徹するんだった。

 俺はセシリーさんにサインを送った。


「た、助かったよセシリー。もう大丈夫だから」

「あ――は、はい。わかりました……ええっと、アナタ? もう大丈夫なのね?」

「う、うん」


 セシリーさんがそっと手を離す。

 彼女も察して夫婦演技モードに入ってくれた。


「ほぅ?」


 眉を上げてあごに手をやるガイデンさん。


「二人ともずいぶん深い仲になったようじゃあねぇか」


 あ、そうか。

 俺たちがソシエさんに夫婦モードを強制されているのを知らないのか。


「ち、違うんですガイデンさん! 実は――」


 慌ててソシエさんとの取り決めを説明する。

 すると、


「なーんじゃ、そういうことか」


 どうにか理解してもらえた。


「やれやれ、ソシエも無茶な要求をするものじゃ」

「うふふ、よいではありませんか? セシリーも乗り気のようですし……それに、お義父さま?」

「ん?」

「セシリーが屋敷に殿方を連れてきているというのに、今日のお義父さまはご機嫌がよろしいのですね?」


 ガイデンさんが、うむ、と頷く。


「クロヒコ殿はセシリーがヒビガミとかいう凶人に連れ去られそうになったのを防いだ男じゃ。聞けばその凶人、セシリーを終末郷に連れて行こうとしたそうではないか」


 再三言及しているが、あの時のヒビガミを防げたのはキュリエさんの活躍のおかげもある。


「さらにあの四凶災の脅威からもセシリーを救ってくれた。ついでに言えばこの儂もこの男に救われたからの。愛する孫娘とこうして一緒に食卓を囲めるのもクロヒコ殿のおかげなわけじゃよ。何より――」


 ガイデンさんが、俺の左目を一瞥。


「その左目も、想う女を守るために犠牲にしたんだろ?」

「え? あ、まあ……そうとも、言えますかね?」


 セシリーさんから聞いたのだろうか?

 ベシュガム戦はとにかくみんなを守りたい一心だった気がする。

 なので、セシリーさんに限定すると微妙に事実と異なってきそうではあるけど……。


「何にもまして、クロヒコ殿に限ってはセシリーの方が好意的みたいじゃからのぅ。二人が両想いというなら、儂も認めざるをえんわい」


 聞いていた話と少しイメージが違う。

 ガイデンさんはもっとこう、孫に近寄る男はすべて排除するという印象があったのだが。


「とはいえ儂はクロヒコ殿の方の気持ちをその口から聞いておらん。今ここでセシリーをどう思っているのか、聞かせてくれんか?」

「是非、私もお聞きしたいですね」


 とソシエさんが続く。

 セシリーさんが俺を守るみたいに身を寄せた。


「ふ、二人でクロヒコを追い詰めないでくださいっ」

「せ、セシリーさん……」

「こんなところで急に答えを求められても、クロヒコだって困ってしまいますよっ」


 うーむ。

 言うべきことは、しっかり言っておくべきか。

 セシリーさんに「気を遣ってくれてありがとうございます」と礼を言ってから、俺は姿勢を正した。

 何か察したのかセシリーさんは黙って身を引く。


 ガイデンさんとソシエさんの間くらいに身体を向けて、俺は言った。


「セシリーさんとの今後の関係については、聖ルノウスレッド学園を卒業する時に俺なりの結論を出そうと思っています」


 俺の真剣さが伝わったのだろうか。

 ガイデンさんの様子に変化が見えた。

 彼の緩い空気が消え去る。

 ガイデンさんは腕を組むと椅子に深く寄り掛かかった。


「ふむ」


 続けてくれ、と目で促される。


「ガイデンさんもご存じのヒビガミという男は、学園を卒業する際に俺と死合いを行うのを条件として俺たちを見逃しました」

「その話は初耳じゃな。そして今――おまえさん《見逃した》と、そう言ったな?」

「現状、ヒビガミはあの四凶災を凌ぐ実力の持ち主と思われます」

「ヒビガミという男……それほどか?」

「はい。あの男は当時ジークベルト・ギルエスが遭遇した四凶災の一人をほぼ無傷で封殺しています」

「あの、四凶災を……」


 四凶災襲来時、ガイデンさんもその一人であるマッソ・アングレンと戦っている。

 彼は、あの怪物たちの実力を身をもって知る人でもある。


「ヒビガミは、自分は強くなりすぎたと言っていました。だから、自分と良い勝負ができる敵を探しているそうです。実際、現状であの男より強い人間の存在を俺は知りません」


 可能性があるとすれば、とにかく本気を見せないという第6院出身者のロキアやヴァラガ・ヲルムードあたりだろうか。

 とはいえ二人の本気がどの程度かを俺は知らない。


 キュリエさんについては、キュリエさん自身が今の自分ではヒビガミには勝てないだろうと自ら評している。

 ヒビガミが期待したというベシュガムはもう死んでいるので、戦う相手にはなりえない。

 ただ――


 一人だけ、衝突した時にどうなるか想像のつかない相手がいる。



 スコルバンガーだ。



 あの巨獣は圧倒的だった。

 スコルバンガーの底は俺も見えなかった。

 ガイデンさんの瞳が理解を灯す。


「つまり将来性においてそのヒビガミのお眼鏡に最もかなったのが、禁呪使いのおまえさんというわけじゃな」

「俺の将来に特別な伸び代を見たようなことを言っていました」

「で――卒業までの間にその《将来》に達していろ、と」


 俺はうなづいた。


「もしその時の俺がヒビガミに勝てなかった場合、俺の周りの人たちを皆殺しにすると言っていました。だから俺は――」


 不意に湧き上がった冷たい殺意をおさえながら、俺は言った。


「あの男に絶対、勝たなくてはならないんです」


 ガイデンさんが口の片端をくいっと吊り上げた。


「つまりこういうことか? その死合いを行う卒業の日までは、色恋よりも、とにかく強くなることを優先した生活を過ごしたいと?」

「はい」

「ふーん」


 物思いにふけるように、唇の端を親指でこすり始めるガイデンさん。

 指の動きが止まる。


「いいじゃねぇか」

「と、言いますと?」


 セシリーさんがうかがうと、ガイデンさんは機嫌よく言った。


「ん? ガイデン・アークライトとしては、この男にならセシリーを任せてもいいってことだよ」


 ソシエさんが口に手を添える。


「あのお義父さまの口からそんな言葉が出るとは、驚きですわ」

「儂はバディアスが今まで候補にしてきた男どもが気に入らなかっただけじゃ。だがこの男は、気に入った」

「あの人がなんと言うかしら?」

「まあ、あの堅物の権化のようなバディアスを説得するのは骨かもしれんがの」

「ですが、クロヒコさん?」


 ソシエさんが俺の方へ身体を向けた。


「お義父さまから認められたのは、セシリー・アークライト攻略としてはかなりの前進と言えます。いえ、今まで誰もなしえなかった偉業ですよ?」


 ガイデンさんが不服げにソシエさんを見る。


「攻略なんて、聖遺跡じゃあるまいし――で、そういうソシエはどうなんじゃ?」

「あら? 私、ですか?」


 ソシエさんが、含みのある視線を俺へ飛ばす。


「少々、意外に感じております」

「うーむ、はっきりしない答えじゃな。クロヒコ殿を認めているかどうかを、儂は聞いたんじゃが」

「うふふ、そうですねぇ?」


 瑞々しい唇で柔らかな微笑を描き、ソシエさんが俺に微笑みかけた。


「私もあの人――夫とやり合う覚悟が、必要になるかもしれませんね?」


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