第2話「ベッド上のチャーム」
「じゃあ……み、未来からやってきたセシリーさん?」
「くすっ」
笑みをこぼす謎の女性。
「寝ぼけているのかしら? だったら――」
「ん?」
スベスベの手が俺の手を取る。
ぼんやりしていた俺の意識は、次に起こった出来事で急速に覚醒することとなった。
ふにゅぅう。
布越しの柔らくもぬくい感触が、俺のてのひらを満た――
「って、ちょっ!? 何をしてるんですかっ!?」
「あらあら? さっそくウワサの鈍さの一端が垣間見えたかしら? ふふ……ほら? お胸の大きさで、セシリーかどうかわかるのではありませんか?」
くっ!
この大きさは、確かにセシリーさんのものでは――じゃ、なくて!
慌てて手を振り払う。
ちなみに振り払いはしたが、目の前の女性が誰なのかほぼ察しはついたので、力はしっかり加減した。
「む?」
今の反応……まるで、俺が振り払うのを事前に予期してたかのような動きだった気も……。
女の人が手をつき、上体を起こす。
白い薄手のワンピース姿。
あれ?
あの服、以前セシリーさんが着ていたやつじゃないか?
それにしても……見惚れるほど綺麗な人だ。
薄い琥珀色のふんわりした長い髪。
細長のまつ毛。
ガラス玉のように青く透き通った瞳。
形の整った唇。
練乳みたいに滑らかな色白の肌。
編み込みが後頭部の周りを巡っているあの髪型は、前の世界だとハーフアップというのだったか。
なんにせよ、似合いすぎるほど似合っていた。
というか、
「うふふ、察してくれたようね?」
顔立ちからして、この人は十中八九あの人で間違いあるまい。
服のシワを整えると、彼女は娘を連想させる微笑を浮かべた。
「私がセシリーの母、ソシエ・アークライトです」
やっぱり、セシリーさんのお母さんか。
にしても見た目が若すぎる……。
子持ちだと言われてどれだけの人間が信じるのか。
オトナの色香があるのには、反論の余地はないだろうけど……。
「んーと……? きみと会うのは、初めてになるのかしらね?」
「あ――申し遅れましたっ、サガラ・クロヒコですっ。ご息女のセシリーさんとは、ええっと……聖ルノウスレッド学園の学友として、おつき合いさせていただいています」
「あらあら、礼儀正しい子なのねぇ。はい、こちらこそ平素より娘がお世話になっております」
ぺこっと頭を下げるソシエさん。
それから膝立ちで、ズリリッと擦り寄ってきた。
ほっそりした手が俺の太ももに置かれる。
この状況でなぜ太ももにボディタッチ……?
もう一つ問題が。
服の裾がまくれてけっこうな部分まで露出しているその白い太もも、どうにかしてもらえないでしょうか……。
俺は圧倒的に目のやり場を喪失していた。
サガラ・クロヒコは、女慣れしている渋くてハードボイルドなオトナな男とは違うのだ。
魅力に溢れた美人の女性が目の前にいたら、当然、並みの男の反応をしてしまうわけで。
「くすっ……ねぇ、クロヒコさん? せっかく、二人きりなのですし――」
な、なんですかその不穏な前置きは……。
そして――なぜさっきから俺の太ももに指先で《の》の字を描いているんですか!?
くすぐったいんですが!
「私と……ちょっとだけ《火遊び》でもいたしません? 意味は……わかりますわよね? もちろん――」
身を乗り出し、たおやかな動作で肩に手をのせてくる。
清楚さと蠱惑さを湛えた吐息まじりの囁き声。
俺の耳朶をそれが官能的に撫でた。
「娘には、ナイショで」
開いた胸もとから、マシュマロみたいな大きな胸がこぼれ落ちそうになっている。
つまりこのワンピースは、自分を娘を錯覚させるために着てきたと考えられる。
だから、サイズがあってないのだ。
何を冷静の振りをして俺は状況を淡々と思考しているのか。
……くっ!
この視覚情報は、さすがに理性と心臓への悪影響が多大すぎる!
さらには、この迎え入れんばかりの無防備さ!
「…………」
とはいえ――
うん、これはだめだ。
ソシエさんの肩を、軽く両手でつかむ。
「あら? うふふ、その気になってくれたのかしら?」
ぐいっ。
「あら?」
ソシエさんの身体をゆっくり押して、自分の身体から離した。
「気を悪くしたら謝りますけど……俺、セシリーさんのお母さんと変なことする気はありません。今日は、その……セシリーさんのために泊まりにきたわけですし」
ソシエさんがにっこりし、自分の頬に手をあてる。
「なるほど、色香に惑わされて考えなく場の空気に流される殿方ではないと」
うん?
これは、俺が誘惑に負けるか試されていたっぽい……のか?
油断ならないこの感じ。
この母にしてあの娘あり、ということなのか。
それよりである。
俺はソシエさんを見据え、邪悪な薄笑いを浮かべている自分に気づいた。
今、ここで会ったが百年目と言わんばかりの気分だった。
そう……俺にとってあなたは因縁の相手なんですよ、ソシエさん。
ソシエ文書とかいう有害文書を筆頭として、俺の大事なキュリエさんやセシリーさんに余計な知恵をふき込みまくった、圧倒的元凶……っ!
ようやく出会えた。
この人には言いたいことがありすぎる。
「ソシエさん」
「は、はいっ」
真剣さが伝わったのか、ソシエさんがシュババッと高速で正座する。
それから不安そうに上目使いでチラッと見てきた。
「あの……何か、しでかしてしまったでしょうか? そんなに……ご、ご不快でした?」
う、うーん。
ここまでかしこまられると、逆にちょっとやりにくいのだけど……。
「い、いいですか? これまであなたが娘さんやキュリエさんに――」
「何をしていらっしゃるのですか、お母さまっ!?」
ん?
ほわほわ微笑んだまま、くるりっと振り返るソシエさん。
「あら、セシリー」
あれ?
さっきまでの不安いっぱいそうな態度は、どこへ……。
「なかなかクロヒコが姿を見せないので様子を見にきたら――なんなのですか、その状況は……っ!?」
ゆる〜い困り顔をするソシエさん。
「何って……セシリーの意中の人がどんな殿方なのか気になったから、お話ししてみたいと思って」
「なぜ二人は……ベッドの上に?」
ソシエさんが弱々しく姿勢を崩し、目もとへ哀しげに手をやった。
「およよよ……実はね? クロヒコさんが、私を強引にベッドへ引っ張り込んだの」
……ソシエさん!?
セシリーさんが、ため息をつく。
「いやいやいや、クロヒコにそんな度胸はありませんから。はぁ……いいですか、お母さま? からかうにしても、もう少し信憑性のある嘘をついてください」
ケロッとするソシエさん。
「あらあら、セシリーには敵わないわねぇ」
「で、クロヒコはどうしたんですか? 時間、もう過ぎてますけど……」
「ここで寝転がっていたらウトウトしてしまって……それで、目を覚ましたら――」
ソシエさんをまじまじと見たあと、またもやセシリーさんため息をつく。
「お母さまが、イタズラをしに潜り込んできたと」
さすがは血の繋がった娘、というべきか。
母親の行動パターンは把握しているらしい。
しかしその聡明さと理解力がありながら、なぜキュリエさんと共にソシエさんの掌の上なのだろうか?
ふむ。
これはいよいよ、セシリーさんがあえてソシエさんの案にのっかっている説が濃厚になってきた感が。
ともあれ、妙な誤解をされるパターンにならなくて助かった……。
セシリーさんの察しのよさには、感謝せねばなるまい。




