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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い 第二部
242/284

第1話「アークライト家へ泊まりに行こう」


 聖ルノウスレッド学園の暑期休暇も終わりが近づいていた。


 ここへ飛ばされる前の世界で言えば、今はいわゆる夏休み中。


 そんな休み中の大きな出来事といえば、聖樹士候補生たちがしのぎを削った聖武祭と、聖武祭中に起こったあの終ノ十示軍とスコルバンガーの大聖場襲撃だろう。


 他には、聖武祭に招かれた軍神国ルーヴェルアルガンとギュンタリオス帝国の客人たちとの出会いもあった。

 思い返してみると聖武祭期間中はよいことも悪いこともあった。

 しかし俺ことサガラ・クロヒコにとっては、どちらも貴重な経験になったとも言える気がする。


 そしていよいよ後期授業が始まろうとしていた。

 のだが、


「後期授業が始まる前に一つ、気の抜けないイベントが控えてるんだよなぁ……」


 銀の装飾が施された立派な扉の前でそうつぶやきながら、これまた立派な威容の屋敷を仰ぎ見る。

 さっき閉まった扉が、向こう側から開け放たれた。


「何をボサッと突っ立っているんですか、クロヒコっ」

「え?」


 扉から出てきたのは、扉の上品で美麗な装飾が色褪せるほど美しい少女――セシリー・アークライト。


 彼女は俺の同級生であり仲間だ。

 そして、その――とりあえず恋人候補という関係にもなっている。

 俺にそういう気があるという事実が、個人的にはいまだにしっくりこなかったりもするのだが。


「なんというか……涼しくも爽やかな風が心地いいので、もう少しだけこの風を感じていたくなって」

「いや、今日は爽やかとは程遠い気候ですし……そもそも今日、風なんて全然ふいてませんし」


 冷静で的確な状況認識であった。


「じー」


 怪訝そうな目で睨まれる。

 そんな目つきすら美しく映えるセシリー・アークライトの神の祝福ぶりは健在。

 だが、機嫌の方は損ねてしまったらしい。


「わたしの屋敷に泊まるのそんなにお嫌ですか? 二の足、踏みますか?」

「というわけでは、あるんですが」

「もー! だったら何も問題なんて――って、あるんかい!」


 さっそくキャラが崩れていた。


 いや。

 この人の場合はキャラ崩壊というよりも、壁面が崩壊し地肌が露出したという方が正しいのか。


 俺は身を縮める。


「女の子の家に泊まるのは、不慣れもいいところでして」


 聖武祭で彼女が優勝したらアークライト家にお泊りする。

 俺は彼女とそう約束していた。

 そして彼女は強者たちが集った聖武祭の無学年級で勝ち上がり、見事その優勝を手にしたのだ。


 後期授業開始前に残された一つのビッグイベント。


 それは他でもない、アークライト家でのお泊りであった。



     *



 シーラス浴場に泊まった時は、他のみんながいた。


 心強い味方である同性のジークも一緒だった。

 ましてやシーラス浴場は旅館のようなものだ。

 女の子の自宅ではない。

 さらに今回の宿泊先は、超絶美少女と言われ誰もが首を縦に振らざるをえないセシリー・アークライトの家である。

 言うなれば、ルノウスレッドのアイドルのご自宅。

 そんな家に泊まるのだから、気負わない方が無理な話というものだ。


 頭痛でもするみたいに、眉間に指先を添えるセシリーさん。


「ヒビガミや四凶災とあれだけ気負いなくやり合えるのに、なぜわたしの屋敷に泊まる程度でそんな気負ってるんですか……本当に変な人ですね、クロヒコは」

「いや、さすがにセシリーさんは特別ですし……」

「んふふー」


 急に上機嫌になると、セシリーさんは俺の背後に回り込んで両手を掴んできた。


「せ、セシリーさんっ?」

「そーですかそーですか。ふふーん、わたしは特別ですかー……ほら、ではその特別なセシリーさんのお家に入りましょうっ?」


 俺は背中を逃がすようにして、上半身を反らせた。


「せっ、背中にひっつこうとするのやめてくださいっ」


 さっき、背中になんか柔らかいものがあたったんですが。


「これは……あなたが屋敷を目指して前へ進まないと、少しばかり照れくさいことになっちゃいそうですねぇ? ま、わたしはクロヒコなら多少のカラダの密着は気にしませんけど? そうそう、最近わたしのお胸もキュリエとまではいきませんが、そこはかとなく成長してきた気配がありまして……」


 要するにだ。

 この先へ進まないと成長アピールしたおムネを押しつけると言っているのだ。

 確かに特別だ。


「特別に警戒しなくちゃいけない人だ」

「ひどーい!」


 俺はへなへな顔になって、ため息を落とす。


「その腹黒さ、さすがは《ルノウスレッドの黒真珠》と呼ばれるだけあります……」

「わたしの王都での愛称、さらっと勝手に変えないでくれます!?」



     *



「ようこそおいでくださいました、クロヒコ様」


 ハナさんがお辞儀をする。

 俺も頭をさげた。

 この人はアークライト家の召使いさんである。

 温和な雰囲気の中年女性で、セシリーさんもすごく信頼しているそうだ。

 この人とは俺も面識がある。

 というか、やはり知っている顔の人がいると安心するなぁ……。


 屋敷に踏み入ると、さっそく二階へ続くザ・洋館と言わんばかりの大きな階段が出迎えてくれた。

 手前の階段をのぼるとまた左右に階段が分岐しているご存じのアレである。


 屋敷には長い年月を思わせる古めかしさが漂っていた。

 ただし掃除が行き届いているおかげか清潔感がある。

 古びた埃っぽさは感じない。

 すんすん。

 胸のすくようなにおいは、所々に配された花が放つものだろうか。


「クロヒコには来客用のお部屋に泊まってもらいます。わたしは着替えてきますので、ハナに彼の案内をお願いします」

「かしこまりました、お嬢さま」


 セシリーさん、お着替えするそうだ。

 ということは、今着ている淡いレモンイエローの半袖ワンピースは家着ではないのか。


「ではまたあとでお会いしましょう、クロヒコ」


 にっこり微笑み手をヒラヒラ振るセシリーさんと別れた俺は、ハナさんに連れられて屋敷の廊下を歩く。


「…………」


 歩いていて、わかってきた。

 屋敷自体の築年数は相当と思われる。

 それでも古ぼけた感じがしないのは、おそらく掃除も含めて屋敷がとても丁寧に扱われているからだ。

 大もとの屋敷はアークライト伯爵家の領地に別にまたあるそうだが、王都にあるこちらの屋敷も大切にされているのだろう。

 住まいを大事にするアークライト家の人たちに、俺は強い好感を覚えた。


 以前ヒビガミに敗北して落ち込んでいるセシリーさんの様子を見にきた時は、屋敷の中をよく観察する余裕がなかったからなぁ……。

 余裕のある時に眺めると、気づかなかったことも見えてくる。


「こちらでございます。お部屋のものはご自由にお使いください。ふふ……このお部屋のものは将来、クロヒコ様のものになるかもしれませんしね? では、他に何か御用がございましたら、そちらの呼び鈴を鳴らしてくださいませ」


 俺が礼を言うと、微笑みを残してハナさんは辞去した。

 荷物を置き、ベッドに腰かける。


 ……ん?

 そういえばハナさん、なんかこの部屋のものが将来的に俺のものになるかもしれないみたいなこと言ってたけど……。

 そんなの、俺とセシリーさんが結婚でもしないかぎり――


 いやいや、と首を振る。


 何を考えてるんだ俺は。

 俺がセシリーさんと結婚なんて想像もつかない。


 まあ、気が合うのは確かなんだろうけど……。


 そんなことを考えながら、置き時計で時間を確認する。

 言われた時間までに広間に行けばいいんだったな。

 まだ時間まで少しある。


 ベッドに背中から倒れ込むと、俺は一段落した気分でひと息ついた。


 天蓋つきのベッド。

 俺の家にあるベッドとは寝心地が違った。


 しかし……屋敷にいる時のセシリーさんを見ていると、本当に格式ある家のお嬢さまなんだなと実感するなぁ……。


 改めて俺とは住む世界の違う人なんだと、そう突きつけられている感覚があった。


 でも、わかっている。

 セシリーさんはそういう扱いをされるのを嫌う。

 何よりこの屋敷では、過去に本当の自分を互いに吐露しあった。

 あれがあったから、住む世界は違えど、気持ちの部分は近い人間なんだと思えている……気がする。


「…………」


 なんか寝心地がよすぎて、眠くなってきたぞ……。



     *



 はっ!


 しまった。

 ウトウトしていた。

 時間は大丈夫だろうか?


「ん?」


 あれ?

 目の前に、誰かいる。


 横になっている俺と微妙に左右対称っぽい状態で、女の人が横になって寝そべっている。

 俺と同じベッドの上で。


 ウトウトしているうちに、な、何が起こったんだ?


「ん――」


 目が覚め切っていないせいか、まだ意識がぼやっとしている。


 謎の女性は目が開いていた。

 眠ってはいない。


 女の人がふんわりと、目もとを和らげた。

 天使が降臨したと錯覚するその表情を目にした途端、まるで、心臓を羽毛で撫でられたかのようななんとも言えぬ感覚が俺の中を駆け巡った。


「おはようございます」


 耳の奥がくすぐられるような声。

 イメージは柔らかな日差しの降り注ぐ澄み切った湖面――だろうか。

 そんなイメージから真っ先に連想した人物の名を、俺は口にした。


「セシリー、さん?」

「んふふ」


 人差し指の先を額にピトッとあてられた。

 ふにふにで、ひんやりしていた。


「違います」


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