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聖樹の国の禁呪使い  作者: 篠崎芳
聖樹の国の禁呪使い えくすとらっ!
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69.「祭りのあとに」


 聖武祭の表彰式と閉会式が無事に終わったあと、レイ先輩の取り計らいで祝勝会が行われることになった。


 会場はシトノス家。


 ベオザさんと二人の会長も足を運んでくれて、もちろんジークとヒルギスさんも来てくれた。

 マキナさんとミアさんも誘ってみたのだが、残念ながら二人は都合が合わなかった。

 ちなみに女性陣は大聖場から直行せず、みんなドレスに着替えてからシトノス家へやってきた。

 勢ぞろいした女子勢を眺める。


「…………」


 うーむ。

 戦う姿からかけ離れた華やいだ空気。

 言うなれば、プリンセスそろい踏みといった感じである。 





 祝勝会は和やかに進んだ。

 少しアイラさんが心配だったが、すっかり元気になった風に見えた。

 俺と話している時もいつも通りの明るいアイラさんだった。

 どこか吹っ切れたような空気もある。

 …………。

 前向きで明るいアイラさんを見ていると、やっぱりこっちも元気をもらえているような気分になれる。


 それから、二人の会長が以前よりなんとなく打ち解けた感じがあった。

 聖武祭を経て何か分かり合えるものがあったのかもしれない。


 一年生部門で優勝したジークは、例の未亡人に、優勝したら二人で食事へ行くという約束を取りつけていたらしい。

 本人にると、


「おれが決勝でヒルギスに勝てた理由は、優勝にかかっていたものの重みの差だったのかもしれん」


 とのことである。

 ちょっと冗談めかした感じに言っていたが、実際かなりのモチベーションになっていたのだと思う

 というか、そりゃあずっしり重いよなぁ……。

 言うなれば、想い続けてきた人に捧げる優勝みたいなものだし……。

 ジークは外見中身共にまごうことなきイケメンなので、彼の一途な恋は是非とも無事に成就してもらいたいところである。





 祝勝会が終わると、俺はそのまま帰途についた。

 二人の会長はそれぞれの家の馬車でそのまま屋敷に戻るそうだ。

 キュリエさんは、セシリーさん、ヒルギスさんの二人とアークライト家の屋敷でドレスの着替えをするとのこと。

 ジークもアークライト家の馬車に同乗してそのまま帰るそうだ。

 アイラさんは、今日はシトノス家の屋敷に泊まっていくとのこと。


 そんなわけで残った俺は、ベオザさんのファロンテッサ家の馬車で学園まで送ってもらえることになった。


 ベオザさんは、無学年級の決勝がいかに美しかったかを道中で熱く語った。

 俺は相槌を打つしかできなかったが、しかしよく耳を傾けてみると、おおむね納得できる内容に思えた。

 ベオザさん、意外と芸術家とかの方が向いているのかもしれないな。

 しかしセシリーさんしかり、こちらの世界の天は人々に二物を与えまくっているというか、ベオザさんは術式の才にも満ち溢れている。

 今回の聖武祭で剣の技能も高いことが判明したし、それに、この人は人格も優れていると思う。

 四凶災戦の影響による人手不足を別にしても、聖樹騎士団としては是非とも欲しい人材なのではないだろうか?


 ……というか、無学年級の決勝戦を熱く語りまくる一方、自分の優勝した三学年部門の決勝の方はもはやどうでもいいといった感じなのもすごいと言えばすごい。


 そうこうしているうちに、馬車は学園に到着した。


「送ってもらってありがとうございました、ベオザさん」

「いやいや、お安い御用さ。それに……あの決勝戦の美しさを君と共有することができて、僕も感激だ!」

「は、はは……」

「まあ君も例の怪物との戦いの傷がまだ癒えてはいないようだし、しばらくはゆっくりと身体を休めてください」

「お気遣い感謝します。ベオザさんこそ聖武祭で疲れているでしょうし、帰ったらゆっくり休んでくださいね」

「いいや! 僕は帰ったら早速、無学年級の決勝で感じた熱い想いを、今度は文字にして書き記さねば! ではまた会おう、クロヒコ!」

「は、はい……」


 ベオザさんが颯爽と馬車に乗り込むと、パッカパッカと馬が客車を引いていく。


「…………」


 あの人だって今日は三年生部門の第三戦を勝ち抜いて疲れていそうなものなのに、なんというエネルギッシュさだろうか……ああいうところは、見習いたい気がする。


 ファロンテッサ家の馬車を見送ると、俺は自分の家へ向かって歩き出した。





「――ん」


 目を覚まし、薄目を開く。


「おはようございます、クロヒコ様」


 ふんわり耳を撫でるようなこの声は、ミアさんだ。

 枕の上で首を巡らす。

 自室のベッドの傍で、ミアさんが丸椅子に座っている。


「もしかして……俺が起きるの、ずっと待ってました?」

「はい、お家のことは終わりましたので」


 首をちょこっと傾け、にっこり笑うミアさん。

 と思ったら、急に胸の前に両手を置いてミアさんは不安そうな顔になった。


「あのぅ……ここでお目覚めを待つのは……ご迷惑、でしょうか?」

「も、もちろん迷惑じゃないですけど……その、寝相が悪かったりとか……あと、寝言とかを聞かれると恥ずかしいっていうのは、あるかもです……」

「そ、そんな! わたくしはどんなクロヒコ様でも、悪い印象など持ったりいたしません! 必ずでございます!」

「……あ、ありがとうございます」


 果たしてここまで俺を立ててくれる女の子に、俺はこれから出会うことがあるのだろうか?

 そう思ってしまうくらいには献身的というか、善意のかたまりというか、厚意の人というか……。


「いかがいたしましょう? すぐご朝食になさいますか?」

「ええ、そうします」

「では、わたくしは先に下に降りてすぐにご朝食をとれるようにしてまいります。いつも通り、お着替になりましたら降りてきてくださいませ。それでは一度、失礼いたします」


 ミアさんはそう言ってぺこりとお辞儀をすると、部屋を出て行った。





 着替えて一階へ降りた俺は、まず顔を洗った。

 洗顔を終えてリビングの方へ行くと、ミアさんが椅子を引いて待っていた。

 なんというか……今日は、やたらと先回りされている気がする。

 今日も卓の上には、俺にはもったいないくらいの美味しそうな朝食が用意されていた。

 俺は椅子に座り、朝食を口に運び始める。


「…………」


 うーむ、美味い。

 いつ食べても。




 朝食を終えると、俺は締めとして蜂蜜入りのミルクを飲んだ。

 まろやかで、ほんのり甘く、しっとり冷たい。

 この一杯がたまらない、というやつだ。


「ふぅ……ごちそうさまです。いつも助かります、ミアさん」

「とんでもございません」

「ミアさんみたいな人がお嫁さんだったら、幸せ者ですね」

「い、いえ……ミアは、マキナ様の侍女でございますし……」


 ミアさんが俺にチラッと視線を送る。


「たとえばの話ですが、もしマキナ様がお嫁ぎになられたら……わたくしは生涯その旦那様にお仕えする、ということになるかもしれません……」


 チラッチラッと何かの合図のように視線を送ってくるミアさん。


「?」


 ミアさんが顔を赤くし、あたふたしながら両手をブンブン振った。

 …………。

 オーバーアクションなせいか、胸が連動して揺れていた。


「あ――いえ! か、仮定の話でございます! 急に妙なことを口走ってしまい、申し訳ございませんっ」

「うん? そんなに妙なこと……言ってました?」

「みゃ、脈アリなのでございますか……?」


 真意を問う視線をしたミアさんが、前かがみになって俺に詰め寄る。


「みゃ、脈ですか……? あ――でも、ミアさんみたいな人とずっと一緒にいられたら幸せだろうなぁとは思います」


 今度は、ミアさんは顔を隠して身体を引いた。

 耳が真っ赤になっていた。


「ぁぅう……クロヒコ様……」


 とはいえ実際、ミアさんみたいな人と一緒になれたら幸せだろうと思う。


 俺からすると、ミアさんにはまずマイナス要素というか、弱点がない。

 聖武祭中にマキナさんの仕事の一部を引き受けるくらいには仕事もできるし、家事についてもほとんど完璧と言える。

 気立てもよく、穏やかで、何より優しすぎるほど優しい。

 それに、すごくその……か、かわいいし。


「――っと?」


 左手で取ろうとしたフォークを、落としてしまった。

 フォークは床を滑り、家具の下に潜ってしまう。


 やってしまったか……。

 まだ完治していないのに、痛みが取れてきたせいか、つい普段と同じような感覚で左腕を使おうとしてしまった。


「あっ、クロヒコ様はそのままで大丈夫でございますよっ? わたくしが取りますのでっ」


 ミアさんがタッタッタッと家具に駆け寄り、四つん這いになって家具の下に手をのばす。


「ん……もう、ちょっと……っ」


 こちらに臀部を突き出しているせいか、スカートの状態が微妙に危なげな具合に……。

 見ては失礼だと感じ、咄嗟に目を閉じる。


「…………」


 あった、弱点。


 ミアさんはちょっとああいう部分で無防備なところがある。

 もう少し異性の目を気にした方がいいかもしれない……。


「やった! 取れました! ……クロヒコ様? お顔を逸らして、いかがされました?」

「あ、いえ……その――」

「あら? た、大変! お顔が真っ赤でございますよっ?」


 駆け寄ってくると、ミアさんは一旦エプロンで手を払った。

 それから自分の額に手をあて、次に、俺の額に手を当てる。


「むむー……? お熱があるわけでは、なさそうですが……」


 俺は視線を伏せて、肩を縮める。

 そして小さい声で「だ、大丈夫です……」と言う。


 顔が、近い。


「…………」


 やっぱり、無防備だと思う。





 発熱疑惑も消え、朝食のあと片づけを終えた俺とミアさんはのんびりとした食後のひと時を過ごしていた。


「あのぅ、実は少々気になっていたのですが……クロヒコ様、腕の具合はいかがでございますか?」

「この腕ですか? ええ、今のところ順調に回復へ向かってるみたいです。フォークを落とすくらいには、まだ影響が残ってますけど」


 冗談っぽく苦笑すると、ミアさんが胸をなでおろした。


「ほっ……安心いたしました。クロヒコ様がするご無理にはちゃんとした理由があるのは存じているつもりなのですが……申し訳ありません、ミアの心配癖は……その、まだ抜けそうにありません」


 ミアさんにはなるべく気苦労をかけないよう、心がけてはいるつもりだ。 

 ただ、こうして心配してもらえるというのも実はちょっぴり嬉しかったりする……。


「…………」


 自分の発言で空気を重くしてしまったとでも勘違いしたのか、ミアさんが、あせあせとしながら慌てて話題を変える。


「あ、ええっと――そういえばっ! クロヒコ様はこのあと、ルーヴェルアルガンと帝国から来られたお客様のお見送りに行かれるのですよねっ? マキナ様から、そううかがっておりますっ」

「ええ、マキナさんと一緒に行くことになってます。両国の客人から、俺も見送りに来てほしいと申し出があったらしくて」


 ルーヴェルアルガンの方はともかく、帝国からも申し出があったというのは少し意外だった。

 この聖武祭中、そこまで帝国の二人と接点があったわけではないのだが……。





 約束の時刻が近づいてきたので、俺はミアさんに見送られて家を出た。

 正門まで行くと、いつものゴスロリ服を着たマキナさんが、馬車にちょこんと寄りかかって待っていてくれた。


「来たわね」

「お待たせしました、マキナさん」


 マキナさんは馬車から身体を離すと、スカートをぽふぽふと軽く手で払った。


「それじゃ、行きましょうか」


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